Sense283
上空へと飛び立つナツは、上空で羽ばたきを繰り返し、真空波を地面に打ち込む。
ザクロの目の前の地面が浅く抉られ、小さな砂埃が舞う。その様子に驚いたザクロは慌て始める。
「ザクロ、落ち着け! 右に避けろ!」
「きゅっ!」
俺の指示で右にジャンプするように跳べば、先ほどまで居た場所の地面が小さく抉れる。俺は、上空のナツの攻撃を予測して、伝える。
「右、左、前、後ろ! 左に大きく、前に走れ!」
俺の指示通りにコロコロと動くザクロの動きに観戦しているライナとアルたちは和やかだが、当のザクロは涙目で必死に逃げている。
「ザクロ、反撃の狐火!」
俺の声に合わせて、尻尾を膨らませ、口先と尻尾の先に小さな黒炎を灯し、上空のナツへと放つ。
「ナツ。全部迎撃です」
レティーアの指示でザクロの放つ小さな狐火を風で細切れにして空中に散らす。
その光景に驚き固まっていると追撃の一撃をザクロへと放ってくる。
「きゅぅぅっ!?」
「ザクロ!? はぁ、やっぱり、長くレティーアと一緒に戦闘をしているから動きに無駄がないな」
弱められた一撃とはいえ、一撃を受けたザクロの周りには、土煙が立ち込めている。
「まぁ、初級の魔法使いの攻撃くらいはできるって分かりましたし、同時ならチェーンボーナスでそれなりのダメージがあるでしょう」
「攻撃力はそれほど高くはないですよね。けど――」
戦いは、このくらいだな。ザクロは戦いに向かないMOBらしいと俺の中で結論付けていた。だがレティーアは、無表情のまますっと目を細めて晴れた土煙の中を見る。
そこには、膨れ上がるように大きくなった三本の尻尾が、ザクロを守るように広がっていた。
「オートガードですか。ナツ、連続攻撃!」
「ちょっ、レティーア!?」
レティーアの指示を受けて、更に上空から連続での真空波が撃ち込まれるが、その攻撃が膨れ上がった三本の尻尾により自動迎撃され、弾かれ周囲の地面を抉っている。
ザクロ自身は、上空から襲い掛かる攻撃に萎縮してしまっているが、それとは裏腹に弾く尻尾が、今度は炎を灯す。
「狐火か!?」
「なるほど、オートガードとカウンター。まぁ、自覚が無さそうですからパッシブスキルと言ったところでしょうか。ナツ、帰還!」
上空へと放たれた黒い狐火を打ち消したナツは、レティーアの腕に帰還する。
俺もザクロに近づき抱き上げると、小さく震えてしまっている。
「ごめんな、ザクロ。酷い目に遭わせちゃって」
「私もごめんなさい。戦闘訓練だからってもう少し手加減するべきだったわ」
そう言って、近づいて手を差し出すレティーア。ザクロは、震えていたがだんだんと落ち着きを取り戻し、最後には、レティーアの指先をちろちろと舐めて、大丈夫。ということを表現する。ミルバードのナツとも確執が出来たわけではなく、互いに首筋を擦り付けるスキンシップをしている。
「それにしてもザクロの成獣化としての能力が、オートガードとカウンターか」
一角獣のリゥイの能力としては、騎乗、水魔法、浄化、幻術だ。
そして、空天狐のザクロの能力は、狐火、憑依、自動防御、自動迎撃。そして【憑依】センスである。
憑依を行うゴースト系のMOBを観察した結果、憑依するMOBのステータスの一部の加算と保持する能力を限定的に使用できる。
ザクロが強くなれば、憑依時に俺のステータスも強くなり、オートガードが行われるようになる。
「なんか、俺って基本特殊な防御系だよな」
一般に【盾】や【鎧】センス持ちの壁役のようなことではなく、特定のセンス、装備、追加効果で状況的に強い防御力を発揮するタイプだ。
例えば、【根性】という防具の追加効果には、一定量を超える致死ダメージを受けた場合、HPが僅かに残り耐える効果がある。
極小の効果なら、自身のHPの1%で耐え、小の効果なら、HPの5%で耐える。HPがそのラインを超えていれば、何度でも発動するというタイプの追加効果だ。
これは、言い換えれば、どのような攻撃でも二度耐える。ある意味、即死耐性だ。
そのために、DEFとMINDを切り捨てて、その分SPEEDを重視したセンス構成にする。また常時回復魔法を使用して、【根性】の耐えるラインを死守する。というタイプもいる。
これには、一撃が大きい敵に有利だが、連続攻撃を行う敵には、不利など、様々なメリット・デメリットがある。
俺の場合は、マジックジェムにより《クレイシールド》の多重防御が構築可能。また、防御ステータスの上昇には、【強化丸薬】などのアイテムがある。
アクセサリー枠の防御では、【身代わり宝玉の指輪】で数回は攻撃を無効化できる。
そこに加えて、リゥイの攻撃を通さない《インビンシブル》とザクロの《オートガード》。
果ては、HPが切れて倒れても【蘇生薬】による復活。
「ここまで来ると、ユンさんを倒せる人って限られますよね。」
「いや、ここまでやっても俺、偶に死ぬことあるんだけど……」
「言い方を変えます。ゾンビな如く蘇る面倒臭いユンさんを倒し切れる人いるんですか?」
「なんか、言い方が酷くなった!?」
確かにやろうと思えば、耐えるだけはできる。けど、その分アイテムの消費などのコスト面が馬鹿みたいに高くなるのだ。
それに、全て万能というわけでもない。センス拡張クエストでのマンティコア戦では、特殊な状況下でアイテムの使用が封じられるなどの状況だってある。
「こんなんじゃ全然防御は足りないって、全く」
タクとかミュウ、セイ姉ぇなんてどれだけ防御しても容易に突破してくるイメージしか湧いてこない。ミカヅチあたりなど、何か行動を起こした時点でモーションの出始めを全て潰しに掛かって来るイメージだ。
その光景を想像して、渋い表情を作っていると、ライナは不敵な笑みを浮かべている。
「ふふふっ、燃えるじゃない! ユンさんが更なる防御力を手に入れているのに、私たちだって負けていられないわよ! 戦闘訓練。いえ、PVPよ!」
ふぅ、と憂鬱のなった気持ちを溜息で吐き出した俺に対して、ライナは不敵な笑みを浮かべている。
「ユンさん! 勝負よ!」
「えっと、ライちゃん?」
アルが、不穏な感じがしたのか、ライナの服の袖を引っ張るが、止まらない。
「私たちと戦闘訓練。いえ、PVPをするのよ。それにただのPVPじゃつまらないから賭けをしましょう! 15分間ユンさんが逃げ切ることができれば、可能な限りの願いごとを聞くわ。逆に捕まるようなことになれば――」
「なれば……」
レベルでは明らかに下のライナからの熱意に押され、ごくりと唾を飲み込む。
「捕まった時は、私たちにザクロの耳と尻尾を堪能させなさい! そして、その白馬に乗せなさい」
「うわぁっ! ライちゃんがベルさんに毒されてる!?」
いきなりのライナからの賭けの要求。ザクロたちの能力把握の後にライナたち四人の戦闘訓練を見るつもりだったが……。
「その、賭け内容の変更は――「受け付けないわ」――そうですか」
誰か助けてと視線を彷徨わせるが、フランは、ですわですわ、と乗り気でいる。ユカリのちらちらと視線をこちらに向けて、期待の眼差しを向けてくる。男のアルの意見は通りそうにない。
「はぁ、じゃあ、俺は全力で逃げるからな」
「PVPなのよ! 攻撃してきてよ! 戦うエリアはあそこの林に設定にしておくわ。私たちが強くなったこと見せて、賭けに勝つ!」
俺は、ライナとアルたちから逃げるために林の中に潜伏する。
ライナたちが来るまでの五分間で手持ちの手段を整理しつつ、待つのだった。









