Sense276
『きゅきゅっ!』
「あ、ザクロの声が頭に直接聞こえる気がする。あと、なんか驚いちゃって出てこないなぁ」
「クロードが驚かすからよ。でもこれは何かしら? 同化とか、合体とかそんな感じかな?」
マギさんは、不思議ね。と首を傾げている。
エミリさんとレティーアは、こちらを興味深そうに見ているために視線で居心地が悪い。
「それは、多分――【憑依】のセンスが影響してるんだろうな」
「ひ、【憑依】? ってザクロお化けになったのか」
むくりと起き上がるクロードに脳内のザクロが情けない鳴き声を上げて余計に奥に引っ込む。この調子だとずっとザクロが入り込んだままになりそうだ。
「【憑依】のセンスは一部のゴースト系のMOBが所持するセンスだ。味方と同化して一部強化するセンスだが、プレイヤーへの【憑依】は聞いたことがないからな。どんな感じでの強化か、ふむ、気になるな」
「クロードは、奥に引っ込んでなさい。驚いてまた引っ込んじゃうでしょ」
マギさんや店員に引き摺られるようにして店の奥に連行されるクロード。そして、俺は、ザクロが出てくるように声掛けを続ける。
「ザクロ~。もう、出てきても大丈夫だぞ」
『きゅう~』
俺の意志とは反して、頭に生えた三角の狐耳がぺたんとなる。どうするか。無理やりに《送還》して召喚石に戻すのもかわいそうだし。
「仕方ない。ユンさんがいつもやってるようにやりましょう」
そう言って、今までぱくぱくとケーキを食べ続けていたレティーアが立ち上がり、俺の後ろに立つ。
「大丈夫、大丈夫」
「あの……レティーア? これ、凄く恥ずかしいんだけど」
マギさんとエミリさんにじっと見られて、顔に熱を帯びてくるような感じがする。視線を逸らして耐えると俺の意志に反して、三本の尻尾は機嫌よく揺れ始め、垂れてた耳も天井に向き始める。
「ザクロ。頼むから出てきてくれよ」
『きゅっ!』
耳元で力強い声が聞こえたかと思うと、俺の胸の前からするっと飛び出して来るザクロ。
膝の上に着地するザクロの頭を撫でながら、どうしようか考える。
「なんか、色々とやることが増えた気がする」
「そうね。ザクロの戦闘能力や使える戦い方から始まって、MPの管理方法とか色々」
考えることが色々と出来てしまったが、今日はこれで解散となる。
みんなと分かれて俺は、一度【アトリエール】に戻る。
「ただいま、キョウコさん」
「お帰りなさい、ユンさん」
店番をしているNPCのキョウコさんがカウンターで俺を出迎えてくれる。
俺は、キョウコさんを少し呼び止めて、一つのアイテムを渡す。
「キョウコさん。畑でアイテムを採取する時、この装備を付けてくれる?」
「何ですか? これは?」
「園芸地輪具って、採取ボーナスのある腕輪」
俺が二つ欲しがった理由は、一つをキョウコさんに装備させるためだ。
クロードは、店員NPCに店の制服を装備させて、好き勝手しているからアイテムは渡せるようだ。だから、もしかしたら、これで効果があるんじゃないかな、と考えている。
そんな少し打算的な考えを持っている俺に対して、キョウコさんは、愛嬌のある顔で微笑んでくれる。
「ありがとうございます。これならほんの少しだけですが明日の収穫量が上がると思います」
「本当!? それは嬉しいなぁ」
「ええ、よい成果を上げて見せます」
なんか、やる気になっているけど、まぁいいか。メガポーションやMPポットの生産量に繋がるならそれでいいかな。
「さて、俺も今日は――「ユン! この前持ち込んだ素材でメガポーションできたか!?」――タク、大声出すな」
俺は、呆れるように溜息を吐き出しながら、駆け込んできたタクに苦言を口にする。
今は、リゥイやザクロを召喚していないが、もし呼び出していたら、驚いてまた俺の中に【憑依】してたかもしれない。
「まぁまぁ、それで。どうなんだ?」
「完成しているよ。まだ売りに出せるレベルのものじゃないけど。ハイポーション以上の回復量は保証する」
「これでまだ売りに出せないレベルって、やっぱりおかしいだろ」
「まだ調合の微妙な調整が終わってないから回復量にバラつきがあるんだよ」
確かに、売れば売れるが、俺自身のポリシーとしては、まだ改良の余地があるものを売りに出すつもりはない。
「それでも十分だ。少し数が欲しいから売ってくれ」
「いいけど、どこかで大規模な狩りでもするのか?」
「あー、まぁ、そんなところだ」
妙に歯切れの悪い答え方をするタクの様子に首を傾げながら、メガポーションを渡す。
「そうだ。タクに聞きたいことがあったんだ」
タクがいきなり駈け込んで来たインパクトで忘れかけていたが、【攻城戦】イベントの準備やイメージトレーニングに関することを聞かなくては。
「さっき【攻城戦】イベントの告知があっただろ? それで、攻城戦とかの参考になるものってあるのかな? ってこと」
「あー、それなら、俺たちも受けるんだけど、一緒にやるか?」
「マジで?」
「けど、すぐにじゃないぞ。色々と他のプレイヤーと予定があるからな。まぁ、ガンツたちの【センス拡張クエスト】を手伝った後になるのは確定だろうけどな」
「助かる。色々とアドバイスとか欲しいから」
俺が、ほっと息を吐き出すと、タクたちが受ける奴以外にも活用できるクエストを教えてくれる。
「いきなりだとキツイから。幾つかクエストを受けてみたらどうだ? 各町の詰所で敵性NPC討伐クエストがあるからそれを探って、人型相手の練習でもしてみたらどうだ?」
「うーん。それって難しい?」
「いや、難易度は、簡単な方だぞ」
そう言いながら、タクは、メガポーション以外にも消耗品のアイテムを購入していく。
「しばらくは、町中の衛兵クエストの中には、討伐以外にも色々なミッション系のクエストがあるから。まぁ、NPCに聞けば幾つか聞き出せるぞ。じゃあ、また今度な」
「ああ、っと……俺もログアウトしないと。そろそろ夕飯の時間だ」
周回クエストで素材の収集を続けていたために少し疲れた。ぐっと背伸びをしてから、メニューを開き、ログアウトする。
目を覚ましたベットの上で一度体を伸ばしてから夕飯の準備を始めるのだった。
ログアウトして、夕飯をテーブルに並べている時――
「お兄ちゃん、お兄ちゃん! 情報見た!?」
「見たよ。ほら、今日はドライカレーとオニオンスープな」
「おおっ!? 美味しそうって、いただきまーす」
早速、一口食べて、美味しそうに頬を緩める美羽。自分も一口食べれば、ひき肉とレーズンの辛さと甘さが上手い具合に中和している。
「そうそう、美味しいご飯で忘れるところだった! 攻城戦だよ! 攻城戦! 血沸き肉躍る戦いだよ!」
「俺としては、不安で恐ろしいよ」
β時代のモンスターからの町防衛戦では、矢が尽きたために、ゾンビアタックよろしくで突撃していったという話を耳にしたのだ。その攻城戦イベントだって、準備不足を補うために何時、無理な特攻もある可能性があるんだ。
「不安も分かるけど、準備すれば、楽しいイベントになるよ。ああ、ワクワクが止まらない!」
「ちゃんと、準備もするんだぞ。美羽は料理出来ないんだから、夏のイベントみたいにならないように最低でも数日分の料理を作り置き――「そうだ! 魚介類とか海の料理も食べたいから、ルカちゃんたちと一緒に海エリアで魚介類集めようよ!」――お前は、人の話を……はぁ、全くわかったよ」
美羽には、いつも振り回されているような気がする。
まぁ、美羽との魚介類探しや巧との攻城戦の参考になるクエストは、後で調節するとしよう。









