第四部〜感動、暖かな気持ち〜
生徒会会報! 第四部〜感動、暖かな気持ち〜
そして、昼休み。
俺は、充に進められるままに、生徒会室の前に置かれた椅子に腰掛けていた。
多分、ここから一人一人生徒会室内部に呼び、面接するつもりだろう。
生徒会の人は気付かないかもしれないけど、廊下で待たされるってのは、結構寒いんだぜ。
結構早く来たつもりだったのだが、生徒会長パワーは俺の想像より更にすさまじく、既に俺の前には数十人の女子。
やはり美形は一年生にも通じるらしい。
ちらほら男子も見受けられるが、彼等の意図はおそらく俺を探していた可愛い先輩だろう。
ったく、誰もまともに学校のこと考えてねえなとつっこもうと思ったのだが生憎俺も彼等とほとんど大差ない。
……でも、女子は皆割と可愛くて、スカートも短めで、俺的には結構嬉しい……て、違う。違う違う。何考えてるんだ俺は。
全部この子達は会長目当てで来てるんだから。余計なこと考えるな、俺。
間違っても俺に会いに来たわけじゃないんだぞ。無駄な妄想は悲しみを呼ぶだけだ。
「……緊張してんのか?雪弥。大丈夫だって、お前はきっと生徒会に入れるよ」
さっきと言ってること180度違うんですけど、充さん?
「……うそだあ」
思わず、充につっこみを入れてしまった。
「本当だって、俺を信じろよ」
笑いながら言う男を、信じられるわけないだろ。
「……だいたいさあ、いくらここの女の子達が会長目当てだって言ってもさあ、皆ある程度のすごいもん持ってるんでしょ?
なら俺のあんな力なんて、全然たいしたことないんじゃないかな?
会長だって他にもっとすごい人がいたら気い変わるかもしれないよ?」
「そうかな、俺はそうとは思わないけど。お前の能力ほどすごい奴って滅多にいないぜ。
だってほら、お前の力って、カラオケとか、宴会とか、パーティーとかさ、色んな用途で使えるじゃん。すっごい便利だろ?」
充はそう言って、瞬間、腹を抱えて笑い出した。
ああ、とっても馬鹿にされている気がするよ。
「……」少しむかついたので、何も言わないでおく。
「……何怒ってんだよ、ほら、あれ、生徒会の人じゃないか?」
悪気など微塵もない様子で、充は笑い、視線の先を指差した。
「……ふん、騙されないからな、そんなこと言っても」
俺は充の言葉を嘘と判断し、指差した方向から顔を背けた。
「……わあ、沢山来てくれたね。嬉しいな、皆生徒会のこと考えてくれてるんだ。
……ね、駿?」
ピク。
きっと俺の耳は間違ってない。
今、今何か聞こえた……ような。
こう見えても、耳は割といいんだぜ。
まさか、まさかまさか!?
「でもこの中で右腕になれるのは一人だけ、かあ。響会長、誰選ぶんだろう」
間違い、なかった。
横に座る充を押し退ける勢いで、素早くさきほど充が指差した方向に振り向いた。
やはり、そこには。
息を、切らす。
「……あ……!」 彼女がすぐに、俺の視線に気付き、
「君、さっきの!」
嬉しそうに俺に駆け寄ってきた。
俺も慌てて立ち上がり、椅子を離れ先輩の元へ。
「嬉しい!来てくれたんだ!」
いやいや、嬉しいのは俺ですよ。
もちろん、羨みと驚きと妬みが入り混じった他の男子共の視線は徹底無視だ。
ああ、すっげえいい気分。女の子に好かれるのって、なんて幸せなんだろう。
「あ、ま、まあ……。ちょっと、挑戦してみようかなーなんて……」
「本当に!?君みたいな意欲がある子が居てくれて嬉しいな。君が生徒会にってくれたらいいのに」
ちょっと、今の台詞聞きました?聞きましたね?
「……そ、そうですかねえ……」
横から充に思いっきりこづかれた。でもそんなこと気にならない。
え、何々、これってもしかして、少女漫画オチ?
初めは最低の出会いを果たす男の子と女の子が、やがて深くかかわるようになり、そして恋が芽生えるみたいな!?
うっわ、やば。心臓バクバクしてきた。
どどどど、どうする?もし彼女が所見で俺のこと好きになってくれたとかーーー!
「……そう思うよね?駿も」
そう言って、俺から視線をそらし、後ろを向いた。
……え?
今、誰かの名前をお呼びになりませんでしたか?
そういえば、さっきも。
このとき、俺は初めて、彼女から少し離れたところに立っている男の存在に気づいた。
年齢はおそらく、俺より上。上履きの色から察するに、この可愛くて優しくて綺麗で素敵な先輩(あ、そういえばまだ名前聞いてないや)と同じだろう。
首筋にかかる黒髪の間から、銀色のピアスが覗く。
背は高く、多分180前後。くそ、羨ましい。
切れ長の瞳とモデル並みの長身、そしてその全体が持つ大人びたオーラ。
悔しいことに、俺はどれも持ってない。
「……」
そいつは、先輩の可愛らしい問いかけに、なんら口を開かない。
おい、失礼だぞてめえ、可愛い可愛い先輩を何無視してんだよ、と俺は視線で訴えた。
そうしたらタイミングよくそいつとぴたりと目が合い、その瞳に魅入られそうになって思わず目をそらした。
畜生。畜生畜生。美形なら許されると思ってんじゃねえぞ。
ちょっとドキドキしてる自分がとてつもなく嫌だ。
男のくせに男を意識させるなんて最悪だぞこの野郎。
絶対、こいつ俺の気にいらない人物リストに入れてやる。
そいつは、しばらくそんな俺を眺めた(視線で分かる)後、
「……嫌だ」
俺になんとも言えない視線を送りながら、そいつはそう言って、はあ!?
「な、な……?」
待て。待て待て。なんて言った?
「ちょっ……駿!」
「……こんな馬鹿そうで何の取り柄もなさそうなガキが生徒会?ふざけてる。それに、俺には明らかにそいつがこの学校を変えたいと思ってここに来たとは思えない」
淡々と、時たま俺にどことなく嘲笑めいた顔を向けながら(考えすぎかもしれないけど)、答える男。
「……こいつは、誰がどう見たってお前目当てだろ、藍」
ぎっくうううううん。
やばい。ばれてる?や、やばい。先輩に嫌われる。……あ、でも名前藍って言うんだ。可愛いなあ。っていうか何様だよこいつ。確かに俺は普通だけど突然失礼な人だな、ああでも名前分かったからちょっと感謝したいかも。
俺の心の中は、さまざまな思いでぐちゃぐちゃだ。
「……そんなことないよ、駿。それに人を外見で判断しちゃ駄目だよ。意外に……」
そこまで言って藍先輩は、言葉を切った。
そして俺に向き直って問う。
「そういえば……まだ君の名前聞いてなかったよね」
「……え、あ、はい!」
やった。名前から恋する十秒前。マジで恋愛へのカウントダウンだ。ちょ、どどうするよ?これでもし、生徒会にはいって、仲良くなって、それで「中原君、今日から、雪弥って呼んじゃだめかな?」とか言われちゃったりして
「聞く価値もない」
俺の妄想を打ち砕く、感情のない声。
「……すぐに男に愛想をふりまくのは感心できないぞ、藍。それ以前にまず、こいつが生徒会なんかに入れるわけない。会長はこんなどこにでもいそうな奴を選ぶほど人を見る目が無い訳がない。
こんな、自分のことしか考えてなさそうなガキが」
聞いていれば聞いているほど、怒りがふつふつと沸きあがってくる。
大体なんですかこの方?俺の何を知ってそんなこと言うんですか?
それに可愛い可愛い藍先輩のどこが愛想振りまいてるように見えるんだっての。
俺が藍先輩と仲いいからって妬いてんじゃねえぞこんにゃろう。
喉まででかかった言葉を必死で押さえ、唇をひきつらせ作り笑いを浮かべる。
「……ゆ、雪弥です。中原雪弥」
やった、言えたよ。
「雪弥君かあ、可愛い名前だね」
可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い……
ちょ、皆さん聞きました!?可愛いだって、可愛いだって可愛いだって!
そんなこと言う貴方の方が可愛いですよっ!!!!
「私は、藍。愛するの愛じゃなくって、藍色の藍。よろしくね、雪弥君」
そして藍先輩は可愛らしい笑みを浮かべて、俺の前に右手を差し出した。
ここここ、これは握手してもいいということなのでせうか……!?
思わず古語になるほど頭が混乱&ときめき。
生きててよかった。多分、俺は今、この場で彼女の手を握るために生まれてきたんだ。そうだ。
今しかない。早くやらないと、また後ろの野郎に何か言われてしまう。
「……あ、はい、よろしくおねがいしま……」
自分のできる限り最高の笑顔で、俺はその手を取ろうと
「ああああああああああっ!おい、雪弥、もう面談始まってるぜ!?ほら早く並べって!何やってんだよお前は!」
耳に残る大きな叫び声が背後から響、その瞬間俺は耳と髪を掴まれた。
「……さあさあ、ほらほら雪弥、早く行かないと面談できなくなっちゃうじゃん。早く早く」
とてつもなく楽しそうに笑いながら、俺の体を引きずり椅子に連れ戻しているのは……言うまでもなく、高蔵充君(十六)だ。
こ、このやろおおおおおっ!
くそ、あの生意気な先輩のせいですっかり忘れていた。
俺の最大の敵は、俺の隣にいたんだってことを。
「……え、あ、あのちょ……!」
最後の手段と思い藍先輩を見つめるが、先輩は俺の気持ちに気づくことなく、
「あ、そうだね。じゃあ、面談頑張ってね。雪弥君」
そ、そんなあ。
後ろの男をちらりと見ると、口元で馬鹿とあざ笑われているような気がする。
腹が立つ。気のせいでもいい。あいつのせいにしてやる。
俺と先輩の仲を邪魔する敵め。
「……ほおら雪弥くーん。ちゃんと生徒会長とお話しないとー」
まあ、もっとも、本当の一番の敵は、こいつなんだけど。
*
私は、八年間ピアノを習っていたので、ショパンの曲は全部引けます。
俺は、野球で中学生代表に選ばれたことがあります。
小学生の頃はドイツに住んでいて……
絵画コンクールで最優秀賞を……
中学の間二期に渡って生徒会長を務めていて……
中学の成績は常にトップから五番以内で……
「……ありえないよ」
俺は、人の会話を盗み聞き、そして凹んでいた。
ありえない。皆超人じゃないか。
俺なんか……成績は赤点とったことないってくらいのレベルだし、運動神経だってビリになったことはないってレベルだし、音楽もジャイアンにならない程度だし、芸術だって……と、とにかく。
皆、すごい人達ばっかりだ。
不安を消そうと皆の面談をこっそりと聞いていたのだが、これじゃあ余計不安になってしまう。ていうか現在進行形でそうなってしまった。
ど、どうしよう。
隣の敵・充に視線を送る。が、
「……んー……待てよ、もう俺食べられないからさ…」
「……寝てるのかよ」
どこまで役立たずなんだ、こいつは。
人の恋路を邪魔してくれた挙句、こっちが困ってるときには寝てるんかい
「……どうしよ……」
クラス自己紹介での悪夢再び、だ。
やばい、やばいやばいやばい。
そうだ、と、とにかく落ち着こう。ええっと、掌に人って三回書けばいいんだっけ。よし、や、やろう。やるぞ、よし。
俺は震える右手を開き、その右手に左手で線を引こうと
「はい、次の人どうぞ」
「……」
……俺ってもしかして、すっごくタイミングの悪い男なんじゃないんだろうか。
仕方なく、いつのまにか馴れ馴れしくも肩に寄りかかって寝ている充を振り払い、立ち上がった。
そして、震える足取りで前に進み、ドアノブに手をかける。
そう、そうだ。会長だろうが副会長だろうが俺と同じ人間だ。そう、きっとそうだ。きっとじゃなくて絶対そうだ。
だかた、大丈夫、落ち着け、落ち着け俺。
ただ俺が自分の力を言えばいいだけだろう。よし、できる、できるぞ中原雪弥。
できたら、藍先輩との幸せ学園生活が待っているぞ、俺。
勇気を振り絞り、ドアノブを捻った。
……そこは、異質な光景だった。
足を踏み入れた俺がまず目にしたものは、
「……いらっしゃい、はじめまして」
集会で体育館のステージに立っていたときと同じ、いや、同じじゃない。
その時よりもさらに格段美しいオーラを放った男…だった。
「……っ」
何故かあまりのその美貌に、目が合わせられない。
な、なんなんだこの学校は。さっきのむかつくあの野郎といい、美形なら許されると思ってるのか。
「……生徒会長の、響です」
そう言って、生徒会長様―――響という名前らしい―――は、その美貌にふさわしい爽やかな笑みを浮かべた。
「……え、ああ、あ、は、はい……」
「そんなに緊張しなくていいよ?僕、そんなに外見怖いかな?」
くすくすと笑う会長。
外見?いや、外見全く怖くなさそうですよ。
「……え、あ、あ、い、いえ……」
なんだか、自分でも上手く言葉が紡げない。
何を言おうとしているのか、自分でも分からなくなりそうだ。
「駄目だよお、響い」
その時、俺の右サイドから声が響いた。
「ほとんどの人は響見たら緊張しちゃうって。そんなこと言ったら余計に緊張しちゃうでしょお?分かってないなあ、自分の顔をー」
それは、少年だった。
軽く撥ねた金色の癖髪に、大きなぬいぐるみのような茶色の瞳。
その小学生アイドル張りに可愛く幼い顔と表情と、低すぎる身長は、どう考えても先輩とは信じがたい。
でも会長とタメ口で会話しているということは、この子……じゃないこの先輩も三年生なんだろうか。人間って奥が深い。
「……まあ、今回は美琴の言うとおりだよね、響。一年生を怖がらせないように」
その小柄な少年の横で、茶髪の少年がくつくつと笑った。
身長はおそらく俺と5センチほどしか変わらない、割と小柄な人だが、その美貌は会長に勝るとも劣らない。
どことなく人を冷めて見据えた瞳、整った形の唇や鼻、そして何よりその魔術的な声。
やはり、この綺麗な人も三年生なのだろうか。
ていうか、なんでこの場所、こんなに美形ぞろいなのさ?
おかしいよ、何?もしかしてこの学校の人、生徒会顔で選んでませんか?
会長にあれだけ熱を上げる生徒だ。ありえる話だと思う。
まあ俺も、藍先輩の可愛さにやられた一人なので、大きなことは言えないが。
「……ごめんごめん、忍、美琴。君も、ごめんね。怖がらせたかな?」
にこりと、穏やかに微笑む会長様様。
「……え、え、えっと、そそそ、そんなことありまセン……」
声が裏返ったのは、きっと気のせいじゃないな。
「それならよかったよ。さ、座って座って。」
先輩に進められ、ロボットのような足取りで用意してあった椅子に座る。
やばい、まだ、足震えてる。
「……じゃあ、早速質問させてもらうね。まず、名前」
にこりと微笑む会長。
ああ、落ち着けよ俺。落ち着け。藍先輩に答えたのと同じように。
「……な、なななな、なか、中原……ゆっ……雪弥でっ……」
うわあ、俺、かっこ悪い。
しかしそんな俺の決まり悪いことこの上ない言葉を、会長はきちんと聞いてくれていた。
「……雪弥君、か。良い名前だね」
その優しい言葉に、少し肩に圧し掛かった何かが降りた気がした。
軽く安堵の息をつき、会長を見つめる余裕ができた。
「……え、あ、ありがとう……ございます……」
「どう致しまして。それじゃあ、次の質問。君はどうして、この右腕に立候補したの?できれば経緯も具体的にね」
き、来た。
俺は先輩方に聞こえないくらい小さな音で、唾を呑み込んだ。
「……っ、え、ええ、えっと、そ、それ……は……」
何やってんだ、俺。
ただ、自分の力を教えればいいだけだろう。
分かっている。分かっているのに、声が出なかった。
「……っえ……え、えっと……あの……」
「どうしたの?」
やばい、早く言わなきゃ。
気持ちばかりあせり、言葉にならない。
くそ、くそ、何で俺はこんな時に。
「……え、あ、えっと、だから……え、あの……」
やばい、どうしよう、やっぱりまだ完全に心の準備が……
「落ち着いて、いいよ。雪弥君」
その時、俺の様子を眺めていた会長が、震える俺の両手を、優しく握った。
ただそれだけのことなのに、俺からすう、と緊張が抜けていく。
「……あ、あの……」
「緊張してる?うん、気持ちは分かるよ。僕も昔は人前に立つだけで頭が真っ白になって、話すことは愚かまともに壇上に立っていることすら恥ずかしかったよ。だから、君の気持ちはよく分かる」
会長は優しく俺に微笑みかけると、俺の手をもう一度握りなおした。
「…僕が、君の手を握っておくから、だから……頑張って?」
「……っ」
思わず、目の前の人物の優しさに、泣きそうになった。
何なんだよ、この人。こんなに綺麗でモテモテで、おまけにこんなに優しいなんて、反則じゃねえか。文句の一つもつけられないじゃねえか。
「……は、はい……」
自分が、馬鹿みたいだった。
自分の声模倣の力を教えれば、楽に今まで知らなかった俺に出会えるかも、なんて。
なんで、俺はこんな馬鹿なんだ。
会長は、こんなにも優しいのに。
俺が声模倣の能力者だから優しいんじゃない、ただ、迷い惑う俺を励ますために。
馬鹿みたいだ。
俺が声模倣の力を持っているからって、それが何の関係がある?
それだけで何とかなるなんて考えてた俺が、嫌だ。
これなら、生徒会長の追っかけの女子の方が、まだ俺よりマシじゃないか。
彼女達は、少なくても会長の役に立ちたいと思っている。
少なくとも、会長に力を貸したいと思っている。
その点、俺は。
会長に力を貸したいどころか、自分を見付けるための踏み台にしようとしていたんだ。
『こんな、自分のことしか考えてなさそうなガキが、生徒会に入れる訳ないだろう』
あの先輩の言葉が、心に突き刺さった。
言うとおりだった。あの人は、間違ってなかった。
こんな優しい人に、俺は何故、
「……俺は……」
もう、気づいたんだ。
俺がここにいるのは、この人について行きたいからだ。
この優しい人の役に立ちたいと、今心から思ったから。
それなら、せめて何もなくても、他の人と同じように、勝負しようぜ?
「……俺は、中学時代から何もかも普通でした」
「……ええ?」
後ろで小柄な先輩が何言ってるんだ、こいつ、と言いたげな声を上げる。
「……うん、それで?」
会長が、笑う。
その両手を、ぐっと握り返した。
大丈夫、きっと、俺は……大丈夫。
「……成績だけじゃありません、俺は、運動神経も、身長も体重も、容姿すらも、何一つとして平均から出たことのない、どこにでもいる普通すぎる男です」
会長は何も言わず、ただ俺の言葉を聴いている。
「もちろん、生徒会なんてやったこともないし、学級委員や執行委員長さえ、平凡な俺には夢のまた夢の話でした」
一旦、息をつく。
今なら、言える。今いわなきゃ駄目だ。
「……初めは、生徒会なんて全然乗り気じゃなくって……。俺みたいな凡人には絶対できないって。憧れてはいたんですけど、自分には絶対できっこないって。
……そしたら……会長が、言ってくれたんです。……俺を、俺を探しているって……」
「……っえ!?てことは何、もしかしてき」
叫び声を上げた小柄な先輩の口を、もう一人の先輩が押さえた。
「……美琴。静かに」
「……うん、それで?」
眉一つ動かさず、俺の話を聞いてくれる会長。
なんて、綺麗なんだろう。
男同士だけど、いや男同士だからこそわかる、会長の優しさと魅力。
「……それで……俺……とっても嬉しかったんです。まさか……普通の俺が……凡人の俺が……まさか生徒会長みたいなすばらしい人に必要とされているなんて……って、思って。
でも……俺は……本当のところ言うと、やっぱりそれでも自信がなかった。俺の力なんかより、きっともっとすごい人は沢山いるって。でも本当は、やっぱり気になってたんです。俺でも変われるんじゃないか。生徒会に入ることができたら、俺は新しい自分を見つけ出すことができるんじゃないか、って。」
そして、一瞬言葉につまった。
溢れそうな想いが、瞳にも溜まってくる。
「……頑張って」
会長が、俺の手を強く、握り返してくれる。
負けるな。負けちゃいけないんだ。
俺は、変わりたい!
「……すみません……俺は、俺は自分のために、自分が変わりたいから、生徒会を利用しようとして……能力のことを言えば俺は簡単に生まれ変われるなんて……会長のことを利用しようとしてて……
でも……今は俺、俺は……貴方の下で学校を動かしたい……」
最後の方は、きっと声が小さかった。と思う。
分からない。自分でも今どんな風にしゃべっていて、どんな顔をしているのかが。
「……だから、だから俺……本当に……ごめんなさい……」
自分が、何に対して謝っているのか、分からなかった。
「……だから、だから……」
そっと、頭に何か優しい暖かいものが触れる感触がした。
「……頑張ったね、雪弥君」
会長が、俺の頭を撫でてくれていた。
「……本当に……良く頑張りました」
「っ……」
本当に、泣きそうになった。
でもさすがに、ここで泣いたりしたら外に出たときに充から何やら言われてしまうので、それをぐっとこらえた。
「……はい……」
「……ありがとう、もう、君は十分話してくれた…気をつけて帰るんだよ」
俺が転ぶはずがないのに、俺の気持ちを汲んでくれる。
「はい……」
会長は自らドアノブを捻り、ドアを開けた。
開いたドアの隙間からは、薄く光が漏れている。
「……じゃあ、」
「……ありがとう、ございました……」
丁寧に頭を下げてから、部屋を出た。
不思議と、足取りは軽かった。
「……で、どうすんの、響?」
雪弥のいなくなった生徒室で、忍は笑って言った。
「やっぱ、あの子にするの?」
「だよねえ、声模倣の子だもんね。ラッキーじゃん」
美琴は楽しそうに笑うと、ポケットの中から飴玉を取り出し口に含んだ。
「……いや、違うよ美琴」
男性にしては高めの、美しいアルトボイス。
「……僕は、例え彼が能力者でなくても、生徒会にいれるよ」
そして、笑う。
「彼には……僕が見て、何かの“可能性”を感じるんだ」
「……可能性?」
美琴が呟く。
「……ああ、だから僕は、自分の直感に賭けてみたいんだ。駄目かな?……もちろん、千歳や駿、藍や純にも許可はとるけど……君たち二人はどう?」
「……俺は、とりあえず響の直感って奴を信じておく」
忍は、くすくすと面白そうに笑った。
「……それに俺も、ちょおっとあの子から色々感じたからね」
「……美琴は?」
「僕も、忍がいいなら……」
美琴も、ぺこりと小さく頭を下げた。
「ありがとう、二人とも」
響はくす、と口元で笑い、小さく呟いた。
「……とっても、楽しみだね……中原雪弥君」