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第一部〜今迫る、聖倫の真実〜

三月は、俺にとって本当に地獄の月だった。

まず、志望公立高校だった東英高校に見事に落ちた。

先生は合格ライン言ってるって言っていたのに。

まあ、それは俺が悪いんだ。数学の解答欄間違っちまったし…

そして同時に、

犬に噛まれたり、

教科書をなくしたり、

財布を落としたり、

一番酷かったのは、二ヶ月間付き合っていた彼女に一方的に振られたことだ。


『ねえ、雪君』

突然呼びとめられて、何かいいことでもあるのかと期待してた俺に向かって、

『高校も違うし、もう別れない?』

そう、けろりとして、いや寧ろ嬉しそうに、笑ってた。

……なんですか、それ。俺が公立落ちたのが悪い、って言いたいのか?

お荷物がなくなってせいせいしたとか?

ていうか、俺の片想いだったんだよ、な……

向こうは俺のことなんて、ただのアクセサリーくらいにしか思ってなかったんだ。

それともごく普通の俺は、アクセサリー以下だったらどうしよう。

そんなことより。

酷い。

酷すぎる。


だから、決めた。


高校が公立じゃなくったっていい。

彼女なんて、いなくていい。

そして出来れば、高校に入って俺のことだけを愛してくれる可愛い女の子と仲良くなりたい。

まあ、それは無理だとしても。


中原雪弥、15歳。この春、聖倫学園に入学しました。

高校生活最初の春、俺は華麗に華を咲かせましょう!







生徒会会報!

第一部・今迫る、聖倫の真実







とは、言ったものの。

実際に、俺という男にそれを実行する度胸はなかった。

「……はあ……」

新しい教室に入り、クラスの自己紹介の順番を待ちながら、俺は大きな溜め息を吐いた。

うちのクラスの担任は、(名前、忘れた)は今時いなそうな熱血教師で、

『何かの縁でクラスが一緒になったのだから、これは運命だ。運命に感謝しお互いのことを知ろう!』

とかいう無茶苦茶な理論を展開し、

クラスメイト全員名前と簡単なプロフィールを言わなければならなくなってしまった。

そういう自己紹介は、俺にとっては苦手なものの一つだ。

俺は格段成績がいい訳でもないし、飛び抜けた運動能力を持っている訳でもないし、

人がびっくりするような趣味がある訳でもないし、また逆に笑い話にするほどの苦労話や酷い話も全くない。

特技だって、何もない。

いや、一つ心辺りはあったけど、あまり人に言いたいような特技じゃないんだ。

出来れば、誰にも知られたくない。

「……おい、雪弥」

俺の右肩をつん、とつついたのは、俺の中学時代からの友人でもう四年間ずっと

同じクラスの腐れ縁、高蔵充だ。

充は中学時代からサッカーをずっとやっていて、実力もかなりある。

俺も昔ほんの少しサッカーをやったけれど、どうしても俺に合わなくて一週間で挫折した。

まあ野球もバスケも、バレーも武道も、どれも続かなかったんだけど。

別に特別下手だった訳じゃない。

ただ、俺にとって何か一つのことに打ち込むのは、難しいことだった。

いつも、どんな時も、俺は"普通"だから。


成績は先生から期待されるほどの優等生でもなければ、

先生が溜め息を吐きたくなるほどの赤点族でもない。

運動だって、将来を期待させるエースでもなければ、

体を鍛えろ、と指示される貧弱プレイヤーでもない。

容姿だって誰もがみとれる超美形でもなければ、

誰もが顔をしかめるブ男でもない。

期待の星でも問題児でもない、ありふれた"普通"の奴。

それが、俺。

俺、中原雪弥だ。


とりたてた長所も短所もない奴は、何が自分にあっているのか、何が自分には合わないのか、さえ分からない。

だから、何か自分が夢中になれることを見付けられる人は、すごく羨ましくて。

充は、そんなうらやましい人間の一人だった。

「……お前どうせ、また悩んでんだろ?何言おうかって」

充が、ちゃかすように笑った。

「……うっせえな、仕方ないだろ……」

俺はげんなりして呟いた。

「生憎、俺はお前と違って何も出来ないんで」

俺の言葉に、充は更に面白そうに笑った。

「なあに言ってんだ、お前〜。雪弥、お前には"あれ"があるだろ?」

グサリ。

充の言葉が、突き刺さる。

「……あれは……」

「いいじゃんか、あれは十分特技だぜ?上手くやれば女の子にモテモテになれるかも」

「……下手すりゃ引かれるけどな……」

俺は大きく大きく、溜め息を吐いた。


"あれ"か。


充のいう"あれ"とは、俺にある唯一の、特技というか、人間離れした能力のことだ。

出来れば、あれはあんまり知られたくないんだけど。

確かに上手くいけば人気者だろうが、激しく引かれる可能性もあるから。

実際、中学時代の友人数人に言ったところ、激しく誉めてくれたのは充だけで、

あとは苦笑が二人からかいが二人呆然が一人、という内訳の反応を取られた。

どうしよう。

「……ほら、次お前の番だぜ?」

いつのまにか充の番も終わり、自分に回ってきてしまっていた。

やばい。

どうする?俺。

充に促され、皆の視線が俺に集まる中、俺はゆっくりと立ち上がった。

注がれる、視線。

うう。

注目されることが滅多にない凡人は、こんなことでも緊張してしまう。

黙ってつっ立っていた俺の横腹を、充が"早くしろよ"とこづいた。

……覚悟を決めろ、雪弥。

頭の中は真っ白だった。

お前は高校で華々しいデビューを飾るんじゃないのか?

ここで特技くらいぱあっと披露してみろよ、男だろ?

いや、待て。あれはあまりにも馬鹿らしい。

でも、でもでも……

「……どうしたんですか?中原君」

熱血先生が、俺の名を呼んだ。

覚悟を決めろよ、中原雪弥。

俺は、

俺は、


高校生になって、華々しく活躍するんだ!


ガタン、と机を揺らして立ち上がった。

たったそれだけの行為でも、小心者は息を切らしてしまう。

「…………公稜中出身、中原雪弥!」

机に握りこぶしを置き、恥ずかしいのを我慢して叫ぶ。

「勉強も運動も、生活態度も何もかも普通の俺ですが、たった一つだけ特技があります!」

そう、たった一つ。

「俺は、他人の“声模倣”が……できます!」


    その瞬間の、場の静まりようったら。


面白そうにしているのは充だけで、あとの皆の反応は、あまり喜ばしいものとは言えなかった。

数人の女子は(何言ってんの、あいつ)と言いたげな目で俺を見ている。

数人の男子は、ばかばかしいと言いたげんに、顔を背ける。

「……」

俺は無言で充をにらみつけた。

お前のせいだぞ。

お前が人気者になるとか、言うから。

すると、

「……何だ?その声模倣って。もしかして人の声真似できるってことか?」

いかにもお調子者そうな男子が、俺に問いかけてきた。

その瞳が、面白そうな輝きで満ちている。

「……うん、まあ、そうだけど」

でも、関心を持ってくれたのは、いいことだ。

「マジで!?」

少年は面白そうにパチンと手を打つと、俺の方へ顔を乗り出してきた。

「うっそ、じゃあ何かやってよ。あ、じゃあ、大川亜紀の真似とか!」

少年がそう言った瞬間、クラスにどっと笑いが起こった。

「おいおい、男じゃんかよ!」

げらげらと腹を抱えて笑う、クラスの男子。

絶対に、こいつらは俺がふざけてると思ってるんだ。

少し腹立ちつつも、自分でも馬鹿らしい特技だと思っているので、言い返せない。

「……大川亜紀って……」

今高校生の間で大人気の女性歌手だ。

確か「なつみかん」っていう曲が大ヒットし、その他のシングルもかなりいい調子で売れている今をときめく歌手だ。

もちろん、声ならわかる。

熱狂的なファンじゃないけど、ちょっと俺好みだから、

何度かテレビの中で探したことがあるので、歌だって知っている。

「……なあ、やってやって!得意なんだろ?」

その言葉に、少年たちは、また、笑った。

うーん、やっぱなんか馬鹿にされてる気はするけど。

まあ、いっか。

「ばっかじゃないの、男子。そんなん男の子に出来る訳……」

俺の隣の席の女子が口を開いたその時、

俺はすでに、実行中だった。


『……こ、こんにちは、大川亜紀です!』


教室に響いたのは、間違いなく“俺の”声。

皆が、一瞬にして静まりかえった。

よし、いける。

『私の新曲、“なつみかん”聴いてください!』

皆が、

一度俺から視線を背けた奴ら、すべてが俺を見た。

まるでとんでもない物を、みるような目だった。

そして、俺は、前の席の奴が一言、呟くのを聞いた。

「…………マジかよ……大川亜紀にしか……聞こえねえ……」

「……っす、すごい……!」

一人の女子が、黄色い声を上げ、立ち上がった。

「……すっごい、中原君、だっけ!?超そっくり!ねね、次沢田拓海やってよ!ほら歌手の!

分かるよね!?分かるよね!?」

その言葉を筆頭に、今まで俺のことを同情的な眼差し

(きっと俺が大川亜紀の声を出すなんて出来る訳ないと思っていたに違いない)

を向けていた女子たちが、一斉に騒ぎ出した。

「……な、中原君!私、私、タイフーンの桜小路君が好きなんだけど、声やってくれない!?」

「私のためにZ8の岡島君の声で喋ってー!!」

これじゃ、まるで俺の披露宴みたいだ。

確かに目立ちたかったけど、これは目立つ通り越して大変なことになってしまった。

…………またかよ。

「……分かる、けどさ……」

「お願い!中原君!」

で、その子がかわいかったりすると、俺は調子に乗ってしまう人間で、

「……沢田拓海でいいの?」

「うん!!!」

で、そんなことを大喜びの笑顔で言われたりすると、更に図に乗って、

「え……ゴホン、

『今日は、皆来てくれてありがとう。今日は皆のおかげで楽しいライブになりそうだ!』

……と、こんな感じでいい?」

聞いちゃいなかった。

さっきの女の子は喜びに満ちた黄色い悲鳴を上げている。

「……本当そっくり……!!かっこいいよね……拓海っ!!」

一応、言ったのは俺なんですが。

「……次私!!!TAT=TUNの青山君やって!!」

「何言ってんのよ!中原君、次は瀧川秀樹君お願い!」

「女子どもふざけんな!中原、次は男のために小原優実ちゃんで!!」

……やばい。

それぞれがお互いの意見を言い合い、もうHRどころではなくなっている。

初めのうちは静かにさせようとしていた先生も、後半からどうしようもなくなりおろおろとしている。

熱血教師が台無しだ。

でも、こんな状況になったのは、もとはと言えば俺のせいで。

どうにか、俺がこの場を取り繕わなければ。


そして、俺が考え考え考えたことは、


「……充、逃げるぞ!」

とにかく、逃げろ。

俺は充の腕を引っつかむと、ざわつく教室から飛び出した。

ごめんなさい、先生……!

平凡な高校生の俺には、騒ぎの止め方がわかりません!

「……ちょ、ちょっと待ってよ中原君!Z8の岡山君の声やってよ!」

「しつこいぞ女子!中原は男子なんだから小原優実ちゃんの方がいいに決まってんだろ!」

言い争う、男子と女子。

もう、そういう問題ではなかった。


「……っご、ごめんなさいいいいい……!!」

俺は叫びながら、騒ぐ教室から逃げ出した。









「ねえねえ、このクッキーどうかな?美味しい?」

ここは家庭科室。

今ここでは二年生の女子生徒が、調理実習の授業を受けていた。

「うん、美味しいよ。あ、私のも食べてくれる?」

「僕が食べよっか?」

突然の、可愛らしい声。

少女たちがその声に驚いて振り向くと、そこには小柄な少年の姿。

おそらく身長は160もないだろう、ぬいぐるみのような愛らしい容姿の少年である。

(……かっ……可愛い……!)

少女たちの心は一気に打ち抜かれ、母性本能を刺激する。

「……い、一年生?」

少女たちが笑顔で問うと、少年は照れ笑いを浮かべる。

「嫌だなあ、僕、もう三年生だよ?」

「……!」

さすがにこれには驚いた。

「……っす、すみません!ため口で……!!」

「大丈夫だよ。それより……これ、もらっちゃ駄目かな?」

コマーシャルのチワワを沸騰とさせる小動物的な大きな瞳を輝かせて、少年は笑った。

もちろん、あげるに決まっている。

「……も、もちろんですよ!ぜひぜひぜひ、貰ってください!」

あまりの可愛さに冷静さを失いそうになりながらも、少女は少年にクッキーの箱を差し出した。

「……ありがとうっ!」

にこり、と微笑む少年。

今なら、死んでもいい!

少女たちの思いは見事にはもった。

「……ん、じゃあありがとう。バイバイ!」

少年は小さな手をひらひらと振って、少女たちから離れて行った。


彼女たちの頭には、何故授業中に彼がここに来れたのか、なんていう質問は、まるっきりなかったに違いない。









少年は、貰った白い紙の箱を開けた。四つほど入っていた。

「……さ、早速食べようっと」

余韻に浸ることもなく、顔に似合わず乱暴に包み紙を破り捨てると、そのクッキーのうち一つを手にとって持ち、口に入れた。

口の中に広がる、甘い感覚。

普通なら、十分美味しい部類に入る。

だが。

「……何、これ」

少年は、さっきまでの愛らしい表情からうって変わって、深く顔をしかめる。

「……何これ。不味いじゃん。何美味しいような素振りみせてんの?」

少年は険しい顔のまま立ち上がると、

「……要らないや、こんなの」

バサ、バサバサッ。

ゴミ箱に、その残りをすべて、放り込んだ。

銀紙に包まれたクッキーは、無残にゴミ箱の中で汚い紙くずと混ざった。

「……あんなの、違う」

少年は、呟いた。

「あんなの、“可奈”のじゃない。可奈のじゃなきゃ、駄目なんだ」

拳を握り締め、唇をかみしめる。

「違う、違う……!」

「……満足しましたか、先輩」


ふと、少年の背後から、低い声がした。


少年は顔を上げなくても、その人物が誰なのか、分かった。

「……あ、駿。どうしたの?俺のこと、迎えに来たの?」

「……まあ、そうです。

忍先輩が、『もうそろそろ女のとこ行ってお菓子もらって捨ててる頃だから、探して来てよ』……と」

「……あははあ」

少年は、やはり先ほどとは違う可愛らしい顔で、くすくすと笑った。

「やっぱ、忍は俺のことわかってるね。

でも、どーせ忍だって、もうそろそろ女の子をめっためたに振る頃だと思うよ。 俺だって知ってるもん」

駿、と呼ばれた少年は、ため息を吐いた。

「……そんなことより、行きましょう、美琴先輩。会長が呼んでます」

「うん、そうだねえ」

少年は嬉しそうにぴょん、と机から飛び降りた。

「さ、行こっか」

「はい」


そして、二人は歩き出した。


「……そういえばさあ、駿、知ってる?」

「何ですか?」

「んっとねー、ただの噂かもしれないんだけどお」

美琴、と呼ばれた少年は、顎に手をあてて考え込む可愛らしい仕草をする。

「……実は、噂で聞いたんだ。何でも、一年に、“声模倣”できる子がいるんだって」

「……声模倣?」

「うん、んでー、響が、その子のこと探してるって。どうしても会いたいって。

ぜひぜひ、うちの生徒会へ入ってほしい、ってさ」





人生って、何が起こるか分からない。

人間の人生って、何が左右するのか、分からないもんだ。


少なくとも、中原雪弥には、まだ。




始めまして、藤碕篤綺と申すものです。

この拙い小説を読んでくださった方、本当にありがとうございました。

今のところ男ばかりでむさくるしいですが、ちゃんとヒロインの女の子も登場するので、よければその辺り期待してやってくれると嬉しいです。

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