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浪費令嬢と呼ばれて婚約破棄されましたが――ところで、浪費とは何でしょう?

作者: 月白ふゆ
掲載日:2026/08/14

アシュビー公爵令嬢ロウェナには、最近ひとつの呼び名がついていた。


浪費令嬢。


もっとも、本人はその呼び名を知らない。


知ったのは、王太子ネヴィルと婚約して一か月後のことだった。


「君との婚約を破棄する」


王宮の応接室で、ネヴィルはそう告げた。


向かいに座るロウェナは、ぱちりと瞬く。


「理由を伺ってもよろしいでしょうか」

「君の浪費だ」

「浪費?」


ネヴィルは机の上へ何枚もの書類を並べた。


「北部産の羊毛。金貨一万二千枚」

「はい」

「王都西区の古い倉庫を三棟。八千枚」

「はい」

「三年連続赤字の染色工房へ五千枚」

「はい」

「十年以上まともな興行をしていない劇場。一万枚」

「はい」

「南部の港で売りに出されていた中古船を三隻。二万枚」

「一隻は少し浸水しておりますわ」

「知っている!」


ネヴィルは最後の書類を机へ叩きつけた。


「合計、五万五千金貨だ!」


ロウェナは少し考える。


「そのくらいでしたかしら」

「そのくらい!?」

「細かなものを含めれば、もう少し使っておりますわ」

「増やすな!」


ネヴィルは額を押さえた。


「君と婚約して、まだ一か月でこれだけだぞ」

「はい」

「ある意味すごいな、君の公爵家は」

「ありがとうございます」

「褒めていない!」

「そうでしたの」


ロウェナは少し残念そうな顔をした。


婚約前の身辺調査に問題はなかった。


アシュビー公爵家の財務は健全。大きな負債もなく、領地経営にも問題なし。


ロウェナ本人にも借財はない。支払いの遅延もなければ、商人との金銭揉めもない。


だから婚約した。


ところが婚約成立後、王太子妃候補として社交や警護の調整を始めると、妙な話が次々と耳に入ってきた。


北部で羊毛を大量に買った。


王都西区では古い倉庫を三棟。


赤字続きの染色工房へ出資。


寂れた劇場を買い取り、南部では中古船を三隻。


それが全部、この一か月の話だった。


土地や船の売買は記録に残る。商人の間でも、大口の取引は噂になる。


やがて社交界でも、


「アシュビー公爵令嬢が、また何かお買いになったそうよ」


そんな話が面白半分に囁かれ始めた。


何の役に立つか分からないものへ、惜しげもなく大金を注ぎ込む令嬢。


いつしか誰かが、ロウェナを浪費令嬢と呼び始めた。


気になったネヴィルが直近の動きを調べさせた結果が、目の前の書類だった。


「婚約前にも君のことは調べた」

「存じておりますわ」

「借財なし。金銭問題なし。公爵家の財務も健全。だから問題ないと判断した」

「はい」

「まさか借金もせず、一か月で五万五千金貨も使っているとは思わなかった!」

「借りる必要がございませんもの」

「そこを感心しているんじゃない!」


ネヴィルは深く息を吐いた。


「君の父上は何を考えているんだ。これだけの金を動かして、何も言わないのか?」

「何を買ったかは、お父様へ知らせなくてよいことになっておりますので」

「……何だって?」

「数年前、わたくしが商売をしてみたいと申し上げましたの」

「それで?」

「元手として十万金貨をいただきました」

「十万?」

「全部なくしても構わない。ただし追加はしない、と」

「……」

「公爵家の会計とは切り離して、自分で管理するようにとも」

「待て。では今の取引は、公爵家とは関係ないのか?」

「ございませんわ」


ネヴィルは黙った。


「会計は?」

「わたくしが個人的に雇った者がおります」

「その者の給金も?」

「もちろん、わたくしのお金からですわ」

「君の父上は収支を知らない?」

「はい」

「家令も?」

「公爵家の家令には関係ございませんもの」


長い沈黙のあと、ネヴィルは言った。


「本当に、ある意味すごいな、君の公爵家は」

「今度は褒めております?」

「違う」

「そうでしたか」



数年前。


まだロウェナが社交界へ出る前のこと。


彼女は父、アシュビー公爵ギデオンの執務室を訪れた。


「お父様。商売をしてみたいのです」

「商売?」

「はい」

「何を売る」

「まだ決めておりませんわ」

「……そうか」


普通なら、そこで終わる話だった。


だがギデオンはしばらく娘を見てから尋ねた。


「いくら欲しい」

「十万金貨ほど」

「大きく出たな」

「多いでしょうか」

「少なくはない」


それでも数日後、ギデオンは本当に十万金貨を用意した。


「これはお前にやる」

「よろしいのですか?」

「ああ。ただし、これで終わりだ」

「終わり?」

「全部失っても追加はしない。何を買おうが、誰に貸そうが好きにしろ。その代わり、失敗しても自分で引き受けろ」

「分かりましたわ」

「公爵家の会計とは分けろ。必要な人間も自分で雇え。その給金もそこから出せ」

「はい」

「私への報告もいらん」

「まあ」

「聞けば口を出したくなる。それでは、お前に任せた意味がないからな」


ギデオンの中では、その時点で十万金貨はなくなった金だった。


娘の教育費。


高いと言えば高いが、公爵家を傾ける額ではない。


十万までなら失敗していい。


それ以上は出さない。


損失の上限だけを決め、その枠の中を娘へ丸ごと渡したのだ。


ロウェナは最初に、小さな事務所を借りた。


次に、会計のできる男を一人雇った。


名をヒューゴという。


公爵家の使用人ではない。


ロウェナが自分で雇い、自分の金で給金を払い、自分の資産だけを管理させる。


「まず何をなさいますか」

「そうですわね」


ロウェナは少し考えた。


「安いものを買いましょう」

「何を?」

「高くなりそうなものを」

「……承知しました」



それから数年。


母は時折、娘の噂を耳にして心配した。


「ロウェナ、また何かお買いになったそうね」

「ええ」

「今度は何?」

「倉庫ですわ」

「何に使うの?」

「まだ使いません」

「……そう」


兄も船の話を聞いた時には頭を抱えた。


「なぜ船なんだ」

「運ぶためですわ」

「何を」

「いろいろ」

「なぜ三隻なんだ」

「三隻売っておりましたので」

「そういう意味ではない」


だが、公爵家から金が出たことは一度もない。

ロウェナが父へ追加資金を求めたこともない。

だからギデオンは、聞くたびに同じことを言った。


「本人の金だ。好きにさせろ」


公爵家の家令に至っては、契約書すら見ていない。

ロウェナが何を買い、何を売り、いくら持っているのか。


その全貌を知っているのは、ロウェナとヒューゴだけだった。


「君の父上が、自分の財産から十万金貨を君に与えた。それは公爵家の判断だ。今それが君個人の財産なら、君がどう使おうと最終的には君の責任だ」

「ええ」

「だが、王太子妃となればそれだけでは済まない」

「もちろんですわ」


ネヴィルの声が少し低くなる。


「王家の私財だけならまだしも、いずれ君は国の予算にも関わる」

「存じております」

「国の予算は国民から預かった金だ。好き勝手に失っていいものじゃない」

「おっしゃる通りですわ」

「……分かっているのか?」

「ええ」


あまりにも即答なので、ネヴィルの方が戸惑った。


「なら分かるだろう。理由も説明せず、一か月で五万五千金貨を動かす人間を、私は王太子妃にするのが怖い」

「はい」

「君自身の金なら、失って困るのは君だ。だが国の金は違う。そこは分かってくれ」

「分かりましたわ」


ロウェナは素直に頷いた。


「……反論しないのか」

「何にでしょう?」

「君の金遣いについてだ」

「わたくしのお金ですもの」

「そういうところだ!」

「?」

「王家では、そんな理屈は通らない」

「ええ。ですから王家のお金なら勝手には使いませんわ」


ネヴィルが止まった。


ロウェナも止まった。


二人はしばらく見つめ合う。


公爵家の資産。

ロウェナ個人の財産。

王家の私財。

そして国の予算。


ロウェナは、その区別をきちんとつけている。


自分の金なら、自分の責任で使う。

他人の金なら、与えられた権限の範囲で使う。

国の金なら、当然、説明も監督も必要だと思っている。


つまり会話は噛み合っている。


なのに、どうにも噛み合わない。


「……ともかく、私は君を王太子妃に迎えることはできない。婚約は破棄する」

「承知いたしました」


ロウェナは立ち上がり、丁寧に一礼した。


「たかだか一か月ほどですが、これまでお世話になりました」

「……それだけか」

「はい」

「未練は?」

「特には」

「そうか」

「では、失礼いたします」


ロウェナはそのまま帰った。



一か月後。


ロウェナの小さな事務所で、ヒューゴはいつものように帳簿を開いていた。


「北部の羊毛ですが、隣国の軍需商会から購入価格の二・四倍で買い取りたいと」

「では売ってくださいませ」

「承知しました。西区の倉庫周辺は、新街道の接続地点になることが発表されました」

「予定より早かったですわね」

「三棟まとめて購入時の三倍で買いたいという商会がございます」

「一棟だけ売りましょう。二棟は貸してくださいませ」

「その方が利益は大きいかと」


ヒューゴは次の紙へ移る。


「染色工房は新染料の量産に成功。複数の服飾商会から契約の申し込みが」

「工房長に任せてくださいな」

「劇場は改装後の興行権が売れました。船三隻も修繕が終わり、新航路で運航を開始しております」

「浸水していた船は?」

「問題ありません」

「よかったですわ」


いつもの報告だった。


「今月の自由資金は?」

「売却分を含め、十一万三千ほどになる見込みです」

「では、また使えますわね」

「すでに何か?」

「少し気になる果樹園が」

「資料を用意しておきます」


ヒューゴは眉ひとつ動かさない。

彼にとっては、これが数年来の通常業務だった。


利益が出るものもあれば、損をするものもある。

値が下がれば手放し、上がると見れば買う。

戻った金は、次へ回す。


だからロウェナの手元にある現金は、だいたいいつも十万金貨前後だった。



その日の夕食後。


ギデオンは、ふと思い出したように娘へ尋ねた。


「そういえばロウェナ」

「はい?」

「最初に渡した十万金貨、まだ残っているのか」


母と兄も何となくロウェナを見る。


「すぐ動かせる現金でしたら、だいたい十万前後ですわ」

「……まだ十万あるのか」


ギデオンは少し感心したように頷いた。


「数年やって、元手が残っているなら上出来だな」

「総資産は、もっとございますもの」

「総資産?」


ギデオンの動きが止まった。


「はい」

「どのくらいだ」

「今の評価でしたら、百八十万金貨ほどでしょうか」


食堂が静まり返った。


兄の手から、フォークが皿へ落ちた。


「……何?」

「百八十万ほどですわ」

「何が?」

「わたくしの資産が」


ギデオンはしばらく娘を見た。


「元は?」

「お父様からいただいた十万ですわ」

「それは知っている」


また沈黙。


「追加は?」

「いただいておりません」

「……ヒューゴを呼べ」

「なぜですの?」

「呼べ」


しばらくして、食堂へヒューゴがやってきた。


「お呼びでしょうか」

「ロウェナの資産が百八十万あるというのは本当か?」

「はい」


即答だった。


「正確には?」

「本日時点の概算で百八十二万六千四百金貨ほどです」

「……お前は知っていたのか」

「私が管理しておりますので」

「なぜ私に報告しない」

「ロウェナ様の個人資産ですので」


ギデオンが黙る。


ヒューゴは淡々と続けた。


「私はロウェナ様個人との雇用契約です。アシュビー公爵家には所属しておりません」

「それは私がそうしろと言った」

「はい」

「報告も不要だと」

「はい」

「……そうだったな」


ロウェナが頷いた。


「ですから、お知らせしておりませんでした」

「限度があるだろう!」


とうとうギデオンが声を上げた。


「私は十万を全部なくす覚悟で渡したんだぞ!」

「存じておりますわ」

「それがどうして十八倍になっている!」

「利益が出ましたら、次のものを買っておりますので」

「なぜ現金は十万のままなんだ!」

「使いますから」

「知っている!」


兄が恐る恐る口を挟む。


「……あの船も?」

「資産ですわ」

「劇場も?」

「ええ」

「倉庫も?」

「もちろん」

「俺、全部ただの散財だと思ってた」


ロウェナは不思議そうに兄を見る。


「なぜですの?」

「説明しないからだよ!」


母がこめかみを押さえた。


「ロウェナ。どうして今まで一言も言わなかったの」

「お父様が、報告はいらないと」

「それはそうだけれど……」

「それに」


ロウェナは少し考えた。


「収益までお知らせすると、皆様いろいろ気を揉まれるかと思いまして」


ギデオンが目を見開く。


「何をどう気を揉むんだ」

「増えたり減ったりいたしますもの」

「支出だけ噂で聞かされる方がよほど気を揉む!」


その日初めて、父と兄の意見が完全に一致した。



その話が王宮へ届くまで、そう時間はかからなかった。


ネヴィルは最初、何かの間違いだと思った。


調べさせた。


間違いではなかった。


ただし、百八十万金貨がどこかの金庫に積んであるわけではない。


ロウェナが今すぐ自由に動かせる現金は、おおむね十万金貨前後。


残りは土地、建物、商会や工房の持分、貸付金、商品、船。


利益が出れば、その金を次へ回す。


金が戻れば、また動かす。


ロウェナの財産の大半は、常に何かの形で働いていた。


婚約前の通常の身辺調査で見えていたのは、借財も滞納もなく、公爵家へ損失を押しつけてもいないという事実までだった。


その全体を把握していたのは、本人と、個人的に雇われた会計係だけ。


改めて調べれば、ロウェナがこの数年で手を出したものが次々と出てきた。


すべてが成功したわけではない。


値を下げた商品もある。


期待した利益が出ず、早々に手放した事業もある。


一度など、仕入れた香辛料が値崩れし、まとまった損失を出していた。


だが、その損は小さい。


見込みが外れたと判断すれば、すぐ手を引く。


利益が出るものには次の金を入れる。


全部を当てているのではない。


外した時に、大きく負けない。


その積み重ねで、十万金貨が百八十万相当の資産へ変わっていた。


先月使った五万五千金貨も、その運用の中から出た金だった。


そして今月。


羊毛は二・四倍。

倉庫は三倍。

工房、劇場、船も利益を生み始めている。


ネヴィルは報告書を閉じた。


自分の判断が完全に間違っていたとは思わない。


あの時点で見えていたのは、自由に動かせる金の半分ほどを、一か月で怪しげな品々へ突っ込むロウェナの姿だった。


しかも理由を聞いても、まともに説明しない。


国の財に関わる人間を選ぶ以上、警戒するのは当然だったと思う。


実際、今でもロウェナへ国の予算を自由に使わせてよいとは思わない。


そこは変わらなかった。


だが。


ネヴィルはもう一度、報告書を開いた。


十万金貨。


それが数年で、百八十万金貨を超える資産になっている。


すべてを当てたわけではない。


失敗もしている。


それでも損失が大きくなる前に手を引き、利益の出るものへ資金を回す。


偶然ではない。


明らかに能力だった。


ならば。


自由に使わせなければいい。


事前に用途を示させる。


一定額を超える支出には承認を必要とする。


定期的に報告を出させ、監査も入れる。


国の予算なら当然のことだ。


ロウェナも、そこについては婚約破棄を告げた時に一度も反論しなかった。


むしろ、


『おっしゃる通りですわ』


と認めていた。


なら、彼女の能力を活かしながら、危険だけを抑える仕組みは作れる。


王太子妃として迎えることも、今ならできるのではないか。


ネヴィルはそう考えた。


それは彼なりに、以前よりずっとロウェナを理解した上で出した結論だった。


少なくとも本人は、そう思っていた。


ロウェナは金を使う女だった。

そして、それ以上に増やす女だった。


ならば今度こそ、その力を正しく使えばいい。



さらに一か月後。


ネヴィルはアシュビー公爵邸を訪れた。


応接室で、ロウェナは紅茶を飲んでいる。


「お久しぶりです、殿下」

「ああ」

「本日は?」

「君のことを誤解していた」

「そうでしたか」

「君が使っていた金は、浪費ではなかった」


ロウェナは少し考える。


「全部ではございませんわ」

「何?」

「本当に欲しくて買っただけのものもございますもの」

「……そうか」

「先日は新しいティーセットを買いました」

「いくらだ」

「金貨百二十枚ほど」

「それは普通に浪費じゃないのか」

「気に入っておりますので」


ネヴィルは目を閉じた。


今日はその話をしに来たのではない。


「ロウェナ。もう一度、婚約を結び直せないだろうか」


ロウェナがカップを置く。


「わたくしと?」

「ああ」

「なぜでしょう」

「君の才覚を、私は正しく評価していなかった」


ネヴィルは今度こそ、きちんと説明するつもりだった。


「以前言ったことを撤回するつもりはない。国の金を、誰か一人の判断だけで動かすべきではないと思っている」

「ええ」

「だが、君の能力まで否定する必要はなかった。事前の承認や定期的な報告、監査の仕組みを整えればいい。そうすれば君の才覚を、王家や国のためにも活かせる」


ロウェナは静かに聞いていた。


ネヴィルは、それを好意的に受け取った。


「君なら王太子妃として、王家を、国を豊かにできる」


そこで初めて、ロウェナは少しだけ眉を上げた。


「王家のお金を、わたくしに運用させるおつもりですの?」

「好き勝手に、という意味ではない。今言った通り、監督も報告も必要だ」

「ええ」

「君もそれが必要だと理解している。私も今は、君の能力を理解している。なら今度こそ、互いに理解した上で――」

「それなら、わたくしである必要はございませんわ」


ネヴィルが言葉を止めた。


「何?」

「国のお金を適切に管理する方が必要なのでしょう?」

「ああ」

「でしたら、そのための方をお雇いになればよろしいではありませんか」

「だが君には実績がある」

「それと結婚は別のお話ですわ」


ネヴィルは黙った。


彼はロウェナを見直したつもりだった。


浪費家ではない。

優れた運用能力を持つ女だと。


確かに評価は変わった。


けれど、評価したのは彼女の能力だった。


それは妻として彼女を望む理由とは、少し違う。


ネヴィル自身、その違いに気づくのが遅かった。


「殿下が先日おっしゃったことは、正しいと思っております」

「何?」

「王家へ嫁げば、いずれ国の予算にも関わるのでしょう。国の民から預かったお金を、わたくし個人のお金と同じようには扱えませんわ」

「なら――」

「ですから、考えましたの」


ロウェナはカップを置いた。


「王太子妃となれば、その責任を負う。自分の判断だけでは動けない。失敗すれば、自分のお金を失うだけでは済まない」

「……そうだ」

「随分なリスクですわね」

「リスク?」

「ええ」


ロウェナは穏やかに微笑んだ。


「国の民のお金を預かる責任まで負って、それでもあなたと結婚したいかと考えましたの」


ネヴィルの表情が固まる。


「残念ながら、そこまでの魅力はございませんでしたわ」

「ロウェナ……」

「それに、あなた個人に対しても、投資する価値があるとは思えませんの」

「……私を投資先と比べるのか」

「いいえ?」


ロウェナは首を傾げた。


「比べるまでもございませんわ」


沈黙が落ちた。


ネヴィルはしばらく何も言わなかった。


やがて、低く尋ねる。


「本当に、戻る気はないのか」

「ええ」

「私では駄目だと?」

「はい」


ロウェナは申し訳なさそうに微笑んだ。


「それでは、本当に浪費になってしまいますから」

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


浪費令嬢のお話でした。


もっともロウェナ、金遣いそのものは間違いなく派手です。


十万金貨を元手にして、増えたら使う。 戻ってきたら、また使う。 そして手元の現金はだいたい十万のまま。


本人としては、ごく普通に「お金を働かせている」だけなのですが、外から見ればそりゃ浪費令嬢とも呼ばれます。


そしてネヴィルの最初の判断については、ロウェナ自身も否定しておりません。


自分のお金と、国の民から預かったお金は別物ですから。


ただし。


能力があるから欲しい。 結婚すればその能力を使える。


それと、


この人と結婚したい。


は、別のお話。


ところで、浪費とは何でしょう?


ロウェナにとって一番の浪費は、どうやらお金ではなかったようです。

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― 新着の感想 ―
うん、最初から違和感全開だったけど、これは現代日本人の感性だからだったんだな 大丈夫かこの国?
最後が痛快ですね〜!!そりゃそーだ!!と、しか。 運用しても財産増えそうにないなぁ…という相手に監視されながら運用するの、そりゃリスクだわ…そこまで取れないわ〜と素早く損切り出来ることが、財を増やせる…
国の金庫を預かる者として、慎重な考え方は悪くはない。 ロウェナだって失敗自体はしていて、そこから巻き返すことを知っている。 この王子も自分を磨いて価値を高められたら 投資対象になれる目もあるかもしれな…
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