浪費令嬢と呼ばれて婚約破棄されましたが――ところで、浪費とは何でしょう?
アシュビー公爵令嬢ロウェナには、最近ひとつの呼び名がついていた。
浪費令嬢。
もっとも、本人はその呼び名を知らない。
知ったのは、王太子ネヴィルと婚約して一か月後のことだった。
「君との婚約を破棄する」
王宮の応接室で、ネヴィルはそう告げた。
向かいに座るロウェナは、ぱちりと瞬く。
「理由を伺ってもよろしいでしょうか」
「君の浪費だ」
「浪費?」
ネヴィルは机の上へ何枚もの書類を並べた。
「北部産の羊毛。金貨一万二千枚」
「はい」
「王都西区の古い倉庫を三棟。八千枚」
「はい」
「三年連続赤字の染色工房へ五千枚」
「はい」
「十年以上まともな興行をしていない劇場。一万枚」
「はい」
「南部の港で売りに出されていた中古船を三隻。二万枚」
「一隻は少し浸水しておりますわ」
「知っている!」
ネヴィルは最後の書類を机へ叩きつけた。
「合計、五万五千金貨だ!」
ロウェナは少し考える。
「そのくらいでしたかしら」
「そのくらい!?」
「細かなものを含めれば、もう少し使っておりますわ」
「増やすな!」
ネヴィルは額を押さえた。
「君と婚約して、まだ一か月でこれだけだぞ」
「はい」
「ある意味すごいな、君の公爵家は」
「ありがとうございます」
「褒めていない!」
「そうでしたの」
ロウェナは少し残念そうな顔をした。
婚約前の身辺調査に問題はなかった。
アシュビー公爵家の財務は健全。大きな負債もなく、領地経営にも問題なし。
ロウェナ本人にも借財はない。支払いの遅延もなければ、商人との金銭揉めもない。
だから婚約した。
ところが婚約成立後、王太子妃候補として社交や警護の調整を始めると、妙な話が次々と耳に入ってきた。
北部で羊毛を大量に買った。
王都西区では古い倉庫を三棟。
赤字続きの染色工房へ出資。
寂れた劇場を買い取り、南部では中古船を三隻。
それが全部、この一か月の話だった。
土地や船の売買は記録に残る。商人の間でも、大口の取引は噂になる。
やがて社交界でも、
「アシュビー公爵令嬢が、また何かお買いになったそうよ」
そんな話が面白半分に囁かれ始めた。
何の役に立つか分からないものへ、惜しげもなく大金を注ぎ込む令嬢。
いつしか誰かが、ロウェナを浪費令嬢と呼び始めた。
気になったネヴィルが直近の動きを調べさせた結果が、目の前の書類だった。
「婚約前にも君のことは調べた」
「存じておりますわ」
「借財なし。金銭問題なし。公爵家の財務も健全。だから問題ないと判断した」
「はい」
「まさか借金もせず、一か月で五万五千金貨も使っているとは思わなかった!」
「借りる必要がございませんもの」
「そこを感心しているんじゃない!」
ネヴィルは深く息を吐いた。
「君の父上は何を考えているんだ。これだけの金を動かして、何も言わないのか?」
「何を買ったかは、お父様へ知らせなくてよいことになっておりますので」
「……何だって?」
「数年前、わたくしが商売をしてみたいと申し上げましたの」
「それで?」
「元手として十万金貨をいただきました」
「十万?」
「全部なくしても構わない。ただし追加はしない、と」
「……」
「公爵家の会計とは切り離して、自分で管理するようにとも」
「待て。では今の取引は、公爵家とは関係ないのか?」
「ございませんわ」
ネヴィルは黙った。
「会計は?」
「わたくしが個人的に雇った者がおります」
「その者の給金も?」
「もちろん、わたくしのお金からですわ」
「君の父上は収支を知らない?」
「はい」
「家令も?」
「公爵家の家令には関係ございませんもの」
長い沈黙のあと、ネヴィルは言った。
「本当に、ある意味すごいな、君の公爵家は」
「今度は褒めております?」
「違う」
「そうでしたか」
数年前。
まだロウェナが社交界へ出る前のこと。
彼女は父、アシュビー公爵ギデオンの執務室を訪れた。
「お父様。商売をしてみたいのです」
「商売?」
「はい」
「何を売る」
「まだ決めておりませんわ」
「……そうか」
普通なら、そこで終わる話だった。
だがギデオンはしばらく娘を見てから尋ねた。
「いくら欲しい」
「十万金貨ほど」
「大きく出たな」
「多いでしょうか」
「少なくはない」
それでも数日後、ギデオンは本当に十万金貨を用意した。
「これはお前にやる」
「よろしいのですか?」
「ああ。ただし、これで終わりだ」
「終わり?」
「全部失っても追加はしない。何を買おうが、誰に貸そうが好きにしろ。その代わり、失敗しても自分で引き受けろ」
「分かりましたわ」
「公爵家の会計とは分けろ。必要な人間も自分で雇え。その給金もそこから出せ」
「はい」
「私への報告もいらん」
「まあ」
「聞けば口を出したくなる。それでは、お前に任せた意味がないからな」
ギデオンの中では、その時点で十万金貨はなくなった金だった。
娘の教育費。
高いと言えば高いが、公爵家を傾ける額ではない。
十万までなら失敗していい。
それ以上は出さない。
損失の上限だけを決め、その枠の中を娘へ丸ごと渡したのだ。
ロウェナは最初に、小さな事務所を借りた。
次に、会計のできる男を一人雇った。
名をヒューゴという。
公爵家の使用人ではない。
ロウェナが自分で雇い、自分の金で給金を払い、自分の資産だけを管理させる。
「まず何をなさいますか」
「そうですわね」
ロウェナは少し考えた。
「安いものを買いましょう」
「何を?」
「高くなりそうなものを」
「……承知しました」
それから数年。
母は時折、娘の噂を耳にして心配した。
「ロウェナ、また何かお買いになったそうね」
「ええ」
「今度は何?」
「倉庫ですわ」
「何に使うの?」
「まだ使いません」
「……そう」
兄も船の話を聞いた時には頭を抱えた。
「なぜ船なんだ」
「運ぶためですわ」
「何を」
「いろいろ」
「なぜ三隻なんだ」
「三隻売っておりましたので」
「そういう意味ではない」
だが、公爵家から金が出たことは一度もない。
ロウェナが父へ追加資金を求めたこともない。
だからギデオンは、聞くたびに同じことを言った。
「本人の金だ。好きにさせろ」
公爵家の家令に至っては、契約書すら見ていない。
ロウェナが何を買い、何を売り、いくら持っているのか。
その全貌を知っているのは、ロウェナとヒューゴだけだった。
「君の父上が、自分の財産から十万金貨を君に与えた。それは公爵家の判断だ。今それが君個人の財産なら、君がどう使おうと最終的には君の責任だ」
「ええ」
「だが、王太子妃となればそれだけでは済まない」
「もちろんですわ」
ネヴィルの声が少し低くなる。
「王家の私財だけならまだしも、いずれ君は国の予算にも関わる」
「存じております」
「国の予算は国民から預かった金だ。好き勝手に失っていいものじゃない」
「おっしゃる通りですわ」
「……分かっているのか?」
「ええ」
あまりにも即答なので、ネヴィルの方が戸惑った。
「なら分かるだろう。理由も説明せず、一か月で五万五千金貨を動かす人間を、私は王太子妃にするのが怖い」
「はい」
「君自身の金なら、失って困るのは君だ。だが国の金は違う。そこは分かってくれ」
「分かりましたわ」
ロウェナは素直に頷いた。
「……反論しないのか」
「何にでしょう?」
「君の金遣いについてだ」
「わたくしのお金ですもの」
「そういうところだ!」
「?」
「王家では、そんな理屈は通らない」
「ええ。ですから王家のお金なら勝手には使いませんわ」
ネヴィルが止まった。
ロウェナも止まった。
二人はしばらく見つめ合う。
公爵家の資産。
ロウェナ個人の財産。
王家の私財。
そして国の予算。
ロウェナは、その区別をきちんとつけている。
自分の金なら、自分の責任で使う。
他人の金なら、与えられた権限の範囲で使う。
国の金なら、当然、説明も監督も必要だと思っている。
つまり会話は噛み合っている。
なのに、どうにも噛み合わない。
「……ともかく、私は君を王太子妃に迎えることはできない。婚約は破棄する」
「承知いたしました」
ロウェナは立ち上がり、丁寧に一礼した。
「たかだか一か月ほどですが、これまでお世話になりました」
「……それだけか」
「はい」
「未練は?」
「特には」
「そうか」
「では、失礼いたします」
ロウェナはそのまま帰った。
一か月後。
ロウェナの小さな事務所で、ヒューゴはいつものように帳簿を開いていた。
「北部の羊毛ですが、隣国の軍需商会から購入価格の二・四倍で買い取りたいと」
「では売ってくださいませ」
「承知しました。西区の倉庫周辺は、新街道の接続地点になることが発表されました」
「予定より早かったですわね」
「三棟まとめて購入時の三倍で買いたいという商会がございます」
「一棟だけ売りましょう。二棟は貸してくださいませ」
「その方が利益は大きいかと」
ヒューゴは次の紙へ移る。
「染色工房は新染料の量産に成功。複数の服飾商会から契約の申し込みが」
「工房長に任せてくださいな」
「劇場は改装後の興行権が売れました。船三隻も修繕が終わり、新航路で運航を開始しております」
「浸水していた船は?」
「問題ありません」
「よかったですわ」
いつもの報告だった。
「今月の自由資金は?」
「売却分を含め、十一万三千ほどになる見込みです」
「では、また使えますわね」
「すでに何か?」
「少し気になる果樹園が」
「資料を用意しておきます」
ヒューゴは眉ひとつ動かさない。
彼にとっては、これが数年来の通常業務だった。
利益が出るものもあれば、損をするものもある。
値が下がれば手放し、上がると見れば買う。
戻った金は、次へ回す。
だからロウェナの手元にある現金は、だいたいいつも十万金貨前後だった。
その日の夕食後。
ギデオンは、ふと思い出したように娘へ尋ねた。
「そういえばロウェナ」
「はい?」
「最初に渡した十万金貨、まだ残っているのか」
母と兄も何となくロウェナを見る。
「すぐ動かせる現金でしたら、だいたい十万前後ですわ」
「……まだ十万あるのか」
ギデオンは少し感心したように頷いた。
「数年やって、元手が残っているなら上出来だな」
「総資産は、もっとございますもの」
「総資産?」
ギデオンの動きが止まった。
「はい」
「どのくらいだ」
「今の評価でしたら、百八十万金貨ほどでしょうか」
食堂が静まり返った。
兄の手から、フォークが皿へ落ちた。
「……何?」
「百八十万ほどですわ」
「何が?」
「わたくしの資産が」
ギデオンはしばらく娘を見た。
「元は?」
「お父様からいただいた十万ですわ」
「それは知っている」
また沈黙。
「追加は?」
「いただいておりません」
「……ヒューゴを呼べ」
「なぜですの?」
「呼べ」
しばらくして、食堂へヒューゴがやってきた。
「お呼びでしょうか」
「ロウェナの資産が百八十万あるというのは本当か?」
「はい」
即答だった。
「正確には?」
「本日時点の概算で百八十二万六千四百金貨ほどです」
「……お前は知っていたのか」
「私が管理しておりますので」
「なぜ私に報告しない」
「ロウェナ様の個人資産ですので」
ギデオンが黙る。
ヒューゴは淡々と続けた。
「私はロウェナ様個人との雇用契約です。アシュビー公爵家には所属しておりません」
「それは私がそうしろと言った」
「はい」
「報告も不要だと」
「はい」
「……そうだったな」
ロウェナが頷いた。
「ですから、お知らせしておりませんでした」
「限度があるだろう!」
とうとうギデオンが声を上げた。
「私は十万を全部なくす覚悟で渡したんだぞ!」
「存じておりますわ」
「それがどうして十八倍になっている!」
「利益が出ましたら、次のものを買っておりますので」
「なぜ現金は十万のままなんだ!」
「使いますから」
「知っている!」
兄が恐る恐る口を挟む。
「……あの船も?」
「資産ですわ」
「劇場も?」
「ええ」
「倉庫も?」
「もちろん」
「俺、全部ただの散財だと思ってた」
ロウェナは不思議そうに兄を見る。
「なぜですの?」
「説明しないからだよ!」
母がこめかみを押さえた。
「ロウェナ。どうして今まで一言も言わなかったの」
「お父様が、報告はいらないと」
「それはそうだけれど……」
「それに」
ロウェナは少し考えた。
「収益までお知らせすると、皆様いろいろ気を揉まれるかと思いまして」
ギデオンが目を見開く。
「何をどう気を揉むんだ」
「増えたり減ったりいたしますもの」
「支出だけ噂で聞かされる方がよほど気を揉む!」
その日初めて、父と兄の意見が完全に一致した。
その話が王宮へ届くまで、そう時間はかからなかった。
ネヴィルは最初、何かの間違いだと思った。
調べさせた。
間違いではなかった。
ただし、百八十万金貨がどこかの金庫に積んであるわけではない。
ロウェナが今すぐ自由に動かせる現金は、おおむね十万金貨前後。
残りは土地、建物、商会や工房の持分、貸付金、商品、船。
利益が出れば、その金を次へ回す。
金が戻れば、また動かす。
ロウェナの財産の大半は、常に何かの形で働いていた。
婚約前の通常の身辺調査で見えていたのは、借財も滞納もなく、公爵家へ損失を押しつけてもいないという事実までだった。
その全体を把握していたのは、本人と、個人的に雇われた会計係だけ。
改めて調べれば、ロウェナがこの数年で手を出したものが次々と出てきた。
すべてが成功したわけではない。
値を下げた商品もある。
期待した利益が出ず、早々に手放した事業もある。
一度など、仕入れた香辛料が値崩れし、まとまった損失を出していた。
だが、その損は小さい。
見込みが外れたと判断すれば、すぐ手を引く。
利益が出るものには次の金を入れる。
全部を当てているのではない。
外した時に、大きく負けない。
その積み重ねで、十万金貨が百八十万相当の資産へ変わっていた。
先月使った五万五千金貨も、その運用の中から出た金だった。
そして今月。
羊毛は二・四倍。
倉庫は三倍。
工房、劇場、船も利益を生み始めている。
ネヴィルは報告書を閉じた。
自分の判断が完全に間違っていたとは思わない。
あの時点で見えていたのは、自由に動かせる金の半分ほどを、一か月で怪しげな品々へ突っ込むロウェナの姿だった。
しかも理由を聞いても、まともに説明しない。
国の財に関わる人間を選ぶ以上、警戒するのは当然だったと思う。
実際、今でもロウェナへ国の予算を自由に使わせてよいとは思わない。
そこは変わらなかった。
だが。
ネヴィルはもう一度、報告書を開いた。
十万金貨。
それが数年で、百八十万金貨を超える資産になっている。
すべてを当てたわけではない。
失敗もしている。
それでも損失が大きくなる前に手を引き、利益の出るものへ資金を回す。
偶然ではない。
明らかに能力だった。
ならば。
自由に使わせなければいい。
事前に用途を示させる。
一定額を超える支出には承認を必要とする。
定期的に報告を出させ、監査も入れる。
国の予算なら当然のことだ。
ロウェナも、そこについては婚約破棄を告げた時に一度も反論しなかった。
むしろ、
『おっしゃる通りですわ』
と認めていた。
なら、彼女の能力を活かしながら、危険だけを抑える仕組みは作れる。
王太子妃として迎えることも、今ならできるのではないか。
ネヴィルはそう考えた。
それは彼なりに、以前よりずっとロウェナを理解した上で出した結論だった。
少なくとも本人は、そう思っていた。
ロウェナは金を使う女だった。
そして、それ以上に増やす女だった。
ならば今度こそ、その力を正しく使えばいい。
さらに一か月後。
ネヴィルはアシュビー公爵邸を訪れた。
応接室で、ロウェナは紅茶を飲んでいる。
「お久しぶりです、殿下」
「ああ」
「本日は?」
「君のことを誤解していた」
「そうでしたか」
「君が使っていた金は、浪費ではなかった」
ロウェナは少し考える。
「全部ではございませんわ」
「何?」
「本当に欲しくて買っただけのものもございますもの」
「……そうか」
「先日は新しいティーセットを買いました」
「いくらだ」
「金貨百二十枚ほど」
「それは普通に浪費じゃないのか」
「気に入っておりますので」
ネヴィルは目を閉じた。
今日はその話をしに来たのではない。
「ロウェナ。もう一度、婚約を結び直せないだろうか」
ロウェナがカップを置く。
「わたくしと?」
「ああ」
「なぜでしょう」
「君の才覚を、私は正しく評価していなかった」
ネヴィルは今度こそ、きちんと説明するつもりだった。
「以前言ったことを撤回するつもりはない。国の金を、誰か一人の判断だけで動かすべきではないと思っている」
「ええ」
「だが、君の能力まで否定する必要はなかった。事前の承認や定期的な報告、監査の仕組みを整えればいい。そうすれば君の才覚を、王家や国のためにも活かせる」
ロウェナは静かに聞いていた。
ネヴィルは、それを好意的に受け取った。
「君なら王太子妃として、王家を、国を豊かにできる」
そこで初めて、ロウェナは少しだけ眉を上げた。
「王家のお金を、わたくしに運用させるおつもりですの?」
「好き勝手に、という意味ではない。今言った通り、監督も報告も必要だ」
「ええ」
「君もそれが必要だと理解している。私も今は、君の能力を理解している。なら今度こそ、互いに理解した上で――」
「それなら、わたくしである必要はございませんわ」
ネヴィルが言葉を止めた。
「何?」
「国のお金を適切に管理する方が必要なのでしょう?」
「ああ」
「でしたら、そのための方をお雇いになればよろしいではありませんか」
「だが君には実績がある」
「それと結婚は別のお話ですわ」
ネヴィルは黙った。
彼はロウェナを見直したつもりだった。
浪費家ではない。
優れた運用能力を持つ女だと。
確かに評価は変わった。
けれど、評価したのは彼女の能力だった。
それは妻として彼女を望む理由とは、少し違う。
ネヴィル自身、その違いに気づくのが遅かった。
「殿下が先日おっしゃったことは、正しいと思っております」
「何?」
「王家へ嫁げば、いずれ国の予算にも関わるのでしょう。国の民から預かったお金を、わたくし個人のお金と同じようには扱えませんわ」
「なら――」
「ですから、考えましたの」
ロウェナはカップを置いた。
「王太子妃となれば、その責任を負う。自分の判断だけでは動けない。失敗すれば、自分のお金を失うだけでは済まない」
「……そうだ」
「随分なリスクですわね」
「リスク?」
「ええ」
ロウェナは穏やかに微笑んだ。
「国の民のお金を預かる責任まで負って、それでもあなたと結婚したいかと考えましたの」
ネヴィルの表情が固まる。
「残念ながら、そこまでの魅力はございませんでしたわ」
「ロウェナ……」
「それに、あなた個人に対しても、投資する価値があるとは思えませんの」
「……私を投資先と比べるのか」
「いいえ?」
ロウェナは首を傾げた。
「比べるまでもございませんわ」
沈黙が落ちた。
ネヴィルはしばらく何も言わなかった。
やがて、低く尋ねる。
「本当に、戻る気はないのか」
「ええ」
「私では駄目だと?」
「はい」
ロウェナは申し訳なさそうに微笑んだ。
「それでは、本当に浪費になってしまいますから」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
浪費令嬢のお話でした。
もっともロウェナ、金遣いそのものは間違いなく派手です。
十万金貨を元手にして、増えたら使う。 戻ってきたら、また使う。 そして手元の現金はだいたい十万のまま。
本人としては、ごく普通に「お金を働かせている」だけなのですが、外から見ればそりゃ浪費令嬢とも呼ばれます。
そしてネヴィルの最初の判断については、ロウェナ自身も否定しておりません。
自分のお金と、国の民から預かったお金は別物ですから。
ただし。
能力があるから欲しい。 結婚すればその能力を使える。
それと、
この人と結婚したい。
は、別のお話。
ところで、浪費とは何でしょう?
ロウェナにとって一番の浪費は、どうやらお金ではなかったようです。




