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『ゴースト』第一話「報酬の分け前」

ゴースト』第1話:『報酬の分け前』

激しい豪雨が、大都市惑星コービーの下層に位置するゴミ溜めの路地裏を叩きつけていた。

僅かに金属成分を含んだ不快な雨粒がポツリ、ポツリと降り注ぐ。その静けさを引き裂くように、けたたましい音が連続して響き渡った。

バラッバラッバラッババババババババ!

ドンッ!! ドンッ!

ダンッ ダンッ ダンッ!

「ハァ……ハァ……ハァッ……!」

泥水を激しく跳ね上げ、必死の形相で走る男がいた。スミノエファミリーの末端、グレだ。

彼の胸ポケットには、ファミリーの命運を握る『ホロ・ドライブ』が深く収まっている。

背後からは、追手であるタンタカファミリーのホバー・スピーダーが放つ、うなるような駆動音が不気味に近づいていた。

逃げ切れない――そう悟ったグレは、廃棄されたエアドックの暗がりに滑り込み、壁に背を預けて震える手で端末を起動した。

「……俺だ。今、下層の14セクターに隠れてる。……必ず生きて帰る、息子を頼む」


通信を切った彼の顔には、死の影が色濃く張り付いていた。

翌朝。同じ廃棄エアドックには、警察の黄色い規制テープが張り巡らされていた。

地面には激しい戦闘の焦げ跡と、無残に転がるいくつもの遺体。

捜査官のジロ・オカモトは、一見ペンのように見える銀色の細いオートタバコを咥え、

紫煙を吐き出しながら死体を見下ろしていた。

「現場の遺体はすべてスミノエの人間です。

ブツと金は全て持ち去られています」

バディのリュウ・ノヨリが、端末のデータを指で弾きながら歩み寄る。

ジロは苦々しく顔を歪め、タバコから煙を吐き出した。

「……やりやがったな、タンタカの野郎。目撃者か、逃げた奴はいないのか」

「スミノエ側の末端、グレという男が一人だけ生きて逃亡しています」

「……タンタカに消される前に確保するぞ」

昼下がりの警察署・内勤課オフィスでは、重々しい排気ファンの音が絶え間なく回っていた。

窓際のデスクでは、ヒロ・ミカゲがこれ見よがしに両足を机の上に乗せ、だらしなく居眠りぶっこいている。口元は緩みきり、およそ緊張感とは無縁の、完全にしまらない顔だ。

ドンッ!

油の防護服を着た修理工トミ・ロッコが、

ホロ伝票をヒロのデスクに叩きつけた。

ヒロはぼんやりとした目を薄く開け、その伝票を睨みつける。

「おい、なんだこれ。ちょっと待てよ」

ヒロはあからさまに面倒臭そうな態度を隠そうともせず、言葉を続けた。

「また修理代が上がってるじゃねぇか。ぼったくりやがって……テメェ、しょっぴかれてぇのか?」

トミは片方だけ眉毛を下げ、困り果てた顔をしてみせる。

「旦那、そりゃないぜ。物価高騰の世の中ですぜ、

お願いしますよぉ」

「お前のとこから、別の業者に乗り換えるぞ」

小さく、だが脅すかのような低い声。

ヒロは文句を言いながらも、一瞬だけ周囲の目を盗むように辺りを伺った。

そして、デスクの下でそっとトミに向けて手を差し出す。

トミは苦虫を噛み潰したような顔になりながら、懐から数枚の紙幣を掴み出すと、ヒロの掌の中へ隠すように押し込んだ。

(またか……ゲス野郎……!)

腹の中で毒づきながら、トミは愛想笑いを貼り付ける。

「これで勘弁してもらえませんか?」

ヒロは周りに見られないよう、手元でコソコソとお札の枚数を数えた。そして満足いく額だと分かると、

急に周りにも聞こえるような大声を張り上げた。

「ま、オメェの所は良くやってる! いいだろ。

頑張んな!」

トミはそれ以上言葉を交わさず、無言のまま足早に

オフィスを去っていった。

(ケーサツなんてあんなもんだ。年頃になっても、娘には絶対あんな奴には嫁がせねぇ……!)

入れ違いに、捜査から戻ったジロとリュウが足を踏み入れる。

同時に、コツコツと床を神経質に鳴らす革靴の音が近づいてきた。

開いた扇子でパタパタと自分の顔を扇ぎながら、シン・タナカ課長が歩み寄ってくる。

ヒロは一瞬で机から脚を下ろし、

顔ににやけた笑みを貼り付けた。

「課長、今日も一日平和ですなぁ」

タナカ課長はツンとした冷たい顔をヒロに向けた。

「ミカゲさん、あなたは平和でしょうね。毎日昼寝ができるんですから」

「課長、令状は?」

ジロが遮るように尋ねると、

タナカ課長はヒステリックに声を裏返した。

「オカモトさん! いいですか! 私は日夜、市民の安全と……嗚呼、令状ですね。もう少しお待ちなさい! あなたは少しせっかちなんですよ!」


タナカはチラリとヒロに視線を移すと、

ヒステリックな声を上げ、そのトントンと閉じた扇子で、ヒロのデスクを執拗に叩き始めた。

「ミカゲさん、いいですか。あなたは自分の仕事をして下さい。あなた、また備品の手続きが遅れてるじゃありませんか。

言われないと動けないんですか? だからいつまで経っても内勤の底辺なんですよ。さっさと取り掛かりなさい!」

「ハイハイ、ただいま、取り掛かります。申し訳ございません、課長」

「ホントにつかえませんね。……ああ、ノヨリさん」

タナカは隣のリュウに向き直った瞬間、

声をハチミツのようによそ行きの甘さに変えた。

「頑張っていますね。あなたにはとても期待しています。いいですか、悪い奴らを野放しにはできませんよ。しっかりオカモトさんを支えて下さいね」

「ありがとうございます、課長。……ですが先輩、例のグレの通信を傍受しました。潜伏先は『下層セクター14・廃棄エアドック』の奥です」

「行くぞ、リュウ」

ジロの合図で二人が飛び出していく。タナカもフンと鼻を鳴らして奥の個室へ戻りかけるが、ふと立ち止まってヒロを振り返った。

「明日は昼寝はできませんよ!」


扉が閉まり、タナカが消える。

その瞬間、ヒロの顔から卑屈な笑みが綺麗さっぱり消え失せた。その目はまだ、ぼんやりと濁ったままだ。彼は手元の隠し端末を起動し、

裏の『闇の掲示板』を開いた。

【ターゲット:グレ。口封じの依頼】

画面に提示された低い報酬額を見て、

一瞬だけ渋い顔をする。しかし、小さく電子音を鳴らしてタップし、依頼を承諾した。

「……悪党居なけりゃカカァとババァ食わしていけねえ」

ヒロはボソッと呟いた。

彼はこの街で警察官をやりながら、

私生活では婿養子だ。家には姑のウフ、そして妻のキヨ。この三人の暮らしの中で、

出世から遠いヒロは、毎日二人の女から嫌味を言われ続ける日々を送っている。

裏の稼ぎでもなければ、

暮らしは中々厳しいものになる


ヒロはいつもの頼りない声を作って声を張った。

「――じゃ課長、定時ですんでお先に失礼します」


タナカ課長「期限は明日ですよ。必ず提出して下さい。わかりました?」

ヒステリックな口調


ヒロが適当な返事をする

「ハイハイ」


タナカ課長

「ハイは一つで結構です!」 

更にヒステリックになる


夕方、下層セクターにある美容室『モニカ』の前。

激しい雨が降り続く中、辺りが暗くなり始めると、街を行き交う人々の持つ「発光傘」がネオンのように色とりどりの光を放ち始めた。


ヒロが店に近づくと、自動ドアの向こうから、

黒と赤のアレク・マクイのワンピースに身を包んだ、

美しいクロームボディーの美容師ドロイド

『C2-O2』がじっと外を見つめていた。

冴えない顔のヒロと視線が合うと、ドロイドは全てを察したように、機械らしく軽く会釈をした。

店から出てきたのは、妻のキヨだった。

少しイライラした様子で、ヒロを睨む。

「遅いじゃありませんか。せっかくの髪を濡らしたくないんです」

「ハイハイ、間に合ったじゃないですか」

ヒロは自分の体が雨に濡れるのを気にする素振りを見せながら、ぼんやりと淡く光る発光傘を彼女に差し出した。

「ありがとうございました」

C2-O2の淡々とした挨拶に見送られ、自動ドアが閉まる。

二人は雨の中を歩き出したが、店から少し遠ざかった所で、ヒロはわざとらしく、

急に思い出したかのような口調で足を止めた。

「あー、大事な事忘れていました。署に戻りますから、あなたは先に帰りなさい」

「また? ですか。発光傘があれば構いませんから」

キヨは不満げに傘を受け取ると、夜の雨の中に光の軌跡を残しながら、一人で去っていった。

それを見送った直後。

ヒロの緩んでいた顔の筋肉が、引き締まった「プロ」のそれへと変貌した。

懐から特殊な改造暗視バイザーを取り出し、顔に装着する。バイザーの奥の、さっきまで濁っていた目は、一瞬にして獲物を捉える冷徹な獣のそれへと変わっていた。

夜。下層セクター14の廃棄エアドックは、激しい豪雨の音に包まれていた。

暗闇のなか、怯えきったグレが息を潜めている。

そこから数キロメートル先。ビルの剥き出しの鉄骨に身を潜めたヒロ・ミカゲは、暗闇の中で手際よく「特殊改造ライフル」を組み立てていた。

冷たい雨に濡れながらスコープを覗き込む。

十字線の向こう、グレの横顔――その側面が綺麗に照準に重なった。

ヒロは無言のまま、引き金を引き絞る。

シュウ……と、完全な消音の消滅弾が放たれた。

放たれた弾丸は雨を切り裂き、

ドック内へとグレの「側面」の窓から侵入する。しかしその直後、弾丸はグレの顔の目の前で、

物理法則を無視して鋭角に直角カーブを描いた。

グレが息を呑む間すらなかった。

怯える彼の「正面」から、弾丸はその額を正確にブチ抜いた。不発の火花すら残さず、グレは床に崩れ落ちて即死する。

ヒロは遠方のスコープ越しに、静まり返るドック内をじっと凝視していた。

その時、死体のそばにカツ、カツ、と不気味な

杖の音が響いた。

現れたのは、フードを深く被った正体不明の盲目の男。

男は死体に指一本触れることはしなかった。

ただ、持っていた杖の先端をグレの胸ポケットへと向ける。カチリと磁気音がして、電磁探知されたポケットの中のホロ・ドライブが杖の先に吸い付けられ、回収された。

次の瞬間、その盲目の男は、一瞬だけ――

ヒロが潜む数キロ先のビル――の方向へと、

正確に顔を向けた。

ヒロはスコープから目を離し、

額にじわりと冷や汗をにじませた。

「あの野郎……。誰だ、アイツ。こっちを見た気がする。……。ま、タンタカの手下にしたら、

仕事の段取りがいい。……いや、俺の仕事はここまでだ。ブツの回収までは俺の仕事じゃねぇ」

ヒロは小さく息を吐き、手際よくライフルを分解してケースに収めた。


直後――バンッ! と、ドックの部屋のドアが激しく蹴り開けられ、ジロとリュウが突入してきた。

「チッ やられた 先輩、遅かったです……。

また痕跡がありません」

リュウが悔しそうな表情で、携帯スキャナーを

死体に向けた。

額の弾孔からまっすぐ前方に伸びる、

弾道逆算の赤いホロラインを表示させる。

だが、そのラインはグレの正面にある大きな

吹き抜けの窓を通り抜け、

その先の完全な「空中」へと虚しく伸びていた。グレの正面には足場になるクレーンも何一つない。ただの虚空だ。

リュウはその虚空を見つめながら、淡々と言った。

「ジェットパックですかねー」

ジェットパックで空中にブラブラ揺れながら、まともにライフルを撃てるわけがない。

言わなくてもわかることだ。

ジロは窓を開け放ち、激しい雨の夜空に向かって、独り言のようにボソッと呟いた。

「な、わけないだろ」

雨を睨みつけるジロの横顔には、強い光が宿っていた。

「外道やる外道かよ。それができるのは、俺たちだけだ」

法を守る側が、外道を裁く。ジロの警察官としての信念は、まさにそこにあった。

「ジロさん、ガイシャ……妻と子供がいるみたいです」

近くのビルのキャットウォークから、

その光景を無言で見つめていたヒロの腕で、

闇の端末が微かに光った。新たな通知、

確認と同時に即座に承諾。

ヒロは軽くため息を漏らし、雨の夜にぽつりと呟く。

「只働きは性に合わねぇ」

彼は立ち上がり、静かに背を向けて雨の夜へと溶けていった。


同日、深夜3:00。タンタカボスの邸宅。

下層を牛耳るタンタカファミリーのボスは、

豪華な高層マンションの一室で、

あの杖の男が回収してきたホロ・ドライブを指で弄びながら、ソファで高笑いを上げていた。

次の瞬間、窓ガラスが派手に突き破られた。

撃ち込まれたのは、

【完全無音】で走る赤い残光の弾丸。

ボスの高笑いが、唐突に止まる。

額を正確に撃ち抜かれ、ボスはそのまま絶命した。

静まり返る部屋の闇から、フードを被ったヒロが音もなく現れる。

彼はボスの手からホロ・ドライブを奪い

ボスの懐から厚い札束を抜き

再び夜の闇へと消え去った。


翌朝、下層にある立ち食い蕎麦屋。

湯気が立ち込める狭い店内で、ヒロはまた元の

しまらない顔に戻り、コービー蕎麦をズルズルと音を立ててすすっていた。

店の隅にあるホロニュースが、無機質な声を上げている。

『本日未明、マフィアの大物

タンタカファミリーのボスが遺体で発見されました。警察は――』

ヒロはぼんやりとした目でニュースを見つめながら、闇の端末を確認する

昨日受け取ったばかりの「グレを消す安い報酬」と「タンタカファミリーのボスを消す報酬」

を再度確認した

蕎麦のつゆを一気に飲み干した。


昼下がり、下層セクターの薄暗い地下通路。

人通りの全くない、身バレする心配のない無人の空間に、怯えた様子で立ち尽くしている一人の女性がいた。グレの妻だ。

その背後の闇から、フードを深く被ったヒロが

音もなく現れた。顔は影に遮られて何も見えない。

「ひっ……!」

「もう一度声出したら殺す」

驚き、悲鳴を押し殺す彼女の足元へ、

タンタカのボスを消した報酬分の大金が入った

アタッシュケースを静かに置く


「こっちを見るんじゃねぇ」

ヒロは地を這うような小さな声で告げた。

「……黙って受け取りな。ただし、口外したら、テメェとガキの命の保証はねぇ。よく覚えとけ」


妻が息を呑み、震える手でケースを抱きしめる。

彼女がハッと顔を上げた時には、

ヒロの姿はすでに闇の向こうへ、煙のように消え去っていた。



警察署の内勤課オフィス

徹夜明けでボロボロになったジロが、

デスクに突っ伏して缶パープルコーヒーを力なく握りしめていた。

ヒロはいつもの冴えないしまらない顔、

そしてぼんやりとした目に戻り、

ジロのデスクの脇にそっと

コツッ

新しい缶パープルコーヒーを置いた。

「大変だったな」


「……おいヒロ、空中浮いてライフル撃てるか?」


「は?」ヒロははぐらかす


ジロは疲れたようにため息をついた。

「……お前に聞くんじゃなかったぜ」

「ジロ、考えすぎは身体に悪いぜ」

ヒロはひらひらと手を振りながら、

自分のデスクへと戻っていく。

手元の隠し端末を開くと、トミの工場から新しい修理請求書のホロデータが届いていた。

記載された目玉の飛び出るような金額を見て、

ヒロは不機嫌そうに顔を顰める。


「チッ……あの狼野郎、ネチネチ言われんのはこっちだぜ」

裏でどれほどの大金を動かし、悪を葬ろうとも、表の彼はしがない内勤の底辺。

家に戻ればまた、妻と姑の小言が待っている。

そんなどこにでも居る.しがない中年サラリーマン

大都市惑星コービーの日常は、今日も何事もなかったかのように続いていく。

(第1話・了)

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