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1話

 異世界3日目—————

 日本でマンホールに落ちてから、今は異世界の深い森に一人ぼっちで放り込まれている。

 空腹で目の前が霞む。もう一歩も進むことができない。


「辛すぎる…泣くぞこら…」


 いくら悪態をついても誰も助けにこない。この三日間、ステータス画面が登場する瞬間を待ちわびたが一向に表れない。何か魔法とかそういうお助けチートを期待したが、これまたない。


(詰んでるなこれ…これただの一般人が一般人のままで終わる新しいジャンルの異世界物語だ)


 空には、ドラゴンみたいな巨大な翼竜が悠然と旋回している。陸には、異常に目を血走らせた狂暴なウサギや、牙を剥き、ヨダレをダラダラ流しているムキムキの犬が跋扈している。この世の終わりが、目の前でライブ中継されているかのようである。


「異世界に転移したっていうより…地獄に落ちたといった方が正確だ…ゴホッゴホ」

 

 空腹が行き切って、体調も悪い。

 この三日間、わけわからないウサギと犬との追いかけっこに費やし、挙句の果てに程よいチートすら手に入らない。この世界に自分を召還した奴を、来世で必ず裁判にかけなきゃ気が済まない。


(もういいや…目をそっと閉じて最後を待とう…)


 どうでもよくなり、森の中に倒れこんだ。


「キャーーーーーーー!」


 遠くから、鋭い悲鳴が聞こえた。残念だが、自分には構ってあげる、そんな余裕がない。


(悪いな、異世界人とやらと話して見たかったが、もう目が開かん…)


 全身の倦怠感が極限に達し、意識が溶けそうだ。夢の中のふかふかのベッドを想像し始めている。


「誰か助けてぇえええ」

 

 悲鳴が上がった。先ほどよりは近づいている。


(ハアァァ…静かに死にたい…が、最後に徳を積んでいくのも来世に向けた取り組みとして重要だしな。それにモヤモヤして死ぬのもな…)

 

 重い体を起こし立ち上がった。一度諦めたからか、どことなく心に余裕がある。

 そして、視線の先に少女が立ち尽くしているのが見えた。少女の目の前には、自分とこの三日間追いかけっこをしていた犬が立ちはだかっていた。


(あの犬デカいな…やれるか俺に…)


 魔法もチートもない。

 しかし、幸運にも武器になりそうな先が尖った大きな枝が落ちている。


(これでやるしかない…後ろからなら何とかなるかな…)


 枝を拾い、ぎゅっと握る。

 ゆっくりと犬の後方に回り込む。

 少女は幸いにも大きな棒を持って犬の前で振り回していて、犬もうかつに突っ込めない状況である。

 呼吸を整えて、足に力を込めた。


「オラァああ!」


 日本でも出したことの無い奇声を発して、思いっきり犬の脇腹に枝を突き立てる。

 思った以上に深く枝が入った。犬の動きが一瞬とまった。


 ギャンギャンギャン!!—————


 そのまま死んでくれるような都合のいいことは起きず、犬がのたうち回りものすごい勢いで振り回された。


 ドンッ—————


 犬はのたうち回った挙句、木に頭をぶつけて動きを止めた。

 途端に枝を握る手の力が抜け、安心をしたのか急に眠気が襲ってきた。


 バタン—————


 意識が空にフワリと飛んでった。

——————————

(あ、死んだのか…)


 天使に抱かれるような心地だ。

 ラッパの音は聞こえないけど、この心地よさ間違いない天国だ。


(ん?天国にしちゃ、天井があるな。木造の)


「ゴホッ、ゴホッ」


 咳だ。そして、ベッドの上にいる。

 どうやら天国ではないようだ。

 自分は生きている。


 ギィ—————


「お目覚めになられましたか」


 お盆を持ちながら老婆がドアを開けて入って来た。

 もってきたお盆の上にスープがのっていた。


「孫をお助けいただきありがとうございます」


 老婆は丁寧な様子で、ベッド横のテーブルにスープを置いた。

 スープは、湯気が立ち込めて良い香りが部屋を包んだ。

 思わずスープの入った皿を凝視した。


「ふふ、どうぞお食べください」


「ありがとうございます。あっ」


 異世界に来てから『未知の病原菌に侵されたらたまらない』と思って、ポケットに入っていたマスクをつけていたのを思い出した。

 そして食事にありつくため、マスクをゆっくりと外した。


 バタン—————


 老婆が声を出さずに、音を立てて尻もちをついている。

 何やら怯えに近い、ただならない表情をしている。


「…みだ、か…だ…」


 老婆は呟いた。ガタガタ震えているのが妙にホラー染みてて怖いのである。

 そして、ずっとぶつぶつ言っているが、あまりの小声でうまく聞き取れない。


「え?」


「神だ、神々しい」


「へ?神?」


「ロバ神様の生まれ変わりじゃ…」


「ロバ神?」


「ご存じでない?この村周辺でずっと信仰されている神様です…美の象徴なのです」


 老婆は部屋の外に出ていき絵を持ってきた。


「この方です!」


 そこにはほぼ自分が描かれている。

 怖いくらいのそっくりさんで、老婆が間違うのも仕方ないレベルであった。


(自分だ…自分を描いたやつでしょこれ)

 

 本気で自分と同じ美男子だと感じたが、認めたらややこしくなる。


「あ~残念だけど、おばあさん、私はこの人ではないです」


 改まった口調で老婆に訴えた。


「生きてきてよかった、神に会えるなんて」


「あの~、おばあさん。私、ロバ神でないですよ」


「すばらしい、人生は素晴らしい!」


 老婆は泣き始めた。どうやらこっちの声は届いていないようだ。老婆は涙を流し、自分に祈りをささげている。一方的なコミュニケーションを取るタイプの方らしい。

 そしてこの時、のちに生まれる宗教の一人目の信者が生まれた瞬間であった。


 —————ここで俺は多少割り切った。

 俺はとんでもなくイケメンの自覚があるが、この地獄みたいな異世界では、無能の俺は顔面を生かすしかない。


(ロバ神にでも何でもなるしかない…自分はこの世界では、あまりにぜい弱だ…)

 

 そして、すぐに気持ちを切り替え自分の設定を決めた。記憶がない青年のテイでいこうと考えた。

 老婆に記憶がないことを伝えたら


「ぜひ、この家に住んでください、お願いします神よ」


 むしろ頼まれた。”神”が突如、同居人になることへの抵抗はないのだなと少し驚いた。

 そして、ふと窓の外を見た。


(陽がだいぶ高い、ちょうど昼かな…)


 少し心に余裕ができた。

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