11話
バラック——デルセ高原に拠点を構える防衛要塞である。城壁は、首都レインの2倍の高さがある。そして、よく練兵された兵士が1万人も来ており、堅牢な守りが展開されている。
どうやら、この国は滅亡の危機に瀕しているらしい。魔王は西の隣国で生まれたが、その後、1年もたたず魔物を率いてその国を滅ぼした。そして、隣にあるこの国を滅ぼしに来ているのである。
この国の西側3分の1にも壊滅的な被害をもたらした。一部抵抗している地域もあるがほとんどの拠点が陥落している。そして、この国の最重要防衛拠点であるバラックは、8日後に控える魔王軍との戦闘に備えている。
「おい、ヴァン、この戦いで俺は何の役にも立ちそうにないぞ」
ヴァンと共に城壁に上り、城壁外の何もない高原の夕方を眺めている。
高原には、美しい花々と小さな小川が流れていて、風が更に彩を加え美しい光景が広がっている。
「そうかもな…神の奇跡なんぞ起こせないし、ただ飯を食らう役立たずだ」
「いや、そうだけど言い過ぎ!」
否定はしたが、実際そうなのである。魔法が使えないただの飯食いは、そこら辺のネズミとそう変わりない。
(ネズミかぁ~、ただ飯くらいのねず神だ…はあ…)
そんなことを遠くを眺めながら、考えて物思いに耽っていると、空が一瞬昼のように明るくなった。
ドンッ——————
後方の見張り台が弾け飛び、土煙を上げ、大きくえぐれた。そして、灰色の煙に自分たちは包まれた。しばらく動けずにいると、ヴァンが風魔法を出し、煙を払った。
建物の破壊によって生じた煙でいまいち状況はわからないが、おそらく先ほどの閃光から推測するに魔法による破壊に間違いないのである。
(だが、城壁の外に敵の姿は全く見えない…誰の魔法だ…?)
「俺には見えたぞ、あの遠くに見える森の更に奥から飛行物が飛んでくるのが…」
ヴァンは遠くを指さしながら、少し強張った表情で話している。
だが、そんな話はにわかには信じがたいものである。
「そんな遠距離、ありえないだろ!」
(まるでミサイルじゃないか…)
——————バラック城内の第3会議室
断続的にミサイル攻撃が続いている。ミサイル攻撃を防ぐために、何度か城からバラックの兵は攻撃に出かけたが、追い返されているようだ。コダンは、この戦闘に交じり、腕をけがしている。
セラの説明によると、そのミサイル攻撃はタザンという魔王軍の幹部によって行われているらしい。そして、この攻撃が隣国の王都で行われ、人々が混乱に陥いったところで、魔王軍の総攻撃が行われたと。
(こんな攻撃を王都でされて冷静な方がおかしい…)
ミラにこの攻撃の対応策を尋ねたが、タザンを倒す以外にないと言い切られた。そして、タザンは距離が近くなるにつれ、攻撃の手数が増えてくるとの報告が上がっているらしい。
タザン本人は、遠距離特化で近接戦闘は部下の取り巻きに依存している関係で、ゆっくりとした行軍なのが幸いしているのである。
「このバラックに安全なところはなさそうだな」
会議室のふかふかの椅子に座りをしながら、セラに話しかけた。
「そうね、ただここで止めないと死者はとんでもないことになる」
「確かに…さっさと前線を上げないと…」
いつのまにか異世界の趨勢を真剣に考え出している。
少なからずここに住んでいる人々の命や人生を考えているのである。異世界では、もっとさっぱりと生きられると思っていたが、意外にも湿った気持ちが自分に芽生えていた。
「人類はここで勝っても、魔王のいるところまでいけるのか?」
「……まず、無理ね…少なくともこの国にいる戦力だけではね…」
セラは、一点を見つめ小声でぽつぽつと話す。
「諸外国にいる、英雄や勇者を集めてやっとたどり着けるかどうかよ。たどり着いたところで魔王は倒せないけどね…」
「ごちゃごちゃぬかすな!」
ミラは机上の周辺地図を叩きながら、ものすごい怒声で喝をしてくる。
(この反応は図星って感じかな…人類全員で戦ってギリギリ負けるのか…魔王さん少しは遠慮してください…)
「貴様らには、ここにきて大きな役割が生まれてきている…だから呼んだのだ、耳の穴かっぽじって聞け」
(もう耳の穴かっぽじり過ぎて脳まで届くよ…)
「まず、鳥人族のお前。偵察範囲を広げてもらう」
ミラはヴァンを指さしながら命令する。もはや完全に部下扱いである。
「ああ、とっくに広げている」
ミラの威圧的な態度にもひかずに冷静に返答している。
「もっとだ!さっきの報告ではダザンの正確な攻撃場所がわからない…」
「ダザンは、おそらく四か所くらいの場所をランダムに変えている。魔法障壁は、今まで通り広く薄く張るほかない」
(なるほど、魔法障壁ってのをこの都市に効率よく張るには攻撃地点の把握が必要なのか…)
ヴァンの発言が少し癇に障ったのかミラはヴァンをにらみつけた。
「それではダザンの攻撃が半減もしないから、被害が増すばかりだ!どうしても規則性はないのか?」
「ない、ここ3日で18回の攻撃…規則性は見いだされない。」
「では、新しく攻撃地点ができないのか、若しくは敵戦力の詳細な情報をあつめよ」
「わかった」
ミラはあらかじめ決めていたであろう妥協点をヴァンに提示した。作戦の立案から実戦までこの王国騎士の手にゆだねられていると考えると王国騎士はブラック企業もいいところである。
「そして、セラよ。貴様の魔力を詳らかに視る能力は、私以上だ。体の疲れで魔法がうまく扱えなくなっている奴に、魔力の流れを阻害している原因箇所を教えてやれ。そこに回復薬や気力剤を当てるようにする」
「はい!」
セラの目はやる気に満ちていてギンギンに開いている。
「そして、アホ!」
(扱いが雑に…教祖ともよばなくなってるな…)
「コダンを見ていると貴様の信徒はとんでもなく信仰に厚い。信者は少なくとも100人はいるみたいだからそいつらを奮い立たせろ」
「ああ、はい」
「まあ、いい。最悪突撃させる…」
(とんでもないことさらっと呟いたような…)
するとセラが机上の地図をじっくり眺めていることに気付いた。
戦略駒を少し動かして、少し首を傾げる。
「ミラ様 一言よろしいでしょうか」
普段通りの落ち着いた声で話し始めたが、少し声が震えているように感じる。
「ああ、なんだ」
「このバラックの戦力でタザンにダメージを与えられるのでしょうか?」
その問いに少しだけ会議室が静まった。
————————————
「いい質問だ…今のところタザンにダメージを与えられる兵士は、私とケルテンとヴァン、そして、コダンの代行者魔法だけだ」
(そんなもんなの⁉てか、ケルテンどこ行った?)
ミラは冷たく言い放った。
わざわざ田舎の村にヴァンやコダンを迎えに来たのには、理由があったのだ。
「やはりそうなのね…全体的に高位魔法使がほとんど見当たらなかったわ」
セラはここに来た時から感じていたことを言っているようだ。
「上のお偉方は、バラックが落ちるなどこれっぽちも考えていない。首都防衛に魔法能力が高い奴を配置されている」
「何でミラ様はこちらに回されたんでしょうか?」
つい気になったことを口走ってしまった。
「上の貴族と喧嘩したからだ…王国騎士の上位連中をもっとバラックに派遣しろと進言したらな」
(ミラという戦力を失うわけにはいかないが、うるさいから戦場送りにしたって感じか…)
「ミラ様、それだけではタザンに対峙するまでに戦力が尽きてしまうのではないでしょうか」
セラが、地図を見ながら進言をする。
「タザンの周りには、守備能力の高い護衛部隊ががっちり守っている」
ミラは戦略駒を細かく動かして説明をしている。
「それを私とケルテンで追い払う。そこをヴァンと私の部下数名で攻撃する算段だ。…だが、そんなにうまくいくとは正直考えられない」
そこで、セラが小さく息を吸い込んだ。
「…一つ、打開策があります。」
ミラが片眉を吊り上げる。疑念を帯びた表情である。
室内に少しの緊張が走る。
「なんだ?言ってみろ」
これを使います——————
セラは自分を指さす。
「「え?」」
ミラと自分の声が重なる。
「代行者魔法と私の交換魔法を用いてタザンを葬ります——————
この前に、黒カバを葬ったことをセラは説明しだした。
つまり、この教祖をタザン抹殺の切り札として利用しようとイかれた提案を始めたのである。
「…こいつに信者の魔力を集中させて、タザンを一撃必殺で葬るのか」
ミラは腕を組んで考え込む。
「……確かにそれしかないかもしれない、この行き詰った状況の唯一の打開策だ」
この瞬間、無能な一般人が国の存亡を左右するカギを握ることとなった。
——————
セラの余計な一言で、最前線入りとなった。
入るからには勝算がないと自分の突撃が無駄になる。綿密な計画が必要なのは明白であった。
「だが、信者はこの都市に100人いる。だが、100人程度ではタザンは倒せない」
ミラは、この前コダンから受けた雷魔法を逆算して分析した。
「少し考えるとここで信者を増やすのは一つの手なのでは…?」
おどおどしながらミラ閣下に進言をする。
「そんな簡単に増えてたまるか、そんなに貴様のエセ宗教の教えは尊いのか?いや、そんなわけない!」
(確かにそれは言い返せない…ただ…)
「いや、セラやケルテンと一緒に協力すればできる——————
思いついた作戦をミラに伝えると『なんでもいいから、とりあえず死ぬ気でやれ。死ぬ気で』と言われた。なので、作戦を実行することとなった。
——————
兵舎に入ると、むせ返るほどの薬草の匂いが立ち込めてくる。
疲れて戦闘が難しくなっている兵士たちがベッドに沈んでいる。
「よし、やるぞ」
セラに小声で話しかける。
「ええ」
セラもこれから始まることの重要性を理解し、覚悟を決めた表情をしている。
あらかじめミラに頼んでおき、”奇跡の力を使える医者”という体で兵士たちの治療をすることになった。そして、布で口元を隠しながら診察風のことを始めた。
「疲れで魔法がうまく使えないようですね……」
信じられないほど穏やかな声色で話しかける。
「はい、そうなんです…」
セラが耳元でささやく。「右上半身」
そこで、布を取りながら微笑む。太陽が地上のすべてに力を与えるように微笑む。
「右上半身に回復薬を、お願いします…」
その瞬間、回復薬を垂らすと、患部が緑色に発光する。
すると兵士は涙を流し始めた。『麗しい…』と小さく呟くのが聞こえる。疲れが緩和する瞬間に神々しい顔面をぶつけることで、イケメンと回復のダブルパンチである。
それをあとは、兵士たちにひたすら繰り返す。すると、予想通り『神の奇跡説』が流れてきた。
そこに、ケルテンは追い打ちをかけるように噂を流しまくった。
魔法能力のある兵士たち数十人が信者となった。
——————
その後、スラム街に出かける。そこに居ついているケルテンに作戦の経緯を説明して、協力してもらうことになった。
「ケルテン、ここらへんで活動していいんだな?」
「ああ、ここだ。城主のフォイル家が、住人にバラックからの脱出を禁止したことで貧困を極めている。俺も貴族から盗んだものを分け与えているが中々追いつかない…」
ケルテンは相変わらず義賊活動を行っているようだ。
「よし、信者を増やすぞ!」
はきはきとガッツポーズをしてやる気をみなぎらせる。
「だましたりするなよ」
釘を刺すような一言が飛んでくる。
「もちろんだ、その逆だ。これからやるのは、人命の救助活動と少しの信仰を生み出す作業だよ」
「ようわからんが、助けてやってくれ…」
(ケルテンは、ほんとに心の底から優しい奴だ…)
スラムの住居を訪問する。鼻をつく腐敗臭と焦げた油の匂いが満ちている。
そこで、ミラから解放が許された軍用食料を分け与えていく。
「おなかがすいているでしょう、これを食べてください」
最初は疑っているが、微笑んだり、話を聞くことで徐々に警戒感が落ち着いてきた。
村での活動が活きている。
更に信者を増やすため、ミラの部下の力を借りて炊き出しをした。
「神はここにいたのか…」
老人が呟いた。周りにいる人間も口々に『神だ』と呟き始めた。
こんな状況が4日続くと、まるで自分の村のような信仰が生まれてきた。
ケルテンが『あれはいい神だ』と噂を流してくれたことや、フォイル家のひどすぎる悪政が一役買っている。
「このくらい信者が増えていれば、村の時の3倍は出力が出せるわ」
炊き出しの片づけをしながらセラが呟いた。
「そういうもんなのか…せっかくここまでやったんだから、倒さないとな…」
子供たちが自分の目の前で止まってお辞儀をする。
(自分は神でもないが、この人達を救いたいという気持ちには偽りがないようだ)




