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パーティ

「ゼイファー様、本日はよろしくお願いいたしますわ」

「あぁ、よろしく頼むよ。フフフ、まさかこのパーティに参加できるだなんてね、君には感謝しかないよ」

 先輩であるゼイファー様はご機嫌にニコニコと笑っている。そう、わたくしがエスコートを頼んだ彼だ。

 面倒なことを頼んでしまったが、これは彼にとっても好都合なことだった。パーティには色々な貴族の令息、令嬢が参加し、さらにはその親が参加することもある。コネクションを広げておくためには格好のイベントなのだ。

 本来ならこの学園を卒業しているゼイファー様の参加は認められていないが、わたくしのエスコート役として参加が可能になっている。

「わたくしも助かりますわ。ほら、わたくしたちの噂はご存知でしょう?」

「知っているさ。君も大変だねぇ」

 彼は呑気にあくびなんかをしているが、本日は正装なのでミスマッチ感がすごい。

「さぁ行こうか。せっかく参加できるようにしてもらったんだ、役目は果たすよ」

 わたくしの手を取って、馬車に登る段差での手すり代わりになってくれる。

 こういうものに慣れていそうなのだが、彼には婚約者がいない。彼いわく、「急ぐことはないさ。正しい人が見つかるのを待てばいいんだ」らしい。彼はわたくしの実家よりも格式高いお家柄ではあるが、三男として産まれたためにそこまで結婚を嘱望されてはいないようだ。

 彼に婚約者がいたらエスコートも頼めなかったので、わたくしはやっぱり運がいい。

「今日は君の婚約者殿も参加するんだろう? それはいいのかい?」

「えぇ、構いませんわ。わたくしとしてはこの場でコネクションを広げておきたいのです」

 納得したように頷いて、馬車の窓の外を眺め出した。

「君、婚約は破棄する気なんだろう。ご令嬢としては困ることではないのかい?」

 ゼイファー様は窓の外に目を向けながらも、わたくしの身を案じるような声をあげた。

「それも、構いません。わたくしには道がたくさんあるのです。結婚が全てではございませんわ」

 彼はハハ、と声をあげて笑って、こちらに目を向けた。

 彼の目は全てを透明に見ている気がして落ち着かない。彼本人にその自覚があるのか、普段はあまり目が合わない。

「そうだね、君は優秀な女性だから。男がいてもいなくても変わらないなら、気色の悪い男はいない方がいいんだろうね」

「気色の悪いって……」

 彼の口から飛び出した暴言にわたくしは苦笑しながらも頷いた。

「わたくしがわたくしで居られないなら、この世のすべてに意味はございません」

 また彼は声をあげて笑う。心底愉快そうに目を細めながらわたくしの目を見つめた。

 その視線にむず痒さを感じて、わたくしから目線を逸らした。

「今日は、入場が終わってしまえばわたくしから離れていただいて構いませんわ」

 彼は目を丸くして素っ頓狂な声を出す。

「どうして? せっかくエスコートに来たのに」

「すみません、でも貴方様はご自分の目的に専念していただいて構いませんわ。わたくしはわたくしで企みがありますの」

 そう言うと、彼は黒い笑みを浮かべてふんふんと頷いた。

「そう言うことならわかったよ。危ないことがあればいつでも助けに行くからね」

「ありがとうございます」

 馬車が会場にたどり着くと、またゼイファー様はわたくしの手を取って丁寧にエスコートをしてくれる。

 アンリ様とは大違い、という言葉が頭の片隅に浮かんだのを、首を降って追い出した。

 彼のエスコートのもと会場に入る。ぐるりと見渡してみると、それぞれ婚約者を連れたカイとエリンの姿が遠くに見えた。

 それからブルーのドレスを来たマーガネット嬢と、それをエスコートするアンリ様の姿も。

 当てつけかしら、と思わずつぶやくと、ゼイファー様もわたくしの目線を追って二人にたどり着いた。

 ブルーはアンリ様の瞳の色であり、わたくしの実家の紋章の色でもある。当然わたくしが着用することも多い色だ。

 もちろんブルーがわたくしのためだけの色ではないのは分かっているが、浮気相手がその色を身につけるとなると意味は変わってくる。

 ほっほー、とゼイファー様は変な声で笑ってマーガネット嬢をまじまじと見つめた。

「自己顕示欲、自信の無さの裏返し、嫉妬、優位性の誇示……」

 彼はブツブツと呟いて顎に手を当てる。

「なかなかにクセのある女性に狙われたね、ナタリア殿」

「えぇ、わたくしの苦労もご理解いただけるでしょう?」

「本当にこのあと離れてしまってもいいのかな?」

 わたくしと二人の姿を見比べて眉を下げた。わたくしは頷いて二人の方から目を逸らす。

「むしろ、離れていていただきたいのです」

 わたくしがそう言うと、ゼイファー様は少しだけ不満そうな顔をしたものの頷いて、わたくしから身体を離した。

「じゃあ僕は人脈作りに勤しんでくるとするよ。なにかあったら遠慮なく呼んでくれたまえ」

「はい、本日はありがとうございました」

 じゃ、と片手をあげて彼は去って行った。彼は早速男性の輪に入って行き、なにやら親しげに会話をしている。

 さて、わたくしも目的を果たさねば。

 まずはコネクション。ゼイファー様がしたように、わたくしも女性の輪に入っていく。学園の生徒とは違うグループに入ったので、含みのある目で見られることもなかった。

 テーブルに置かれた飲み物を口にしながら、会話に勤しむ。女性の噂話には振り回されることも多いが、その分情報の量も桁違いだ。

 ただやっぱり疲れもする。わたくしの性に合っているわけではないらしい。しばらく会話をしたあと、その塊から離れた。

 会場の隅でぼんやりと一人立ってみる。音を遮断するようにため息をつくと、マーガネット嬢がブルーのドレスを揺らしながら一人でわたくしの元に寄ってくるのが見えた。

 来たわね。

 わたくしはもう一度気合いを入れなおして、周りの様子を伺った。

「こんにちは、ナタリア様」

 彼女は満面の笑顔でわたくしに挨拶をする。何が楽しくてこの笑顔なのだ。

「ごきげんよう」

「おひとりでございますか?」

 彼女はそう質問したあと、一拍置いてハッとしたように手で口を押さえた。

「ごめんなさいっ。失礼でしたよね。貴女様を差し置いて、アンリ様にエスコートしていただくなど!」

 えぇ、えぇ、本当にね。常識というものがないのかしら? 貴族として教育を受けながら?

 心の声をぎゅっと押さえ込んで、口角をあげて少し首を傾ける。

「いいえ、あなたが気に病むことではなくってよ」

「あの……ナタリア様とアンリ様は、いつ正式にご結婚なさるのですか?」

 彼女は目を潤ませながら、おずおずとした態度でそう尋ねてきた。

 結婚の予定を不躾に聞くのも、失礼だと分かっていないのだろうか。彼女のご両親は教育係の変更を考えた方がいい。

「さぁ……、わたくしがお答えできることではございません。家の意向ですから」

 わたくしが貼り付けた笑顔のままそう言うと、彼女はまたさらに目に涙を湛えて手を握りしめる。

「……私は本当にアンリ様のことを恋慕っているのです! それに、アンリ様もそう言ってくださって……。

 どうか、どうか怒らないでくださいませ」

 何故か彼女は怯えたような態度でそう言う。

 いや、そう見せるのが上手いのね。わたくしは一度たりとも怒ったり怒鳴りつけたりしてはいないのに。

「わたくしが? どうして怒るの?」

 わたくしが笑顔のまま首を傾げてみせると、マーガネット嬢は目を瞬かせて口ごもった。

 わたくしの反応が予想外だったのだろう。わたくしは、彼女の望み通りに怒ることも泣くことも責めることもしないのだから。

「えっと……。どうしてって……」

「彼と結婚したいのならどうぞ。

 では、次は婚約破棄の話し合いの際にお会いしましょう」

 わたくしがあまりにもすげない態度であしらったからか、彼女は顔を真っ赤にしてテーブルのグラスを手に取った。

 そして後ろによろめきながらそのグラスの中身を自分のドレスにぶち撒ける。グラスは床に捨てられたせいで、粉々になってしまった。お値段はいくらするものなのだろうか。彼女はそれには目もくれずに、口元を手でおおった。

「キャー!」

 彼女は大きな悲鳴をあげて、手を震わせる。その割に隠れた口元は緩んでいるけれど。

 彼女はそのまま後ろに下がりつつも、遠ざけるようにわたくしの肩を突き飛ばす。ヒールを履いた女性にそんなことをしたら危険だと分からないのかしら?

 思わずよろめいてしまったが、幸い転ぶほどではなかった。

 そして彼女の望み通り、わたくしたちに注目が集まる。

 人々の目線の先には涙をハラハラとこぼしたマーガネット嬢と、笑顔のわたくし。

 マーガネット嬢は腹から出した大きな声で続ける。

「酷いです! いくら私がアンリ様と──」

「演技がお上手ですわね! この中に、あなたの言い分を信じる馬鹿者がいると思っていて?」

 彼女が長ったらしい劇を始めようとしたところで、彼女にも負けない、周りにも聞こえるような大きな声で遮った。そしてわたくしも同じようにグラスを手を取る。

 そしてそれをそのまま彼女の頭の上からひっくり返した。マーガネット嬢が手に取ったグラスは水が入ったものだったけれど、わたくしのはジュースだ。

 周りから小さな悲鳴が上がったのが聞こえた。けれど、わたくしを止めようとする方もいらっしゃらなかった。それはそうだろう。

 わたくしとマーガネット嬢の並びは、いわば本妻と浮気相手。貴族社会において、彼女の存在は認められていない。

「はい、これはわたくしの分よ。

 これくらいはされて当たり前だとあなたも分かっていたのでしょう?」

 だからあなたもそう自演したのでしょう? と付け足しながら、空になったグラスをテーブルに置き直した。

「あなたのお望み通りにしただけよ、そんな顔をしないで?」

 呆然とした顔で甘ったるい香りのするジュースを滴らせる彼女に、わたくしは貼り付けた笑顔で微笑みかけた。

 彼女は言い返すこともせずに固まっていた。うーむ、これは悪手だったかしら。

 そう思ったけれど、彼女の宣戦布告にお返事をしたかったのだから。なるようになる。うん、とわたくしは一人頷いて、例の笑顔のまま目を細めた。

「さぁ、次は婚約破棄の調停でお会いしましょう。

 これくらいで済むとは思わないことね。貴族の世界でも、社会的にもあなたは終わりよ。だって、婚約者がいると知っていながら男性に手を出して、悪意を持ってわたくしを陥れたのだから」

「なっ、な……」

 目を見開いたまま口をパクパクさせて言葉が出てこない彼女を尻目にドレスを翻して会場を出た。

 そしてアンリ様はわたくしたちの様子を見ているだけで、いよいよ表に出てくることはなかった。

 わたくしのあとを追いかけるようにゼイファー様が会場を出てきた。

「大丈夫かい、足を捻ったりだとか、グラスの中身が跳ね返っただとか……」

 彼は珍しく狼狽した様子でわたくしの全身を眺め、心配するほどのことはないとわかるとため息をついた。

「見ていました?」

「もちろん、あれだけ騒ぎになっていればね」

「どうでしたか? わたくしの劇場は」

「うん、なかなかに刺激的だったね」

 彼は皮肉を込めたトーンでそう言って、また手を差し出してくれた。

「では帰ろうか」

「あら、もういいんですの? ゆっくりしていっていただいて構いませんのよ」

「君だけ先に返すわけにはいかないだろう」

「律儀ですのね」

 彼はまたため息をついて頭を抱えた。

「女性には優しく、っていううちの教育方針なのさ」

 馬車の中に入ると、ゼイファー様は頬杖をつきながらわたくしの方を見やった。

「あれは、どうするつもりなんだい?」

「わたくしがジュースをぶっかけたことですか?

 仕掛けてきたのはあちらですから。こちらはヒールを履いているというのに、濡れた床の上で肩を押して来たんですもの。危ないということは小さな子供でもわかるでしょう?」

「それを立証できるのか、ってことさ」

「今日のパーティには裁判所の職員が潜んでおりましたのよ。わたくしの訴えを確かめるために」

 なんともない顔でそう言うと、彼は驚いたように身体を起こした。

「始めからそれが狙いだったのか。だから僕に離れていろと言ったんだね?」

「はい、もちろん。貴方がいたら彼女は寄って来られないでしょうから」

 呆気にとられた表情がゆるゆると和らいで、少しずつ口角が上がっていく。

「それで、君は婚約破棄だけで済ませる気もないのだろう?」

 彼はすごーく楽しそうな表情でわたくしの顔を見た。そしてこれまた楽しそうな表情をしているわたくしに満足げな様子だった。

「窃盗の証拠もございますし、もちろん浮気の証拠もございます。さて、どう転ぶでしょうね?」

 そう、わたくしは淑女ではない。負けん気の強い令嬢である。

 わたくしを害すものとは徹底的に戦うまで。家訓とは別に、父からよくよく言い含められてきた教えでもある。

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