噂
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最近わたくしの婚約者にとある少女がメロついているのだとか。そしてあろうことか、その婚約者もその女にコロリといってしまったらしい。
傷付いたとか悔しいとか、そういう感情は一切ない。ただ、その不誠実さと頭の弱さにガックリ来たというか……。いくら家同士の決定と言えど、それなりの情はあった。
わたくしは大きなため息をついて、ベッドに寝転がった。
噂好きなご令嬢たちからは好奇の目で見られるし、お可哀想にと直接言われたことだってある。まったくもって良いことがない。さっさと決着をつけてしまいたいのだけれど。
学校がこんなにも憂鬱だと思ったことはなかった。
はああ、と再度大きくため息をついて目をつぶった。
明日は友人には離れないでいてもらおう。一人でいるよりはマシだろう。強面の騎士見習いの友人と、キツめの顔立ちをした子爵家令嬢の友人に隣にいてもらえば虫除けになるだろうか。
もんもんとこれからの行く先を考えながら眠りに落ちた。
そして、悪夢を見た。わたくしが婚約者の浮気相手に大勢の前で断罪されていた。
は? なぜわたくしが?
心臓バクバクで目が覚めたけれど、怖いわけではなかった。
もし、同じ場面になったのなら、百倍にして返してやる。
残念ながらわたくしは淑女にはなれなかったのだから。
いつもよりずいぶん早い目覚めだったけれど、もう一度眠りなおすには遅い。そのまま起き上がって、テーブルに座ってペンを手に取った。
婚約者がいたとていなかったとて、やることはいくらだってある。メイドが部屋に来る時間になるまで、途中のまま机に置きっぱなしにしていたレポートを書いて過ごした。
やっぱり学校に行くのは気が重かったけれど、羽虫のために皆勤賞を諦める気もない。グレーの制服を乱すことなくきちんと着て、青みがかった黒髪をポニーテールにしてもらう。さらに仕上げにブルーのバレッタをポニーテールに付け足した。その色はお前の黒髪によく似合う、とお父様はよく仰る。
これで、戦闘態勢はバッチリだ。変な噂や好奇の目に負けるはずがない。
いざ教室に入ってみると、ご令嬢たちの目が一斉にこちらを向いた。
思わず顔が歪みそうになるのを押しとどめて、友人の姿を探す。騎士見習いの方はすでに登校していて、自分の席で教科書を捲っていた。
わたくしがその目の前に立つと彼はゆったりとした動きで顔を上げた。
「ナタリア様、おはようございます」
強面とでかい図体の割には丁寧な口調だし、のんびりとした男なのだ。
パッと見は強面に見えるけれど、その目元は垂れているので、意外と優しげに見えるのではないかというのがわたくしの持論だ。
「おはよう、カイ。早速頼み事なのだけれど、しばらくエリンと一緒にわたくしの近くから離れないでいてほしいの」
「あぁ……」
学園の様子を思い出すように目をくるりと回して、またまたのんびりと頷いた。
「もちろん僕は構いませんよ。僕なら良い虫除けになるでしょうから」
「ありがとう、助かるわ」
カイの後ろの席に着いたところでもう一人の友人、エリンが教室に入ってきた。わたくしと同じようにきっちりと制服を着こなしている。たしかに話しかけやすいタイプではないかもしれない。
「エリン、僕たちはしばらくナタリア様の元から離れないようにしよう」
彼女が近付いて来るやいなや、カイがそう言ってくれた。教室の中を一周見渡して、エリンは小さく頷く。
「もちろんです」
「助かるわ」
まだこちらをチラチラと横目で見ている視線を感じる。
エリンはカイの隣の机に着席しながら、小さく鼻を鳴らして片方の眉毛を上げた。
「皆様、飽きないものですね」
「そうね。まぁ、少なくともわたくしたちの敵でないことは間違いなくってよ。
噂は聞いたかしら? 放蕩次男と男好き令嬢……」
「えぇ、つい先日耳にしました。なんとも冷めた目で見られておりますね」
「婚約者のいる男性に馴れ馴れしく触る、話しかけるなどご法度ですからね。ご令嬢方からしても気が気ではないのでしょう。
それにマーガネット嬢よりもナタリア様の方が爵位は上ですから、それも顰蹙の的なのでしょうね」
カイはそう言いながら持っていた教科書を閉じて目を伏せた。エリンもそれに賛同して、持っていたバッグを机の横に掛けた。
「彼女には困ったものね」
わたくしが小さくつぶやくと、エリンとカイは一斉に頷いた。その様子にくすくすと笑ってしまう。
そうして雑談をしているうちに授業が始まった。
授業のグループワークでも休み時間でもずっと二人と一緒にいたおかげで、ご令嬢方の突撃からは免れることができた。二人からしたら不名誉かもしれないけれど、わたくしとしてはとても助かる。
そうこうしているうちに、昼休みになった。
カイはいつも学食だというので、興味本位で付き合ってみることにした。ちなみにエリンとわたくしは弁当持参組だ。
二人と一緒にいるだけで、ここまで快適とは思わなかった……と一瞬思ったけれど、一部の図太い神経を持つ方々には効かないらしい。
わたくしの目の前に、婚約者のアンリとその浮気相手、マーガネットが現れた───。
「やぁ、ナタリア。どこに行くんだい?」
「食堂に行く途中ですの。では、失礼致しますわ」
わたくしが軽く一礼をして立ち去ろうとすると、目の前の二人は明らかに不満そうな表情をして口を開いた。
「婚約者である俺が話しかけているんだよ。早々に立ち去ろうだなんて失礼じゃないかい?」
「そうですよぉ。アンリ様の優しさを無下にするつもりですか?」
まぁ、とわたくしは目を丸くして持っていた扇子でマーガネット嬢の方をさした。
「貴方様は今女性を連れていらっしゃるではないですか。それを蔑ろにするだなんて紳士の名折れですわ。わたくしたちはお邪魔にならないよう失礼致します、と申しているのです」
なにか言いたげにアンリ様の口が開かれたが、わたくしの言葉が正論であり浮気を指摘するものであったためか、何も言えないまま口を閉じた。
その代わりに口を開いたのがマーガネット嬢だった。
「ごめんなさぁい、私の方を優先してもらっているからですよねぇ。
アンリ様って、私のような貴族の端くれにも優しいんですね。婚約者であるナタリア様が羨ましいです!」
アンリ様はその言葉にギョッとしたように目を開いて、マーガネット嬢の袖を引っ張った。
わたくしの隣でだんまりを決め込んでいたカイとエリンはというと、青筋をたてて二人のことを見つめていた。その様子に笑ってしまいそうになりながらも、貼り付けた笑顔を貫いた。
「そうでございますか。では、今度こそ失礼致しますわ。ごゆっくりどうぞ」
わたくしが一礼して二人の前から立ち去ると、カイとエリンもそれに続いた。
食堂の席に座った瞬間に、カイとエリンの拳がテーブルに振り下ろされた。
「なんっなんですかあのクソ令嬢!」
「アンリ殿もあんまりだ!」
わたくしは苦笑しながら二人を宥める。
「落ち着いて。わたくしがこのまま黙っているご令嬢だと思っているの?」
二人は目を瞬かせて、わたくしの方を見てきた。わたくしはフォークを手に取りながらにっこりと笑った。
「黙って見ていると思ったら大間違いよ。わたくしはわたくしを害すものが大嫌いなの」
二人は驚いた様子だったが、一拍置いていつもより大きな声を出した。
「僕、できることがあればなんでもしますから!」
「もちろん私も」
二人は手を上げてそう言ってくれた。持つべきものは下手な婚約者よりできた友人ということか……。
「ありがとう、その言葉がすごく嬉しいわ」
そう言うと、カイもエリンもにっこりと笑った。
そして三人で食事を始める。
カイは男子ということで、ものすごい速さで食べ物が減っていった。騎士団に入ることが決まっているのもあるかもしれない。
エリンはエリンでキビキビとした性格に見合ったスピードだった。
わたくしが食べ終わるのを待ってもらってから教室に戻ると、机の上に置いてあったはずのわたくしのペンケースが無くなっていた。
「あらら?」
わたくしが頬に手を当てて首を傾げると、何事かと言うように二人が集まってきた。
「わたくしのペンケースがないの」
エリンは怪訝そうな顔をして、机の上を見やった。
「えっ、先程は机に置いて教室から出ましたよね?」
「えぇ、そのはずね……」
カイもキョロキョロと周りを見渡しているが、わたくしの水色のペンケースはどこにもない。
わたくしが指を鳴らすと、光の筋が教室の外に伸びていった。
「念の為、わたくしの持ち物には探索魔法のペアリングをしてあるの。追うわ」
わたくしが教室の外に出て行くと、二人も揃って着いて来る。
階段を下って、別校舎に入る。
「こちらの方には今日来ていません、よね……」
難しい顔でエリンが言う。わたくしは光を追いかけながら二人の方を振り返った。
「心配しないで、わたくしの魔法から逃げられるものは何もないのよ」
光の筋が廊下の先で途切れるのが見えた。
案の定、わたくしの布製のペンケースが廊下の端っこに落っこちていた。ペンケースの前にしゃがんで様子を確かめる。
「触っちゃダメよ。ちょっと待ってね」
そのペンケースにわたくしが開発したした魔法をかけた。
二人は不思議そうにわたくしの隣に座り込んでその様子を眺めている。
「これはわたくしが修復魔法をアレンジしたものよ。このペンケースが見た過去を修復するの」
「……そんなことができるのですか?」
「えぇ、まだ実験段階だけれど。実用性は確認できたところよ」
そのまま過去の景色が立ち上がったところで、同時にレコード魔法をかけてその様子を保存する。
最初のペンケースの記憶は教室の景色だった。ガヤガヤとした教室の中でぽつねんと机の上に取り残されていたが、一人の少女がこっそりと──まるで泥棒のようにペンケースをトートバッグの中に入れた。
「あっ」
エリンが小さく声を上げる。
その少女がマーガネット嬢だとわかったからだ。カイも眉根を寄せてその過去を見つめている。
そしてバッグの中から取り出されて、ポイッと雑に捨ておかれた。もちろん場所はここだ。
レコード魔法を切って、スカートのホコリを払いながら立ち上がる。
「やったわね」
「これ、生徒会や先生方の元に持ち込みますか?」
「いいえ、まだよ」
わたくしがニンマリと笑うと、二人は首を傾げた。
「そんなんじゃ生ぬるいわ」
ペンケースを手に取って教室の方に足を向けた。
「もう授業が始まってしまうわ、行きましょう」
「ナタリア様はもう少し怒ってもよろしいのですよ」
エリンが眉を下げてそう言う。カイも賛同するように頷いたが、わたくしは小さく首を傾げて歩き出した。
「怒っているわよ、人並み以上に。だから、タダじゃおかないと決めているもの」
その言葉に二人は安心したのか顔を見合わせて、わたくしのあとについて歩き出す。
それ以外は特筆すべきイベントは起こらずに学園での一日が終わった。
ただ、まだまだわたくしを悩ますことはたくさんある。その最たるものは学園で行われるパーティ……。
婚約者であるアンリ様からのお便りはまだ来ていない。わたくしをエスコートをする気がないのだろう。どうせ、マーガネット嬢を連れて参加する気だ。
気軽なパーティだということでエスコートが必須なわけではないらしいけれど、婚約者がいるにも関わらず一人で参加しようものなら噂の格好の的になってしまう。
ただ、わたくしのこれからを考えておくと参加しておきたいイベントでもある。
カイとエリンにはそれぞれ婚約者がいるので、彼らに着いていてもらうこともできない。
一人だけ思い当たる人物がいて、早速お手紙を書いてみることにした。彼をエスコート役に使うのは申し訳ないけれど、おそらく受けてくれるだろう。
彼は今学院に通っていて、わたくしの先輩でもある。わたくしも学園を卒業したら彼と同じ学院に進学する予定だ。進学についての相談や魔法の研究でかなりお世話になっている。
事情と一緒に頼み事を書いた手紙を送った数日後、早速返事が届いた。
軽い返事が初めに書かれていて、それ以外は魔法の研究の詳細が書かれていた。なんとも彼らしい手紙だ……。
後ほどパーティの相談に行くとして、とりあえず心配事がひとつ減った。心置きなくパーティに参加できる。
そして、また別の手紙を書き出した。レコード魔法で保存した映像たちとわたくしが自ら書いた手紙を封筒に入れ、信頼できる執事に手渡す。これで、またひとつ心配事が減った。
今日も世界はわたくしの思うままに回っているのかもしれない。
残り2話で完結します




