二回戦があるとは聞いてない
先住の者と新入りが喧嘩するのはどんな世界でも一緒。
その女性は、花の香りを纏って立ち塞がるように現われた。
成人男性を一回り以上大きくした、人型の何か。首と肩を出し、体のラインに沿うようにしつつ、腰から下はゆったりと広がるようなドレスは夜の星空をそのまま布にしたような幻想的なもの。背には薄桃色の大きな蝶の羽根を広げていた。薄桃色の髪を纏め上げて、小さな金のティアラを乗せている。
「小さな歌い手。アナタが歌ったの?」
ピクシー族だと理解し体が強張った。グリフォンはピクシー族のお気に入りだと知っていたのに、従属させてしまった。報復に来たのか。
グリフォンは大きなピクシー族に嬉しそうな声を上げるが、背に乗ったコトハが震えていることに気付くと心配そうに振り返ってくる。
「ああ、大丈夫よ。傷だらけだったこの子がこんなにも懐いているんだもの。報復なんてしないわ。
アナタが癒やしてくれたのでしょう? それともモーゼかしら?」
問いかけながら彼女は振り返る。オッドベルは首を左右に振って眼鏡のずれを直した。
まさかオッドベルと知り合いとは思わず目を丸くすれば、彼はコトハを安心させるように微笑んで隣まで来る。グリフォンが少し威嚇するが、コトハが首を撫でれば不服そうながらも収めてくれた。
「紹介しましょう。彼女はブラックロータス。ピクシー族の長、と言えば君ならわかりますね」
理解するのに少し時間が掛かった。理解した瞬間コトハは慌ててグリフォンから降りたが、ブラックロータスが指を振って再びコトハをグリフォンの背に乗せた。どうやらこの背に乗ったまま話をしていいらしい。
《ピクシー族の長》。その危険性は冒険者なら絶対に覚えておくべき最強にして最悪の存在だとして、教本にも書かれている伝説の存在だ。出遭う可能性は限りなく低いが、出遭ったら対応を間違えてはいけない。
「この子を癒やしたのはアナタなのね。どうやって?」
「う、歌魔法でやりました」
緊張してカラカラになった口を無理やり湿らせて、何とか答える。
ブラックロータスはきょとりと漆黒の目を丸くして微笑む。幼子を相手にするような慈しみの笑みでコトハの頭を撫でようと、爪の長い手を伸ばしてきた。緊張していたため反射的に手から離れようと身を仰け反らせてしまい、しまったと内心で焦った。しかし、ブラックロータスは気を害した様子はなく、むしろ褒めるように目を細め、優しくコトハの頭を撫でて離した。
「自分よりも強い相手に警戒心が強いことは良いことよ。それと、いつも通りの口調で良いわ。
歌魔法ってふわふわした魔法でしょ? どうやって?」
「あー……こう、歌はそのままに魔力だけぎゅっと……」
いつも通りの口調と言われてもあまりやりたくはなかったが、それで気を損ねても困るのでなるべくいつも通りを心掛ける。
その上で説明をしてみようとしたが、コトハはルナほど言葉を知っているわけではないので早々に諦めた。ポーチからポーションを取り出して飲み、魔力を回復させてから『太陽の福音』を歌ってみせる。
最初は広範囲の、通常の『太陽の福音』だ。歌いながらブラックロータスに魔力を集中させて、さらに凝縮してみせる。向けられたブラックロータスは驚いた顔から、目をキラキラと輝かせて興味津々と言った様子でコトハを見つめる。
「……こんな感じでやれば、歌魔法でも白魔法並に回復は出来るんだ」
「すっごいわ!!!! 魔力がぎゅっと詰まってる!!! こんなの初めて見たのだわ!!!!
モーゼ、アナタの教育!?」
「いいえ、彼女自身が努力して身に付けた魔法ですよ」
ブラックロータスは興奮してコトハの頬を両手で掬い、手のひらで頬の感触を楽しむように押し潰しながらオッドベルに確認する。彼が笑いながら首を振ったので、ブラックロータスはますます興奮した。
「素晴らしいのだわ!!!! 魂に叩きつける雷鳴の如き力強い歌をこんな小さな子が歌っていたのも素晴らしいのに!!
契約しましょう、小さな歌い手!! 歌を対価に、アナタに力を貸すわ!!」
「えっ? ええええっ!?」
「待ちなさい、ブラックロータス」
興奮したまま何か知らない魔法を発動させようとしたブラックロータスの手首をオッドベルが掴んで止める。何故止めると不機嫌そうに見下ろす黒曜石のような目を、彼は怯むことなく見上げて首を振った。
「契約魔法は体に負荷が掛かる。今の彼女は疲れ切っているし、まだ体も出来ていない子供です。このままでは受け止めきれずに死に至る。
せめて二年後にしなさい」
「二年? そんな一瞬で変わるの?」
「ええ、子供の成長は早いので。それまでは、そうですね。姿を変えるのならば彼女の側に居ることを許しましょう。結界の中にも入れるように調整します」
「あら。ワタシが鳥籠の中に入っても良いなんて、随分と譲歩するのね」
「彼女が外に出たときに攫われてはたまらないのでね。それに、貴女としても彼女とグリフォンの様子は知りたいでしょう?
ただ、混乱が起きては困りますので、必ず変化はしてください」
「わかったわ。アナタがそこまで譲歩するなら、合わせなくちゃね」
コトハを置いて二人でなにやら条件を纏め、オッドベルが手を離すとブラックロータスもコトハから手を離して少し離れた。横軸にくるりと回転すると、その姿が桃色の小鳥へと変化し、コトハの肩に乗ってくる。
「これからは、この姿でアナタの側に居るわ。
名前と設定はアナタが考えてちょうだい、小さな歌い手」
「え、えええ……?」
怒濤の展開にもう頭が追いつかない。元々コトハは頭の回転が速くはないのだ。戦闘以外の突発事態にとても弱く、すぐにいっぱいいっぱいになってしまう。しかも先ほどまで動き回りながら歌い続けていて体力も限界だ。
今も何が起きているのか全くわかっていないが、どうやら契約とやらは延期となったことは理解した。
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ひとまず学校に帰り、シルバと名付けたグリフォンを厩舎に入れようとしたのだがそこで一悶着があった。元々飼育していた八足騎馬――スレイプニルとの縄張り争いである。
グリフォンは馬と交配することがある。ここには二頭の牝馬がおり、スレイプニルは長として群れを守らんと立ち塞がったのだ。
オッドベルが場を収めようとしたが、シルバがオッドベルの言うことを聞かない。コトハがシルバに言うことを聞かせると、今度はスレイプニルがコトハを見下しているので言うことを聞かない。
自分のお気に入りを見下されたブラックロータスが腹を立てて正体を現そうとしたので、仕方なくコトハはスレイプニルと戦うことになった。飼育担当の教師と飼育の勉強をしている生徒たちが来ていたので、ブラックロータスの正体を明かすわけに行かなかったのだ。
飼育担当たちの他にオッドベルが何人かの教師を呼び、朝っぱらから何かあるらしいと聞きつけた野次馬精神旺盛な生徒達も引き連れて、騎乗生物訓練場に逆戻り。シルバとスレイプニルは睨み合いながらも付いてきた。
そしてコトハはひたすらに『夜狼の遠吠え』を歌いながらスネイプニルの攻撃を避け続けた。魔法を使わない分だけシルバよりマシだが、突進の速さが全然違う。体力もあり、かなり大変だった。
動きながらポーションを飲み魔力を回復させて、自分の体力を回復する歌を歌い、ある程度回復した所で『夜狼の遠吠え』を歌う。歌った回数からおそらく二十分以上は動き続けていて、最後はシルバにやったように言葉に魔力を乗せて従わせた。シルバの時よりも効き目は弱かったようだが、それでもスレイプニルはコトハのことを認め、シルバのことも認めたようだ。
不服そうに鼻を鳴らしたものの、シルバに歩み寄り、二頭同士でにらみ合ったまま一言二言交わし、スレイプニルは勝手に帰って行った。飼育担当達が慌てて追っていく。
終わったと見てコトハは大きく息を吐いた。途端にギャラリーから歓声が上がって、シルバが驚いて威嚇しようと翼を広げる。
「シルバ、大丈夫だ。こっちおいで」
コトハは笑いながら止め、側に寄るように手招きする。彼はギャラリーを気にしながらもコトハの側に寄った。それがまたギャラリーに驚愕の声を上げさせるが無視だ。
朝食も取らずにずっと動き回っていたのだ。コトハはもうヘトヘトだし喉もガラガラ。汗で訓練用の服はびしょびしょ。腰が熱いのでポーチを外してしまいたいが預けられる先もなく、仕方なく付けたままにする。ポーチ内の携帯食料系は使いたくないなと考えていたら、柵を飛び越えて悠々と近付いてくる影があった。
「またキミは、面白いことしてるねぇ」
「……ルナ」
乱入者を警戒したシルバがコトハを守ろうと前に出るのを首を叩いて止め、こいつは無害だと伝える。
ルナは怯えた様子もなくシルバを興味深そうに眺めていた。少しぐらいは怯えろと思わなくも無いが、コトハがちゃんと制御していると理解しているからこその無防備さだ。全幅の信頼が少しくすぐったい。
「大丈夫だ、シルバ。俺の……悪友だ。信じて良い」
「ふふ。初めまして。ボクはコトハの親友のルナ。覚えてくれると嬉しいね」
親友とは言いたくなくて悪友と表現したが、ルナはきっちりと親友と訂正してきた。このやりとりが定着しそうだ。
地面に足を付けてコトハに近付いたのでちょうどいいとポーチを外しベルトを止め直して渡す。ルナは何も言わず受け取って肩にかけ、代わりに持っていた袋からタオルを差し出してきた。礼を言いながら受け取り、汗を拭く。続いて差し出された蓋を開けた水筒をありがたく受け取って飲んだ。喉を通り抜けて身体に沁みる冷たい水がとても気持ちいい。
その間にシルバがルナの匂いを嗅いで、無害と理解したか警戒を解いた。同室なのでルナの服にコトハの匂いが付いており、味方だと判断したのかもしれない。
「運ぶかい?」
「いや、こいつに乗せてもらう」
疲れ果てているコトハから水筒を受け取り、蓋をして袋にしまったルナが手を差し出すが、首を振ってシルバの首を叩く。心得たもので、シルバはコトハが乗りやすいように膝を折った。跨がればまたもギャラリーから声が上がる。そう言えばまだ居たんだった。
やりとりを終えた所で、オッドベルが肩にブラックロータスを乗せたままこちらに歩み寄ってくる。それに伴い、他の教師達が生徒を学園に帰し始めた。
「ベスティートさん、見事でした。これで多少喧嘩しても、君が間に入れば止まるでしょう」
「喧嘩しないでくれるのが一番ですけどね」
満足そうなオッドベルの肩からブラックロータスが飛んできてコトハの肩に留まる。
薄桃色の小鳥をルナがじっと興味津々で見ているので「あとでな」と説明はしてやることを伝えれば、彼女は面白そうに笑って頷いた。ブラックロータスもコトハに頬ずりをすることで了承した。
オッドベルが先導し、コトハは先ほどと同じようにシルバの背に乗ったまま学園を目指す。先ほどは安定しなかったのでべったりと背中に抱きつくようにして乗っていたが、今は肩にブラックロータスが乗っているし、ルナがいるので身を起こしたままなんとかバランスを取った。疲れているのでぐらついているとブラックロータスが魔法で支えてくれたのでありがたく頼る。
「さて。経緯を聞いても良いかい?」
「日課中にこいつがボロボロの状態で落ちてきたから、歌魔法で癒やして従わせた。以上」
「うーん、これ以上無く簡潔。ありがとう。ご飯食べた後で、その肩の小鳥さんのことと一緒にもうちょっと詳しく教えてね」
「おう。ちゃんと説明してやる」
今はもうお腹が減りすぎて何をするにも面倒臭い。喉もガラガラなので喋りたくもない。それを察したルナは苦笑しながらコトハの喉を癒やし、諦めてくれた。ブラックロータスがくすくすと面白そうに笑っているのが耳元で聞こえる。
「キミの歌を初めて聞いたけど、なかなか迫力ある歌声だね」
「あんがと。あれは動物を従えるための歌だ。だからずっと歌い続けるのはしんどい」
「最後の一言は? あれも歌魔法の一部?」
「いや。あれは無我夢中でやったからよくわかんねえ」
再現しろと言われても不可能だが、ルナは何やら口元に手を当てて考えているので、彼女には再現可能な魔法に見えたようだ。その再現のためにどれだけ手伝わされるのだろうか。
だが、彼女ならやり遂げてくれそうな気がする。
「ルナ」
呼びかけて意識をこちらに向けさせる。ルナは口元に手を当てたままコトハに顔を向けた。
「理論は任せた。対価として、再現実験は俺がやる」
彼女は先月、歌魔法から発展させた魔法を創る研究をしたいとロッドベルドに言っていた。彼もそれを受領していたので、ルナの研究テーマとも合うだろう。一番に使わせてもらえるならいくらでも実験に付き合おう。
コトハの申し出に驚いたように目を見開き、何度も瞬きをしたルナは徐々に頬を赤く染め、とても嬉しそうに満面の笑みを浮かべて頷く。
「ああ、任せてくれ!! 必ず魔法理論を組み立ててみせるよ!!」
胸を叩いて自信に満ちた笑顔で応えるルナに、コトハも笑顔を浮かべた。
ギャラリーの会話
「なぁ。あれってエルフィンストーンだろ?」
「そ、のはず……? でもあの身のこなしは……」
「ばっか! あれがベスティートだよ!!」
「はぁ!? 髪の色が違うだろ!」
「噂ではチェンジリングで入れ替えられた子供って話だ。ベスティート家の鍛錬だけであの強さを手に入れたんだとよ」
「い、意味分かんない……」
「あんなの歌魔法じゃない……魔力が分散してない……誰よ、身体強化魔法しか使えないとか言ったの……あんなの、属性魔法が使えないだけで、歌魔法に特化した魔法使いじゃない……!!」
「外部に魔力は出せてる……魔術回路に白も黒もないだけ……? それに英雄が気付いていないわけが無い……まさか、歌魔法に特化してることを隠そうとしてた……?」
「うわっ、飼育担当の先生ですらたまに嘗められてんのに、従わせたぞ!?」
「アルビノのグリフォンも従ってる……!!」
「背中に乗せた!?」
「やっぱ、ベスティートってすげえんだ……誰だよ、出来損ないとか言ったの!!」
「本人だよ!! どこが出来損ないだ!! 嘘つきめ!!」
「侮らせて首を狩るタイプだ! 油断ならねえ!!」




