出来損ない。だった/この子供、規格外だ
今日はいつもより二千文字ほど少なめです。いつもが長すぎるとも言う。
「――驚きました」
そこでずっと忘れていたオッドベルの存在を思い出した。グリフォンが警戒するので首を撫でて落ち着いた声で大丈夫だと言い聞かせる。
撫でながらもオッドベルに顔を向ければ、彼はまだ少し放心した様子で見ていた。
「ただ歌声に魔力を乗せるだけでなく歌だけで相手の精神を宥めて魔力を受け入れさせる歌声。魔力を相手の生命力に変換しながら傷を癒やしつつ相手が魔法を使えば魔力核に的確に魔力を沿わせて妨害する魔力操作の精密さ。物理攻撃には身体強化魔法も継続して歌も息も切らさず避け続ける体力と洞察力。相手の状態を見極めて歌を変える観察眼。グリフォン相手に全く退くことのない胆力と気迫。
おおよそ十二歳の少女がやっていい行動ではないのですが、ベスティート君は本当に十二歳ですか?」
つらつらと小さい声で呟いていた内容と問いかけに、コトハは首を傾げた。疲れているので表情は取り繕えず、きっと今、何を言っているんだろうこの人はと不思議そうな顔になっているに違いない。
「えと、十二歳です。怪しかったら、役所か冒険者ギルドに確認してください。
歌声に関しては、魔力に頼らず歌声で受け入れさせるだけの技術がなければ、そもそも歌魔法は成立しないと両親に鍛えられました。でも、人間相手ではあんまり効果無いんですよね。魔力使ったほうが楽です。
魔法を消すのは父と母から魔力核を壊せば良いと聞いていたのでそれをやっただけです。発動まで時間は掛かりますが、非常に簡単なので詩人なら誰でも出来るでしょう。
魔力操作も魔道士ならこの程度出来て当然で、俺は下手なほうだと両親に言われています。学校に来て両親の言葉に納得しましたね。俺なんかよりずっと魔力操作が上手い人がいっぱい居ました。
あとなんですっけ。体力と洞察力ですか。体力は冒険者の基本ですし、詩人に求められるのはその歌です。戦闘中、ただ突っ立ってるだけなんて狙ってくれって言ってるようなもんじゃないですか。避けながらも歌えるようにならなければ、冒険者としてやっていけないぞと鍛えられました。
状況に合わせて歌を切り替えるのも詩人としての必須技能なので、別に珍しいことはしていません。
胆力、は……正直、グリフォンは強いと聞いていましたが、こいつが幼体だからか思ったよりも怖くなかったです。それよりも父に本気で怒られたほうがよっぽど怖かったですね。
……こんなもんですかね」
おそらく疑問には全部答えられたと思うので、これでいいかとオッドベルを見上げる。彼は言葉の途中で段々と口を引き結んでいき、最終的に目を閉じて眼鏡を外し、眉間を揉みだした。しばらく眉間を揉んでいたが、息を吐くと眼鏡を付け直してコトハを見る。
ロッドベルドが魔法を使うときに現われる金の瞳と同じ色が、やや哀れみと知らない感情を乗せて見下ろしていた。冒険者の大人達がたまに見せていた目だ。そして、大人達はだいたい同じ言葉を言う。
「君も充分、天才少女じゃないか……」
オッドベルも例に漏れず、他の大人達と同じことを言った。
褒め言葉のつもりだろうがコトハにとってそれは努力を踏みにじられたように感じて侮辱でしかない。嫌悪感を隠さずにオッドベルを睨み付けた。冒険者に言われたら殺気も飛ばすが、先生なので嫌だという感情だけを見せる。
「ベスティート家では当たり前のことを、当たり前にやっているだけです。むしろ俺はベスティートでも落ちこぼれの出来損ないです。本物の天才である弟達には何一つ叶わないから、人一倍努力した。
その努力を、天才なんて言葉で纏めないでください。俺は、ベスティート家の出来損な」
「それは違う!!」
強い口調で言葉を遮られた。大きな声は怖くてびくりと体を震わせれば、手をグリフォンに置いたままだったために感じ取ったグリフォンがオッドベルに威嚇をした。オッドベルが慌てて謝罪をするので、コトハもグリフォンを宥める。だがグリフォンはもう敵認定をしたのか、グルルゥ……と低く唸ってオッドベルを睨んでいた。
「いいかい、ベスティート君。自分で自分を出来損ないと呼ぶのはもうやめよう。
君は今、幼体とはいえ銀翼のグリフォンを従えている。そんな君が自分を出来損ないだと言えば、『出来損ないが出来たのだから、成績優秀な自分にもグリフォンを従えられるはずだ』などと思い上がった人が出るかもしれない。
従わせようと思い上がった人間が怪我をする分には自業自得だけど、そんな人間が大量に押しかけたら、この子はどうなると思う?」
そんなグリフォンに構うことなく、オッドベルはコトハへ言い聞かせるように腰を折り、目線を揃えて優しく話しかけてきた。口調がルナに言い聞かせる時のロッドベルドそのものであることにやや気を取られたが、真剣な問いにコトハは少し想像をしてみる。
従わせようとする方法は、きっと歌魔法だけではない。もしかしたら暴力や、精神支配系の魔法を使う者もいるかもしれない。そんな人間が大量に押しかけてきたら、疲れ果てて人間不信に陥ってしまうだろう。
この子の安寧のためには、コトハが強いからこの子は従ったのだと内外に示さなければならないと気付いた。
キュッと口を引き結んだコトハの様子で彼女自身が気付いたと察したのだろう。オッドベルは優しく微笑んで頭を撫でようとして、グリフォンに噛まれかけて手を引っ込めた。声を掛けて辞めさせたが、オッドベルの手は再び伸びることはなかった。ただ、目線を合わせたまま語りかけてくる。
「わかりましたね。
今までの君は、ベスティート家の基準に達していなかったのでしょう。ですが、ベスティート家の基準とは違う基準が、たった今出来ました。
君は、強い。この学校で君に太刀打ちできるのは、私とロッドベルド君、あと一部の教師だけです。
だけれど出来損ないという言葉には、弱いというイメージが纏わり付きます。ですから、使わないようにしましょう」
そのロッドベルドは貴方本人ではないですかとツッコミを入れそうになったが飲み込んだ。その一言は確実に話の腰を折る。
あとは、本気で戦えばおそらくはそうだろうなと察していたことなので頷いた。魔法の授業だと決まった魔法を使えない時点でコトハは落ちこぼれの烙印を押されるが、何でもありなら瞬殺できる。身体強化魔法を封じられては流石に勝ち目は薄いが、薄いだけで冷静に対処すれば勝てるだろう。
コトハが理解を示したことでオッドベルは安堵したように頷き、ひとまず学園に帰ろうと促した。
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(なんなんだこの子は!!!!!!!)
学園までの道のりを歩きながら、オッドベルは心の中で悲鳴を上げた。エルフとして長く生きてきたが、こんな恐ろしい人間の子供など見たことがない。きっとこの先も現われることはないだろう。
まずもって、異変が起きたからと自身は現場に向かいながら、即座に自身よりも上の立場の人間に連絡を入れ、端的で的確な報告をして、指示を仰ぐ。長年冒険者をやっている大人でもここまで冷静かつ迅速に動けるか。
そしてグリフォンと分かって選んだのは眠りの魔法。無駄に暴れさせて被害を出さないためには正しい判断だ。グリフォンは魔力抵抗が高いにも関わらず、しっかりと眠らせたことに驚嘆しか出来ない。その上で本人は攻撃されても避けられるようにか、充分な距離を取っていた。
その後、オッドベルとしては少し癒やした所で限界が来るだろうと思っていたのだが、コトハは予想に反して十分以上は連続で歌い続けた。さらに身体強化魔法を自身に掛けたままグリフォンの攻撃を避け続けた。動くことで歌声は多少ブレたが魔力に揺るぎはなく、しっかりと癒やし続けるなど、腕利きの詩人でも出来まい。そもそも、歌魔法で白魔法並に癒やすなど見たことも聞いたこともない。
理屈としては分かる。歌魔法で広がる魔力を集中させれば無駄なく癒やしの力を発揮できるだろう。だが、そもそも魔力を精密に扱えなければ魔力を集中することはできない。しかも、コトハはおそらく威力を凝縮した。最高効率が既に確立されている現代魔法と違い、歌魔法は本人の意思で効果が変わる原初の魔法だから出来る芸当だと理解は出来るが、十二歳の子供が習得してていい技術ではない。
既に発動した攻撃魔法の魔力核に、的確に魔力を沿わせる技術もおかしい。風の魔法の魔力核は基本的に刃部分だ。それに的確に沿って撫でるように分散している。発動まで時間が掛かるというが、おそらく魔力を相手の位置まで届けるのに時間が掛かるからだろう。だが、届いているのならばどんな魔法でも掻き消せる可能性があるということだ。こんな技術、非常に簡単なわけが無いし、詩人なら誰でも出来るわけがない。障壁を張ったほうがよほど楽なので、魔道士だってやる者はいないだろう。せいぜい相手への牽制と力量を分からせるためにやるくらいか。
それに、最後に彼女が放った言葉。歌魔法の応用なのか、旋律ではなく言葉に力を持たせた。本人としては無我夢中でやったのだろうから再現は難しそうだが、あれを突き詰めて魔法理論を成立させれば、本人の意志次第で様々な効力を発揮する恐ろしい新魔法が完成する。
(この子が理論立てた考え方の苦手な子で良かった。今後、最後に放った力を使わせないように気を付けていれば、感覚で使いこなすようなことにもならないだろう……ならないように指導しよう)
何もかもが規格外だ。せめて人の中で生きられる程度には認識を改めさせなければ、無駄な衝突を生む。
コトハとルナはチェンジリングで入れ替わった子供だとコトハから報告を受けていたが、血を引いていなくても育て方と本人の性質次第で神童は造れるのだと思い知った。血の繋がっていない姉がここまでできるのだから、ベスティートの血を引く弟達には相当なプレッシャーだろう。しかも姉は弟達を過大評価している節がある。
その点、ルナがただの天才程度で収まっていて良かった。彼女程度の才能の人間は何人も育ててきたので、まだ導いてやれる。
ひそりと後ろを振り返る。途中でコトハがふらついたので、グリフォンが自ら膝を折って彼女を背に乗せていた。鞍がなく安定しないためコトハは抱きつくように背に乗っている。誇り高いグリフォンが人を背に乗せているなどあり得ない事態だ。
完全にコトハのことを主と認め、付き従うことを決めている。これは国が保護すると引き離そうとすれば面倒なことになるのは確定だ。せめてこのグリフォンが成体になるまでは彼女と一緒に育てる必要がある。
再び前に顔を戻して、これからのことを考えた。厩舎はひとまず空きがあるのでそこでいいだろう。
(……食費は国から出させるか。神殿も噛ませれば、なんとかなるだろ)
グリフォンの飼育方法はオッドベルも知っている。昔、怪我をしたグリフォンを保護した経験がある。一体目は手探りだったので傷だらけになって本当に大変だったが、おかげで二体目は楽だった。三体目も経験が活きた。今回は幼体だしコトハがいる。
本来なら野性に返すべきだが、グリフォン自身がコトハから離れようとはしないだろう。
それに、グリフォンが負っていた傷からして野性に返すのはとても危険だ。
密猟者がいる。それも、別の国からの。
風の国の密猟者は、グリフォンにだけは手を出さない。捕まれば死罪なのもあるが、それ以上に手を出してはいけない理由がある。
グリフォンは《ピクシー族の長》のお気に入りなのだ。グリフォンの毛を使ってピクシー族は自分の服を織り、グリフォンはピクシー族の幻影魔法で子供を隠し育てる。北にあるグリフォンの集落はそうやって守られている。
ピクシー族というだけでも厄介なのに、《ピクシー族の長》は最悪だ。
最強にして最悪の存在《厄災の五種》の内の一体。他の厄災は日蝕でも無い限り姿を見せないが、《ピクシー族の長》は風の国を自由に移動している。
「――ねぇ、とても良い歌が聞こえたのだけれど」
このように、音もなく、唐突に現われるのだから心臓に悪い。
こんな十二歳児が居てたまるか。




