失い続ける人生だ/空っぽの人生だった
どこに行くかはルナに言っていないが、大人しくコトハに付いてきた。
自分でも唐突な話題だと思いつつも、道中でチェンジリングについて聞いてみれば、知識としてはあったのかルナは不思議そうな顔をしながらも解説をしてくれる。説明の手間が省けた。
「そのチェンジリングで入れ替わったのが、たぶん俺達だ」
「……本気で言ってる?」
「本気も本気。冒険者になった日に、親から説明された」
ルナの反応は想定内。コトハも突然こんなことを言われたら正気を疑う。
しかし、こればかりは本当なので信じてもらおうと説明を付け足す。
「俺は確かに母の腹から生まれたが、彼らの娘じゃないってな。
依頼こなしてたら同業者から髪の色のことであれこれ言われるだろうから、予め教えとこって思ったんだろうよ。
そんで、さっきの散髪屋は父上の家が代々使ってる場所で、父の母にお前は似てると店主からお墨付きをもらっちまった」
前を向いたまま話していれば、ルナはしばし黙っていて、肺のすべての空気を吐き出すように息を吐いた。
彼女はどう思っただろうか。本当はまだ黙っているつもりではあったが、店主からのお墨付きがあるのなら、さっさと会わせてしまおうとは思った。しかし、ルナが嫌がるならやめておいたほうがいいか。
少し不安になって見上げれば、ルナはちょうどフードを取った所だった。ショートカットにされたことによって少年のように見える。日に照らされた髪は僅かに緑の光を反射した。
「ボクの色はなんとなく両親とは似てるけど、絶妙に違うんだ。
そしてキミも両親とは色が違う。だからボクはキミに声を掛けた。チェンジリングで入れ替わった片割れじゃないかなって」
ルナの言葉に思わず足を止めたコトハを、同じように足を止めて見下ろす顔は苦く笑っている。
彼女は、出会った時点でもう分かっていた。執拗に声を掛け続けた理由の一つだと続ける。
「でもボクは、ベスティートになる気は無いよ。ピクシー族による悪戯はどうしようもない。今さら本来生まれるはずの家族に会わせてもらっても、ボクはルナ・エルフィンストーンだ。
キミだって、ボクの両親と会った所で他人だと思うだろう?」
「……そう、だな」
自分達の認識は、その通りだ。生まれて育てられてもう十二年。今さら親だと名乗り出られても親とは思えない。コトハの場合は育ててくれた親ですら『親』という肩書きを持つ他人だと思っている。
だが、それでも親のほうは違うかもしれない。勝手に胎から出てきた赤の他人のコトハよりも、違う所から生まれても見た目と能力の似通っているルナのほうが愛おしくなるのではないかと、喜んでくれるのではないかと思ったのだ。
口ぶりからしてルナはコトハが実家に向かっていることに気付いている。まだ引き返せるが、ルナは止めた足を動かした。
「だからボクは、キミの両親に挨拶に行くんだ。初めまして、ボクはコトハさんの親友のルナですってね」
息が、詰まった。胸いっぱいに何かわからないものが詰まってしまって、そのせいで呼吸が上手く出来ない。緩んだ涙腺は呼吸が詰まった事による生理現象だ。
騙すような形で連れて行っているというのに、その理由を作り替えられたことに喜んだとか。
コトハの居場所を奪う気など無いという意思表示に安心しただとか。
そんな感情が入り交じって胸が詰まったなんてことはないし、親友と言われたことに喜んでなんか無い。
ないから、少し怒って。少し先でどちらに行けば良いと言わんばかりにコトハを振り返るルナへと大股で歩を進める。
「……誰が親友だ。お前はせいぜい友人だ」
「最も親しい友人は、親友と言うんじゃない?」
「お前のせいで他に友人が作れていないだけだ。その結果お前が一番親しくなっているだけで、親友じゃない」
「残念。じゃあ、親友って言ってもらえるくらい常識を身に付けなきゃな」
「お前が常識を身に付けたらお役御免で、俺は自分の勉強をする」
「つれないなぁ」
この掛け合いに慣れてはダメだ。喜んではダメだ。
親だと思っていた人が親ではなく、せっかく出会った運命の相棒を失い、初恋も破れ、自分の技能すら才能ある者に容易に追い抜かれた。
失い続ける人生なのだ。それも、喜んだ瞬間に。
****
魔法学校からそう遠くない場所にある、庭付きで二階建ての一軒家。コトハが入学費と一年分とはいえ学費を稼ぎきった年に、何故かここに引っ越した。弟達も大きくなってきて前の家では狭く感じたのだろう。近くには冒険者ギルドもあるし、立地は悪くない。
一応コトハの部屋もあるが、ベッドと空っぽのクローゼットしかない。そのうち客間か物置になるだろう。
家の鍵を久しぶりに使う。やや大きめな声で「ただいま」と声を掛ければ、奥から「おかえり」と二人分帰ってきた。実家には連絡を入れていなかったが両親ともに家にいたようだ。きっと母だけだと思っていたので、父も居たことにコトハの体が一瞬強張った。
弟達はきっとどこかで鍛錬だろう。嫌われているので居なくて良かった。
「お邪魔します」
ルナも少し大きな声で挨拶をするので、コトハは凄まじく驚いた。教えていないのに他人の家に入るときの挨拶を知っているとは思わなかった。
見上げたコトハに、ルナは得意げな笑顔で「小説で読んだ」と学習の成果だと伝えてくる。最近やたら娯楽小説を読むなと思っていたが、どうやら小説から常識的なことを学んでいっているらしい。
両親はリビングに居るようで、靴を脱いで上がり、ルナにも靴を脱がせる。冒険者の家族なので常に鍛錬か依頼で靴が泥だらけになりやすく、掃除が大変だからと家の中は靴を脱いで生活するようになった。服も着替えられるようにと、玄関に入ってすぐに洗面台と着替えを置いてある部屋がある。コトハの着替えはそこには無いが。
連れたってリビングに顔を覗かせれば、母のサツキはテーブルで、父のユパはソファで本を読んでいるところだった。コトハの姿を見て、その後ろのルナに目を見開く。
「コトハ……その子」
「初めまして。コトハさんの親友のルナ・エルフィンストーンと申します」
母の目の色と、父の髪の色をした少女。すぐにチェンジリングで入れ替わった子供だと理解しただろう。素早く夫婦が視線を交わしたことにコトハは気付いてしまった。
そちらに気を取られたので親友ではないと否定するタイミングを逃したが、仕方ないと黙ることにする。
「おお、親友と呼べるほどの友人が出来たか」
「……まぁ」
父の外面が発動して、人当たりのいい笑顔で喜んでいるかのような声でルナのことを友人と称したことに少し驚いた。素っ気なく返しつつ、瞬きをした。
母が溜め息をついて立ち上がったので、彼女が切り込んでくるかと思ったが、意に反してキッチンへ。
「あんたねぇ。友達連れてくるなら先に連絡しなさい。ろくな歓迎も出来ないじゃない」
「え、あ、ううん。顔合わせに来ただけで、もう行くよ。買い物行かなきゃいけないんだ」
かちゃかちゃと響く音に何か飲み物を用意しようとしていると察し、慌てて止める。本当に顔出しだけのつもりで、この後は買い出しする予定だった。
「……てか、あの。この子……」
「うん? ああ、色合いも似ているし、顔もお前のお婆ちゃんに似ているが、エルフィンストーンっつったらお婆ちゃんの妹の息子の嫁の伯父の弟だったか。遠戚ってやつだな」
本来の子供だと気付いているはずなのに想定とは違う反応をされて戸惑うコトハに、ユパはそれがどうしたとばかりに片目を眇めて見せた。ぐだぐだと長い説明に一瞬で頭が追いつかなくなる。いま、父はなんといった?
隣でぶはっとルナが噴いて、面白そうに笑うので説明を求めれば、彼女は笑ったまま「遠戚だよ」と返した。絶対に違うと分かるのに、父の言葉を覚えていないので反論が出来ない。
「そうだ。学費の残りは払っておいたからな。四年間しっかりと勉強しろ」
「ほわぁっ!?」
「なんだ、その声は。残りは払ってやると言っただろうが」
「え、あ、ありがとう……?」
ユパが思い出したと告げた言葉に間の抜けた声が出た。予想外も予想外。
コトハが心外そうな声を上げたのが気に障ったか、片眉を寄せて睨んでくる父に何とか感謝の言葉を絞り出す。ユパは鼻を鳴らして読書に戻った。
「そうそう。あんた来月の十日は冒険者ギルドに行きなさい。筆記試験あるから筆記具忘れないように」
「筆記試験!? 何の!? 勉強してないよ!?」
キッチンから出てきたサツキに突然言い渡された予定に目を剥く。冒険者ギルドの筆記試験なんて欠片も勉強していない。せめて問題集をと慌てたコトハに、必要ないと母は却下する。
「本来なら春の更新で受けるはずだったのに、あんたさっさと帰ってくるから来月になったの。
半年に一度しか無いんだから、さっさと受けときなさいよね」
「はい……」
だから何の試験だと聞きたいが母にとって常識的なことらしい。冒険者ギルドの筆記試験というとランク昇級試験ぐらいしか知らない。しかし、母の苛立っている様子からそれではないだろう。何せ両親は常々コトハはまだ上位ランクに相応しくないと言っている。
「あと、あんたいい加減、魔法を消せるようになりなさい」
「え。魔法を父上と母上みたいに、斬ったり撃ったりして消すってこと?」
「それでもいいし、それ以外の方法を見つけてもいい。魔法学校にいるんだから、魔法使える子に協力してもらってでも、あんたの方法を探してきなさい」
「はぁい……」
英雄でもある両親は相手が放った攻撃魔法を、父は剣で斬り、母は弓で打ち落とす。攻撃魔法にはその形を形成する魔力核が存在し、両親はそれを瞬時に見極めて壊し、霧散させるというのだ。一応似たようなことは出来るが、前準備が必要なので実用性がない。
しかし、やれというのならばやらなければならない。出来ないのなら出て行けと言われる。もう出て行く覚悟は出来ていても、何度も聞きたい言葉ではない。力なく返事をした。
言いたいことを言い切った母は、親子のやりとりを面白そうに見ていたルナに優しい笑顔を見せた。この夫婦、本当に外面だけは良い。
「変なとこ見せちゃってごめんね。この子が滅多に帰ってこないからついつい口うるさくなっちゃって」
「いえ。お構いなく」
「もういいでしょ! 行こう、ルナ」
「はは、そうだね。では、お邪魔しました」
「ええ、今度はゆっくりしにいらっしゃい」
これ以上ここにいたら余計なことを言われかねない。母からルナでも、ルナから母でも、コトハにとっては困ることしか言わない二人だ。だからさっさと家から出ることを選んだ。
家から出る前に挨拶は反射で出ていて、そういえばこの家の子供で良いのかと今さら実感した。
****
ルナがチェンジリングについて知ったのは、十歳の頃だった。ひたすらに魔法学校の本を読んでいる時にピクシー族についての本を読み、その魔法を知った。
自分の目に掛かる髪を見て、両親とは違う色に疑問を抱いたのもその時だ。
その頃にはもう両親とは疎遠になっており、顔を合わすこともなかった。最低限の物を寮長に預けて、逃げるように母親は出て行くという。他人には最低だと評される両親だが、ルナとしてはどうでもよかった。彼女の関心はすべて魔法に向いていた。
ただひたすらに、知識さえあればいい。万物を知ることは叶わないが、例え一欠片の物だとしても記された書物は彼女の好奇心を満たし、また新しい疑問を生み出す。
そんなルナが、初めて自分以外の人間に興味を持った。だがすぐに失った。風の国がどれだけ広いと思っているのか。ピクシー族が入れ替えたもう片方に会える確率など限りなくゼロだ。国の端から端の人間を入れ替えたっておかしくないのだから。
そうして忘れていた頃に、夕日に照らされるラベンダーのような美しい青紫の髪を見つけた。横顔から見えた瞳の色は、これまた夕暮れの空に浮かぶ月のような静かに輝く銀。
ベスティート家についてはルナですら知っている。両親とは違う色を持つ彼女に、浮かんだのはチェンジリングのことだ。この偶然にルナは感謝をし、研究のために声を掛けた。
その声かけがあまりにも酷かったことを後日思い知る。
紆余曲折を経て、彼女と親友となり、本来の両親らしき人と顔を合わせた。
少しは何かしらの心境の変化があったり、発見があったりするかと期待をしていたが、二人の顔を見てもルナには感動などなかった。むしろ、コトハに似ているなと思った。初対面の相手に向ける作り笑顔とか特に。
コトハは両親には愛されていないと溢したことがある。厳しいことばかりしか言われず、弟のように褒められたこともない。二人は大人としての義務を果たしているだけだと。だからきっと、コトハも親に放置されているのだと思っていた。
ところが、実際は非常に愛されていた。言い方こそ突き放すようなものだが、言っている内容は紛れもなく愛情だ。
気付いていないコトハにやきもきし、少しだけ羨ましいとは思ったが言わない。羨ましいと思ったのは、きっと彼らならルナの両親よりももっと知識が深いだろうなと言う点だけで、愛情などどうでも良かった。
やはりこの家はコトハの家だなとしっかりと認識する。自分の居場所などこの家のどこにもない。それが逆に心地良いと感じた。
コトハは母に言われた課題をどうクリアするか考えているようで、黙ったまま前に進む。その足取りに迷いは無く、買い物に行く店へと向かっている。ルナは何も言わずに彼女の隣を歩いた。
その顔が不意に上がり、一人の少年を目に映す。
「あ、ケンタ」
「げ。コト姉……」
そこにはルナと同じ髪と目の色の少年がいた。どうやら弟らしい。ケンタは確か一番上の弟。今は八歳で、ロックゴーレムを五分で倒したという。
「お前、ロックゴーレム五分ってマジ?」
「だ、誰から聞いたんだよ」
「ギルマス。褒めてたよ。お前なら私が超苦戦した三体討伐、余裕そう」
凄いな。と褒めたコトハは、視線を少しずらしたために気付かなかっただろう。ケンタが一瞬戦いた表情をした事に。
「はん。コト姉だからな。ちなみに何分?」
「あー。私は十分以内で、九分五十秒だった。お前ならもっと余裕でしょ」
「……当然だな!」
微笑む彼女はやはり弟の顔を見ているようで見ていない。強がっているとルナにも分かる顔で胸を張っている。その反応に、彼は自分では無理だと理解しているとルナには分かった。
「おれは母上の火の魔法も消したからな!」
「……それは凄いな」
それでも弟は見栄を張りたいのか胸を張る。その内容は先ほどコトハの母に言われた課題で、コトハは純粋に驚いているが、ルナは目を細めた。なんとしても姉よりも凄いと自分を大きく見せたいらしい。
「火の魔法、か。じゃあさ、これも消して見せてくれるかい?」
「ひぃっ!?」
片手で小さな炎の玉を生み出す。手のひらサイズで火力もそう強くはないが、当たれば余裕で火傷する。コトハに良く向けていたものだ。
本当に放つつもりはなく、ただの脅しのつもりだったがケンタは小さく悲鳴を上げた。実際に攻撃魔法を向けられたことはないようで、怯えた表情に片眉が寄った。コトハはこの程度怯えることなく、むしろ呆れた表情を向けてきたというのに、何とも拍子抜けだ。
魔法を消そうとしたが、怯える様子に少しだけ悪戯心がわいた。彼の前に――当然、怪我はさせない程度の距離は保って――移動させようとしたところで、隣から舌打ちがして、次の瞬間に歌が聞こえてきた。
「《La――a――》」
歌詞などなく母音だけだが、コトハの喉からメロディが出てくる。同時に魔力が広がった感覚があり、ルナの作った火の玉へと伸びて、掻き消された。
きっとルナ以外には聞こえないほどの小さな声での歌。魔力の動きも、こちらを注視していない限り誰も気付かないような最低限の動きだった。
思わず固まっていたルナの腕を叩き、コトハは何事もなかったかのように睨み上げてくる。
「コラ。街中で攻撃魔法を使うな」
「あ、あはは。ごめんごめん。キミの弟っていうから、どれほどかなって」
「こいつは属性魔法が使えるから、相対魔法で消したんだろうよ。
脅かしてごめん、ケンタ。私ら行くわ」
ひらりとコトハは弟に手を振り、弟は何も言わないまま頷いた。コトハはそのままルナの背を強めに叩いて先に進む。すれ違いざまにルナも謝っておいたが、弟はじっと姉の背中だけを見ていた。彼はコトハを見ていたのだから、魔力の動きにも気付いていただろう。それの意味するところも。
しばらく二人とも無言で歩き続けていて、弟からある程度離れた所でルナはコトハを呆れた目で見下ろした。
「……キミ、もう魔法消せるじゃないか」
「あれは対象が動かなかったからだ。何度かやったが、消しきる前に熱波でやられたら意味ねえし、風や雷には間に合わない」
聞かれると思っていたか、コトハはスラスラと答える。何度か実験をやってみたことはあるのかと考え、嫌なことに思い至った。やった事があるから、コトハは魔法攻撃のダメージに慣れたのではないか?
それを問う前にコトハが言葉を続けたので、胸にしまっておくことにした。
「だが、あの場で俺が消せって言って消させたら、ケンタに何言われるかわかんねえからな。お前が自主的に消したように見せるために歌った。
先生には言うなよ。歌魔法で掻き消すのは実用的じゃねえ」
大したことがないのだと吐き捨てるコトハに、ルナは目を細めた。歌魔法。ルナの知らない魔法を教えられて、好奇心が疼いてきた。
例え対象が動かないことが必須だとしても、魔法を消す魔法など面白いに決まっている。まだコトハが実用的に使えていないだけだ。実用的に使えるように色々と分析をする必要があるが、今のコトハでは協力を仰ぐことなど出来まい。
とりあえず、一つずつ。まずは歌魔法とは何かを知る所から始めよう。
ロッドベルドに研究テーマを決めようと言われていたが、ついに見つけた。ずっとコトハとも一緒に居られそうなテーマを。
歌魔法の可能性を広げる。そこから、新しい魔法を創り出すことを、テーマにする。




