ピクニックに誘うような気軽さで言って良い台詞じゃない
アルビレオたちが優勝賞品を選び、依頼を受けている間。
ルナはロビーのソファに座るコルネとアヴリオの前に浮き、冒険者と冒険者ギルドについて解説していた。
冒険者ではないのでコトハの仕事を手伝ったことは一度もないが、これでも冒険者ギルドに所属している研究者だ。どういう仕事をしているのか、ギルドの仕組みを説明する程度は出来る。
「冒険者が街道の安全確保……水の都では各領主の私兵と騎士団が担うことだな。思ったよりも仕事は多岐に渡るのか……」
「そうだね。風の国は特に広いから、私兵や騎士団じゃ間に合わないことが多々ある。冒険者はその間を埋める役割を持っているんだ。
キミは封印後、どうするつもりだい? 冒険者に興味があるなら、ボクらのギルドをオススメするよ」
感心したように呟くアヴリオの言葉を拾い、自然と質問に繋げる。問いかけておいて、きっとアヴリオは水の都に戻るだろうなとルナは予測していた。
姿を隠してうろつく術を覚えたルナは、昨日、アヴリオがフリーアと一緒に店を回っていたのを知っているし、彼らの会話も聞いている。別れ際にアヴリオは「入団試験には間に合わせて、あんたのとこに行きますから」とフリーアに言っていた。それに対してフリーアは嬉しそうに笑い「城で待っている」と答えていた。
『城』が二人の間の符丁でなければ、水の都の王都にある城のことだろう。フリーアは騎士団の人間で、アヴリオは騎士になると宣言したのだと推測している。
「いえ、冒険者になるつもりはないですね。俺は封印後、水の都に戻って騎士団に入団する予定です」
「おや、そうか。それは残念だ」
ルナが予測を立てているとも知らず、アヴリオは素直に答える。予想通りの答えをもらってルナは内心で目を細めた。騎士団に知り合いが出来るのは喜ばしい。なにせ封印が終わったらコトハは水の都の王都で日蝕時の防衛に就くことになっており、日蝕が始まるまで王宮で過ごすことになる。堅苦しそうな場所に、たとえ新米でも見知った顔がいたほうがコトハの心労は軽くなる。
「コルネさんはどうだい? 厳しいことを言うが、キミの家はもう無い。今回の件が終わればユートさんも役目を終えて帰還する。その後のことは考えているかい?」
「え?」
説明を終えてアヴリオとの会話の間、行き交う冒険者たちを興味深そうに見ていたコルネに話を振る。まさか自分に話が振られると思っていなかったか、コルネは少し驚いたようにルナを見上げてきた。
「あ、そっか。帰る場所はないんだっけ……」
「ルナ、それは今考えることか? 封印に集中すべきでは」
「いやいや。コルネさんの人生はこれからずっと続くんだ。食い扶持の心配をしておくのは無駄じゃない」
今さらそのことに気付いたか呟いて俯くコルネを庇うようにユートが抗議をしてくるが、ルナは今だからこそだと反論する。
「いいかい。今回の件がどんな結果に終わろうと、キミの人生は続く。続かなければならない。物語のように「めでたしめでたし」で終わらないんだ。
『森の継承者』として生きるのか、他の違う何かになって生きるのか。決めるのはキミだ」
森の継承者を強調してみたが、はたして通じたか否か。コルネはピクリと肩を震わせただけで表情は見えないので、ルナには判断が付かない。しかし、お構いなしに言葉を続ける。
「どんな未来を選んだとしても、ボクはキミに力を貸すよ」
ルナがコトハ以外にここまで入れ込むのは珍しいが、それが珍しいのだと知る人間はこの場にはいない。
肉塊から精霊となって翌日。武闘大会が始まる前にルナはフォーリガの跡地を自分の目でも見てきた。精霊に成ったことでその場の精霊と話をする事が出来て、コルネと【原初の森】の関係も聞いてきた。
仲の良い友を失った痛みをまだルナは知らないが、想像は出来る。その痛みを思い出したくなくて記憶を封印したのも、理解できる。だから、もし彼女が全て思い出してもう人生を終わらせたいというのなら、封印に関わった仲間を、コトハを敵に回しても、終わらせようと決めた。
「……生きてて、いいのか……」
内心で密やかに決意を固め直していたルナの耳に、本当に小さな、吐息だけの囁きが届いた。風の精霊であるルナはどんな小さな音も聞き逃さない。目から鱗と言わんばかりに呟いたコルネは、勢いよく顔を上げてルナに笑顔を見せた。
「なら。『森の継承者』を辞めて、旅に出たいな。新しい私でこの世界を歩き回りたい」
普通に聞けば夢物語だと思う言葉だ。聞いていたソラールは顔を逸らし、アヴリオは目を伏せ、ユートは痛みを堪えているような笑みをコルネに向けている。封印を解いて“厄災”を討伐するつもりのルナからしてみれば、継承者を辞めるという宣言は、夢でも何でもない。
だから満面の笑顔で頷いてみせた。
「それなら、全員が揃ったところで一つ、ボクは提案したいことがあるんだ」
もしルナをよく知る人物達が見ていたら、碌でもないことを言い出す時の笑顔だと身構えたことだろう。
****
アルビレオたちは疲れる面談を終え、依頼を受けて一階まで降りてきた。コトハは部屋を出る時にはティカモードに戻っており、明るい調子で次に向かう氷の継承者の説明をしてくれていた。
風の国でも有名な商人で、初仕事で出会った少年がここの息子だったという。その縁で何度か依頼を受けているらしい。
喋りながらロビーまで戻ると、コルネとアヴリオがソファに座って、ルナが二人の前に腰掛けるような形で空中に浮いているのが見えた。先ほどの移動時も浮いていたのに、魔力切れを起こさないのだろうか。
アヴリオがこちらに気付いて片手を上げ、コルネも気付いて大きく手を振る。ルナも振り返って満面の笑みを浮かべているのを見た瞬間、コトハがもはや走っているに等しい競歩で掴みかかった。
「よーし! その碌でもない頭で考えた碌でもない案を今すぐ! すべて! 吐き出して貰おうかぁ!」
「わーい。戻ってくるなり酷いなぁ」
「その笑顔を浮かべてる時のお前は碌でもねえことを言い出す時だろうが!! ここで吐けないなら移動するぞ今すぐに!!」
「あっはっは。そうだねぇ。これはホクトさんにも聞いて貰わないといけないから、移動しようか~」
ティカモードの高い声ではなく、コトハモードの低い声で唸るように問い詰めるコトハに対し、ルナは慣れているのか楽しそうな弾んだ声で笑っている。どうやらコトハはあの笑顔の時のルナに色々と振り回されてきたらしい。
「アーベントロート商会の支店はここを出て左だ。急いで行こう」
ティカの仮面を被り損なったコトハが苦い顔のまま親指で外を指し、ルナの手を引いて先導する。その場に居た六人は互いに顔を見合わせて苦笑し、彼女達の後を追った。
アーベントロート商会は冒険者向けから一般人向けの品を扱う、幅広い雑貨の店だとコトハは語った。
ポーションや薬などは専用の資格が必要なため扱っていないが、包帯やガーゼなどの治療器具や、ナイフやランプ、石けんなどの冒険にも日常にも必要な物を置いている。
この支店は冒険者ギルド連盟本部に近いことから、冒険者向けの品だけを置いているらしい。装備を付けたまま動き回ることを想定してか通路の広い店内には、武装した冒険者がちらほらといる。冒険前の補充だろう。
もう既に話が通っていたか、コトハの顔を見るなりカウンターにいた店員が無言で奥に引っ込んだ。そしてすぐにオレンジの髪の男性が出てきて、こちらにやってきた。
「おはようございます、ホクトさん」
「おはよう、ティカさん。
皆さんは初めまして。私はこのアーベントロート商会の会長、ホクト・クリーズィーと申します。この度は依頼を受けてくださり感謝いたします。詳しい話は奥でしましょう」
眼鏡をかけ、髪をオールバックにした男性は、今回の表向きの依頼主のようだ。温和な笑顔で挨拶をした彼にこちらです。と先導されて、店舗の二階にある応接室に通された。
ローテーブルを挟んで、三人掛けのソファが二つ。奥に不釣り合いな椅子が一つ。急いで用意したのだろう。
「どうぞ、おかけください」
ホクトに勧められて、さて誰がどこに座る。とアルビレオは仲間たちに顔を向けた。今ここにいるのは八人。二人余る。すると、ソラールが扉の隣の壁により掛かった。続いてコトハがコルネの裾を引いて二人揃って座り、コトハの後ろでルナが見えない椅子があるかのように空中に腰掛ける。よってコルネの横にユートが座ることになった。
女性陣が決まれば、もう片方のソファにアルビレオ・エウロ・アヴリオが座ることであっさりと位置が決まる。
一人用の椅子にホクトが座ったことで、コトハが全員をそれぞれ紹介していく。
「金髪の彼が私を打ち負かした今年の優勝者【神速】のアルビレオさん。Sランク冒険者です。
彼の隣、赤褐色の髪の彼はアルビレオさんの専属記録師のエウロさん。Aランク冒険者です。
そしてその隣は、偶然合流した水の継承者、アヴリオさん。彼は地の村『アーシュルー』へカタナの整備に向かっている途中、風の国で武闘大会があることを知って王都に寄ったそうです。そして本当に偶然、私たちと出会いました」
「なんと……合流できて良かった」
「ええ、本当に」
ホクトが目を丸くし、アヴリオに心底安堵した顔を向けて胸をなで下ろす。コトハも表情こそ変わらなかったが声に深い安堵が乗っていた。
アヴリオが一人、何も知らずにアーシュルーに行っていたとしたら、一体どうなっていたことか。【終焉を渡り歩く者】に見つかっても対処できていそうだが、万が一もある。
そのままコトハは、隣のコルネを示す。
「私の隣が森の継承者、コルネ。その隣が彼女の守護者でもある剣の精霊のユートさんです」
ぺこりと頭を下げるコルネとユートに、ホクトも会釈を返して、全員の紹介は終わったとコトハは腰の鞄から二枚の紙を取り出した。ルナとソラールの紹介がないなと思ったが、アルビレオたちの知らないところで会っていたのだろう。ホクトも二人については何も聞かなかった。
「そしてあと一人、私が所属するギルドのサブギルドマスターのエンドが同行します。後ほどバージェスとお伺いいたします。
計八名が今回の同行者となります」
「承知しました」
コトハが取り出したのは今回の護衛任務で同行する人間のリストだ。冒険者であるコトハ・アルビレオ・エウロ・エンド・ルナの順で名前が書かれている。コトハが一番上なのは、今回の依頼のリーダー役だからだろう。エンドはサブマスだが、戦えるようには見えない。扱いとしてはコトハの専属記録師か。
「……私の名前がないけど」
「これは冒険者ギルド側の書類なのさ。同行する冒険者とギルド関係者の名前しか書いてない」
覗き込んだコルネが不思議そうにコトハに顔を向けたが、答えたのはルナだ。彼女はソファの背もたれに腕を置いて、コトハとコルネの間から顔を出して、すらすらと説明する。
「護衛依頼で、移動中の食事とか寝床を依頼主が負担する場合、食費の予算と宿の部屋の数を予め考えてもらう必要があるから、同行する人数と年齢と性別を依頼主に伝えるんだ。年齢は食べる量を計算するため。性別は宿の部屋割りのためだね。もし大食いや小食などの理由があれば別途書き込むことになってる。
このメンバーでいいなら、依頼主はサインして、依頼が終わるまでギルドと依頼主でそれぞれ保存。終わったら焼く規則だよ」
「へ~」
その説明の間にホクトはサインを終え、一枚をコトハに渡した。受け取ったコトハはサインをきちんと確認して、鞄にしまう。そしてまた新しい紙を取り出した。今度はコルネとユートとアヴリオの名前も書いてある、八人分のリストだ。ソラールとシンルーの名前がないのは、精霊の二人には食事も宿も必要ないからだろう。
「さて。必要書類のやりとりが終わったところで、ボクから一つ良いでしょうか?」
後はそれぞれ必要なものを揃えに解散、と言うタイミングで、ルナが立ち上がってコトハの隣に移動した。
口調こそ敬語で改まっているが、彼女は満面の笑みだ。コトハ曰く、碌でもないことを考えている時の顔。何を言い出すのかと僅かに身構えたアルビレオたちと、何も知らないまま不思議そうに見上げるホクト、苦虫を噛みつぶしたような顔で見上げるコトハの視線を受け止めながら、ルナは楽しげに口を開いた。
「西の大森林に眠る“厄災と呼ぶしかない何か”。
その封印をボクが解くから、ここにいる人たちで討伐しちゃわないかい?」
まるでピクニックにでも誘うかのような気安さで、天才魔法発明家はとんでもないことを言い放つ。
「……は?」「……え?」「……ん?」
三者三様の困惑した声が上がる中、
「やっぱ碌でもねぇこと考えてやがった……」
額に手を当てたコトハが、深く深く溜め息を落とした。
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