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遊撃隊『牙』の回想録外伝~銀翼の歌姫と夜を裂く鳥~  作者: 姫崎ととら
最も速き者と森の精霊

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Sランク昇格!

 緊張する人物が退室して少ししてからドアがノックされて、コトハが肩を震わせて立ち上がり、裏返った声で返事をした。アルビレオたちも釣られて立ち上がる。


「失礼するぞーい」


 楽しげな声で入って来たのは、白髪に丸眼鏡をかけた人の良さそうな顔立ちの老人だ。背中は曲がっていないが、歩行の補助に杖を使っている。

 続いて入って来たのは茶髪にグリフォン色――濃い焦げ茶色の瞳のまだ若そうな男性だ。臙脂色のコートにがっちりとした体格。冒険者だと一目で分かる風貌だ。あごひげを生やしているが少々似合っていない。

 最後に入ってきたのは櫛も通さないで髪を適当に後ろで括ったような、ぼさっとした風貌に大きな眼鏡をかけた男性だ。眼鏡の奥の目は見えづらく、認識阻害の魔導具になっているようだった。

 老人は窓側にある一人用のソファに、二人はアルビレオたちの正面のソファにそれぞれ移動した。老人の声かけで全員着席する。


「コトハ君とは以前会っておるが、そちらの二人は初めましてじゃの。

 わしはこのギルド連盟の長を務めている、シロウ・オッドベルじゃ。そっちはわしの弟のバージェスとエンドじゃ」

「爺さん、義理のって付け忘れてんぞ」


 年がかなり離れているように見えるのに弟とは? と疑問符を浮かべているのが分かったか、バージェスと紹介された茶髪の男性が苦笑しながらツッコミを入れて解説してくれる。


「俺達は全員、ソーディス魔法学校の校長、モーゼ・オッドベルの養子なんだ。校長は長命な種族で、色んな事情で親を亡くした子供を養子として迎えている。おかげで上は八十、下は十六の兄弟がいる状態だ。紛らわしいから、俺達のことは名前か役職名で呼んでくれ。

 俺はコトハの所属するギルド【影踏む小鳥】のギルドマスター、バージェスだ」

「初めまして。僕は同ギルドのサブギルドマスター、エンドだよ。よろしくね~」


 バージェスは随分と若そうに見えるのにギルドマスターと名乗られて目を丸くする。せいぜい三十代前半にしか見えない。もしやギルドマスターを継いだばかりなのだろうか。


「ギルマスはこう見えて四十のおっさんだよ。四十でもギルマスやるには若いらしいけど、俺の父を唯一止められるからってギルマスにされたんだ。

 エンドさんはその手伝いのためにギルマスによってサブマスにされた人」


 そんな疑問をすぐに答えたのはコトハで、説明に納得した。コトハの父はこの国最強と名高い騎士団長と激闘を繰り広げたと噂されるほどの人物だ。それを止められるのならばギルドマスターにされるだろう。どうやって止めるのかは知らないが。

 エンドも若そうに見えるが、バージェスが少しでも自分の負担を軽くしたくて起用したのなら同年代なのだろう。


「俺は水の都の冒険者、アルビレオ・シグヌスです。所属はありません」

「僕も水の都の冒険者で、アルビレオの記録師のエウロ・トゥールです」


 ともあれ彼らの自己紹介が終わったので、一応こちらも自己紹介しておく。ランクは必要ないと思い省いた。三人とも知っているのかランクについて問うことはなく、よろしく。と握手を求めてきた。


「アルビレオ君は冒険者証を出してもらえるかの? ついでじゃ、コトハ君も」

「あ、はい」

「どうぞ」


 それぞれと握手を終えるとシロウに指示された。ポーチから冒険者証を取り出し、彼の前に出す。

 シロウは懐から文庫本サイズの石版を取り出し、まずアルビレオの青のカードを載せて魔法を起動した。半透明な画面が出てきてアルビレオのこれまでの功績が映し出される。ギルドの受付でもこうして功績を確認される。あちらでは専用のモニターに映し出されて中身が見えないようになっているが、この石版だとそのまま見えるようだ。とはいえ、紙を透かして見ているかのように、文字が反対になっているため読みづらいのだが。


「ほーぅ。火の国で一ヶ月でBランクか。ようやる。そこから一年半、地の国でAランクか。よきよき。

 てことで、ほいほい、ほーい」


 かなり気の抜けたかけ声を上げつつ、シロウが画面で指を動かして何かを書き込んだ。そして魔法を終わらせれば、冒険者証は少し光って、表面のランクの文字がSに変わった。

 続いて彼はコトハの冒険者証も同じように載せて起動し、彼女の履歴を読むことはなく操作して終わらせる。コトハはもうSランクの資格を持っているから読む必要もないのだろう。

 白文字のSランクとなったカードをそれぞれ返されたので確認した。裏面のウェポンマスターがSランクになっている。レンジャーはBランクのままだ。知識量が物を言うジョブなのでこちらは仕方ない。そちら方面を評価する依頼はだいたいエウロに任せているし。

 しかし、大会前にはSランクはまだ遠いと思っていたのに、こんなにもあっさりと昇格するとは。ディーオルが予想した二十歳よりも三年ほど早く取ってしまった。白文字ということは実力も知識も充分にあるという証明なのだが、実感はまだ伴わない。いずれは実感するのだろうかと考えつつ冒険者証をテーブルに置く。これから依頼を受けるので、冒険者証は必要になる。

 何故かワクワクとした表情で二人を見ていたシロウは、平然と冒険者証を置いた二人に口を尖らせた。


「驚かんの~。つまらん」

「コトハを倒したんだから、こいつの格を下げないためにSランクになるってのは想定してたんだろ。既に記録師もいるしな」

「つまらんのぉ~~~~」


 バージェスのツッコミに、シロウは本当につまらなそうに背もたれに身を投げ出した。どうやらこの老人は驚いて慌てるアルビレオを見たかったようだ。残念ながら期待には添えなかった。


「ほら、爺さん。依頼の話をしてさっさと準備させねえと。時間は有限だ」

「はーー。そうじゃの。日蝕に間に合わなかったら意味が無い」


 義弟に促されて座り直したシロウを合図に、エンドが静かに二枚の紙を取り出してエウロとコトハの前に置いた。依頼の契約書だ。

 真ん中に座っているアルビレオはまずエウロの前に置かれた依頼書を見る。


 【銀翼の歌姫護衛依頼】

 依頼主:風の国グラウンヴァーゼ国王 ラディウス・ドルア・グラウンヴァーゼ

 期間:最低三ヶ月。最大五ヶ月。

 報酬:成功報酬。大白貨三枚。

 内容:王都から西の大森林往復時の護衛。

  表向きはアーベントロート商会の商隊の護衛である。食事・寝床・移動時の馬車は商会が提供する。

  歌姫の護衛であるが、道中は商会長の指示に従うこと。

  不測の事態が発生した場合、同行する【影踏む小鳥】のサブギルドマスター・エンドの指示に従うこと。


 他にも報酬の受け取り場所、失敗の条件などが書かれているが、ざっと目を通して目を上の項目に戻す。

 予想通り国からの依頼だったが依頼主に国王の名前が書いてあって、つまるところ王命だった。アルビレオが貴族ではなく冒険者、しかも所属自体はフリーだが出身が水の都の者のため、冒険者ギルドを通して依頼という形にしているのだろう。

 期間が最大五ヶ月なのは、日蝕までに帰ってこいということか。五ヶ月かかったとして日蝕まで二ヶ月。水の都に戻って準備のことを考えるとギリギリだ。

 それよりも驚いたのが、報酬額だ。大白貨三枚。白貨三十枚相当だ。優勝賞金と合わせると白貨四十枚となる。大きな商会でもそうそう見ないだろう大金に、流石に書き間違いではないかとシロウを見ると、老人はにんまりと意地悪く口の端を持ち上げた。アルビレオがやっと驚いた顔をしたから嬉しいのだろう。


「報酬額についてなら、それで合ってるぞい。この国の聖女の護衛を頼むんじゃ、これくらいは当然じゃろ」

「あと森と氷の継承者の護衛代も含まれている。二人も護衛が必要だが国から人員は出せない。代わりに金を出すってことだな」


 バージェスから説明された追加の理由を聞いて眉根が寄る。氷の継承者はともかく、コルネの護衛は自分で望んでやっていることで、見返りは求めていない。ユートから魔剣を受け取るのは彼女の善意だからだ。

 だが、国としても三人もの重要人物の護衛に何も出さないわけにはいかないのだろう。人が出せないのならば、金ぐらいは不自由なくということか。氷の継承者とコトハの護衛代と思うことにして、意識を切り替えた。


「他に疑問はあるかの?」

「ええと、エンドさんが同行する理由をお伺いしてもいいですか?」


 シロウに問われ、ちらりと紙に目を落とした後にエンドへと目を向ける。サブギルドマスターが旅に同行するなんて前代未聞だ。しかも今回は命が狙われている要人の護衛。エンドは鍛えているようだが武芸に長けているようには見えない。

 心配そうなアルビレオの視線を受けて、エンドはひらひらと手を振った。


「書いてあるとおり『不測の事態に備えて』だよ。何せ今回は西の大森林の厄災に近付くからね。

 万が一、依頼内容を書き換える必要が出た時、ギルドの権限を持った者が側に居たほうが早く対処できる」

「書き換える必要が出た時……」


 護衛任務を書き換える事態とは何だろうかと思考を回して、思いついてしまった事態にぞわりと背筋に悪寒が走った。

 【終焉を渡り歩く者】に襲われても、それは護衛の範囲に当たる。封印している間も同じ事。

 書き換えるとしたら、厄災の封印が解かれた場合、だ。護衛として正しい行動はコトハと継承者二人を連れて逃げることだが、そんなことをしては厄災が周辺を飲み込み、最悪の事態に陥る。しかも一年経たずに日蝕が起きることは確定しているので被害は拡大し、国の半分が地図から消えるかもしれない。そうならないよう、速やかにかつての英雄達と同じく精霊と協力して厄災を封印する必要がある。

 だが、わざわざ書き換えずとも緊急事態のために事後報告でも許されるはずだ。護衛の範囲だったと拡大解釈して適用する手もある。


「……厄災の封印が解かれた時、俺が厄災の封印に力を貸せないからか」


 サブギルドマスターが同行するほどのことだろうかと疑問に思っていたら、悔しげにコトハが呟いた。不思議に思って彼女を見下ろせば、彼女もアルビレオとエウロに顔を向けた。銀だった瞳は、変身魔法を使ったか濃い紺の瞳になっていた。


「俺は銀翼のグリフォンの主だ。銀翼のグリフォンの主はグリフォンと命を共有する従魔契約を結んでいる。

 つまり俺が死ぬとシルバが死ぬから、どんな依頼でも俺は自分の命を優先させなきゃいけない。さすがに国の信仰の象徴を殺すわけにいかないだろ。

 だから、俺の依頼書は常にこの言葉が書かれてる。依頼主もこれを理解してないと俺に依頼できない。

 エンドさんは、この一文を消すために同行してくれるんだ」


 ぴらりとコトハは手に持った依頼書をアルビレオ達にも見せてくる。通常の依頼書と同じ仕様で書かれた最後の備考。


 『ただし、自分の命に危険が及ぶと判断した場合、依頼を放棄して帰還すること』


 この国の聖女である【銀翼の歌姫】を護るためとはいえ過保護な一文とも取れる。だが、アルビレオが感じたのは違うこと。

 冒険者が自分の命を優先するのは当然のことだ。依頼達成しても、五体満足で生きていなければ意味が無い。だから逃げ出して、依頼が失敗することもある。自分のランクに見合った依頼を受けろという忠告は、生きて帰れることを願った祈りでもあるのだ。

 だが。もしかしたらこの少女は、こうして明文化しなければ自分の命を大切にしないのではないか。そんな危うさを彼女の発言とこの一文から感じた。


「それを消したとしても、エンドが撤退って言ったら撤退しろよ。お前が死んだらユパとサツキが泣くぞ」

「母上はともかく、父上は泣かないよ。逆にキレ散らかすでしょ。まぁ、迷惑かけないためにも善処はするよ」


 バージェスが見るからに心配だと言わんばかりの真剣な顔でコトハに釘を刺すが、彼女は依頼書を振って笑った。全然心配が通じていないことから、アルビレオは確信する。この子、自分の命がとてつもなく軽いぞ。


「……すまんが、この無鉄砲娘を頼むぞ」

「任せてください」

「必ず生かして連れ帰ります」


 いつもコトハはこんな調子なのだろう。疲れた様子で真剣にアルビレオとエウロに願うバージェスに、一も二もなく頷いて見せた。


****


 少し脱線したが他に疑問はないかと問われ、アルビレオは首を振りエウロのほうはあるかと彼に顔を向ける。エウロも「ありません」と答えたので、サインをしようとペンを探すとスッと差し出された。感謝して掴もうとしたら避けられる。

 どういうことだと手の主のエンドを見れば、彼はアルビレオに微笑みかけてエウロへと顔を向けた。


「アルビレオに直接依頼でもいいけれど、せっかくだから記録師としての初仕事にしようか。

 エウロ、記録師証を出して。連携させてしまおう」

「え、はい」


 エウロはアルビレオの記録師と名乗ったが、アルビレオがまだSランクではなかったので記録師証と連携は出来ていない。ここが連携していないと代理として依頼を受けることは出来ないのだ。

 エンドの提案にエウロは記録師証を慌てて差し出す。受け取ったエンドは、これまたいつの間に出したのかテーブルに置かれていた石版――シロウが使っていた石版と同型の物だ――に記録師証を置いて慣れた様子で指を走らせる。続いてテーブルに置きっぱなしだったアルビレオの冒険者証を手に取ると記録師証に重ねた。二つほど増えた画面それぞれにまた指を走らせ、証が仄かに光って収まると、エンドは増えた画面だけを消して、アルビレオに冒険者証を返した。


「はい、これで連携は出来た。依頼書にはエウロがサインをして」

「わかりました」


 指示に従ってエウロが依頼書にサインをする。その間にエンドは今回の依頼についてを書き込んで、サインされた依頼書を受け取った。エウロが書いたサインが「アルビレオ・シグヌス代理 エウロ・トゥール」となっているのを確認したエンドは、にこりと微笑んだ。


「はい。確認しました。こちらの依頼書は風の国冒険者ギルド連盟本部に預けます」

「うむ。わし、シロウ・オッドベルが責任を持って預かろう」


 冒険者ギルド窓口で必ず言われる定型文を、エンドとシロウがおどけた調子で言う。普通なら「当ギルドが預かります」と言われるが、今回は特別仕様だ。

 依頼を記録師証や冒険者証にも書くのに紙にして残すのは、冒険者が依頼途中で死んだ場合、誰が受けたのかを調べるのに使うからだ。依頼が終わり、報酬を渡されたら焼き捨てられる。

 たとえ目の前で契約を結んでいても、こうしてお決まりのやりとりを行うのは験担ぎの意味合いもある。依頼が大きければ大きいほど、いつも通りであることが重要なのだ。


「私も書いたよ。エンドさんお願い」

「はいはい」


 エウロに記録師証を返し、依頼書をシロウに渡したエンドは、コトハから差し出された依頼書と冒険者証を受け取ってまた作業する。こちらも締めの句をシロウとおどけた調子で言って、彼女に冒険者証を返した。

 この後はコトハの案内で氷の継承者のところに向かい、顔合わせをしたら各々準備期間と説明された。出立は明日だ。

 エンドは明日の出立に合わせて合流するのでここで一旦お別れ。


「では、終わったらまた会おう。

 お主たちに風神の加護があらんことを」


 立ち上がったところでシロウの祈りの言葉を受けて、アルビレオは一瞬迷ったもののこれも験担ぎだとエウロと視線を交わす。彼も頷いたので、シロウに揃って顔を向けた。


「「「いってきます」」」


 揃った声は一人分多い。コトハに向けると彼女もきょとりとした顔で二人を見上げていて、三人揃って小さく笑った。


 冒険者が依頼を受けた後に言う『いってきます』は、必ず帰るという小さな誓いだ。

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