番外:サフィール・ラデュス・グラウンヴァーゼ
明けましておめでとうございます。
今年は定期的な更新を目指します。
サフィール・ラデュス・グラウンヴァーゼはとても上機嫌で隣の部屋に入った。そこには転移陣を書いた紙を設置してあり、それを使って王宮と行き来が出来るようになっている。魔法陣は使った後に燃える仕組みだ。
転移陣に乗ると共に乗ったガイアスが魔法陣を発動させる。瞬きの内にギルド本部に向かった時と同じ部屋に戻った。すぐに燃えていく魔法陣に慌てることなく降りれば、待ち続けていたメイドが音もなく近付いて上着を着せてくる。
髪もすぐさま整えられ、王太子としての姿に戻されたサフィールは、いつも丁寧な仕事をしてくれるメイドに礼を言って部屋を出た。
「ガイアス。宿敵の娘を見た感想はあるかい?」
国王と財務大臣へと武闘大会優勝者の意向を伝えるべく、国王の執務室へと歩きながら、後ろを付き従う騎士団団長へと質問を投げた。
ガイアスは日蝕の厄災を三度に渡り最前線で屠り続けてきた男だ。身長は高く筋肉は分厚い。見た目からして屈強で威厳があり、傷だらけの体は歴戦の戦士として相応しい様相である。
当時この国最強と言われていたこの男を、たかが一都市を護った程度の『英雄』が打ち負かした。それはサフィールにとって衝撃的な出来事だった。
風の国は日蝕による厄災から都市を護りきった人間の中で、一番の功労者を『英雄』と讃える。風の国にはよくいる『英雄』だ。
ソーディスの英雄、ユパ・ベスティートはガイアスに比べると細く、筋肉も薄く見えた。英雄と讃えられたのは、きっと指揮が上手いからだろうと思っていたのだが、王城に待機している騎士六百名近くをほぼ一人で無力化し、二日と二晩、ガイアスと戦い続けて、最終的に膝を付かせた。
ガイアスと同じく三度も最前線で戦い続けた功績を讃えての『英雄』だと知ったのは騒動が終わった後だ。サフィールが情報収集を怠らなくなったのはその時からである。
この問いかけも、情報収集の一環。自分では見えない物を教えてもらうため。
「血が繋がっていないという話ですが、戦い方は父親とよく似ています。ただ彼女は軽すぎるために父親と同じ動きは出来ない。今は父親から教わった型を元に、自分なりの戦い方を模索しているところでしょう。日蝕後にはさらに強くなっているかと」
今回の大会をサフィールは見られなかったが、ガイアスは国王の護衛として見ていた。騎士団長に『成長の見込みアリ』と言わしめた彼女の実力に小さく笑みが漏れる。
「そして、かつてあの男は『娘の軌跡が英雄を呼ぶ』などと妄言を吐いておりましたが、妄言では無さそうだと自分の考えを改めました」
「ほぅ?」
終わりかと思った感想に、思わぬ言葉が続いてサフィールは足を止めて振り返り見上げる。ガイアスは真剣な表情でサフィールを見つめながら、少し悔しそうに口を開いた。
「今回の優勝者はどうやら奥の手を秘めていたようなので正確ではないですが、彼もまたさらに強くなります。
惜しむらくは水の都の冒険者であること。我が国に残ってくれれば、私やあの男以上の英雄となれたでしょうな」
今回大会優勝者のアルビレオ・シグヌス。身長はまだ伸びるだろうが、おそらく風の国の平均身長には届かない。小柄で穏やかな様子で、どこにでもいそうな平凡な顔つきの少年だった。金髪と赤い瞳も珍しくはない組み合わせなので、街中で会っても印象には残りにくい。隣にいた記録師の少年のほうが中性的な顔つきで目を惹く容姿だ。
そんな平凡に見える少年に、この国最強の男は英雄の素質を見出した。
ガイアスの言葉を聞いたサフィールの脳裏に、歌姫の父親がかつて言い放った言葉が蘇る。
短剣と長剣の二刀流と魔法を駆使し、命すらも燃やして戦った歌姫の父親は、満身創痍でもしっかりとした足取りで謁見の間に入って来て、堂々と言い放った。
『あの子を旗頭にしたいのならば、自由に羽ばたかせろ。その軌跡が広がれば広がるほど、次代の英雄を呼ぶ。あるいは次代の英雄が育つ場を創ることに繋がる』
彼の母親はソーディスの英雄の話を聞いて憧れ、冒険者になるべく水の都から飛び出してきた伯爵家の娘だ。彼女は白魔法と黒魔法を使いこなすマルチな魔道士で、日蝕時にたくさんの人間を守り、厄災を葬ってきた。残念ながら彼女自身は『英雄』には選ばれなかったが、その姿に憧れて魔道士になろうとソーディスに併設していた魔法研究所の門を叩く者が増えたため、教育機関としての設備も追加し、今の魔法学校になった。その後、魔法学校から何人もの『英雄』が生まれ、息子も『英雄』となった。
歌姫の父親の発言は、そんな母親の経歴から来たものだろう。
この発言と裏で交わされた密約により歌姫は自由を認められ、僅かに真実を混ぜつつも作った話を吟遊詩人たちへ流した。
その後、彼女自身もたくさんの依頼をこなしていたことで、【銀翼の歌姫】の名は風の国だけに留まらず、世界に広がった。【歌姫】に憧れて冒険者を目指す者が増え、魔導銃の製造が活発になっている。今回の武闘大会も各国から数多くの冒険者が詰めかけ、日蝕前だというのに大変な賑わいを見せた。
そして彼の言葉の通り、次代の英雄が現れた。
「あーあ。私も英雄の卵が戦う姿を見ておきたかった」
「来年度の大会に招待することが決まっています」
「その頃には英雄になっているだろうに」
ガイアスの冷静な指摘に、サフィールは今年と来年とでは全く違うだろうと口を尖らせる。
そもそも、この国が来年も大会を開ける保証はない。
「“レムリータ”はあれ以降、姿を見せていないか」
今までのご機嫌な様子から一転して、サフィールは厳しい声でガイアスに確認を取る。
「はい。風の国のみならず、他三国のどこにも姿を見せていないとのことです」
「チッ。いっそ今すぐ私を襲いに来れば、すぐに捕らえるものを」
「サフィール様」
王太子らしからぬ舌打ちをして不穏なことを呟くサフィールを、ガイアスが短く窘める。今度は舌打ちしなかったが鼻を鳴らしてサフィールは歩みを止め、窓の外の太陽を見上げた。
「こんなに良い天気なのに、城下に散歩すら出来ない。剣の稽古も室内で一人素振り。武闘大会も見られなかった。全くもって窮屈だ」
メイドの話では、火の国から出店してきたパティスリーが行列を成しているとか。サフィールの近衛騎士は出来た男なので、話を聞いた次の日にはサフィール好みの菓子を買ってきてくれたが、自分で選べないのは不満だ。
この事態の原因を思い出して、忌々しげにもう一度舌打ちしてサフィールは歩き出す。ガイアスは咎めることを諦めたように息を吐き、後に続いた。
現在の王家では、【終焉を渡り歩く者】や西の大森林にある厄災以外に、警戒しなければならない理由がある。
そもそも【終焉を渡り歩く者】は今でこそ過激なカルト集団と認識されているが、元を辿ればただの新興宗教だった。
『痛みもなく死を迎えたい』『誰の記憶にも留まらず静かに消えたい』そんな思想を元に、《刻を渡り歩くモノ》に取り込まれることを目標として、普段は民に溶け込んでいた宗教だ。
彼らは誰かの記憶に留まるのを良しとせず、記録に残ることも嫌がったため、驚くほどに模範的で善良な市民であった。犯罪を犯せばその分、人の目に付き記憶に留まる可能性を高めるので、絶対に法に触れることをしないと教義に書いてあるほどだ。
唯一の問題行動と言えば、日蝕時に戦場の近くに集まり、独自の祈りを捧げることだが、現れた厄災が《刻を渡り歩くモノ》でなければ即座に撤退、あるいは八つ当たりのように討伐を手伝うような集団だったと報告を受けている。
何か薬を使っているわけでもなければ、信者を無理に増やしているわけでもない。サフィールの手駒が数名入り込めるくらいには、門戸は広く開いているし、辞めることも自由だ。希死念慮を抱きながら自決する勇気もないような弱い人間が寄り集まっているだけの、普通の宗教だった。
そんな毒にも薬にもにならないような集団が、突如として姿を変えた。
三年前の蒼翼有翼人の里襲撃事件は、水の都の王室及び風の国の王室に激震を走らせた。厄災と闘えるほどの実力者がいることは分かっていたが、その力を無関係の他者に向けるとは思っていなかったのだ。
捕らえた教主は「騙された! レムリータ! あの女狐め!! これでは私が大犯罪者として歴史に名を残すじゃないか!! 畜生!!」と叫んでいたという。
彼曰く、厄災を召喚する小規模な魔法陣を教わったが、魔力が足りない。故に、魔力を集束させる能力がある蒼翼有翼人の羽根を少量買い取ろうと里に向かった。だが、平和的な交渉中に何故だか信者が暴走して蒼翼有翼人を襲ったという。教主は正気であった数人と協力して蒼翼有翼人を逃がしていた。
そしてタイミング良くやってきた騎士団に“凶悪なカルト集団”として捕らえられた。
水の都の騎士団には、【終焉を渡り歩く者】が蒼翼有翼人を襲おうとしているという通報があったそうだ。最近の教主の様子がおかしい。どうか止めてほしいと、必死な様子で願う姿は敬虔で気弱な信者にしか見えなかったという。
あまりにもタイミングが良すぎることから、通報者は“レムリータ”なる人物で、蒼翼有翼人を素材として使うために【終焉を渡り歩く者】を利用したのではないかと水の都側は推察している。蒼翼有翼人の遺体が闇のマーケットに流されていることから、風の国側も同じ見解に至った。
教主は水の都の騎士団に「風の国に残した同志をどうか助けてくれ。我々は歴史に名を残すことを是としていない」と願い、「全ての罪は騙された自分が背負う」とまで言った高潔な人物だった。
風の国としても、残された信者達に自棄を起こされて過激な行動を取られても困る。入り込ませていた“風”を使って、主要都市にいる信者達に事情を話し、名を変えて活動することを勧めて回った。信者達は教主の意思を汲んで新たな名を名乗り、新しい集団として活動することを選んだ。
今もなお【終焉を渡り歩く者】を名乗っている者は、元からの信者ではなく、“凶悪なカルト集団”としての名を聞いてこの三年の間に入った過激派だ。“レムリータ”なる人物が集めたと考えている。
教主に召喚の魔法陣を教え、信者達を暴走させたと思われる危険人物、“レムリータ”はあまりにも情報の少ない人物だった。
この三年の間に掴めた情報は三つだけ。
一つ目は、約一年半前に歌姫とその協力者の少女が隠していた、《時空を捻じ曲げるモノ》の肉塊に触れようとした者達。《ピクシー族の長》によって草人にされる前に「“レムリータ”という依頼主に肉塊を焼き払えと指示された」と自白した。
二つ目は、七ヶ月ほど前。西の大森林の封印を担う村『フォーリガ』への襲撃。これが【終焉を渡り歩く者】の仕業だと判明したのは、北にある村『アーシュルー』へと逃げた村人の情報だ。“レムリータ”と名乗った冒険者に助けられ、「ヤツらは【終焉を渡り歩く者】で森の厄災の封印解除を狙っている。警戒するように」と語られたそうだ。ただ、名前と言葉は覚えているが、外見は不自然なほどに覚えていなかった。
村人は「目の前で人が爆発し、周辺の物や人を吹き飛ばした。それが何人も居た」と震えながら語り、今も旅装の人間を恐れているという。
王室はこれを“レムリータ”の仕込みだと判断した。人間の体内に魔力爆弾を仕込み、目的地で爆発させるなんて悪辣な手段はかつて蒼翼有翼人の里を襲った手口と同じだからだ。
普段は表情を変えない国王とガイアスが、水の都の騎士団から送られてきた教主と正気の信者の調書を読んで、あまりのおぞましさに顔をしかめるほどだ。そんなものを目の前で見せられたら、人間不信にも陥ろう。
村人を助けたのは、確実に情報を国に流すためだろう。おかげで国も事態を把握することが出来、氷の精霊の話をすんなりと受け入れた。
三つ目は、氷と炎の精霊が傭兵として【終焉を渡り歩く者】に入り込む際、彼女たちに依頼をかけた人物。“レムリータ”と名乗った人物は幻影で、直接会っているわけではなかったと言う。ただし、実体があると勘違いするほどの精巧な幻影だそうで、ほとんどの人間は騙されるだろうとも精霊は語った。
外見は分厚い外套と目深に被ったフードに、顔全体を覆う仮面によってほとんど分からないが、風の国の平均的な成人女性の身長で、フードの隙間から見えた首元は鎖骨が浮き出るほど痩せ細っており、全体的に細いシルエットだったそうだ。声は中性的なアルトボイスだったので、どちらか判断が付かないと氷の精霊は言っていた。
(奴の目的は、何だ? やっていることは自演自作なのに、こんなにも分かりやすく証拠を残している。普通はそれぞれで名を変えて隠すものだろう)
歌姫が肉塊のことを公表していたとはいえ、隠し場所まで分かったのは?
厄災の封印を解除することが目的なら、警戒するように伝えたのは何故?
そもそも、相当な魔法使いのようなのに、直接継承者達を殺さない理由は?
同一犯ではなく別人か。はたまた、それすらも攪乱か。
いくつもの疑問が出てくるが、どれも答えが得られない。あまりにも不可解すぎる。
一番不可解なのは。
(何故、わざわざ私の枕元に殺害予告を置いた? ご丁寧に“レムリータ”などと署名付きで)
決して風の国の王宮は警備が緩いところではない。出入りできる場所は警備の者が立っているし、結界も張ってあるので魔力を持った者は許可証が必要になる。盗まれたとしても、登録者以外は通れないようになっている。例外はなく、サフィール自身も忘れたら通ることは出来ない。まぁ、サフィールは勝手に少しだけ解いて入るのだが。結界の作り手なのだから解けて当然だろう。
こうして厳重にはしてあるが、王太子の執務室ならば誰かが操られて運び入れたか、手紙に紛れたのだろうと考えて、ここまで厳重警戒をすることはなかった。実はよくあることだ。
しかし、よりにもよって、選ばれた者だけが入れる王族の住居で、サフィールが寝ている間に枕元に置いた。
結界をすぐに調べてみれば、サフィールと同じ手段で解いた形跡があり、相当高い技術力を持った魔道士だと判明した。警戒を跳ね上げて慌てる王宮の中、去年結婚した王太子妃は夫の危機でも嬉しそうに「そんな高い技術を持った魔道士なら、捕らえた後上手く躾して、私の影にしたいな!」と宣ったが。過去一番の笑顔だった。
王城全体を覆う結界の再構成などすぐには出来ない。おかげでサフィールは王城から出られなくなった。
氷の継承者の護衛に国から人員を動かせないのは、表向きは日蝕の準備のため。歌姫には、今後の封印のことを考えると氷の継承者は秘密裏に護衛する必要があるため、国から大々的に出せないと説明した。
あまりにも無理がある説明だが、歌姫は気付いていなかったか、肉塊の人間を精霊にする方法に気を取られていたのだろう。ギルドマスターはずっと顔をしかめたままだった。なので彼にはこっそりと教えておいた。
(今回の件、一番の可能性は、歌姫の父親に恨みがあり、彼の最愛の娘を殺すことで恨みを晴らそうというもの。
最初は父親を動かすつもりで蒼翼有翼人の里を襲撃したが、騎士団長との激闘を知って標的を変えた。そして三年かけて計画を練り直した。里襲撃からの謎の潜伏期間はこれで説明出来る。
肉塊襲撃はやはり説明が付かん。保留。
村を襲撃しながらも村人を救ったのは、国に危機を教えるため。
ならば、私への殺害予告は確実に歌姫を動かすためのブラフ……そう見せかけて私を恨んでいる可能性はあるな。警戒は怠らないことにしよう)
問題が起きた際、様々な可能性を考えて、対策を練るのが王太子の仕事だ。今回の件についても何度も考え、対策を練ってきた。
充分なはずなのに何度も繰り返し考えるのは、彼の勘がそんな単純な話ではないと告げるため。
(……歌姫自身に恨みがあるとは考えにくいのだがな……)
各地で細々とした人助けをしているが、大きな組織を潰したことも、画期的な発明をしたこともない。目に見えるような大きな功績を挙げていない彼女は、今のところ『お飾り』という認識の者のほうが多いはずだ。こんな大がかりな計画を立てられるほどの恨みを買うとは考えづらい。
何も無いことを祈りつつ、サフィールは国王の執務室の扉をノックした。ひとまず、優勝者の要望を伝えねばならない。
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