異例中の異例
本年最後の投稿です。途中で筆を投げ捨てましたが、拾って書き続けられました。
来年もどうかよろしくお願いします。
皆様、良いお年を。
翌日。
エウロの案内で祭の余韻が残る街を歩いて進み、四階建ての大きな建物まで辿り着いた。
「ほわぁ……おっきーい!!!」
出入り口のドアは非常に大きく、日中は常に開かれている。天候が酷くない限りは閉館まで開けっぱなしだ。
辺境の村生まれで旅をしてこなかったコルネは、ここまで大きな建物は見たことがないだろう。中に入って吹き抜けの天井を見上げ、感動した声を上げている。
本部の建物には冒険者だけでなく依頼者らしき一般人の姿もあり、長旅をしてきたような旅装の者もいる。アルビレオも知る冒険者ギルドの規模を大きくしたような雰囲気の中、キョロキョロと興味深そうにあちこちを見ているコルネは新米冒険者に見えているだろう。微笑ましげに見ている者、胡乱げな目で見ている者、すぐに興味をなくして視線を外す者と三者三様の様子が見えた。
「あっち見に行っていい?」
「いいけど、静かにな」
「はーい!」
コルネは壁側にある大きな情報掲示板が気になったようで、指差して許可を求めるのでアルビレオは釘を刺しながら許可を出す。掲示板にはこの辺りの地区の街道状況やモンスターの情報、各種工房の広告が貼ってある。
許可を出したあとで、視界の端に何やら話している男達に気付いた。視線はコルネに向いていて、敵意は無さそうだがあまり良い感じもしない。ユートが側に居るとはいえ、彼女はあまり威圧感もないので虫除けにはならない。受付はエウロに任せて、コルネの元に行こうとしたらソラールに肩を叩かれた。見上げれば彼は任せろというようにニッと笑ってコルネの方へと歩いて行く。無表情のアヴリオも続いたことで、男達は気まずそうに視線を逸らした。
安心していると受付嬢に呼ばれて、アルビレオはエウロと共に窓口に進んだ。
受付を済ませると案内役が来るので待機をしてくれと頼まれた。掲示板を見ていた四人に声を掛け、二階まで吹き抜けになっている広いロビーの端のソファで待つことにする。
「ところでさ、冒険者ギルドレンメイ? 本部? ってなに?」
「あー。コルネは知らないか。アヴリオも知らないんだっけ」
「ああ。冒険者ギルドの建物を見たことはあるが、冒険者が集う酒場という印象だった」
ちょこんとソファに座ったコルネが、正面に立つエウロを見上げて小首を傾げる。エウロは昨日の会話を思い出してアヴリオに問えば、彼は素直に頷いた。冒険者のことは知っていても、ギルドのことを知らないのはよくあることだ。
ユートとソラールにも確認すると、彼らはそれぞれ「ギルドは仲介業者という認識だ」「右に同じく」と返してきた。大雑把には把握しているが詳しくないとのことなので、エウロがどこから説明しようかと少し黙る。
「仲介業者という認識でおおよそは合ってる。冒険者と依頼主、冒険者と装備を作る鍛冶屋、場合によっては師弟の紹介もしているな」
そんなところによく通る声が聞こえてきて、驚いてそちらを見た。まさかこんな人の多いところにいるとは思えない人物の声だ。
黒い厚手のシャツに胸当て。腰には銃と短剣を携えた、黒髪に銀の混じった紺の瞳の少女と、白いローブを身に纏い浮遊魔法で地面すれすれをふよふよと浮いている深緑の髪に紺色の瞳の女性が、こちらに向かってきていた。
「つまりギルドってのは人と人の間に入って、問題を解決するために力を貸す組織なんだ。
そんでギルド運営のためのルールを作り、取り纏めているのがギルド連盟。連盟ってのは共同の目的を持った組織の集まりって意味だ」
どこから聞いていたのか、彼女は簡潔に説明しながらこちらにきて、アルビレオたちの前で立ち止まる。
「おはよう、みんな。今日の案内役はこのオレ、ティカ・エボルタが務めさせていただきますよん」
「やぁ、おはよう。また会ったねぇ、諸君」
にこっと人懐っこい笑顔を浮かべてティカモードのコトハが胸に手を当て頭を下げ、その隣でひらひらとルナが手を振る。
絶対に案内役をするべきではない立場の二人がやってきたことに、アルビレオは軽い頭痛を覚えた。
「なんで二人が……」
「いや、オレも今着いたところで、ちょうど部屋に行こうとしてたんだ」
「そしたらコルネさんの声が聞こえたから、一緒に行った方が効率が良いなって思って、担当職員に声を掛けて交代してもらったのさ」
「ああ、そういうこと」
思わず額を押さえていたアルビレオに、コトハは面白そうに笑いながらルナと共に事情を説明する。
単なる偶然だったことに安堵した。ティカモードのコトハを知らない職員が迎えを頼んだのかと一瞬考えてしまった。
「ティカ、記録師の僕も付いていっていいよね?」
「エウロさん、記録師だったんだ? それならいいよ。他のみんなはごめんだけどここでルナと待機ね」
エウロの確認にコトハは頷き、他のメンバーには片手で謝罪する。そうなるだろうと予想はしていたので、文句はなくそれぞれ了承した。
ついでに武器の携行も禁止とのことで、コトハはルナに武器を預けた。アルビレオはユートに返し、エウロはソラールに渡す。ギターも禁止というのだから随分と徹底している。
****
案内されたのは最上階の一室。ギルド連盟の長の部屋だと本来の色に戻ったコトハに説明された。
その重苦しい両開きの扉の前で、彼女は緊張しているのか一度深呼吸をして、アルビレオ達を振り返った。
「……日蝕前に限らず、優勝賞品の受け渡しはここでやってるらしいんだけど。今回は異例中の異例だから、毎回だと思わないように」
「うん?」
何の前置きかは分からないながらも、ひとまずは受け止めておく。コトハはもう一度「異例中の異例だからな」と念を押して扉に向き直り、二度目の深呼吸をしてから、かなり緊張した様子で扉をノックした。
応答の声はなく、扉は突然開かれる。開いたのは明らかに騎士と分かる白い鎧を着た茶髪の男性で、冒険者ギルドの者ではないのは一目瞭然だった。
静かな威圧感を感じさせる壮年の男性は部屋の中を見せないように立ち塞がり、茶色の瞳がコトハからアルビレオに向く。目が合った瞬間、今は絶対に勝てないと直感した。武器を持っていても勝てない。経験値が違う。
三人を順番に見た騎士は、最後にコトハに戻した。視線を受けたコトハは緊張した面持ちで彼を見上げて口を開く。
「【銀翼の歌姫】コトハ・ベスティートです。階下で今大会の優勝者アルビレオ・シグヌス及び、彼の記録師であるエウロ・トゥールと出会ったため、共に参りました」
その声は目の前の彼へ向けたものではなく、部屋の中へと届けるもの。奥にいる主とは、きっとギルド長ではないのだろう。これほどまでの騎士が仕える相手となれば限られるし、ギターまで持ち込み禁止なのも頷ける。
「ガイアス。あなたがそこに居ては彼らも困るだろう」
中から優しげな青年の声が聞こえてきて、ガイアスと呼ばれた騎士が短く応えて扉の脇へと引いた。やっと見られた落ち着いた調度品に囲まれた部屋の中。
窓側に立つ青年を見て、コトハが「異例中の異例だからな」と念を押した理由が分かった。
「私はサフ。国からの遣いだと思ってくれ」
一目見ただけで上質の物と分かるシャツとスラックスを纏い、この国の王と同じ青紫の髪の人物が、まるでただの下っ端役人のような気軽さで笑っていた。
武闘大会優勝者とはいえ爵位もない他国の冒険者が会って言葉を交わしていい人物ではない。何も言えず緊張して固まったアルビレオとエウロに気付いているだろうに、彼は朗らかに笑いながら着席を促した。
緊張したままギクシャクと部屋の中央、質の良いソファへと三人並んで座る。ローテーブルを挟んだ向かい側にサフは座った。その後ろにガイアスが彫像のように立つ。
「お茶も出さないまま本題に入ることを許してほしい。何せギルド長に部屋を貸して欲しいと言ったら、このフロア全部を人払いされてしまってね。メイドすらもいないんだ」
「お気遣いなく。サフ様もお忙しいのですから、手早く終わらせましょう」
「別に忙しくはないのだけど。まぁ、そうだね」
コトハが緊張したまま硬い声でサフの謝罪を受け取り、続きを促す。その態度は雑談すらも拒否しているように見えるが、サフは気にした様子もなく頷いて、ガイアスへと手振りで指示を出した。
指示を受けたガイアスが動いて一通の手紙をアルビレオの前に置き、すぐに後ろに戻る。封されていない白い便箋は、一目見ただけでも上質な紙だと分かる。
「優勝者への優勝賞品の目録だ。その中から好きな物を選んでギルド長経由に伝えてもらうことになっているが、今聞いてしまおうか」
面倒だからねと微笑むサフに考える時間ぐらいほしいなどと文句を言えるはずもなく、封筒を手に取って中の紙を出して広げた。三つ折りにされた上質な紙には、優勝を祝う定型文と、以下からお選びくださいという箇条書きされた三つの項目があった。
・風の国への永住権(移籍手続きは国が請け負う)
・白貨十枚
・王家所有の魔剣の譲渡。魔剣に認められなかった場合、大金貨十枚
移籍手続きは様々な書類が多く面倒で、成人は金貨一枚、子供は金貨二枚を元の国に納めなければならないと聞いている。国の未来を担う者を外に出すのだから子供のほうが高くなるらしい。逆に言えば、金貨一枚分の価値しかない。それに旅を続けたいアルビレオは風の国の移住にさほど魅力を感じない。
白貨は一枚で金貨百枚に相当する。ごく普通の平民として生きていたら絶対に見られない金額の貨幣だ。一枚で水の都なら豪邸が建てられる。十枚あれば、変に散財などしなければ一生働かずに生きられるだろう。金の心配をせずに旅が出来るのは非常にありがたい。
魔剣の譲渡には少し興味が湧いたが、アルビレオには進化して帰ってくる相棒がいる。彼女達――とユートが呼んでいた――がいるのに他の剣に目移りなど出来るはずもない。
そうなると選べるのは真ん中の白貨だけ。
「なら、真ん中の白貨を選びます」
スッと手紙を返しながら告げれば、サフは口元に笑みを浮かべたまま少し品定めをするように目を細めた。
「へぇ? 冒険者ならば魔剣に興味がないわけではないだろう? 選ばれるかどうか試す程度はやってみないか? 選ばれずとも大金貨十枚は白貨一枚だし、悪くないと思うのだが」
「いえ。俺だけなら良いですが、俺とエウロ二人分の装備を整えるなら、白貨一枚よりも十枚のほうがいいです。
……それに、魔剣ならもう既に手に入れています」
バラすかどうか少し考えたが、サフの口ぶりからしつこく魔剣を勧められそうな気配なので、必要ないのだときっぱりと断りを入れておく。
しばし真偽を確かめるようにアルビレオを見つめていたサフは、とても面白い物を見たと言わんばかりに喉奥でクツクツと笑った。
「ははは。そうかそうか。武闘大会で使った剣は偽物か。確かに観客に【終焉を渡り歩く者】がいないとも限らないものな。
もう既に魔剣を手に入れているならば、仕方がないよなぁ。では白貨十枚で承ろう」
楽しそうに彼はアルビレオの願いを受け入れ、手紙を手に取って立ち上がった。続いて立ち上がったアルビレオたちに手振りで座るように指示する。
「君たちはそのまま座って待つといい。依頼を説明する者が来る手筈になっている。
では、厄災の問題が片付いたあとに、また王宮で会おう」
そう言い置いて、ガイアスを連れてサフと名乗ったおそらく王族、しかも王太子だろう青年は上機嫌で部屋を出て行った。
去年とは違って今年は本当にこれが本年最後の投稿です!!




