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遊撃隊『牙』の回想録外伝~銀翼の歌姫と夜を裂く鳥~  作者: 姫崎ととら
最も速き者と森の精霊

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瞬き禁止の決勝戦

 シルバと呼ばれたグリフォンに乗って闘技場の観客席を一周したコトハは、舞台へと降りてきた。

 鷲のような凜々しい顔つきに、大きな翼。しかも、希少種の銀翼。その名の通り、美しい銀の翼だ。一度見ているが、その美しさに小さく感嘆の息が漏れる。

 そしてその背に唯一乗ることを許された少女が、優雅に降りてくる。


「別に、乗ったままでもいいけど?」

「冗談を。アンタ相手にハンデありで勝てる気がしない」


 乗機したまま戦ってはいけないなんてルールはなかったはずだ。本気の彼女と戦いたくて勧めたつもりだったが、コトハは腰を下ろしたシルバの首元を撫でながら苦笑した。

 ハンデ、と言われて首を傾げる。機動力が上がるのでコトハに不利になるようなことはなかろう。滞空制限も、アルビレオがプラーナを使って駆け上がるので問題はない。


「俺、高いところが苦手なんだよ。精霊に支えてもらって何とか背中に乗れてるだけ」


 なおも言葉を重ねようとしたアルビレオに、コトハは苦笑したまま肩に留まる桃色の小鳥を指差した。見たことのない小鳥だなと思ったが、精霊だったとは。

 二つの意味で驚くアルビレオに小鳥は挨拶のように片翼を広げて揺らし、シルバの頭へと飛び移った。それを合図にシルバは立ち上がって、少し離れて翼を広げ、観客席の上にある来賓席の屋根に移動した。


『シルバ様も特等席でご観覧なさる様子ですね!』


 見送っていたら実況が喋り始めたので、アルビレオはコトハに向き合った。

 同じく見送っていた彼女もゆるりとアルビレオを見てくる。銃と短剣を抜き放ちながら挑戦的に目を細められて、こちらも剣を抜いて同じように笑ってやった。


『二日に渡る戦いもこれで最後! 瞬き禁止ばかりで目が乾いてませんか!?

 今回もまた瞬き禁止のバトルとなることでしょう!!

 第186回武闘大会、決勝戦!!

 ――開始です!!』


 開始の鐘が鳴らされると同時にアルビレオは踏み込み、コトハは銃を真上に向けていた。

 踏み込んだ瞬間、確かに速さの極致に辿り着いているというのに、コトハはしっかりとアルビレオを見ている。驚くアルビレオに対してコトハは悪戯が成功したかのようにニィッと楽しげに笑った。

 剣の峰でコトハの左手の短剣をたたき落とそうとしていたが、その短剣でこちらの剣をいなされる。次いで右手の銃がこちらを向いたので剣で逸らした。銃身を切り落とす勢いで振ったというのに銃身はかなりの硬度で、むしろこちらの剣にヒビが入る。ソラールの剣と打ち合った時と同等の手応えに、ただの銃ではないのだと察した。

 膠着状態になったために音が戻ってくる。そしてやっと上からの音に気付いて、コトハを突き飛ばすようにしながら後ろに跳んだ。コトハは笑いながら自らも後ろに跳んで距離を取る。

 その二人がいた場所に魔力の弾が降り注いだ。


『見えなーーい!! 何が起きたのか!!』

『鐘が鳴った瞬間、アルビレオは神速に至り、歌姫は先に散弾となって落ちてくる魔導弾を真上に放った。

 接近したアルビレオが歌姫の短剣を剣で落とそうしたが、歌姫は冷静にいなして、逆に銃口を突きつけるも、アルビレオが左手の剣で銃口を逸らした。

 そこに歌姫が仕掛けていた弾が落下してきて、二人は仕切り直しってところだな』

『なるほどー!!』


 聞き覚えのありすぎる解説役の声にちらりと解説席に目を向ければ、その隙を逃さずにコトハが重苦しく不気味な歌を歌いながら踏み込んでくる。歌魔法だろうが、聞いたことがないので今発動しているのがなんなのか分からない。ただ、足に重りでも付けられたかのような違和感を感じた。

 さらに逃げ道を塞ぐようにコトハが銃弾を連続で放つのでその場に縫い止められる。

 動けるとしたら、前か後ろ。ならば、道は一つだけ。


「――!」


 動き出せばすぐに足の重さは霧散するも、一瞬でも重かったせいで一歩だけでは速さの極致には至れない。迫り来るコトハと同スピードで剣を振った。狙いは再び彼女の持つ武器だ。

 躊躇いもせずに前へと踏み込むアルビレオに、コトハが爛々と目を輝かせ楽しそうに口の端を上げた。銃口はこちらに向いているが、弾はまだ装填されていない。次の弾の装填よりも速く二人は動いている。


 剣で銃口を逸らさせるためにわざと向けていると気付いて、むしろ踏み込もうと足に力を籠めたところで、後ろから聞こえた音に方向を前ではなく上へ即座に変更。コトハを飛び越えるように宙へと高く跳べば、ちょうど魔法の弾がアルビレオがいた場所を通り過ぎていった。

 そのままではコトハに当たるが、彼女に届く前に弾は霧散した。距離減衰ではなく唐突に掻き消えた様子から、何か防護壁のようなものを張っていたのかもしれない。


 一連の動きでもう銃の装填はもう終わっている。間髪置かずに放たれた弾は十分対処可能だが、猛烈に嫌な予感がして、空中で無理やり身を捻って避けた。視界の端で拳大の岩が生成されたのが見えて目を見張る。もし剣で斬ろうとしていたら、剣に纏わり付く重りとなっていたことだろう。

 コトハは攻撃の手を緩めることなく、体勢を崩したアルビレオに容赦なく銃を撃つ。彼女も武器破壊を目的としているようで、狙っているのは両手の剣だ。


(――なら!)


 体勢を整え直すためにもアルビレオはプラーナを剣に載せて、右手を強く振った。見様見真似のレナードの奥義。アルビレオの予想に反して、剣の軌道に沿ってプラーナが刃となって飛び、弾を切り裂きコトハに向かっていく。上から降ってくる不可視のはずの刃を、彼女は慌てることなくむしろ慣れた様子で、前に進むことで避けてみせた。

 魔法のようにプラーナを刃にして飛ばせたことにアルビレオは驚きながら、空中で体勢を整え直すことに成功した。そのまま着地をしようとしたが、決して地に足を付かせてはいけないとばかりにコトハの銃撃は止まらない。武器破壊は不可能とみたか、腕と足を狙ってくる。

 宙で空気を踏んで何とか避けるも、このままでは埒があかない。


『はっはっは! 解説が追いつかないな!』

『諦めないでください~!!』


 解説役に抜擢されたソラールが、解説が追いつかないほどの速さで行われる二人の攻防に笑っているのを背景に、アルビレオはさらに高度を取ることにした。


『おっと? どうしてアルビレオ選手はあんな高くへ?』

『おー。考えたな。太陽と重なって狙いが付けづらいし……まぁ、何をやるのかはやってから解説しよう』


 充分高いところまで来たところで落ちていく流れに逆らわずに頭を下へ。そして、その体勢で空気を蹴って加速する。


 地上のように自由に動けはしなくとも、落ちていく力に逆らわず、むしろ加速していけば、世界は色と音を無くす。


 勢いを付けてコトハに向かって落ちていく。だが、流石にこのままの衝撃を与えてはただでは済まない。故に、彼女に届く前に、足から着地するために足を振って体勢を入れ替え、ついでに軌道もずらす。

 コトハの銀の目はしっかりとアルビレオを捉えていて、着地地点を彼女の背後にした事に気付いたのだろう。飛び込み前転で避けてみせた。


 ――ドゴォォォォッ!!!!


 おおよそ、人間が落ちてきた音とは思えないほどの轟音と地割れが起きる。舞台が割れて地面に触れてしまった場合は場外扱いだが、分厚い石はギリギリ耐えてくれた。

 上がる土煙の向こう、コトハは歌いながらも動きを止めたアルビレオに向かって撃ってきた。今度は明るく可愛らしい歌を歌っており、何かが纏わり付く感覚がする。気にせずに衝撃を殺すために縮めていた身を伸ばす動きで剣を振り、プラーナの刃を飛ばして弾と相殺した。

 同時に疾駆する。纏わり付いていた何かは綺麗さっぱりと消えた。

 やはりコトハは速さの極致が見えているし、ギリギリ届いている。彼女の左手側に回り込んだというのに、アルビレオよりも遅いながらもついてきてきた。

 左手の短剣が威嚇のように振るわれる。それを先ほど彼女にされたように刀身を滑らせるようにして方向を緩やかに変えてやった。銃口がまたこちらに向くが、引き金を引く前に肩から体当たりをして吹き飛ばす。

 見た目通り軽い体は大きく吹き飛んで、元々端の近くに移動していたのもあり、石の舞台の外に落ちていった。

 コトハは体勢が崩れていたが、流石に背中から落ちるようなことはなく足から着地し、数メートルは靴底で地面を擦った後に止まった。彼女が悔しそうに顔を上げるのと同時。


『じょ、場外ーーー!!!』


 実況の女性の声と試合終了の合図が鳴り響いた。ホッと息を吐いて武器を収める。


『アルビレオ選手が凄い勢いで舞台に突き刺さったのを歌姫が避けたのは分かりましたが、それ以降が全く分からなーい!!』

『高さを使って神速に至り、歌姫の妨害を逃れたんだ。地面にさえ着いちまえばあいつは自由だ。歌姫も神速に近い動きを出来るようだが、アルビレオのほうが速かったな。その速さの乗った体当たりを喰らって場外、ってわけだ』

『なるほど!!!』


 実況と解説の二人の会話を聞きながら、コトハも武器を収めて戻ってきた。かなりの勢いで体当たりをしてしまったが彼女に怪我は無さそうだ。

 会話をしたかったが、建物を揺らさんばかりの大歓声の中では不可能だ。互いに苦笑をしながら握手だけを交わして、観客に手を振りながら一度舞台から退場する。

 舞台を整備後、すぐに表彰式だ。


****


「あ゛ーーーー。悔しい。結局アンタ、俺に一度も剣を向けなかったな」


 選手出入り口から少し歩いて、観客から見えないところまで来たところで足を止め、コトハが悔しそうに睨み付けながら文句を言ってきた。先ほどまで貼り付けていた歌姫の笑顔はどこにもなく、変わり身の早さと言われた内容に感心する。


「気付いていたのか」

「気付かないわけないだろ。アンタの剣は全部、武器にだけ向いてた。最後だって、斬ったほうが速いのにわざわざ体当たりだ」


 唇を尖らせる彼女に苦笑しか出来ない。アルビレオとしてはギリギリの戦いだった。予想外に彼女は速かった。それに、おそらくだが。


「コトハだって、本気の歌魔法を使ってなかっただろ」


 歌魔法の中には動きを止めるもの、眠気を誘うもの、一時的に姿を認識出来なくするものなど色々あるとエウロから聞いている。【銀翼の歌姫】の歌魔法があの程度のはずがない。【終焉を渡り歩く者】を警戒して手の内を晒さなかったのだろう。

 そう思っての指摘だったが、コトハが形容しがたい顔で睨んできた。


「俺は、歌魔法だけは、絶っっっ対に、手を抜かない」

「そ、そうか。ごめん、失礼なことを言った」


 言い聞かせるように一単語ずつ区切って強調してくる彼女の剣幕に何とか謝る。コトハはまだ不満げだが、気分を入れ替えるためか俯いて短く息を吐くと、腕を組んで再びアルビレオを見上げた。


「足を止める『沼からの誘い(グラヴィーディ)』はね、俺が歌うと大体その場で崩れ落ちるんだよ。重力が増えたように感じるって。

 英雄の父上ですら、常人と同じ速度でしか動けなくなる。あの人は良い加重だとか言ってそのまま剣の素振りし始める怪物だけど」

「え、あれで?」


 確かに足は重く感じたが、足以外に重さは感じなかったので思わず声を出したら、とてつもなく嫌そうな顔をされた。だが謝罪やフォローを入れる前に彼女は頭を振って、溜め息を一つ付いて気を取り直した。


「アンタはプラーナが超絶多いから、ほとんど効かなかったんだよ。『魅惑の人魚(チャムーイ)』も効かなかったしな。

 今までも経験あるだろ。眠りの魔法とか呪いにかからないとかさ」

「ああ、あるな」

「それ、プラーナが多い人間の特徴なんだよ。常に自分の形を保とうとしてるから、状態異常に対して高い抵抗力を持つんだってさ。Sランク冒険者のほとんどはあんま効かないんじゃねえかな」

「てことは、コトハも?」

「うん。俺もプラーナ量は多い。歌姫になる前はちょっと掛かってたけど、プラーナが増えてからはよっぽどの実力者からの魔法以外効かなくなった」


 そういうものかと納得しかけて、説明の中の単語がふと引っかかった。


「……プラーナが、増える?」


 魔力が増えるのは聞いたことがあるが、プラーナも増えるものなのだろうか。増やせるのならばアルビレオも増やしたいものだが、自分の存在が増えるというのはどういうことだ。

 疑問を口に出せば、コトハは不思議そうにアルビレオを見上げて、何かに思い至ったか小さく声を上げた。


「俺も最近知ったんだけど、プラーナって知名度によって増えていくみたいなんだ。知っている人が多いほど存在が強化されていくんだってさ。

 その人を示す物、ええと、名前と外見と特徴。ああ、あとその人だけの称号か。俺の【銀翼の歌姫】みたいなの。その四つのうちどれか二つ以上が揃って広まってると増えるってのが研究で分かった。例えば、【銀翼の歌姫】は青紫の髪に銀の瞳だ。みたいな感じ。一つだけだと意味はない。

 っていっても、最低でも大都市に住む人全員が知ってるほどの知名度がないと、増えたとは感じないようだけどな」

「一人一人の量は微々たる物って事か」

「そういうこと」


 つまり、簡単には増えないということだ。都市を救った英雄にでもならない限りは縁の無い話だなとアルビレオはひそりと息を吐いた。

 舞台を整備し終えて表彰式が始まるとスタッフに呼ばれ、二人は会話をそこで終えて並んで歩き出した。



 日蝕前だと国王がわざわざ降りてきて、優勝者と握手するそうだが、今回は日蝕直前のために王族専用の観客席からのお言葉のみ。

 国王の髪の色はコトハと似ているんだなと少し思いながら、祝辞を真面目な顔で聞いていた。


「来年の日蝕後の武闘大会で、貴殿たちにまた会えることを楽しみにしている」


 ありきたりな短い祝辞の後に続いたのは、日蝕で死ぬなと言う激励だ。こちらからの言葉は届かないので、胸に手を当てて深く礼をすることで返事とした。視界の端でコトハも同じように頭を下げているのが見えた。

 国王はそのまま閉会の挨拶をし、大歓声の中、コトハと共にまた観客へ手を振りながら舞台を後にした。


 こうして、武闘大会は終わりを告げる。

 優勝をしたアルビレオは明日、冒険者ギルド連盟本部に行くようにと通達を受けた。優勝賞品の受け渡しと、おそらく依頼のためだろう。

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