三人揃って密談中
シンルーが現れ、コトハに説明をした時、当然バージェスも聞いていた。
《時空を捻じ曲げるモノ》になった人間を救う方法があるなどにわかには信じがたいことで、本当に救えるのかと考えもしたが、どのみち護衛依頼は王家からの依頼なので受けねばならない。厄災に近付くことになるのならば、大精霊とも力を合わせられたほうがいい。
なにより、やっと希望を掴んだコトハが何があっても行くという決意を込めた顔で見上げてきたので、バージェスは渋々コトハを送り出すことにした。
シンルーたち六精霊は、封印を永遠の物とするために人間から精霊に成った存在だとも明かしており、継承者になれずとも救うための魔術は教えるとシンルーが約束したのも大きい。救うための魔術とは、《時空を捻じ曲げるモノ》が持つ大量のプラーナを使った、存在変換の魔術。お伽噺ですら聞いたことがないようなものだ。
コトハが継承者となれば精霊たちが魔術を行い、なれなくとも人数を集めれば行えるように確かに教えると約束した。
そしてコトハは無事に【原初の雷】の眼鏡に適って雷の継承者となり、ルナは風の精霊となって戻ってきた。
「“魔法”ではなくて“魔術”か」
「うん。“魔術”って言ってた」
「ふぅん……そっかぁ」
「そうなんだよ~」
シンルーの話を聞いた時にバージェスも引っかかった言い回しに、エンドも当然引っかかった。ルナも同じように引っかかっていたようで、ニコニコと読めない笑顔を浮かべるエンドと同じ笑顔で笑う。
魔術とは、今では古代と呼ばれる時代の言葉だ。古代の魔法理論を読み解いている学者によると、古代では『理論立てて説明できる学問としての魔法』をすべて“魔術”と呼び、『個々人の才能に左右される魔法』をすべて“魔法”と呼んでいた、らしい。
現在では前者は“魔法”、後者は“原初の魔法”と呼ばれている。学者曰く、古代には“魔術”を学ぶ者――“魔術師”が、“魔法”を使える人間――“魔道士”あるいは“魔法使い”と呼ばれる人々を迫害し、さらには【魔法狩り】と称して大量殺戮を行った国があったらしい。その国は自滅したらしく、名前すら残っていないが、様々な文献に存在を残している。そして自滅を教訓として、当時の統治者達は差別が起こりにくいように、“魔術”を一律で“魔法”と括ったのだろうと考察されている。
「その精霊達さー。消えた国の生き残り、だったりしてね」
「ボクらが行く厄災がいる場所も、かつての風の国の遺跡じゃなくて、消えた国の遺跡だと思うんだよね~」
「何か新しい魔法……当時なら魔術か。を開発して、失敗して厄災を生んだとかあり得そうなんだよなぁ……」
エンドの想像に、ルナも想像を重ねる。二人の想像を聞いていたバージェスも、色々と知った中で思ったことを呟いた。
人々の記憶にはないが、文献に数多く残っている謎の国というのは、いくつも存在している。魔法の生まれた国。魔術で栄えた学術国家。今は居ない神が治めていた国などなど。示されている場所もまちまちだが、ギルドにいる考古学者は「もしかしたら全て同じ国を示しているかもしれない」と考察している。
いくつもある文献が指し示す方角に線を延ばすと、ちょうど西の大森林がある辺りを示すらしい。いつかその地に行ってみたいと考古学者がキラキラとした目で語っているのは、当ギルドでは誰もが知っている話だ。
「……これ、僕だけじゃなくてナギも呼んであげたほうが良かったんじゃない?」
「だが、ナギは戦闘力が無いからな」
「あ~~……研究者だもんなぁ……」
バージェスのギルドは、冒険者ギルドとしては珍しく、冒険者以外の人間も所属している。鍛冶師や彫金師、革細工師、いわゆる生産職と呼ばれる職人達だ。
そして、遺産を評価するための研究者も所属している。
冒険者がダンジョンや遺跡から持ち帰った遺産は、ギルドが一旦預かって専門の研究所に解析を依頼し、評価してもらってから買い取るのが今のシステムだ。だが、研究所も数多くあるため、見た目からこちらだろうと持ち込んでも、専門外だから分からないと評価不可で返ってきて、それをまた違う所に持っていって……とかなり時間が掛かっていた。
そのタイムロスを少しでも減らすため、分類が得意な研究者をギルドで抱えることにしたのだ。ギルドにいる研究者に評価してもらい、専門外で評価が付けられずとも分類してもらうことで専門の研究所に解析を頼むことが出来る。おかげでかなりの時間を短縮することが出来た。
ルナも魔法に関してはオッドベルも認める天才なので、魔法や魔導具専門の研究者として所属している。精霊に成った今も、コトハが生きている内は研究者として所属しておこうと本人と話し合って決めた。
話題に上ったナギは考古学を専門とした研究者だ。歴史に関する物以外は専門外のために評価を付けられずとも、分類分けを得意としている。彼女のおかげで正しい専門家に解析を依頼出来ており、ギルドでは非常に重宝されていた。
魔法学校を好成績で卒業した秀才なのだが、解析系の魔法に特化しているために戦闘力に乏しい。
「せめて回復魔法なり歌魔法なりが使えれば、連れて行く理由になったんだが……流石になぁ」
今回なんてナギが探している謎の国のヒントになるだろうに、非常に危険なために連れて行くことは絶対に出来ない。せめて後方支援が出来れば理由を付けて連れて行ってやれたのだが。遺跡か、付近の村から何かしらの資料を得て、土産話と共に渡してやる程度のことしか出来ないだろう。
「で? 厄災を封印しに行くのは理解したけれど。
コトハの護衛のためだけに僕を呼んだわけじゃないよね、ジェス?」
「ああ。
――この依頼、嫌な予感がする」
エンドの問いに渋い顔で答えれば、エンドは予想通りだと言わんばかりに楽しげに目を細めた。
バージェスという男は、弱冠三十一歳という若さでギルドマスターになった。Sランクではあるが戦闘能力自体は同ランクのユパとサツキ、エンドに負ける。経営の腕が高いわけでもない。人望はあるが、それだけでマスターに選ばれはしない。
彼が選ばれた理由は、その戦闘時の指揮と、異常なまでの勘の良さにある。
バージェスが嫌な予感がすると言った依頼は、すべて何かしら大きな事件と繋がった。入念な準備をしなければ、大きな被害が出るような事件ばかりだ。依頼内容を見ていなければ発動しない“勘”だが、神託や啓示、予知に近い“勘”によって数々の冒険者を救ってきた実績から、彼はマスターに選ばれ、言葉に力を持たされた。
きちんとした神託や予知ではないのが厄介なところだ。長年の経験から事件の規模、怪我の程度が分かるくらいで、何が起こるかは依頼を開始してみないことには分からない。
シンルーの話を聞いた瞬間から、コトハにずっと死の予感がついて回っていた。ルナがこうしてコトハの側に居て、ギルドで二番目に強いエンドを呼んでもまだ消えない。これは圧倒的に戦力が足りていないときの予感だ。本当ならユパも呼びたいところだったが、そうするとコトハが無意識下で萎縮して、本来の力を発揮できないので諦めた。
「おそらく、厄災が復活する」
そこまでの強敵となれば、厄災ぐらいしか思いつかない。生き物相手ならばロータスの守護があるコトハが死ぬはずがない。なにせ《ピクシー族の長》は龍だろうと草人に変えられるほどの力を持つ。横暴な龍を草人にした後に元に戻し、反省をさせて元の世界に帰した逸話はお伽噺として有名だ。
しかし、いくら強大な力を持つロータスでも、その正体は剥き出しのプラーナなので、プラーナを吸う厄災相手では手も足も出ない。
予想していたか、エンドは驚いた様子はなく面白そうな笑顔のまま、ルナを見下ろす。
「……なるほどね。ルナの仕返しってそういうことか」
「さっすが、エンドお兄様。頭の回転速~い。助かる~」
バージェスの言葉だけで、先ほどルナが言った仕返しについて考えが及んだらしい。ますます面白そうに笑みを深くする彼に、ルナは楽しげに声を上げた。
雷の継承者となり、ルナを精霊にした代償として、コトハは西の大森林に数年に一度、封印のために向かわねばならない。そして女であるために、雷の大精霊と子を成し、継承者の血を繋いでいく役目を背負った。
それが、ルナは気に食わない。
「復活するのは、ジェスから聞いてたんだ?」
「ううん。最初から考えてた。
誰がなんと言おうと、ボクが封印を壊す。そして、コトハたちにはこれを討伐してもらおうってね」
「お前が復活させるのかよ」
精霊達に何か起きるか、【終焉を渡り歩く者】によって封印が壊れるのだと考えていたが、身近に壊そうと考えている者がいたとは流石に思いつかなかった。
思わず渋い顔になるバージェスにルナはとてもイイ笑顔を向けて大きく頷いて見せた。これはもう何を言っても無駄な時の笑顔だ。魔導銃の権利を水の都の王家に売った時もそうだった。
「勝てるんだろうな?」
コトハの命を第一に考えるルナが、勝算もなく封印を解くような無謀なことを計画するはずがない。バージェスがまだ知らない何かの情報を掴んでいると見て確認を取れば、彼女は自信満々に頷いて見せた。
「問題は、人数だった。六属性の精霊と力を合わせられる人が欲しかったんだ。
氷の継承者、コトハ、アルビレオさん、コハク――人間名はコルネか。これで四人。そこに水の継承者が偶然だけど合流した。
あと一人欲しかったところに、エンドさんが来てくれた。
六属性に加えてボクがいれば、無駄にブクブク憑いた色んなモノをそぎ落として、コアだけに出来る。
あとはまぁ、ロータスの力を借りるけど、“厄災としか呼びようのない何か”は消滅させられる」
やけに含みのある呼称に、エンド共々片眉を寄せてルナを見下ろす。彼女はスイッと動き、二人の正面に浮いてニィッと笑った。
「ボクが調べた限り、あれは――」
『お待たせしましたぁぁぁ!!!』
ルナが自分の考えを説明しようと口を開くと同時。
実況のアナウンスが遮るように闘技場内外へ大きく響き渡った。
「あ、やっと始まるんだね。遅かったな」
「やっとコトハが観念したんだろ」
準決勝はとっくに終わっていたが、すぐに決勝戦が始まらなかったのは、“彼”を人前に出すのをコトハが嫌がったからだろう。演出として“彼”と共に現れてほしいとコトハは運営に頼まれていたのだが、初戦でも準決勝でも“彼”を連れてこようとはしなかった。
『まずはこの方をお呼びしましょう!
その剣が攻撃のために振るわれたのはただ一度。一回戦のレナード選手との戦いのみ。
予選から全ての試合を最速で終わらせてきた『最も速き者』!
アルビレオ・シグヌス!!!』
実況の口上に合わせて、選手入場口から額に赤いバンダナを巻いた金髪の少年が姿を現した。途端に会場から大歓声が上がる。
アルビレオは緊張した様子も無く、だが不思議そうに会場を見回しながら舞台へと軽い足取りで登って、所定の位置に着く。
『そして、同じく全ての試合を最速で終わらせてきた、銀の風!
最年少Sランク冒険者にして、我が国の聖女!!
長い口上は恥ずかしいから辞めてくれと再三言われたのでこの辺にしておきましょう!
【銀翼の歌姫】コトハ・ベスティート様ぁ!!』
今までコトハは解説席から直接舞台に跳んでいたので、実況の隣を誰もが見たが、今はいない。口上に合わせて選手入場口を見るも、そちらも人の気配はしない。
どこからやってくるか。やや困惑した空気が流れたところで、舞台に大きな影が落ちた。
大きな鳥の翼の影に皆が見上げる。
『銀翼のグリフォン、シルバ様に乗ってのご登場だぁぁ!!!』
わざわざ観客席をぐるりと一周する演出付きで、ド派手に登場した。
闘技場が揺れんばかりの大歓声の中、シルバの背に乗ってコトハは観客に笑顔で手を振っているが、高所恐怖症の彼女にしてみれば苦痛以外なんでもない演出だろう。肩に乗った桃色の小鳥がいなければ、きっとこんな演出は許さなかったはずだ。
「うわ、顔引き攣ってる」
「あらぁ。かわいそー」
ルナの指摘した通り、あの笑顔はコトハと長年過ごしてきたから分かる、貼り付けられた笑顔だ。それを可哀想などと言いながらもエンドが面白がっているのは、笑いを含んだ声の調子からよく分かる。
ユパもこうした演出は嫌っていたが、やるときはコトハのような身内には引き攣っていると分かる笑顔で手を振っていたので、血は繋がっていなくても親子だなと面白くなった。
誰もが羨み誇れるほどの称号を得ているくせに、目立つのは大嫌いなのだ。親子揃って。




