もう一人の保護者、登場
昼を終えれば、もう戻る時間だ。全員で闘技場に戻り選手出入り口の前でアルビレオは見送られる。
「アル、頑張ってね!」
「おう。行ってくる」
コルネの声援に軽く手を上げて応え、控え室ではなくそのまま奥へと歩き出した。
運営は決勝戦まで今日中に終わらせようとしているので、あまり時間に余裕はない。エウロが掴んできた情報では、日蝕前の大会はこうやって予選と本戦合わせて二日で終わらせ、日蝕に向けて急いで準備を整えるらしい。
それならいっそ日蝕の前年度はやらなくても良いのではと思わなくも無いが、色々と事情があるのだろう。コトハは無名の人材発掘のためだとか言っていたし。
おかげで、昼食は腹八分目よりも少なめに胃袋に入れた。大会が終わったらがっつり食べようと思う。
『間もなく準決勝を開始します! 観客の皆様はお席に――』
闘技場内外に向けてアナウンスが流れる。コルネたちは無事に席に辿り着けただろうかと心配しながらも、選手入場口に辿り着いた。
相手の方が先に辿り着いていて、アルビレオへと鋭い視線を向けて来る。もう二十歳は超えていそうな顔立ちで、短い茶髪をオールバックにしていて逆立てている。身長は平均的。体格は細めだが、腰に下げた武器が魔導銃であることを考えれば、スピード重視な戦い方なのだろう。
目つきも鋭いので睨まれるとかなり威嚇的だが、敵対心は強く感じても威圧感はあまりない。そもそも実力のある人間は無駄に攻撃的な態度を取らない。
「――お前も、コトハ狙いか」
ピリついた声で確認を取られて、その呼び方に違和感を覚えた。まるでコトハと知り合いかのような口ぶりだ。
「狙ってない。俺は単純に腕試しで来た」
「……そうか。それなら威嚇して悪かった」
疑問に思ったが問うことはせずに、相手の問いに対して素直に応える。すると彼は小さく息を吐いて、敵対的な態度を緩めて頭を下げてきた。
意外さに目を丸くするアルビレオに彼は先ほどとは打って変わって友好的な笑顔を浮かべる。
「オレはコトハと同じギルドの冒険者で、彼女の後輩のタクヤ・ロモスだ。
外見年齢的に恋のライバルかと思っちまったぜ」
「てことは……あんたは彼女を?」
「おう。かれこれ二年ほどアタックし続けて玉砕してる」
「そ、そうか……」
二年もアタックして袖にされているなら諦めそうなものだが、タクヤは諦めない男らしい。根性のある男だなと思う。
『おっ待たせしました!!!! これより準決勝、第一試合を開始します!』
次の言葉を探しているところで、ちょうどよく実況の女性のアナウンスが聞こえてきて内心で安堵する。
『最初にお呼びするのは第一回戦、第一試合で重量級の剣士を目にも止まらぬ早撃ちで徐々に後退させ、最後にド派手な砲撃で場外にした、歌姫と同ギルドの後輩! ですがあだ名はセンパイ!!
早撃ちガンナー、タクヤ・ロモスーーー!!!』
呼ばれたタクヤが「お先に」とアルビレオに言って、颯爽と向かって行く。舞台にひらりと乗った彼はコトハのほうへ体を向けると大きく手を振った。
「コトハーーー!! 愛してるぜーーー!!!!」
『おおっと! 一回戦でもやっていた愛の告白、再びー!!』
『ありがとーございまーす。いい加減、私以外の人に目を向けてくださーい』
『そして再びぎょっくさーい!!』
「いいや! オレは諦めないぞーーー!!!!!」
だいぶ遠いはずなのに聞こえるタクヤの大きな告白は、一回戦でもやっていたらしい。実況は笑いながら囃し立てているのに対し、コトハの声はだいぶ呆れ果てていて棒読みに近い。猫かぶりの敬語モードなのは同ギルドだからなのと、人前だからあまり強く出られないからのようだ。
そう思うとコルネにあっさりと敬語が取れたのは、コルネの人柄に飲まれたのだろう。彼女は緊張を解くのが上手く、気付けば心を許してしまう雰囲気がある。
『さぁ、もう一人をお呼びしましょうね。
一回戦の第三試合、前回優勝者のレナードさんを神速を越える速さで打ち破った男性。
『最も速き者』、アルビレオ・シグヌス』
そんなことを考えていたら、さっさと試合を開始したかったらしいコトハに呼ばれて、苦笑しながら大歓声の中を進んでいく。一回戦の影響か、タクヤよりも歓声が大きい。
舞台の上、一回戦でも立った色の違う石の上に立つ。
『早撃ち対最速! またも瞬き禁止のバトルになりそうです!! 皆々様、準備はよろしいでしょうか!?』
実況の煽りにアルビレオは剣を構え、タクヤもコトハに投げキッスをしてから銃を抜いた。銃口はまだこちらを向いていない。
『試合、開始です!!』
カーン! と鐘が鳴った瞬間、アルビレオは強く踏み込んだ。
****
開始の鐘が鳴った次の瞬間には、終了の鐘が鳴っていた。アルビレオがタクヤの後ろを取り、首筋に剣を当てていたからだ。
【銀翼の歌姫】の所属するギルドのマスターということで、来賓として招かれたバージェスは一瞬で片付いた試合に息を吐いた。
アルビレオと紹介された金髪の少年が一回戦で見せた速さは偶然ではなかった。
レナードの剣はまだ神速に至っておらず、アルビレオの今の速さこそ神速だ。面白いことに、レナードとの戦いの時よりも彼は速くなっていた。
(タクヤも決して弱くはねぇが……相手が悪かったな)
成人してから冒険者登録するのが風の国では一般的だ。誕生日だという日に乗り込んできた若造は、一年でBランクに上がり、魔導銃を手に入れたことでAランクへと先日昇格した。
登録してから四年でのAランク昇格はかなり速い。しかも風の国はドリムデラ四国の中でも厳しいため、タクヤはかなり努力をした。これからも精進し続ければ、Sランクは無理でも、近い実力を身に付けることは出来るだろう。
だが、アルビレオは彼以上の逸材だった。氷の精霊の話では冒険者登録をして二年しか経っていないそうだ。二年でAランク到達は滅多にない。さらに、様子を見る限り彼は今大会前から既にプラーナを使う術を覚えている。良い師と出会えたようだ。
Sランクになる条件は年齢と依頼数、風の国では筆記試験も追加される。そして最も重要なことがプラーナを操ること。タクヤは残念ながら、プラーナの量が少なすぎてプラーナについて教えることすら出来ない。
この力を操れるかどうかで実力には大きな差が出る。タクヤもただのAランク冒険者相手ならば善戦できただろうが、相手が悪すぎた。
「こいつに負けてもオレはお前を愛してるからなーーーー!!!!」
『ハイハイ。私のところにすら辿り着けない人はさっさと退場してくださーい』
一瞬で負けながらも、タクヤは開始前と同じようにコトハへ愛を叫ぶ。二年前、コトハの年上の弟分、ヒイラギが去ってからタクヤはこうしてコトハへ愛を伝えるようになった。なお、ガチである。本人曰く、コトハの泣き顔を偶然見てしまい、その後の笑おうと取り繕う顔に庇護欲が駆られて恋に落ちたという。
それから二年間。袖にされながらも愛を伝え続ける彼に、コトハが呆れたままあしらって二人を退場させる。
続いてコトハの試合だが、バージェスの下に鳥が現れた。魔力で編まれた伝書用の小鳥だ。『外で待つ』との簡潔な内容に、呼んでいた彼がやってきたかとバージェスは席を外すことにした。
闘技場の外は先ほどの昼休憩ほどではないがそれなりに人が多い。相手が先にバージェスを見つけて手を振ったので、問題なく見つけられた。
黒のぼさっとした髪を襟足で縛った、どこにでも居そうな風貌の眼鏡の男がやってくる。影が非常に薄く、目を離せばすぐに見失ってしまいそうなほどに印象に残らない、そんな特徴の無い男だ。
「お疲れ」
「疲れたよ~。おにーさま、かっ飛ばしてきた可愛い弟に、美味しいエールを山ほど恵んで~~」
「誰がお兄様だ。お前のほうが年上だろうが。ったく……まだ仕事前だから一杯だけな」
「やったー!」
甘えるように猫なで声を出した彼に、半ば呆れつつも銅貨を六枚握らせる。途端、子供のように明るく喜び、いそいそとエールの屋台へと駆けていく彼に苦笑した。
エンド・オッドベル。バージェスよりも年上だが、バージェスのあとにオッドベルの養子になったので、書類上は弟だ。オッドベルの庇護下で共に競い合うように育った。
今はバージェスがマスターを務める冒険者ギルドで、厄介な依頼人や冒険者を追い払う番人の役目を担っている。
銅貨六枚で二杯買えたか、エンドはコップを二つ持って戻ってきた。
「思ったより安かったや。店じまいしたいって事かな」
「あー、今年は日蝕前だしな」
この後すぐに決勝で、それを見終わったら観客は早々に食堂に移動する。屋台であまり稼げなくなる前に売り尽くしたいということか。値札を眺めてみれば、どこも半額にし始めていた。
日蝕前でも無理に祭をするのは、日蝕前では控えめになりがちな消費を促し、経済を回すためでもある。今回はコトハのおかげでだいぶ潤った店が多いだろう。
エールを受け取り近くに設置されている飲食用のテーブルに着く。エンドはついでにとつまみも買ってきた。
「んで。ヒイラギの件は結局どうなるの?」
まだエールに一口も付けていないというのに、エンドは世間話のようにさらっと問題について触れてくる。彼を呼んだのは別件だが、彼自身この件について気になっていたのだろう。
途端に口の中に広がる苦みをエールで洗い流す。若干ぬるいエールは苦みだけが際立っていて、思わず顔をしかめた。
「次の日蝕、うちのギルドからSランク冒険者を一人、王都の防衛に回すことで手打ちとなった」
顔をしかめたまま、苦々しく話し合いで決まったことをエンドに伝えれば、彼は珍しいことにその翡翠の目が落ちるのではないかと思うほど大きく見開き、バージェスと同じように顔をしかめてつまみに買った串焼きにかじりついた。
「それ、実質名指しじゃん」
「ああ」
バージェスが王都にいるのは【銀翼の歌姫】への依頼をギルドマスターとして聞くためだけではない。武闘大会の来賓として招かれたのも表向きの理由。
真の理由は、水の都からの弁償請求が届き、その弁償についての話し合いのためだった。なんと、ヒイラギが水の都にて誘拐事件を起こし、その弁償として王都防衛の人員を寄越せと言ってきたのだ。
「ヒイラギが攫った水神の巫女は、日蝕時に避難所に特殊な結界を張って人々の不安を和らげていたらしい。結界を張れる人間か、不安を取り除けるだけの数の人間を寄越せ。出来ないのなら無属性の魔石の輸出量を増やせ。というのが水の都からの要求だ。
そして王家は、結界を張ることは出来ずともあの子の歌なら不安を和らげることが出来るし、あの子の立場なら水の都への謝意と誠意を示せるからと、実質指名の命令を下した」
おそらく水の都からしてみれば人間よりも無属性の魔石の輸出量を増やすほうが本命だろう。何せあの国では魔導銃が主力となっており、魔石の需要が跳ね上がっている。四国で無属性の魔石を産出するのは風の国だけなので、なんとしても輸出量を増やしたいとあれこれしているらしい。詳しくは調べていないので知らないし知る気も無いが。
王家もそれが分かっているので、実質指名の命令を下した。
表向きはヒイラギの所属するギルドへの罰だ。日蝕の日にSランク冒険者が一人いなくなるなど、都市の防衛に関わる。
だが、ソーディスに関しては罰にすらならない。なんせSランク冒険者が元から四人いる。今年増えた一人ぐらいいなくとも、都市の防衛は問題ない。
「つまり、ルナの算段が付いたと?」
エンドはギルドの番人だ。だいぶ迷ったがルナがいないことに気付かないわけがないので、予め教えておいた。日蝕までにルナが助かっていなければ、コトハはその命をかけて日蝕発生の瞬間に終わらせることも。
故に、水の都への援軍など約束できない。
バージェスは出来ない約束は出来ないとはっきり告げる。それは王族であっても、嘘をつかない。すぐに代案を出せる。
それでも拝命したならば、ルナを助ける方法が見つかったのだと思い至ったのだろう。エンドは少し明るい調子で問いかけてきた。
「そう! その通りだよ、エンドお兄様!」
バージェスが答える前に明るい女の声が聞こえたかと思うと、テーブルの空いていた席に一人の女が座った。全く気配のさせない登場に目を見張るも、彼女の正体を知っていれば驚くような事態ではない。ただ、話に聞いていても実際に目の当たりにしたら少々、衝撃的だった。
ああ、本当に人間ではなくなったのだと少し苦い気持ちが湧いて顔に出かけたが、彼女達が選んだ道なのだからと飲み込む。
深緑の髪に、銀の混じった紺の瞳。ルナ・オッドベルがとても楽しそうに笑っていた。
「……驚いた。精霊……と友達になったのか?」
「うん。とても気の合う風の精霊とね。ちょっとした悪戯程度ならこうして手伝ってくれるんだ」
エンドは精霊使いだ。精霊を見ることの出来る目を持ち、言葉を交わすことができる。その目は確かに彼女の正体を見抜いているだろうが、周りの人間が突如現れたルナを少し驚いた様子で見ていることに気付いて言葉を言い換えた。ルナも周りに気付いているようでにこやかに調子を合わせた。
「だから、水の都に向かうことも出来る。ただ、あの子が払った代償についてちょっと腹が立つからさ。
エンドお兄様。ボクの仕返しに付き合ってくれないかなぁ?」
「へぇ? ジェスが僕を呼んだことと良い、面白い話が聞けそうだ。移動しようか」
「そうだな。ちょうど良い場所がある」
どうせ色んな話をしなければならない。ルナもいてちょうどいいので、バージェスはエールを一気に呷った。ぬるくて苦いエールは、先ほどよりはまだマシな味がした。
エンドを連れて闘技場へと戻る。ルナは姿を隠して付いてきていた。
来賓が一人増えても、元々二人で招待されていたので問題なく通された。招待されていたのはユパなのだが、来賓は王城で接待を受けると聞いて即座に拒否。昔から王族を嫌っていたがコトハを聖女にしようとした件でさらに王族を嫌ってしまった。
来賓席は実況席の斜め上。最上層にあり、一般席と分け隔てられた場所にある。一般席とは違い屋根があり、複数人で見られるように広いが、いま置いてある椅子は二つだけ。日蝕前のために風の国の各領地や他国からの来賓はない。だからこそバージェスのような、たかが一ギルドのマスター程度がこんな場所を使わせてもらえているともいう。
「世話役もいないんだ?」
「ああ。外にはいるが、基本的に中の会話は外に届かない」
きょろりと内部を見回したエンドの問いかけに、バージェスは頷く。通常、来賓をもてなすためにメイドがいるものだが、この場所にだけはない。おそらく来賓達の密談にでも使われているのだろう。「ここで会えるとは思いませんでした、少しお話しなんてどうですか」「いいですね、ここではただの観客だ」などと白々しく言いながら、それぞれの利益のための話をしている様が簡単に思い浮かぶ。
「密談場所として提供してるってことかー。そうやって国を上手いこと回してきたんだろうね」
周りに人がいないと知ってふわりとルナが姿を現した。二人の間、まるでそこに椅子があるかのように空中に座る。人間であった頃から彼女はよく浮き、こうやって空中に座っていた。その内、魔力切れを起こして尻餅をつくので、つい癖で椅子を譲ろうとしたら、ルナは苦笑をして手を振った。
「大丈夫だよ、ギルマス。ボクもう魔力切れ起こさないから」
「あ、ああ。そうか」
精霊になったのだから魔力の問題は解決しているし、そもそも魔力で浮いているわけではない。存在自体が重力に縛られないのだ。今こうして座っているのも、話しやすいように彼女が合わせてくれているだけだ。
エンドが面白そうに細めた翡翠の瞳をルナに向ける。そして視線を上げてバージェスに説明を求めてきたので、今回のコトハが引き受けた依頼から簡潔に説明を始めた。ルナのことを話すには、まず西の大森林の話をしなければならない。




