番外:アヴリオとフリーア
レヴェレスター家。国土の狭い水の都の南西、唯一の山がある領地を治めており、元々は魔導具や魔本に使う魔石を産出、精製する家であった。
五代前の王女が降嫁して公爵家となって以降、騎士団を監視する執行機関『影』の一員となって影から王家を支えるようになった。
長男は領地を治め、次男以降が騎士団に所属する。その中で適性がある者が『影』に所属する。
だが、今代のレヴェレスター家はそれが出来ない。長男以降、男児が生まれなかったからだ。
長男以外の男児が居ない以上、女児の中から騎士団へと入団をさせなければならなくなった。そこで白羽の矢が立ったのが次女で、男勝りでやんちゃなフリーアだ。
フリーアは魔法に長けており、剣術も並の男では太刀打ちできないほどに強くなった。そして、影から王家を支えるに相応しい頭脳もあった。
基本的にレヴェレスター家の子供には同性の護衛に付くが、フリーアには男性が付いている。最初は女性だったのだが、フリーアの激務についていけず、交代となったのだ。恋愛に発展しないよう、性対象が男性である青年が選ばれた。
そして彼女の護衛となった青年曰く、「自身の性別も上手く使いながら暗躍している。むしろ自分が追いついていけず、足手まといだ」。流石にパルスート御三家にはまだまだ及ばないようだが、きちんとその役目をこなしているらしい。
「……俺は手伝いませんよ」
そんな暗躍に多忙な彼女が、突発的に隣の国に来るはずがない。
何かしらの事件があり、その手伝いにアヴリオを頼ってきたのだと考えて釘を刺せば、フリーアは苦笑をして首を振った。
「入団してから五年、流石に休みを取らなすぎた。先日、上司から休めといきなり休暇を与えられてな。一応裏も取ったら、本当に私の勤務時間を心配してのことだったから、そこそこ長い休みを取ることにしたんだ」
「それなら実家に顔出しゃいいじゃないですか。なんでこんなところまで来たんですか」
どれくらいの期間の休みかは分からないが、わざわざ他国に来るのではなく、実家に行ったほうが休暇としてのんびり出来ただろうにと呆れた。水の都の王都からこの風の国の王都まで、ずっと馬車で揺られる旅となる。ただ座ってるだけでも疲れるだろうに。
するとフリーアは口元に笑みを浮かべたまま、困ったように眉を下げた。
「五年、休暇らしい休暇を取らなかったんだぞ。突然休めと言われても、何をしていいか分からずに焦るだけだ。
そんな時、私の頼れる剣であるお前がカタナの整備のために旅立ったと聞いた。風の国ではちょうど武闘大会の時期だし、お前のことだ、優勝してきて箔でもつけてくるだろうと考えてな。急げばお前の試合が見れるかもしれないと思ってやってきたんだ」
それは暗に、アヴリオと会うために来たと言うことだ。
一瞬、動揺で呼吸が乱れた。幸いにも彼女は屋台の呼び子に気を取られたので気付かなかったが、気付かれて問われていたら誤魔化せないところだった。
(くっそ……この人たらしが)
内心で悪態をつき、苛立った溜め息に変換して吐き出して、明らかにぼったくり価格の酒の屋台に興味を引かれて近付くフリーアの肩を掴んで止める。その細さにも動揺したが、彼女が振り向く前に隠すことに成功した。
「飯の前に酒を飲むな。先にちゃんとした飯を食いましょう」
「む。そうだな。それなら、先ほどからずっと漂っているこの香ばしい香りの屋台を探そう」
「はいはい」
アヴリオの忠言を大人しく聞き入れ、フリーアはすぐに方向転換。一応ちらりと屋台の主を見ると、こうして離れていくのは慣れたものらしく、こちらには微塵も未練を感じさせずに笑顔で呼び込みを続けている。一人でも騙されれば儲けものだからだろう。変な恨みを買っていないのならばいい。
すぐに意識から離して、フリーアの一歩後ろを歩いた。
「アヴリオ、草原鮫とはなんだ?」
「あー、風の国の固有種じゃなかったっすかね。確か生まれながら体が浮く性質で、背びれがあり、草原を泳ぐように移動する姿からそう名付けられたとか。実際は蛇っぽいらしいですよ」
フリーアの疑問に答えながら彼女の視線の先を見て見ると、香ばしい香りはその屋台から出ていた。水の都の特産品の一つ、ショーユを使った秘伝のタレで焼いた串焼きらしい。昨日、アルビレオたちと一緒に食べた物でもある。買ってきたのはコルネだったので正体までは知らなかった。
「昨日食ったけど、食感は鳥なのに肉汁は濃くて美味かったですよ」
「ほう。なら、一本買ってみるか」
そう言いながら財布を取り出している間に、アヴリオが前に出てサッと頼む。
「おっちゃんー、タレ焼き二本と塩焼き二本ちょーだい」
「おう、二本ずつな! デートかい、兄ちゃん?」
「ははっ、まさか。心境的には、横暴な姉に付き合わされてる哀れな弟だよ」
「はっはっは、そーかい」
ポケットから直接金を取り出して支払い、世間話を交えつつ串焼きを貰う。それぞれ広く少し厚めの草の葉に載せられて渡された。風の国の屋台では、こうした草の葉が皿代わりになると知ったのは昨日だ。なお、持ち方に気を付けないとそこそこ熱い。
フリーアは先に買われてむくれたようだが、葉に乗せられた串焼きを見たら興味はそちらに移った。
「屋台ではこうした形で提供されるのか」
「いや、これは風の国特有だと思いますよ。水の都じゃ木の食器で、食い終わったら返却すりゃ銅貨一枚返金されるシステムです」
「ほう? ……ああ、都は洗浄魔法が使える者が多いからか」
「そうっす」
ひとまず座れそうなところを探し、屋台で買った食事を取れるようにと設置されているテーブル席が空いたので彼女を座らせ、近くの屋台で飲み物を買ってくる。こちらは木のカップで返金式だった。
「ほう。茶色い……お茶か?」
「ええ。麦茶、というそうですよ」
大麦の種子を殻付きのまま焙煎し、煮出したお茶で、風の国で茶と言ったらこれらしい。食堂でも大体水の代わりにこれが出される。旅人の中にはただの水だと腹を下す者もいるため、貴重なのに水を飲まない者もいる。かといって出した水は他人に提供できるわけないので、色々と工夫された結果らしい。水を煮沸し、冷ます間に茶葉を放り込めば出来上がるし、癖もなく飲みやすい味で大体どんな食事にも合うために風の国で広く広まった。という話をソラールから聞いた。
「元々は、エールにもパンにも向かない雑魚麦と呼ばれていた種類を、なんとかして食えないかと試行錯誤した結果、種を焙煎して煮出してみたら美味かったってことで定着したんだとか」
「ははは。水の都のコーヒーと同じ感じか」
「そうですね」
コーヒーも何とか飲めないかと試行錯誤の果てに飲み物として定着した。人間、どの国にいようとも食に対して考えることは似たようなものか、あるいはどちらかから知識が流れたのかもしれない。
ともあれ、串焼きだけでは足りないのでフリーアに何が食べたいかを聞く。途端、彼女は不満そうに睨み上げてきた。
「食べ歩きがしたいと言ったはずだが?」
「買い食いがしたかったんでしょ。それに、こんな人が多くちゃ、食べ歩きなんてしたら危ないですよ」
目的は食べ歩きではないだろうと容赦なく訂正し、ついでに問題点も指摘してやれば、フリーアは周りを見回した。
昼休憩になったことで、先ほど少し歩いた時よりも賑わっている。あと三十分もしたら王宮音楽隊の演奏に合わせて【歌姫】が歌うことになっているため、観客達が屋台で買って自分の席に持っていこうというのだろう。おかげで屋台は大繁盛。混雑具合にとてもじゃないが食べ歩けない。
「……それもそうか。それなら仕方ない。もっと戦利品を抱えてから座れば良かったな」
「その時は席がなくて途方に暮れてたかもしれませんよ。たらればを言い出したらキリがありません」
納得したフリーアは残念そうに肩をすくめ、串焼きを食べ終えたら、こういった祭での定番を適当に見繕ってきてほしいとアヴリオに頼んだ。
多少冷めても構わなかったが、頼み事なのだから仕方ない。正面に座って串焼きを食べる。この屋台のタレ焼きは昨日食べた物とは違い、甘味が多めでやや甘辛風だった。
****
アヴリオがフリーアに会ったのは、彼が十二歳の時だ。当時のフリーアは十七歳で、髪は今よりずっと長かった。
フェルストン家はレヴェレスター領にあり、代々レヴェレスター家に仕えてきた護衛の家だ。とはいえ、当主の子供に必ずフェルストン家の血を受け継いだ子供が付くわけではない。水蓮流を修めた者の中から、護衛として適性があると判断された若者がフェルストン家に養子として入り、護衛に付いている。
おかげで当時のアヴリオには義兄が一人、義姉が二人いた。それぞれレヴェレスター家次期当主、長女と次女に付いている。
アヴリオは僅かに青みがかった綺麗な銀髪と、極限まで魔力を籠められた水の魔石のような透き通る蒼の瞳を生まれ持ってしまったため、当主の息子として家を継ぐか、強くなったら義兄と交代してレヴェレスター家当主の護衛に付くだろうと噂されていた。
この家の当主になるのは嫌だったが、誰かの護衛のほうが嫌だ。なんせ、自由がない。たいして強くもなく、当主になるだけの才能もない父の兄は家から出て、王城でのんきな文官職をやりながら穏やかに暮らしていると知って、その暮らしに憧れた。
仕事上の苦労ももちろんたくさんあるだろうが、自分で自分の生き方を選べていることに強い憧れを覚えたのだ。
だからアヴリオは王城での文官職に就くための勉強だけをして、剣の腕は磨かずに生きてきた。
神童として期待されたのは二歳年下の弟が育ち、その剣の才を発揮するまで。六歳にして剣の型をしっかりと覚えた弟に、周りは彼のほうが才があると褒める対象を切り替えた。父だけは苦笑し「血は争えんか」などと呟いたのが気がかりだが、アヴリオに無理に剣を教えることはなくなった。
そうして自由を手にしたアヴリオの前に、赤銅色は現れた。
「アヴリオとは、お前か」
「……はい」
勉強ばかりしていては背が伸びないと母に言われ、体力がないと文官は務まらないぞと伯父のクラースに言われたので、体力作りの走り込みとその後の筋トレだけは続けていた。弟はその後、素振りを始めるが、アヴリオは木陰でクールダウンしていた。そこに厚手のシャツとズボン姿でフリーアは義姉のリリナとやってきたのだ。
当時は顔も名前も知らなかったが、髪の色とリリナの存在に彼女がフリーアだと理解して、慌てて立ち上がって返事をする。
彼女は微笑むと唐突にアヴリオに木刀を差し出した。
「クラース様からお前のことを聞いている。お前は、文官となって自由に生きたいそうだな」
「……はい」
「当主の座も、護衛にも興味はない」
「……そうです」
「恋愛事にも興味がない……かどうかはまだ子供だから分からないが、多分ないな?」
「ええと……今のところは」
何のための確認かは分からないが、質問されることに素直に答える。その間も彼女は木刀を差し出したままだ。
フリーアはアヴリオの答えに満足そうに頷くと、とても笑顔になった。太陽のように輝かしく、そしてとても裏がありそうな、胡散臭いほどに明るい笑顔に、失礼だと分かっていても少し身を引く。
「ならば、アヴリオ。お前は私の影となり、アブリスと名乗れ」
「――――っ!?」
声を出さなかったのは、アヴリオが出した言葉がどんな言葉であれ何か難癖を付けられて、彼女の影になることを回避するためだ。咄嗟の判断でグッと口を引き結んだが、表情まで取り繕えるはずもなく、大きく目を見開いた。
フリーアは胡散臭い笑顔から楽しげな笑顔になっていて、咄嗟に口を引き結んだことすら彼女の計算の内だったと悟らせた。
「うん。良い判断だ。そこで声を上げていれば、お前が私に不敬を働いたとして、罰として私の影にしろとお前の父上に命令しに行くところだった」
ギリッと奥歯が悲鳴を上げる。彼女が何を言いたいのかを理解できてしまって、思わず睨みかけて視線を下に向ける。こんな視線を向けてしまうことも不敬に当たる。
「アヴリオ。賢いお前なら分かるな?」
「……俺は子供だから、自由がない。ということですね」
自由になるためには、まず大人になる必要があった。子供のままでは何一つ自由に出来ない。今の自由も、親に与えられたものだと自覚させられて悔しくて拳を握った。
「惜しいな。少し違う」
フリーアは悔しそうなアヴリオの回答に苦笑しながら一歩近づき、胸に木刀を押し付けてきた。
「お前に力がないからだ」
突き放すような声で、無慈悲にも容赦なくこの世の理を突きつけてくる。
カッとなって顔を上げ、文句を叩きつけようとしたが、彼女の浮かべる表情を見て言葉を飲み込む。
フリーアは、悔しさを滲ませながらも、なんとか笑みの形を保とうとしていた。彼女もまた、何かの悔しさを抱えているのだと分かった。分かってしまった。
「……あなたは、有能だから『影』にいると聞きました」
「ああ、そうだ。だが、有能だろうと私は女だ。力が足りない。単純な武力が足りない。
だから、私の影としてお前を雇いたい」
オリーブ色の瞳が、真っ直ぐにアヴリオを貫く。
一心に求められて心臓がドクリと跳ねる。声を出そうとして掠れた声になったので、一度唾を飲み込んでからもう一度声を出す。
「……俺じゃなくても、もっと強い人はいるでしょう」
「いや。お前でなければならない。家に対して強い執着を持たず、周りの人間も期待をかけず、自由であることを望むお前こそ、私は欲しい。
私のために力を手に入れてくれ、アヴリオ。代わりに私がお前を隠して、自由にしてやる」
フリーア――『陽光』の名をもつ女は、横暴とも、理不尽とも取れる要望を押し付けてくる。
胸に当てられた手はまだ木刀を持ったまま。その手が震えていることに気付いて、彼女は堂々としながらも緊張していることに気付いた。
この木刀を受け取れば、きっとしばらくアヴリオは自由などないくらい忙しくなる。何せ、体力作りしかしていないのだから、素振りからやり直し。型も覚え直しだ。水蓮流は水魔法や精霊魔法も使うので、魔法の勉強も必要になる。
「つまり、俺はあなたが望む力を手に入れて騎士団に入団すれば、自由にさせてもらえるんですか」
「ああ。お前が入団できる五年後までに私も地位を上げておく。その後は、時折私から仕事を渡すが、騎士団内で自由にしてくれて良い。文官になりたいのなら、文官の座を用意しておこう」
「……わかりました」
最後に確認を取って、望む答えが得られたことでアヴリオは決意する。
当主なんてまっぴらだ。人前に出たり、誰かを指導するなんて面倒臭くてやりたくない。
自分で生き方を選べないのも嫌だ。当主になるか護衛になるかしか道がないのは、とてもつまらない。
だけど、ここまで強く望まれて手を取らない理由もなかった。
木刀を受け取り、代わりに常に服の下に隠してある水龍の鱗を模した雫型の薄い水晶のペンダントを外して、フリーアへと差し出した。
首を傾げながらもフリーアは受け取り、込められた魔力からよほどのものかと察したか、面白そうに目を細めて見つめてくる。アヴリオは同じように目を細めて笑みを返した。
「何の魔法が掛かってるかはまだ言えません。とりあえず、俺があんたのところに行くまで預かっててください。取りに言った時に説明します」
これで退路は断たれた。今後アヴリオ自身に心変わりなどがあっても、アヴリオはこのペンダントを取り戻しにフリーアに会いに行かねばならない。
「そうか。お前なりの覚悟の証と言うことだな。ならば、肌身離さず、夜会でも必ず付けておく」
フリーアは微笑むとペンダントをすぐに付けた。飾り気のないラフな姿の中、首元でキラリとペンダントが輝く。
護衛のリリナはペンダントの意味を知っているのでやや生ぬるい視線をアヴリオに向けてきたが、全力で無視をした。




