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遊撃隊『牙』の回想録外伝~銀翼の歌姫と夜を裂く鳥~  作者: 姫崎ととら
最も速き者と森の精霊

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第一回戦:第三試合

『会場にお集まりの皆様! 大変お待たせ致しました!!』


 拡声魔法を使って会場全体へ、司会兼実況の女性が声を張り上げているのが遠くに聞こえる。

 開会の挨拶は国王がやり、開会宣言は【銀翼の歌姫】がやると聞いている。その後すぐに一回戦が開始される流れだ。


 試合時間は無制限で、参ったと宣言するか、審判が試合続行不可能と判断したら試合終了。場外アリ。

 魔法も罠も何でも使用可能。浮遊魔法だけは滞空時間に制限がある。上空へと攻撃する手段を持たない相手に、上からチクチク攻撃をするようなつまらない試合は誰も見たくないからだろう。

 長くても一時間で大体片が付くとスタッフから聞いている。そこから舞台の整備をして次の試合なので、最短で二時間、最長でも四時間は待機。昼を挟む場合はまた声を掛けると言われている。


 アルビレオは一人一人に宛がわれた選手控え室で出番まで待っていた。彼の出番は三組目。【歌姫】が最後、その前が前回優勝者なので、どうやらレナードと当たるらしい。


(暇だな。何かやるにも、室内で剣は振れないし……)


 ここ数日、ソラールがいなかったために鍛錬をしていてもプラーナを扱えているか分からなかった。動いている間はなんとなく分かるのだ。なんとなく。だが、動きを止めるとすぐに霧散する。


(……動いていない間にも、プラーナを感じられたら良いんだけど)


 そう考えて、ふと、動いていない間はプラーナを意識したことはないことに気付いた。こうして動かずにいる間、プラーナはどう動いているのだろうか。


「……やってみるか」


 ぽそりと呟いて、アルビレオは椅子に深く座って背もたれに身を預けた。力を抜いて、自分の中のプラーナへと意識を集中させる。

 深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。眠るのとは違い、自分の中に入り込んでいくようなイメージ。音が聞こえなくなり、暗闇の中に浮かび上がるような感覚がしていく。

 戦っている間はなんとなく体の中心から湧き上がってきている気がする。だが、動かずにいる今、中心を意識すると違和感があった。いつもと場所が違う気がする。

 もっと表層。違う。もっと下。違う。いつも、動きが一致したときの感覚は、まるで体全体がプラーナになったような。


「…………あ。」


 違う。

 そのことに気付いて、アルビレオは思わず声を上げて目を開いた。

 今まで、体のどこかに貯蔵されているプラーナを引き出して、全体に張り巡らせなければと考えていた。

 そもそもの根底が違ったことに気付いて、アルビレオはもう一度目を閉じた。


 プラーナとは【存在する力】。魂とも言い換えられる、存在するために必要な力。

 つまり、もう既に全身に張り巡らされている。


(筋肉と一緒だったんだ)


 今では自由に動かせる四肢も、最初はゆっくりと動かして感覚を確かめた。プラーナも張り巡らされていると気付けば、今までなんとなくだった感覚がしっかりとしたものに変わる。

 目を閉じて、深く呼吸をして、筋肉の動きを確かめるように指先から慎重にその力を動かしていく。

 まだ硬い動きを何度も同じように動かして、慣らしていくのは得意だ。


****


 集中は、ノックの音で中断された。


「アルビレオ選手。そろそろ準備をお願いします」

「……わかりました」


 スタッフに返事をして、ずっと座っていたために少し固まってしまった筋肉を動かして息を吐く。

 時計を見れば二時間経過しており、随分と集中してしまった。だが、その甲斐あってプラーナの感覚を掴めた。あとは実際に動いて形にしていくだけだ。

 置いていた双剣を腰に佩き、額にいつものバンダナを巻いて、意識のスイッチを切り替える。


 長い廊下を歩いて指定された出入り口まで向かえば、すでにレナードは待機していた。


「おはようございます」

「ああ、おはよう」


 挨拶は交わすが、昨日のような緩い空気はない。良い緊張感が二人の間に流れていた。

 会場の整備が終わり、間もなく第三試合が始まる旨がアナウンスされる。観客席がまたざわめいていくのを聞きながら、呼ばれるのを待った。


『お待たせ致しました!! ただいまより第三試合を開始いたします!!

 さぁさぁ! ついにお待ちかねの対戦カード!! まずはこの人をお呼びしましょう!!

 前回大会の優勝者! 水の都ファルガールに伝わる特殊剣術、水蓮流抜刀術の使い手! その剣の速さはもはや我々常人では見切れぬ神速!

 レナード・ルーシャーグ!!』


 実況の女性がテンション高くレナードを呼ぶ。神速と言われて彼は「いや、まだその域ではないんだが」と小さくツッコみつつ、歩を進めた。レナードの姿に観客たちが鼓膜が割れんばかりの歓声を上げる。

 焦げ茶の髪に爽やかで甘いルックス。高身長で強いとなれば、女性人気が凄いだろう。歓声の中には黄色い声が多い気がする。彼は余裕を持って手を振りながら舞台へと上がっていった。


『続きまして! 今年のバトルロワイヤル式予選を、最速の五分二十二秒で突破した期待のルーキー!!

 腰に二本の剣を差しながら一度も抜くことなく、素手で二十四人の対戦相手を叩きのめした姿を見た方もいらっしゃるのではないでしょうか!

 奇しくもレナード選手と同じ水の都出身! その戦闘力は未知数のAランク冒険者!!

 そして先ほどのインタビューで【銀翼の歌姫】がぽろっと溢した注目の選手です!!

 アルビレオ・シグヌス!!』


 レナードほどの歓声は上がるまいと思っていたが、会場整備中の時間潰しの催しでコトハが何か余計なことを言ったらしい。会場は異様に盛り上がっており、アルビレオが姿を現せば歓声も上がるが突き刺すような視線をたくさん向けられた。

 舞台に向かって歩きながら観客席を見回してコトハを探せば、観客席の一部に設けられた実況席に座っていた。笑顔で手を振っているのでわざとだ。手を抜かせないために逃げ道を断ってきたらしい。

 後で文句を言おうと思いながら舞台の上、開始位置の目印になっている色の違う石の上に立つ。


『歌姫注目の、瞬き禁止の高速バトル! 皆様、準備はよろしいでしょうか!?』


 危険なので舞台上に審判は存在しない。観客席の東西南北に四人と、実況と解説が審判となっている。よって、試合進行は実況によって行われる。

 レナードが左手でカタナを握る。アルビレオも剣を抜いて自然体で立つ。


『試合、開始です!!』


 カーンと鐘が鳴った瞬間、アルビレオは後ろへと跳んだ。

 退いたその空間をレナードのカタナが通り過ぎていって、また鞘に収まる。構えていたらおそらく一瞬間に合わず、服を掠めていただろう。ソラールよりも速い。

 速いが――


(――まだ目で追える)


 綺麗に軌道が見えた。まだ本気ではない可能性も考慮しつつ、着地と同時に今度はアルビレオが踏み込んで剣を振るう。レナードはニッと笑って腰を落とし迎え撃つ構えだ。

 レナードの間合いに入る。鞘から抜かれるカタナは先ほどよりも速いがアルビレオはさらに踏み込んで、剣をクロスさせて重なった部分で刃を受けた。そのままカタナの刀身に沿うように左の剣を滑らせてレナードの首を狙いに行くも、彼は体当たりするように身を押し込んで肩で左腕の動きを止めた。

 一瞬の膠着。即座に離れて距離を取り仕切り直す。


『な……何が起きたのでしょうかー!?』

『レナードさんの抜刀……居合い、というんでしたか。高速で鞘から抜かれたカタナを、アルビレオさんがサーベルをクロスさせるようにして受け、左手の剣で首を狙ったようですね。それをレナードさんはさらに踏み込んで右肩で左腕の動きを妨害。そして仕切り直し、ということでしょう』

『はわー!! 見えません! 本当に瞬き禁止です!!』


 実況の叫びをコトハが解説して、観客へと何が起こったのかを説明する。彼女の目は遠くからでもちゃんと見えていたらしい。

 その解説を意識の端に聞きながらアルビレオは疾駆する。レナードは三度目だというのにまだ迎撃の構え。抜刀術というのは必ず鞘から抜かなければあの速さが出せないのか。

 あと一歩でレナードの間合いに入る、その刹那。


「――ッ!」


 アルビレオは咄嗟に頭を下げた。間に合わなかった髪が数本切れる。何が起こったのかすら理解できないが、間髪入れずに翻ってくるカタナの刃の下をくぐり抜けるようにして避ける。

 流石にこれ以上は体勢が悪いのでまた一旦後ろへと下がって、仕切り直し。レナードは余裕で納刀している。


『は、速いーーー!!』

『今のは神速でしたね。目にも見えない速さでカタナを振るうことで真空刃を出し、射程外からの居合いで体勢を崩して即座に切り返し。燕返し、という技でしたか。去年の大会で優勝を決めた技でもあります。知っていても、実際に放たれたら私も避けられたかは分かりません。アルビレオさんはよく避けられましたね』

『さすがは歌姫が注目する選手ですね』

『そうですね。これをどう攻略するのか、楽しみです』


 コトハの解説を聞いて何が起きたのかを理解し、片眉を潜めた。射程外に届く斬撃を彼女は真空刃と表現したが、もっと質量のある音だった。剣の先が伸びているような違和感を感じる。

 間合いが掴めなくなってしまったためにどう攻めるか必死に考えていると、左手は油断なく刀を握ったままだが構えを解いて、レナードが苦笑交じりで肩をすくめた。


「いやはや。奥義を使ったのに避けられるとは思わなかった。決めに行ったんだがな」

「奥義、ですか」

「そう。君は、プラーナという力について知っているかな?」

「……今、修行中です」

「そうか。うんうん、良いことだ」


 奥義の話からプラーナに繋がって、一瞬まさかの考えが頭をよぎった。問う前に素直に答えれば、彼は満足そうに頷いて再び構える。今度は腰を深く落とし、大きく身を捻っている。


「君の師匠がどう教えているかは知らないから、詳しくは教えない。ただ、感じ取ってほしい」


 見本として何か大技が来る。そう直感してアルビレオも剣を構えた。

 刹那。


 左右から()()に足に向かって放たれた居合いを跳んで避ける。防御したらきっと剣が斬られる。だからといってこれ以上下がると場外になってしまう。

 逃げ道を塞がれて跳ばされたアルビレオへと、レナードは追撃で空中への居合いを放つ。


 ――一手先を見ろ。もっと踏み込め。


 ソラールは、徹底してアルビレオに一撃の重さよりも速さを追求させた。魔力と違い、プラーナは使い過ぎればそのまま死に至る。なるべく使わず短期決戦になるようにと、ひたすらに身のこなしと最小限に動く術を覚えさせた。


 そしてレナードのこの行動は、ソラールに叩き込まれた動きの一つ。


 ――お前が速さ重視の剣士だと分かると、大体は足を狙ってくる。そうするとお前は跳ぶよな。でも空中じゃ碌な抵抗は出来ない。じゃあどうするか。

 ――答えは簡単だ。


(空気を――蹴るっ!!)


 理論を聞いても上手く出来ず、いつもソラールの足によって蹴り跳ばされたり、左手の片刃剣の峰で打たれたりした。あの時はまだ十全にプラーナを使えなかった。

 今はもう、プラーナは既に体を巡っていることを知っている。動かし方も待機中に掴んだ。

 夢物語では、ない。


『上へと逃げたアルビレオ選手がさらに飛び上がったーー!? 浮遊魔法か!!』

『いえ。レナードさんの居合いに合わせて足下に魔力の足場を作ったか、空気を蹴って跳び上がって避けたんでしょう。

 レナードさん。彼を地上に降ろしたら負けですよ』


 コトハに言われるまでもなく、レナードもそれは分かっているだろう。


「《水蓮流一ノ型――(ミズチ)》!!!」


 先ほどまで使っていなかった水魔法を使い、カタナに纏わせて振るってくる。カタナの軌道に沿って放たれた水は人を丸呑みできそうな大きさの蛇の形となり、アルビレオを飲み込まんと大口を開けて迫ってきた。

 今のサーベルは形こそ同じだが、ユートに預けた剣と比べるとあまりにも脆い。だからこの水蛇を断ち切れば剣は壊れてしまうだろうと直感で分かった。レナードは振り上げたそのまま、上段にカタナを構えている。流石に剣を失ってそれに対処できる気はしない。

 だから素早く足を振り上げた。パァンっと、岸に打ち付ける波のような高い音が響いて、水蛇が頭を砕かれただの水となる。


『け、蹴ったぁ!?』

『アルビレオさんは予選を体術一つで最速クリアした方ですが……あの水の塊を蹴り壊しますか』


「《水蓮流三ノ型――大海蛇(シーサーペント)ッ》!!!!!」


 間髪置かず、レナードは先ほどよりも大きく太い水の蛇でもって押し流してこようとするが、これは左手の剣を振るって一気に根元まで断ち切る。代償として剣は砕けてしまったものの、レナードまでの道は開かれた。

 大技を一太刀で裂かれたというのに彼は楽しげに笑っており、カタナを斜めに切り上げて水の刃を飛ばしてきた。身を捻って避け、開始地点よりはレナードに近い場所に足が着く直前。レナードはすでにカタナを納刀しており、神速の居合いを放つ。


 だが、()()()()()()()()


 音も風景も何もかも置き去りにして、周りのものがやけにゆっくり動いて灰色に見える世界の中をアルビレオは走る。


 ――誰の目にも追えないほどの速さまで一瞬で到達しろ。


 ソラールが言ったのはきっと、この速度だ。この世界で自由に動けるようになることが、アルビレオが目指す場所だ。

 自身の課題がしっかりと見えたところで、ゆっくりとレナードの背後を取って首に剣を突きつける。


『――終わりです』


 途端、世界が音と色を取り戻した。

 コトハが楽しそうに試合終了を告げる声が聞こえる。


『え? あ、ああ!? いつの間にかアルビレオ選手がレナード選手の背後に!? さっきまでレナード選手の前にいましたよね!?』

『着地した瞬間にはもう後ろにいましたよ。私もこの距離だと目で追えませんでした。父上なら見えたのかな。

 ともあれ、試合終了です』


 困惑している実況の女性に代わって、コトハが鐘を叩いて試合終了を告げる。その音を聞いてやっとアルビレオは剣を鞘に収めた。レナードもカタナを鞘に収めて振り返った。


『勝者、アルビレオ選手ーー!!!

 本当に瞬き禁止の戦いでした!! お二人に盛大な拍手をー!!!』


 歓声は遅れてやってきて、拍手に包まれながら二人は向き合う。レナードは清々しい笑顔だった。

 自然と右手を差し出せば向こうも差し出していて、握手を交わす。言葉を交わそうにも声がかなり大きく、二人揃って苦笑し出入り口に向かって歩き出した。

 戻る道でもレナードは手を振り、アルビレオにも振るようにと肩をつついてくるので、仕方なくアルビレオも手を振るのだった。

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