番外:お前を救う方法
シルバに乗ってアルビレオたちから離れたコトハはルナの元に向かっていた。
いつの間にかロータスが肩に乗っていて、あまりの高さに震えているコトハを支えてくれている。
景色を見ないように思い出すのは、先ほどアルビレオが行った台詞。そして、懐かしい言葉。
『ボクはね、ボクの心が納得できるかどうかを優先してるんだ。損得は二の次さ』
屈託無く笑う顔は、もうだいぶ朧気になってしまった。
だけれども忘れなかった言葉を、まさか他人から聞くことになるとは思わなかった。
「あそこまで言い切る人間は久しぶりだわ」
「バカだ。ほんっとバカ」
思わず悪態を吐いてしまう。コトハもそんな自由な生き方をしたいが、できないからこそ、悔しくて悪態を吐く。だけれど口角が珍しく上がっているのを彼女は感じていた。
きっと彼はしがらみがたくさん付いたとしても、自分の心が納得するように足掻く人だろう。真っ直ぐにコトハを見つめた赤い瞳は、そんな強さを持っていた。
そしてその強さは、土壇場の切り札になり得る。
【原初の氷】――平常時はシンルーと名乗る氷の大精霊から、今回の事件についてアルビレオたちの詳細も含めて全て聞いた。
ユートが剣の精霊というのはにわかに信じがたかったが、ロータスが「精霊と言うよりも付喪神という存在だけれど……精霊で良いわ」と存在を認めたので、受け入れた。
厄災の封印の状況。【終焉を渡り歩く者】の状況。
そして、コルネと【原初の森】の現状。
「――まさか、“コルネ”は滑落した時に死んでて、中に入っているのは【原初の森】だったなんてな」
【原初の森】は森の継承者が死んだ事実を受け止めきれず、その身体に入って体を維持している。
精霊は物体の中に入ることが出来るが、長く同じところに留まっているとそのまま同化して、物体その物になって精霊としての性質を失う。それは精霊の死だ。
コルネの体の中に留まり続ける【原初の森】も、緩やかに死に向かっているところだった。
早く精霊自身の意思でその体から出るか、肉体を深く傷つけて動けなくして追い出さなければならない。
「肉体を傷つける方法は、効果的ではないわね。仮にも木の大精霊。治癒に長けているから、心臓を一突きしても、頭を吹っ飛ばしても、たちまち再生されてしまう」
「だな。しかもそんな状態で再生したら、自分が人間じゃないって気付いて狂うだろうし」
「ええ。だからあの子を大きく傷つけずに、西まで送り届けなきゃいけない」
「それでいて、厄災に近付ける前に思い出してもらわないといけない」
「村を確認したけれど、生存者はゼロ。遺体も焼け焦げて一つも無事な物がないわ」
「はっはっは。きっかけゼロかよ。もう一回崖から落とすか?」
「王都から向かう道に、崖がそもそもないわ」
「詰んだな。ははは」
笑ってみるが笑えない事態だ。打開策を考えてみるが何一つ思いつかない。元よりコトハは頭が回るほうではなく、解決策を出すのはルナの役目だった。
「――あいつが起きたら、さっそく考えてもらうしかねえな」
絶望的な状況だが、明るく弾んだ声でコトハは呟く。
各国から情報を集めて、あちこちロータスとシルバと共に飛び回っていたのは、無駄ではなかった。
注目を集めていたおかげで西の端の大精霊達にもコトハの存在が知れ渡り、厄災の封印をコトハが死ぬまで手伝う代わりに、ルナを救ってくれる事になったのだ。
なんでも、雷の継承者の血筋は既に途絶えており、今は事情を知る剣士が代わりに封印を担っているらしい。その人物も高齢になってきたため、後継者を探しているところだったという。
コトハは属性魔法を使うことは出来ないが雷の精霊に好かれやすい魔力らしく、後継者候補に選ばれた。何年かに一度、封印のために西の大森林に向かわなければならないが、ルナを救ってくれるのならばこの先の未来などいくらでも捧げて良い。
もちろんシンルーの独断で決められることではないため、今夜、【原初の雷】と【原初の炎】を交えて話し合うことになっている。これで【原初の雷】の眼鏡に適えば、ルナを救ってくれる。そうでなくとも、ルナを救うための魔法を教えてくれる事になっている。
馬ならば二日かかる距離を、シルバの翼は四時間ほどで辿り着く。
ソーディスの防壁のすぐ側で肉塊となったルナは、ソーディスから一時間ほど歩いた場所にある森の中に隠してある。ピクシー族の領域なので安全だと思っていたが【終焉を渡り歩く者】はどこからか場所を聞きつけて、強引に突破してこようとした。当然ながら全員草人となっている。
森の中。日当たりが良いように少し間引きされた広場に器用にシルバは降りていく。
守るように広がる花畑の中。コトハの身長ほどの球体となった肉塊が蠢いていた。
「ただいま、ルナ。やっとお前を助ける方法が見つかったよ」
近付くとコトハも飲み込まれると言うことで、ギリギリの位置に置いた椅子に座り、ルナに声を掛ける。
出かける時と、帰ってきた時は必ず彼女に声を掛け、何があったかを話す。シルバはコトハの隣に座り、ロータスはコトハの膝に座って、共に語りかける。
もう、二年間続けている習慣だ。
「……もう、二年になるんだな」
あの惨劇は、いつだって鮮明に思い出せる。
****
二年前。突如として肉塊になったルナを前にコトハは愕然としていたが、少し経ってから原因追及を始めた。
魔力が枯渇すると体が周辺から魔力を集めようとする。魔導具や魔石からも魔力を集めるが、どうやら極度に不足していると人からも吸い取ろうとするのがルナの件で発覚した。
直接触れなければ吸い取れないようなので、コトハは常に手袋をする癖が付いた。
ルナが突如として肉塊になった理由は、元々魔力の少ない彼女から魔力を吸い上げた結果、プラーナまで吸い上げてしまい、命の危機に陥ったことによって【涯】とロータスが呼ぶ存在と繋がったらしい。
枯渇してしまったものを補おうとしたので、繋がったのは《時空を捻じ曲げるモノ》。
事件が起きた瞬間、ロータスが見えないように隠蔽魔法を広範囲でかけたために目撃者はいない。
ロータスがルナに一時的に姿隠しの術をかけたのを確認してから、コトハとユパ、バージェス、オッドベルはギルドに戻ってきた。
オッドベルはギルド長室にある本棚から一冊の本を取り出し、説明の為にコトハの前に広げて置いた。
【《時空を捻じ曲げるモノ》
別名、時産み。
プラーナを過剰に与え続けて、蠢く生物と言えないモノを創り出すナニカ。
元々存在していた動物だけで無く、草木、土、水、空気に至るまでが過剰なプラーナによって形を保てなくなり、元の形に戻るために他者に押し付けようとしてくる。
プラーナを絶ってしまえば崩れ、転生の輪に還すことが出来る。
日蝕の際にこちらの世界に侵攻してくる厄災の一種】
「これが、今回ルナさんの体を乗っ取った厄災ですね。あの肉塊の姿は、過剰なプラーナを与えられた結果です。
よく侵攻してくるからこそ、交流が出来るブラックロータスを除いて、最も研究が進んでいる厄災と言われています」
プラーナは全ての物体が持っている【存在する力】だとコトハは聞いている。それが何らかの理由で消えてしまうと、存在していた記憶ごと消えてしまうほどの根源の力。Sランク冒険者ともなると、自分が持つこの力を自在に操り、様々な事象を引き起こせるらしい。
魔力と同じで使った分は休めば回復するらしいが、魔力と違って回復するためにも最低ラインがあり、そこを下回れば燃える物の無くなった火のように徐々に消えていくという。
ロータスが日蝕時にピクシー族を守るのも、このプラーナに影響され、形が保てなくなるからと聞いている。
「“カタフトロス”の人間がごく稀にあの姿になることは確認されている。
プラーナを使って切るなり焼くなりすれば消滅させることが出来るが、直接素手で触りさえしなければ日蝕までは無害な存在だ」
「……日蝕までは?」
「アレを起点として、《時空を捻じ曲げるモノ》が発生する。
今のあの状態は、言ってみれば《時空を捻じ曲げるモノ》の分身だ。日蝕が始まり、本体と接続すれば、肉塊が崩れて爆発的にあふれ出す」
父の説明に、恐怖で鳥肌が立った。
コトハが七歳の時に日蝕があった。七歳だったために見学しか許されていなかったが、防壁の上からサツキの側で見ていた厄災はとても恐ろしかった。
いつもは青々とした草が広がる草原の、ある一点から延々と湧き上がってくる真っ黒な泥が、徐々にいろんな形に変化していく。動物、人、樹木。どれも泥で作ったような不安定な造形で、顔のパーツが数も場所もでたらめに付いていた。見ているだけで気持ち悪かったが、ユパやバージェスといった一騎当千の冒険者たちが一掃していく。サツキのような弓術士も矢を放ち、討伐を手伝っていた。
斬られ、撃たれたことで光の粒となって消滅していくところは幻想的だと思ったが、その前のインパクトが強すぎた。あまりにも怖すぎて夜も眠れず、母に頼み込んで一緒に寝てもらったほどだ。
「あれの起点に、ルナがなるの?」
「あのまま放置すれば、そうなる」
今はピンク色の肉塊が真っ黒になり、泥のように溶けて、そこからあの怪物達が出てくるだろうとユパに解説され、コトハは口を引き結んだ。
「……助ける、方法は」
そんなものがあるなら、真っ先に説明して、そのために必要なものを用意するぞと言ってくれる。なんせ彼らは歴戦の戦士であり、オッドベルは長く生きる生き字引だ。
だから存在しないのだと理解しながらも、コトハは縋るように、言葉を絞り出した。
ユパが難しい顔をしてコトハを見下ろし、バージェスは顔を背け、オッドベルは眼鏡を直すことで片手で顔を隠す。
絶対に無いのだと、言われなくても分かってしまった。
俯き、膝の上で手を握りしめる。泣きそうなのを必死に堪えた。
風が吹いて、窓を揺らす。
ガタリと鳴った音に思い出したのは、ルナと交わした【風の誓い】。
『穹に、大地に、流れる風を司る、自由の神へ。自由なき人の子が言の葉を預ける。
コトハ・ルグナ・ベスティートはこの者を厄災にさせない。
この者が厄災になろうとも、我が身をもって止める。
決して、この者を一人にはしない。
この者を愛する誰かが現れるまで、私はルナ・カタフトロス・エルフィンストーンと共に歩む』
そうだ。誓ったのだ。
「――先生。あの状態の人を、救おうとした人はいますか?」
顔を上げ、突然質問をした生徒にオッドベルは目を丸くしたが、コトハの真剣な様子にすぐに目を伏せて考え出した。
「コトハ?」
「あれを、救う気か?」
「まだ間に合う」
本当は今すぐにルナと心中してしまいたい。だけれどきっとルナはそれを逃避だとして許してはくれない。
諦めて日蝕を待つのは、本当に何もかもが遅くなってからで良い。それまでは、コトハは足掻かなければならない。
「ルナを厄災にはしないと、風に誓った。でも、厄災にした。その責任を俺は取らなきゃいけない」
厄災にさせないと言いながら、引き金は自分だった。それはルナを救ってから誠心誠意籠めて謝罪しよう。
日蝕まではまだあと三年ある。間に合わなかったら、コトハの全プラーナを使って、厄災に接続した瞬間に焼き尽くして終わらせてやる。
現状を理解したなら、失敗例を探す。改善点はそこにあるとルナは常々言っていた。
思考を回せ。まだ終わっていない。まだ彼らが見つけていないだけで、救う術はあるかもしれない。
「俺は、ルナを救う。そのためならこの命を捧げたって良い。
だから、お願いします。力を、知恵を、貸してください!!!」
立ち上がり、英雄にしてSランク冒険者とギルドマスター、魔法学校の校長へと、頭を下げた。
****
あれから、ユパは国を通じて厄災の情報を集めてくれた。その情報を精査してくれたのはバージェスとギルドの古参達。現地に行って情報を確認し、空振りだったこともあるが、僅かでも掴んだ収穫から研究してくれたのはオッドベル。
突如として厄災を研究し始めたことに、狂ったかと疑われたりもしたが、ルナ――クオーレが厄災の研究をしているからだと誤魔化した。たまたま肉塊となった人間を見つけ、それを人に戻す研究をクオーレがしていることにしたのだ。魔導銃を開発している間、クオーレのためにコトハが情報を集め、あれこれと実験を手伝っていたため、違和感なく受け入れられた。
鍛錬を続けながらも、コトハは風の国を駆け回った。
その結果が、やっと実を結ぼうとしている。
「――コトハ」
ロータスに呼びかけられて、過去を思い出していたコトハは目を開く。いつの間にか眠っていたらしい。
辿り着いた時は夕暮れだったが、すっかりと夜になっていた。
椅子から立ち上がって大きく伸びをする。同時に後ろから足音が響いた。警戒はしない。ここはロータスの領域。彼女が受け入れた相手に警戒するほうが失礼だ。
振り返り、見えた姿にコトハは一礼した。
「お待ちしておりました」
眼帯を外し、本来の色に戻ったソラールとシンルーと、一部に紫のメッシュが入った白髪を後ろで束ねた、眼鏡をかけた赤い瞳の壮年の男性が立っている。
男性はコトハの姿に目を見開くと、懐かしそうに微笑んだ。隣のソラールもコトハを初めて見た時に同じように微笑んでいたが理由は聞かないことにする。きっと訊いても教えてくれまい。
「私は雷を司る精霊。【原初の雷】と呼ばれているが、どうかヒビキと呼んでくれ」
「わかりました、ヒビキさん」
椅子から離れて彼の元に歩み寄れば、彼が右手を差し出した。一瞬躊躇ったものの、今は魔力も満タンなので手袋を外して、ヒビキの手を握る。大きくて温かな手だった。
「少し、魔力を流しても良いかな?」
「どうぞ」
相性の確認のためだろう。頷けばヒビキが言葉通り少しだけ魔力を流してきた。
体を走る違和感を飲み込んでしまえば、後は気にならない。ロータスの魔力を受け入れた時のほうがよほど痛かった。
「……なるほど」
魔力が引っ込み、ヒビキは納得したように呟いて手を離した。少し考えるような表情だったので不安になったが、彼はコトハの表情に気付いて安心させるように微笑んでみせる。
「君の魔力量が思ったよりも多くて少し驚いていただけだよ。
安心してくれ。君は私と相性が良い。次の継承者になってくれるだろうか?」
「もちろんです」
拒否する理由などどこにもない。再び差し出された右手を、迷うことなく握り返せば契約は成立だ。
「では、君の親友を《時空を捻じ曲げるモノ》から解放するとしよう。
――確認だが、彼女は人には戻れない。私たちと同じ精霊となる。それでも、構わないんだな?」
ヒビキの確認に、コトハは即答できなかった。
それは、シンルーにも伝えられていた。人に戻すことは不可能だと。魂が《時空を捻じ曲げるモノ》と結びついてしまっているため、人造人間を創り、その体に魂を移す方法も採れない。
出来るのは、存在そのものの変換。《時空を捻じ曲げるモノ》に繋がっているからこそ、大量にあるプラーナを使って存在自体を別の物へと変換させる魔法。
大精霊達は、厄災を封じた後にそうやって人間から精霊になった。封印を永遠にするため、そして封印方法を消さないために、方法を覚えている自分たちを精霊にする事で封印を盤石な物にしようとした。
誤算だったのは、精霊となったら厄災に近付けなくなったことだ。おかげで、それぞれの子供たちの体を借りて封印を施すことになり、以降、脈々と血脈は受け継がれていった。
ルナはコトハの判断で勝手に精霊にしたことを責めてくることはない。そこは自信が持てる。むしろ寝なくて済む体に成ったことで思う存分研究が出来ると喜ぶだろう。
問題があるとすれば、ルナがこの姿になって二年経ってしまっていること。今でも彼女の意識があの肉塊の中にあるのか、精霊になった後でなければわからない。
それが怖くて声が出せなくなった。
「――私からもお願いします」
聞こえてくるはずのない声に、ソラールとシンルーが身構えた。コトハも弾かれたようにそちらを見て、目を丸くする。
コトハの側にいたはずのロータスがその人物の肩に座っており、にこにこと微笑んでいた。




