まさかの正体
食事を終えて店を出る。あの店で会話をしないのかとソラールにこそりと確認してみると、聞き耳を立てられていたと返された。今も付けられているが、王都を囲う城壁の外に出てしまえば追っ手はいなくなった。
王都の外には木人や的が立てられており、それに向かって武器を振っている人がちらほらいた。おそらく大会出場者だろう。
射的用の的の周りには誰も居なかったので、そちらで話をしようと決まり、ぞろぞろと八人で移動する。大人数だと目立つが、エウロとコルネが的に向かって立ち、後ろにユートとソラールが立てば、新米に指導しているように見えるはずだ。実力的にはユートよりシンルーのほうが指導者に向いているが、外見的にはユートのほうが指導者に見える。
実際に何回か矢と魔法を撃ち、矢を回収してから車座に座って話を始める。ソラールが弓を撃つような身振りを交えながらも、こちらの状況をアヴリオに説明した。遠くから見てるだけだと弓について解説しているように見えるだろう。ソラールはかなりの演技派だ。
説明を聞いたアヴリオは大きく頷くと、自己紹介と来た理由を手早く話してくれた。
アヴリオ・フェルストン。水の都で特殊剣術を代々受け継いでいる家の子供で、水の継承者だった。
当主から水の継承者とカタナを引き継ぎ、カタナの整備のために地の村『アーシュルー』に向かっている途中、武闘大会の話を聞いて腕試しのために王都に寄ったらしい。
アヴリオはフォーリガが襲撃を受けたことは知らず、【終焉を渡り歩く者】に継承者が狙われていることも知らなかった。水の封印は日蝕の三年後で、日蝕前に来る予定ではなかったので、【原初の水】も知らせに行かなかったのだろう。むしろ水の都から出てこない方が安全だと考えたのかもしれない、とはソラールの推測だ。
ここで出会えたのは双方にとって幸運だった。
「ねぇねぇ、腕試しだけ? ホントは【歌姫】の婚約者の座を狙ってたりしない?」
「うん? なんだそれ。歌姫って、【銀翼の歌姫】か?」
にまりと笑って問いかけるコルネに対して、アヴリオは何も知らないのかやや垂れ気味の目を僅かに開いて首を傾げた。
「そう! なんかね、去年【歌姫】が「私より強い人と結婚する!」って宣言したらしくて」
「コルネさん。正確には婚約話をあまりにも大量に持ち込まれて嫌気が差した【歌姫】が「自分より強い人が好みなので、腕に自信のある方は来年の武闘大会で手合わせしましょう!」と叫んだだけで、結婚するとは言っていません」
「似たようなもんじゃん」
「全っ然違います」
かなり省略して湾曲した解釈を話したコルネの言葉を遮って、コトハが訂正を入れる。詳細を聞けば確かに違うのだが、コルネのような解釈をする人間は多そうだ。
似てる。違う。と押し問答をしている少女二人に呆れた目を向けていたが、これ以上話が進まないと見てアヴリオがこちらに目を向けてくる。説明を求める視線に、苦笑しながらエウロが今回の武闘大会の異常さを説明した。
「……ああ、だから今年は例年より多いのか。父や兄弟子から聞いた話とは全然違って驚いていたんだ」
「そういえば、アヴリオさんは去年の優勝者と同門と伺いました」
コルネと押し問答をしていたが、こちらの会話は聞こえていたかコトハがアヴリオに顔を戻す。去年の優勝者と同門の人間が今年の参加者の中にいると聞いて調べ、アヴリオの情報を得ることが出来たのだと付け加えた。
「ああ、彼は数年前に卒業した方で、兄弟子に当たる。彼を倒して優勝すれば、箔が付くかと思っていたんだが……そういった理由があるのなら大会に出るのは辞めよう」
「えっ! 辞めちゃうの!?」
「参加理由は人それぞれなんだから、辞めても良いだろ……こほん。辞めても良いでしょう」
驚愕の声を上げたコルネにツッコミを入れた一瞬、コトハの素を見た気がした。思わずコトハに注目したら、全員同じように顔を向けていて、彼女は僅かに目を伏せて顔を背けた。コルネがにんまりと悪い笑顔を浮かべて顔を覗き込みに行く。
「コトハってもしかして、お口悪い系女子~?」
「…………悪いか。この身長だから、昔は少年のように振る舞っていたほうが楽だったんだよ」
もう取り繕えないと察したか、それともコルネのしつこさを感じ取って諦めたか、コトハは深く溜め息をついて少し拗ねたように横目でコルネを睨みながら答える。声も先ほどよりも低く、アルトボイスだ。ソプラノボイスは作っていたらしい。
せめて旅立つまでは保たせたかったと呟く彼女に、コルネは首を振って嬉しそうに微笑みかけた。
「私は今知れて良かったよ。だって、その分早く仲良くなれたってことでしょ」
嬉しそうな彼女に、コトハは意外そうに何度も瞬きをして、僅かに片目を眇めた。どうやら素の彼女は表情筋をあまり動かさないらしい。
「仲良くなったつもりはねえぞ。ていうか、コルネは近い。馴れ馴れしい。さっきまで敬語だっただろうが」
「同年代の女の子なんだから、敬語使う必要ないなーって思って! しばらく一緒に旅をするんだし、もっと仲良くなろ!」
「断る。経験上、依頼人と仲良くなって良かった試しがねえ」
コルネはどんどんと距離を詰めていくのに対して、コトハは嫌そうな顔のまま身を引いて距離を取る。まるで猫好きの人間と、元飼い猫だったが野良になった猫のようだなとアルビレオは思った。飼い主と離別してしまって、引き取り先と相性が悪く野良になった猫がアルビレオの実家の裏に住んでいた。迷子になった子供を迎えに行ってくれるくらいには賢くて面倒見が良く、警戒心は強いが人から離れられない、そんな優しい猫だった。
「あーもー。お前が人懐っこいのは理解したから、せめて俺が引いた一線は越えてこようとすんな。それぐらいの分別は付くだろ」
しょもりと見るからに肩を落としたコルネを見かねて、溜め息をつきながら妥協点を提示するコトハにますますあの猫が被る。
わりと簡単に絆された彼女に噴き出しそうになるのをアルビレオはなんとか堪えたのだが、堪えきれなかったアヴリオとソラールから変な咳払いが漏れた。彼女はそちらを睨み付け、舌打ちして立ち上がる。
「時間になったから俺はもう行く。その前に、アルビレオさん。あんたに聞きたい」
「なんだ?」
真剣な表情で見下ろされて、真面目な問いだろうと察して少し居住まいを正す。銀の混じった黒い瞳は、よく見ると紺に近いことに気付いた。
「あんたはなんでコルネを護る? 対価は特にないんだろう?」
それは、コルネにもされた質問だった。
酷く驚かれたのがだいぶ前に感じる。懐かしさすら感じながら、アルビレオは迷い無く口を開いた。
「コルネにも聞かれたな、それ。その時にも答えたけど『そのほうが気分が良いから』だな」
「気分が良い?」
「もともと俺とエウロは、利益とか損得より、心が納得できるかどうかを優先してるんだ」
あの時も返した答えを、そのまま答えた。
コトハは想定外だったか大きく目を見開いて、何故かくしゃりと顔を歪ませた。口角は上がっていて笑っているようにも見えるのに、泣きそうにも見える。
だがその表情の意味を問う前に、目を伏せた彼女は不敵な笑みに切り替えた。
「そうか。あんたがそういう人なら、隠し事はなしにしよう」
黒かったはずの瞳は、銀色に輝いていた。
「――シルバ!」
彼女が誰かの名を呼ぶと隣に竜巻が生まれた。
風の中から強い魔力を感じて咄嗟に立ち上がるアルビレオとアヴリオの前で、銀の翼が羽ばたいて風を散らす。
白い鷲の頭に鳥の前足。後ろ半身は獅子。翼は陽光を跳ね返す銀色。野生ではない証に騎乗用の鞍と手綱が付いている。
「銀翼の……グリフォンっ!?」
「はははっ! マジか!!」
ユートが驚愕の声を上げる。楽しげな笑い声はソラールだ。
驚愕で動けなくなっているアルビレオたちの前で、グリフォンにコトハは跨がり手綱を握った。そして、グリフォンが翼をはためかせて空へと舞い上がる。
「決勝戦で待ってるからな、アルビレオさん!! 協力して欲しけりゃ、ちゃんと俺のとこまで来いよ!!」
グリフォンの背からコトハ――【銀翼の歌姫】は笑いながらアルビレオに告げて飛び去っていった。
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突如明かされた正体に驚いて見送ってしまったが、シンルーの笑い声に我に返った。
振り返れば、彼女は腹を抱えて目尻に涙まで滲ませて大笑いしている。
「シン、お前知ってたな?」
「あ~……うん。ここで明かすとは思わなかった」
ソラールがしてやられたと笑いながら妹に詰め寄れば、シンルーはひとしきり笑った後に頷く。
ひとまず座りなよと手振りで示されて、アルビレオとアヴリオは座り直し、立ち上がりはしなかったが武器に手をかけて中腰になっていたエウロとユートもそれぞれ座り直した。
「実は、私が会っていたのは氷の継承者なんだ」
全員が話を聞く体制が整ったところで、シンルーがまたとんでもない発言をする。
しかし、コトハが【歌姫】だったことのほうが衝撃的だったのであまり驚くことはなく、続きを促した。彼女は少しつまらなそうに口を尖らせたが、すぐに続きを話し出す。
「氷の継承者は商人でね。毎回、日蝕前に炎を司る村『フレムブリガ』に向かって買い付けする傍ら、封印をしている家なんだ。
本来なら移動を控えさせるところだけど、封印もヤバいし、お嬢さんのこともあるから、国に何人か護衛を付けてもらえないか相談した。
そうしたら、騎士団は動かせないが、凄腕の冒険者を一人紹介すると言われて、紹介されたのがコトハだったんだ」
【歌姫】は厄災の噂がある場所によく訪れる。現地の人間に案内を頼むこともよくあることなので、フレムブリガに向かう商人に案内を頼み、共に行動することで自然に護衛する流れになった。
アルビレオたちは大会での成績を鑑みて、【歌姫】の護衛として国から依頼される予定になっていると聞かされて少し遠い目になった。
「それ、最低でも準決勝ぐらいまで行かなきゃダメじゃない?」
「いや、準決勝程度ではだめだ。最低でも準優勝だろうな」
唖然としたままのコルネの疑問に、アヴリオが冷静に答えてフッと笑う。
「確率を上げるなら俺も出るべきだろうが……野暮という物だな」
微笑む彼の視線を受けて小さく息を吐いた。本戦で当たったらアヴリオに手を抜いてもらうことも出来なくもないが、八百長のようなことはしたくない。
何がコトハの琴線に触れたのかは分からない。しかし、彼女はアルビレオとの対戦を望んでいるようだ。
「まぁ、どのみちやることは変わらないしな」
期待は少し重いが、潰されるほどの重さでもない。せいぜい失望されないように全力を尽くすとしよう。
元より、負けるつもりは一切ない。
「ところでさ。一回戦で当たったらどうするんだろうね」
「それはコトハが運営に掛け合うんじゃないか?」
「それって不正……」
「いやいやいやいや」




