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遊撃隊『牙』の回想録外伝~銀翼の歌姫と夜を裂く鳥~  作者: 姫崎ととら
厄災の少女と嘘つきな少女

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躾は大変だ

 精神魔法系は使う必要が無いためコトハには縁が無かったが、初対面でも教師――ロッドベルドは嫌がることなくドアを開け、コトハと一緒にいるルナの姿を見て驚いたように瞬きをした。


「何故、彼女と一緒に?」

「どうやら彼女は、無自覚で魅了魔法を使っているようで。魔法を止める術がわからずにいると知って、相談に来たんです」

「……は? 無自覚?」

「はい。無自覚です」


 眼鏡の三十代後半から四十代前半ほどの男性教師は、コトハの言葉に動揺を収めるように眼鏡のずれを直し、オレンジの瞳をルナへと向けた。鋭い視線にルナがびくりと肩を振るわせる。


「君は、どこで魅了魔法を知った?」

「えと……わからない。魅了系の本を読んだけれど、魔法を使ったことはないよ」


 ルナの答えに二つの意味で目眩がした。思わずこめかみを押さえたコトハと同じように、ロッドベルドもずれていないが眼鏡に触った。彼の癖のようだ。

 まずは本を読んだだけで魔法を修得していることに驚いた。普通は読んだ上で、魔力を構築してみて放つことを繰り返すことで覚える。天才と呼ばれる由縁を実感した。

 二つ目は、教師に対して敬語を使わなかったことに。いくら天才だと言っても、教師に敬意を払わないなんて角が立つに決まっている。


「ルナ。年上の方には敬語を使えよ。いくらお前が天才少女と言われてても、その態度はダメだ」

「敬語……?」

「ああ、うん。後で教えてやるから今は黙ってろ」

「わかった」


 まさかそこまでコミュ能力が死滅してるとは思わなかった。いや、自己紹介が分かっていなかった時点で思い至るべきだった。おそらく他にも色々と狂っていると覚悟を決め直す。

 目眩から頭痛になった頭を押さえつつロッドベルドに改めて向き直れば、彼も今のやりとりでルナのコミュニケーション能力に問題があると察したか、眼鏡を外して眉間を揉んでいた。


「……なるほど。彼女は、ご両親から基本的な躾をされていないんだね」

「私もついさっき知ったばかりなのですが、おそらくそうです。自己紹介すら知りませんでした」

「ああ……なんてむごい……」


 基本的な躾は親からの愛情だとコトハは十二歳にして理解している。二年間、大人達に混じって金を稼いでいたのだ。その中で聞かされた色々な話から嫌でも理解する。故に、彼が嘆くのも理解できた。

 ルナは分からずに困ったように首を傾げていた。それがまた二人の涙を誘っていることに気付けるはずもない。


「ひとまずは、その魅了魔法について何とかしようか」

「お願いします」

「……お願い、します」


 気を取り直したロッドベルドが真剣な表情になって二人に椅子を勧める。コトハが頭を下げたのを真似して、ルナもたどたどしく敬語を使い、頭を下げた。



 これを契機に、ルナの様々な問題をコトハは知ることとなった。

 まず、ルナはコトハと同じ十二歳だった。この春に魔法院に入ったばかりだったらしい。

 彼女にとって不幸だったのは、ここに入学した九歳の頃から魅了魔法が発動するようになってしまったこと。そして年相応に見えないその外見だった。

 ルナが仲良くなりたいと想った相手には常に無意識で魅了魔法をかけていたために、相手は無条件でルナを慕うようになる。自己紹介など必要なくなり、ルナの言うことは無条件で聞くので、人とはそういうものだと誤った理解をするようになる。

 稀に効かない相手も居るが、そういう相手はすぐにルナを避けて関わらないので、ルナのほうも諦める。コトハに関しては、初対面でデコピンをした事で興味を持たれてしまった。攻撃ばかりしてきたのは、人に声を掛けたことなど無く、どうやったら振り返ってくれるか分からないため、初対面でやったことを繰り返していただけだった。

 さらに不幸だったことに、魔法学校は単位制だった。対面式の授業もあるが、自主学習で単位が取れてしまう。そして人と碌に関わることなく単位を取りつくし、魔法院にまで入ってしまった。

 最後の不幸に、魔法院に入ると誰かしら教師の一人に師事し、指導してもらうことになるのだが、ロッドベルドが調べた結果、誰一人として彼女の師になった教師がいないことが判明した。全員が『あの外見ならもう成人しているだろうに、あんな言動と行動をする人間はもう手の付けようが無い。○○が注意しているのを見たので、そいつが師だろう』として放置していた。なお、その○○は人によって異なり、名指しされた本人すら違う人間が注意をしているのを見て、師匠に見捨てられた人間だと思っていた。

 良くも悪くも魔法学校には人が多く、たとえ天才少女と言われても名前だけが一人歩きして、本人は目立たずに埋もれていく。周囲に迷惑を掛けながらコトハに付き纏ったことでようやくルナは教師達の目に止まったが、外見のせいで年齢を勘違いされ、放置されるに至った。


「僕は校長から君が今年進学して、担当教員がいないと聞いてたから、何度か声を掛けたんだけど……見事に無視されていたね」

「……ごめん、なさい?」

「いいや、僕のほうももう少ししっかりと声を掛ければ良かったよ」


 もしコトハと出会っていなかったらと思うとゾッとする。ルナは誰からも常識を教わらず、魔法院で研究室も課題も与えられず、どこかで研究しようにも止められて、無為に生きることになっていたかもしれない。あるいは誰か悪い人間に使われていたか。

 当の本人は自分の境遇の異常性を理解しておらず、何故コトハとロッドベルドが頭を抱えているのかと首を傾げていた。

 とにかく、魔法院生のルナの担当教員はロッドベルドがなることに決まった。放っては置けないという責任からだ。


「ベスティート君。申し訳ないが、日常生活の常識を教える役目を君に任せても良いだろうか。

 代わりに、君の勉強を僕が見よう。精神科に居るが、魔法は一通り使えるし、必要であれば他の科の先生へと繋ぐことが出来る」


 ルナが現状で懐いているのはコトハだ。女性同士だし、同い年でもある。ロッドベルドでは色々と要らぬ噂が立てられるだろうことは想像に難くないので、当然の頼みだと思えた。代価も悪くは無い。


「私は身体強化と歌魔法以外の魔法が使えません。歌魔法が使える以上、外部に魔力を放出できない訳ではないと思い、使える魔法を探しています。

 期限は一年間。この一年で見つからなければ諦めます。

 その手伝いをしていただける、と言うことでよろしいですか?」


 悪くは無いが、しっかりと確認は取る。契約をしてから話が違うと言われるのは非常に困る。

 コトハが魔法を使えないことにロッドベルドは少し驚いたようだが、しかりと頷いて了承したので契約成立だ。


「では、改めて。国立魔法学校、精神魔法科のモーテ・ロッドベルドだ。よろしく」

「今年入学しました、コトハ・ベスティートです。よろしくお願いします、ロッドベルド先生」


 改めて自己紹介をして固い握手を交わし、二人は同時にルナへと顔を向けた。大人しく黙っていたルナは今度は自分の番だと分かったようだが、助けを求めるようにコトハを見つめた。困ったときにだけ頼ってくる弟と同じ顔をしていて、コトハは苦笑しながら優しい声で教えてやる。


「今、俺がやったように自分を紹介すれば良い。ちゃんと先生のほうを向いてな」

「わ、わかった。えと。

 今年から魔法院に進学した」

「進学しました」

「……進学しました、えと、ルナ・エルフィンストーン、です。よろしく、お願い、します。ロッドベルド、先生」


 敬語の注意はしたものの、ルナはちゃんと『予言名』は言わずに自己紹介をした。これでいいだろうかと不安そうにコトハを見るので、ロッドベルドと一緒に微笑んで大丈夫だと頷いてみせる。ぎこちないながらもルナはロッドベルドと握手を交わし、挨拶は終わった。


****


 ルナの躾――教育か。とにかく彼女に常識を教えることは想定よりも簡単だったが、想定よりも量が多かった。

 魅了魔法を使わなくなったので、身の回りの世話を手伝っていた人達も洗脳が解けて、寮内での生活を教えてやる所から始めた。

 寮のルナの部屋は一人部屋だったが、コトハの二人部屋に移動するよう寮長に交渉した。寮長は魅了に掛かっていなかったが、本来なら親元から通うはずの九歳の頃からずっと寮に押し込められていたルナを気に掛けており、コトハの言葉に酷く安心した様子で快諾してくれた。

 食事は寮の食堂で食べていたので問題ない。だが、食べる前の祈りは知らず、食べ終わった後の挨拶もしない。親の教育がきちんとされていないことを実感した。食べ方が幼いのは年齢を考えれば当たり前だが、外見とは一致しない。

 なのですべてコトハが丁寧に教えた。

 ルナは天才と呼ばれるだけあって頭は良い。一度教えれば忘れず、慣れないことに手間取ることはあってもちゃんと教えた手順を守る。


 一週間もすれば、すっかりと常識人の皮は被れるようになった。


「さて、今日はルナがやった攻撃魔法での声かけの危険性について説明します」

「はい」


 基本的な挨拶は出来るようになったし、敬語も出るようになった。

 なので今度は他者に魔法を振るってはいけないのは何故かを叩き込む。

 魔法訓練に使う訓練所を借り、二人は訓練着に着替えて向かい合っていた。ルナは長袖だが、コトハは半袖の訓練着だ。自分の腕の細さが際立つのでなるべく晒したくはないが、これからやることを考えると半袖のほうが良い。

 回復役と監督役としてロッドベルドも見守っている。彼には何をするのか説明してあるので渋い顔をしていた。


「俺に感覚共有の魔法を使ってくれ」

「わかった」


 二人とも長い髪を結び、ルナはポニーテールに、コトハは結んだ上でつばの広い帽子を被って押さえつけてある。そろそろ邪魔なので切りに行こうと考えつつ、ルナの魔法を待った。

 詠唱を終え、ルナと感覚が繋がる。軽く自分の腕を摘まむように指示して、自分の腕にも摘ままれている感覚が来ていることを確認した。


「よし。じゃあその状態で、今まで俺にしてた魔法での声かけをやってみろ」

「え。」

「出来ないか?」

「出来る、けど」

「じゃあやれ」


 出来ない場合はロッドベルドに攻撃魔法を頼む予定だったが、出来るのならやれと促した。

 ルナは戸惑いながらも最初にやっていたように雷の魔法をコトハへと放つ。

 コトハは、避けなかった。バチッと肩に雷が落ちて僅かな痛みと痺れに片眉を寄せる。だがそれだけだ。


「いったぁい!?」


 冒険者として鍛えてきたコトハには軽いものだったが、ルナにはそうでもなかったようで高い悲鳴を上げて右肩を押さえる。大袈裟だとは思わなかった。単にコトハが慣れているだけで、痛みに慣れていない者には痛かろう。

 これ以上は魔法を放つのを躊躇うと分かっているので、コトハはルナではなくロッドベルドに顔を向けた。


「先生。すいませんが火と風の魔法を私にお願いします」

「……雷だけでよくないかい?」

「ダメです。あいつは火と風で人を傷つけました。その痛みを思い知るべきです」

「……はぁ。わかったよ」


 実際に攻撃を放って傷を負わせないだけコトハの優しさだ。ロッドベルドは意思の堅いコトハの瞳に溜め息をつき、諦めたように腕を伸ばした。

 彼の手から放たれる、致命傷にはならないよう腕の外側を狙った鋭い風の刃と、反対側を狙った火の玉を、何の防御もしないまま受ける。


「ぎゃあっ!!」


 コトハの腕が裂かれ、焼けるのと同時に、ルナが悲鳴を上げて両腕を押さえてその場に蹲った。

 腕からはだらだらと血が流れ、肉の焼けた臭いに若干眉が寄る。すぐにロッドベルドが治療してくれた。ロッドベルドはさらに水も出してくれたので、感謝して血を洗い流して、用意しておいたタオルで拭った。

 悲鳴すら上げず平然と立っているコトハに、ルナは恐怖の瞳を向けてきた。痛いと言えば痛いのだが、正直、この程度は無視できる程度の痛みだ。むしろ、無視できなければ命を落とす。


「お前がやったのは、こういうことだ。痛いだろ」


 涙を零しながら何度も頷く彼女の前に跪き、感覚はもう切っていいと告げれば彼女は恐怖に歪んだ顔で頷いて魔法を切った。手に持ったタオルの血の付いていない部分で顔を拭いてやる。


「なん、なんで。キミは痛くないの」

「痛ェよ。感覚共有したろ。ただ、俺は冒険者で何度も怪我をしてきたから慣れただけだ。でも慣れてても痛いもんは痛い。だから避けてたんだ」


 ロッドベルドの放った魔法は速度も威力も低めだったので避けるのは容易かったが、反射的に避けようとする体を必死に押し留めた。こうやって痛みを感じなければ、ルナは理解しない。


「さて、ルナ。問題だ。攻撃魔法での声かけをしてはいけない理由はなんだ?」

「怪我をして痛いからっ!」

「うん、正解。で、避けた俺は間違ってるか?」

「間違ってない……攻撃したボクが悪い……」

「うん。そうだな」


 理解したルナの頭を撫でて褒め、もう二度とするなと言い聞かせれば彼女は何度も頷いた。

 コトハが避けたことで攻撃が当たった不幸な被害者に謝罪をさせようかと考えていたが、被害者としてはもう関わりたくないだろうと考え直し、どこかで出会ったらその時に謝らせることに決めた。そもそも被害者のことをコトハもルナも覚えていない。

 立ち上がってロッドベルドの所へと歩み寄れば、彼は難しい顔をして考えごとをしているようだった。


「先生?」

「あ、ああ。すまない。……ベスティート君は、冒険者なのかい?」

「はい」


 問いかけられて素直に頷き、言ってなかったかと思いながら、いついかなる時も持ち歩いている冒険者証を腰のポーチから取り出した。緑の硬質なカードを見せれば、ロッドベルドは眼鏡を触った。


「……入学と同時に冒険者に、と言うわけでも無さそうだね……」


 更新したのは入学前だが、登録日は二年前だ。風の国では二年ごとに更新が義務づけられている。

 裏面も見せて欲しいというので裏返して見せれば、ロッドベルドは眼鏡を外して空を仰いだ。彼の行動は見慣れたものなのでコトハは気にせず、カードを見せて欲しいというルナにも見せてやった。

 Cランクのジョブ欄には短剣か剣での二刀流を示す【双剣士】と探索技能がある事を示す【レンジャー】が書かれている。両親が複数のジョブでSランクであることを考えれば、ジョブが少ないし、低ランク過ぎてとても恥ずかしい。ベスティート家の長女のくせに低ランクだったことに落胆したのだろう。


「冒険者って、十歳でなれるんだねぇ」

「いや、本来は十二歳だ。俺は親が親だし、どうしても金が欲しかったから特別に認められた。

 本当に特殊例だから、試験は無茶苦茶難しかったけどな」

「へぇ? どんなのだったの?」


 もういいかとカードをしまいながらルナの疑問に答える。

 【双剣士】の試験は、斬撃攻撃を主とするジョブが苦手とするロックゴーレムを三体、十分以内に討伐。

 基本的にロックゴーレムは呪いの言葉が刻まれた魔石――コアがあり、そこの文字に傷を付ければ瓦解する。だが、コアの位置はまちまちで、複雑に組まれた胴体の中にあったりする。

 試験開始早々に二体は文字が外側にあるのを確認したが、三体目は見当たらなかったため、内部と判断。他のゴーレムの攻撃を誘導して胴体を破壊し、見つけた文字に短剣を投げて破壊。その破片を他二体のゴーレムが吸収する前に、見つけておいた文字に傷を付けて瓦解させた。九分五十秒で、ギリギリの合格。

 父には「判断が遅いな。攻撃の誘導も無駄が多かった」。母には「双剣使いが武器を投げちゃダメでしょ。すぐに回収できないならもう一本用意しときな」と酷評を貰った。その通りなので深く反省した。

 【レンジャー】の試験は、試験官が指定した薬草を一時間以内に採取、納品。

 その薬草は繁殖期のワイルドボアの縄張りにあったが、余裕で採取して納品できた。両親には「近くに生えてた、その薬草と一緒に使うキノコも納品できたらなお良かった」との厳しい一言は貰ったものの、「薬草の採取の仕方は正しく、早かった。よくやった」と珍しく褒めてもらえた。


「ロックゴーレムってそんなに大変なんだ?」

「むっちゃくちゃ硬かったし、一撃が重いのに速ぇんだ。大ぶりの攻撃なのと、攻撃がパターン化されてるからマシだった。そんなんが遺跡にはゴロゴロしてるんだってさ」

「うわぁ……冒険者って大変そう」

「でもいろんなものが見られて楽しいぞ」


 いろんな人と話をして、いろんな景色を見た。見たくない物も聞きたくない話もたくさん見て聞いてきたが、それでも楽しいとコトハは笑った。

 世界は広く、出来損ないの自分でもやれることはあるのだと知れたのは、とても良いことだった。


口調は荒いけど、お人好しだし面倒見は良い、四姉弟の一番上の長女。

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