束の間の休息/歯車は動き出す
ミゲール村を発って三ヶ月が経過した。
最初の一ヶ月は平穏だったが、ソラールたちが宣言通り襲ってきてからは他の襲撃者にも襲われるようになった。どれもソラールに比べればかなり弱く、剣を折ることなく撃退できている。
ただ、ソラール相手はそうも言っていられない。毎回打ち合う内に剣が折れ、ユートの能力で創ってもらい補充して戦うことを繰り返した。
シンルーはもう戦うことが飽きたと言って手を出すことはなく、ソラールとアルビレオが戦っているのを眺めつつ、優雅にお茶なんて飲んでいる。三回目にはエウロたち三人を誘い、一緒にのんびりとティータイムを楽しんでいた。
「あの。私の命を狙ってるんじゃ……?」
「だって、いつでも殺せるし。それより、今後私たちの敵となれる人間を育てるほうが優先。弱い者いじめは飽きるんだよ」
「なる、ほど……?」
恐る恐る問いかけたコルネをシンルーが謎理論を展開して煙に巻いている。感情が乏しいシンルーが言うと信憑性が増すので、あの外見は得だなと感心した。
「だぁから。サーベル一本だけで真正面から受けるな。受けるなら交差させろ」
「ぐ、ぅ!」
「じゃなきゃ避けろ」
「っう……!」
「つーか全体的に一歩先に体を動かせ」
「ぁぐ……っ!!」
育てる。というのは本当のようで、ソラールはアルビレオの弱点を言葉で、行動で指摘し、克服するためのアドバイスを体に叩き込んでくる。
彼は左手に片刃の剣を持っていたが、アルビレオがその剣をいなせるようになると、右手に両刃の短剣を持つようになった。中央に緑の線が走っている、金色の短剣だ。槍の穂先のようにも見える。
その両手の剣で舞うように軽くいなして、剣の腹や峰で腕や肩を叩いてくる。
「お前、身体強化魔法使えないだろ。だったら尚のこと、集中しろ。一手先を見ろ。もっと踏み込め。
プラーナを体に巡らせて、誰の目にも追えないほどの速さまで一瞬で到達しろ」
【プラーナ】。存在するすべてが等しく持っている力で、魂とも言い換えられる。アルビレオは魔力がない代わりに、このプラーナの量が通常の人間よりも非常に多いらしい。
プラーナは魔力の代わりに使うことが出来て、魔力を使った魔法よりも効果が高くなるという。使いこなせれば傷も一瞬で癒やせるが、魔力と違って使い過ぎれば死に至る。
その使い方を実践形式で教わっているところだ。
ソラール曰く、無意識下では使えている。疲れ切ったあと、プラーナを使って体を動かしていると指摘された。今はその感覚を思い出しながら、自分の中の力を引き出そうと四苦八苦している。
その甲斐あって、戦闘開始の一撃目にはプラーナを使って瞬時に動き、ソラールの背面を取れるようにはなった。背面が取れるだけで、一撃はまだ遠いが。
今日も踏み込んで、ソラールの腕を狙って上段からの切り払いと見せかけて、左手で下から掬うように胴体を狙う。体に力が巡る感覚があり、速さが乗った。ソラールが少し驚いたように目を軽く見開いて、面白そうに笑ったのまで見えた。
彼の左右の腕がそれぞれアルビレオよりもほんの少し速く動いて防ぐ。剣が甲高い悲鳴を上げて、左は無事だったが右の剣は折れた。即座に地を蹴って後退し、柄を捨てて突き立てておいた新しい剣を掴もうとして、もう無いことに気付いて肩を落とした。
突き立てておいた剣がなくなれば今日の分は終わり。いつの間にかそういうルールになっていた。ソラールも剣を消して、息を吐く。
「やっぱ剣だなー。ユートさー、もっと頑丈なの渡してやれない?」
「魔剣の類は作れないから無理だ。むしろ速さを鍛えるのなら、体術を鍛えてはどうだ?」
「あー、ありだな」
最初は警戒していたユートだが、もうすっかりと二人に絆されて仲間のように接している。今もシンルーが持ってきた紅茶セットを持って、シンルーとエウロに紅茶を注いでやっていた。
ユートが剣を作れる事に関しては、二回目――アルビレオ達にしてみれば三回目――の邂逅で「ここまで隠れて見てたけど、あんた精霊だな。剣を作れる精霊ってのはお伽噺だと思ってたよ」と言って驚かせた。それ以降、ユートはソラールたち相手では能力を隠すことなく発揮している。
ソラールとユートのやりとりを聞きつつ、折れてない剣を鞘に収めたところでコルネがタオルと水筒を持ってきてくれた。
「お疲れ様。怪我の治療しちゃうね」
「ああ、ありがとう」
その場に座り、バンダナを外してタオルで汗を拭いてから水筒を呷る。ただの水だがシンルーが氷の精霊らしく、訓練中に冷やしてくれているので、冷たい水が喉を通り抜けていった。
隣に座ったコルネが両手をかざしてから数秒。ほわほわと温かな力が体を巡る。右肩や左腕の痛みが薄れて消えていくのを感じながら、水筒を再び呷る。
森の継承者である彼女の記憶がなくとも、体に経験は残っているはずだとソラールが指摘し、試してみると問題なく使うことが出来た。それ以降、近くに居る木の精霊の力を借りて、特訓で作った怪我を癒やしてくれる。
木属性は白魔法や神聖魔法ほどではないが治癒に秀でた属性だ。増血や、毒薬の分解などができる唯一の属性でもある。
アルビレオが治療を受けている間に、ソラールがテキパキと昼食の用意をしていく。
「エウロー、なんか肉ある? なきゃ狩ってくるが」
「あるよー。ギフロッドバッファローの肉」
「お、やるじゃん。香草焼き作ってやる」
「超豪華!」
ソラールは特訓をした後、毎回昼食を振る舞ってくれる。そのために、彼らの襲撃は街道の途中にある、小さな休憩スペースの近くが多い。
作ってくれるのは、筋肉を酷使した後は肉だ! ということで肉料理が多い。肉の丸焼きといった豪快なものではなく、香草を使って臭みを和らげたり、疲れすぎている時は野菜と一緒に煮込んだスープにするなど、一手間掛かっている。野外用のまな板や包丁、料理に使う香草まで持っている徹底ぶりだ。
コルネ達に聞こえないように「人間のようだ」とエウロが呟いた際には、「かつて人間だったからな」とあっさり答えられた。大昔には人間を精霊にする禁術があったらしい。ソラールとシンルーが双子と自己紹介したのは偽りではなかったのだ。
「ところで、もうすぐ王都だが……騎士団に助力を求めるなら無駄だぞ」
肉の表面をシンルーが出した氷を溶かして作った水で洗い、人数分にカットして香草をまぶしながらソラールがエウロに訊いている。
【銀翼の歌姫】に会うことは知っているはずだが、彼らの前で話したことはないので、こうして訊くことで情報を共有しようとしてるのだろう。
「王都であってるよ。毎年、王都で武闘大会が行われてるのは知ってる?」
「おー、各国の強者が集まるって噂のヤツな」
「そこに現れる【銀翼の歌姫】に協力を頼もうと思って。噂では厄災の研究をしている冒険者だから、大森林の厄災について話したら、ちょっとは協力してくれないかなーと」
それを聞いて、紅茶を飲むためにお湯を沸かしていた鍋に氷と塩と携帯スープの素を入れていたシンルーが、眉根を寄せながら振り返った。
「【歌姫】の噂は知ってるけど、そんな簡単に会えるの?」
「たぶん、正攻法じゃ無理。でも確実に会える方法があるんだ」
エウロの言葉に眉根を寄せつつも、ソラールはフライパンを取り出して火の魔法で温め始める。
話しているのを聞きながら、コルネが治療を終えて手を離す。アルビレオは肩を回して体の具合を確認しコルネに礼を言って立ち上がった。調理に関して手伝えることはないので、コルネと共にユートの隣に座ったところでエウロがアルビレオを示す。
「武闘大会は各国から飛び込み参加オーケーなんだよ」
「だから俺が武闘大会に出て、彼女と戦って話す機会を作る」
【銀翼の歌姫】が武闘大会に出ると聞いた時から、そうやって会ってみようと決めていたのだ。
東の交易都市ソーディスが拠点らしいが、彼女自身は風の国を飛び回っているためになかなか会えないという話だ。そんな彼女が今年成人し、武闘大会に参加する資格を得たため、参加すると去年から噂が流れていた。
風の国の王都に近付いて行くにつれて情報収集してみれば、彼女は確かに参加するようで、今年はたくさんの参加者や観戦者が集まってきて近隣の村や町は大賑わいらしい。
「で、予選があるんだけどバトルロワイヤルらしいんだよねー」
「複数人とのバトルか。乱戦は面倒くせえなー」
「いや、でも考えようによっては一人一人戦っていくより、一度で終わって手っ取り早いんじゃないか?」
「「わかる」」
「……アルとシンは分かるが、ユートもそっち側かー」
「ソラもこっち側でしょ」
「お前よりかは論理的ですぅ~」
喋りながらソラールが肉を焼いていく。香草の良い匂いが食欲を刺激して、アルビレオの腹の虫が耐えられないと音を鳴らした。
コルネがくすくすと笑いながら皿を用意して、シンルーが呆れながらもう少し待てと鍋をかき混ぜる。ユートは笑いながら紅茶のセットを洗い始めた。エウロはソラールの隣でフライパンを持って肉を焼いている。
穏やかな時間が流れる。一時だけの奇跡のような時間だとしても、長く続きますようにとアルビレオはひっそりと祈った。
****
腕に自信のある者達が王都に集い始めた頃。
彼女――コトハ・ベスティートは風の国の王宮に呼び出されていた。
「――西の大森林までの護衛、ですか」
【銀翼の歌姫】に依頼したい仕事があると呼び出されたが、それが護衛依頼ということに、親の代わりとして同席してくれたバージェスが眉を顰める。
依頼を伝えてきた相手は今年二十歳を超えたこの国の王太子。コトハに似た青紫の髪の彼は微笑みしかと頷いてくる。
「歌姫は『六人の精霊と英雄』の歌を聴いたことがあるかい?」
「あります。国を滅ぼした厄災を六人の精霊と英雄が力を合わせて、とある森に封印しているという話ですよね」
ルナを《時空を捻じ曲げるモノ》にしてしまってから、コトハは情報を集めた。厄災から元に戻す術がどこかにあるのではないかと、国を通して各国へと情報提供を求めたし、風の国内に厄災に関する情報がある場所には自ら赴いて調べたりもした。
その中で、吟遊詩人が詠っていた英雄譚の一つに『六人の精霊と英雄』の歌があった。ただ、どこの森かまでは分かっておらず、後回しにしてあったものの一つだ。
このタイミングでその話。そういうことかと納得する。
「それが、西にあるこの大森林だ。そして彼はその内の一人、氷属性の英雄の子孫にあたる」
示されたのは向かいに座るオレンジの髪に紫の瞳の男性。ソーディスに本店がある老舗、アーベントロート商会の会長、ホクトだ。
かの商人とは既に顔見知りだ。【歌姫】になるまでは水の都にいる息子への仕送りをコトハが運んでいた。【歌姫】になってからは半年に一度、水の都の王都に行く際のついでにと受けている。
コトハは緊張しすぎて表情が固まってしまっているが、彼は商人らしく読めない微笑みを浮かべて落ち着いた様子で、説明を始めた。
この森の中には荘厳な城と城下町があり、厄災としか呼びようのない“何か”を封印し続けている。各属性の英雄の子孫は日蝕が起きる前に森へと向かい、精霊に体を貸して封印の強化を施している。
氷・水・雷の三属性の英雄の子孫は森から離れ、地・火・木の三属性はあの地にて監視と封印を担っているとまで説明された。
「我が商会は、毎年、日蝕の前年になるとあの森の南東にある村『フレムブリガ』に向かい、何かしらの物を買い付けて戻ってくることを繰り返しています。
買い付けるのを隠れ蓑に、日蝕前に封印を強化しているのです。
今回も向かおうとしていたのですが、私の担当である氷属性の精霊から、森の南西にある村『フォーリガ』が襲撃されたと報告されました。
襲撃者の名は【終焉を渡り歩く者】」
「――!!」
予想もしない名前に、目を見開き、膝の上に置いた拳を握りしめた。
《刻を渡り歩くモノ》を崇めているカルト集団。昔からいたらしいが、三年前から活発的になっている集団だ。蒼翼有翼人を襲撃したのもヤツらだという話だ。
ヤツらはよりにもよってルナに手を出そうとした。ロータスとピクシー族が護ってくれたために無事だが、今コトハが最も警戒している組織である。
「ということは、封印しているのは《刻を渡り歩くモノ》に関連するものですか」
「おそらくは。伝承では、都に住む全ての人間を一夜にして飲み込んだと言われています。封印には厄災に近付かなければならないのですが、精霊が人間の体を使わなければ近付けないと言っているので、未だにプラーナを吸う機能は働いているのだと思います。精霊は剥き出しのプラーナですから」
バージェスの問いに、ホクトが頷いて答える。
魂とも言い換えられるプラーナという力については、両親に課題として言い渡されていたので知っている。
精霊やピクシー族はこのプラーナだけで構築され、心臓などはない。各個体ごとに異なる核を中心として構成された存在だ。実体化していてもそれはプラーナを使って創り上げた偽物で、何度も構築できる代わりに他者のプラーナの影響を強く受ける。
影響を受けないためには何かしらの物体に入れば良いらしい。そのため精霊は日蝕になるとそれぞれの属性の物体に入る。ピクシー族はロータスが結界を張って領域で護っているのは前に聞いた。
「厄災が復活されては非常に困るんだ。なんせあの大森林は国を跨いでるから、どちらが封印を解いたかで責任問題からの戦争……なんてこともあり得るからね。
蒼翼有翼人の里襲撃事件も、【終焉を渡り歩く者】は風の国を中心に拠点を作ったり、我が国民を偽って投獄されたりして、風の国と水の都の関係悪化を狙ったようだし。歌姫と魔導銃の開発者が好感度をかなり稼いでいてくれたおかげで、あちらの民は風の国に好意的だったから助かったよ」
「……大したことはしてません」
王太子は褒めてくれるが、コトハは大したことはしていない。水の都の王都に足を運ぶ際、立ち寄った村で少し手伝いをしたり、騎士団に赴いて魔導銃の使い方のレクチャーをした程度だ。あとたまに王都で小さな諍いを収めた程度である。どちらかというと魔導銃を開発したルナの功績のほうが大きいだろう。
しかし、そんなコトハの言葉を謙遜と受け取ったか、王太子はにこりと微笑んでそれ以上は言わず、依頼内容を改めて伝える。
「王都と大森林の往復分と、大森林での封印中の護衛を君にお願いしたい。
表向きは、歌姫が厄災の研究のために大森林に向かおうとして、馴染みの商会の会長である彼がフレムブリガに向かっていることを知り、案内を頼んだ。というものにする」
「なるほど。この子が厄災と聞けば向こう見ずにあちこち向かい、現地の方に案内を頼むことはよくあることですから、不自然ではないですね」
バージェスが横目でコトハを睨みながらチクリと刺してくるが視線を逸らして逃げる。噂が入るとすぐに飛び出してしまうのは悪い癖だと分かっている。帰る度にやめろと小言を貰うところまでセットである。
反省の色を見せないコトハに小さく息を吐いた彼は、改めて王太子に顔を向けた。
「しかし、コトハ一人では危険です。私がと言いたいところですが、日蝕まで日がない。ソーディスでの準備があるため同行は出来ません」
「理解しているよ。ソーディスは交易の要。守りは疎かに出来ない。同じく、西の交易都市カルッテンの英雄も動かせない。
だが、今まで彼ら子孫が護衛も付けずに封印をしてきたと思うかい?」
王太子の言葉に合わせ、ホクトの背後に一人の女性が姿を現してコトハとバージェスは一瞬身構えた。今の今まで、気配すら感じなかった。
ホクトのようなオレンジの髪を肩で綺麗に切り揃えた、眠そうな表情のたれ目の女性。まるでアメジストのような透明感のある紫の瞳がコトハを見つめて、懐かしそうに微笑んだ。
「こんにちは、今世の銀翼の主。私はヨトゥン。氷の封印を司る精霊。
ごめんね、今回は私だけじゃちょっと護りきれないから、手を貸して欲しい」
実体化する精霊との初めての邂逅だった。
コトハが水の都でやった事
・11歳の頃。
神殿の前で暇そうにしてた赤髪の少年に、龍と竜騎士の話をしてやり、次に訪れた時に彼に本と龍のぬいぐるみをあげた。
「騎士になったら龍に会える!?」
「どうだろ。いつかは会えるかもね」
・14歳の頃。(ルナ肉塊化後)
騎士団で魔導銃の使い方の指導をする。小さいが強い彼女に憧れる者が現れる。→数年後にティカを侮っている者は大体この人たち。【歌姫】に憧れて魔導銃使ってんだろうが足下にも及ばねえな!的な。
港で喧嘩している船大工達を歌で鎮め、双方の言い分を聞いて調停する。
「クラーケンも大海蛇も脅威なのはわかる。だけど、船の数が限られてるなら、対クラーケン装備と対大海蛇装備が交換できるようになったら良いんじゃない? 魔導銃の機構と似てるから、協力したら今の装備よりも良い物が出来たりしないか?」
国内国外問わず、立ち寄った村がモンスターや野盗の被害に遭ってたら討伐して、報酬は「別の冒険者が困っていたら、その人を助けてください」「神殿に寄付をしてください」などと言って受け取らなかった。Aランク+【歌姫】の肩書きのせいで報酬額がちょっとヤバいのです。
・15歳の頃。
婚約話が飛び交うので面倒臭くなり「自分より強い人が好みなので、腕に自信のある方は武闘大会で手合わせしましょう」と大々的に呼びかける。武闘大会が賑わう理由に。
大したことはしていない。(コトハ談)




