襲撃者の正体は
村に戻った四人は、昼の用意をしていたトカットとミリーに、朧気ながらも記憶が戻ったため、家に帰ると話した。
本当はユートが知っていたことだが、アルビレオ達が持っていた地図を見たことで見覚えのある村の名前があり、おそらくそこがコルネの村ではないか。確認のためにそこに向かう。という話にしたのだ。
二人は非常に驚いたあとに、寂しそうにしながらも喜んでくれた。
村長にも同じく報告に行って、明日の朝に発つことを話した。村人にも事情を説明しにコルネがユートを連れて回っていく間、アルビレオとエウロはコルネのための旅装をトカットとミリーと一緒に揃えていく。
ミリーが一ヶ月前に見つかったコルネの物とおぼしき荷物に加えて、着替えや応急セットなどを大きな鞄に詰める。頑丈で大きな真新しい鞄は、この日のために用意したものだとミリーは言う。
「いつか、こうなるだろうなって思ってたの。コルネからは大樹様と同じ気配がしてるから」
「……同じ気配?」
「ええ。……エウロくんもなんとなく分かるんじゃないかしら。その目は、精霊様に愛されている証だから」
この場にはアルビレオ達しかいないが他の人間に聞かれないように声を潜めて、ミリーは微笑みながらエウロを見つめた。
透き通った緑の瞳は、エウロと同じ色。
緑の瞳はそれなりにいるが、その中でも透けるような緑の瞳を持つ者は【愛し子】と呼ばれる。生まれつき精霊が見えて、精霊がとても懐きやすい性質を持つ人々だ。
アルビレオが自分の性質を話したように、エウロからもひそりと教えられた。
普通、【愛し子】であることは隠される。精霊の力は非常に強く、危ないからだ。精霊信仰をしている村では【愛し子】は崇められ、過激なところでは精霊の加護を得るために監禁されることもあるらしい。
息を飲んだエウロに、ミリーは安心させるように大丈夫だと説明する。
「この村では珍しい物でもないの。他にも何人か居るわ」
精霊信仰の村であるし、もしかしたらなんて考えてしまったが、杞憂だったようだ。
この村の精霊は十年に一度、日蝕の時だけ起きて村人を護り、また眠りにつくそうだ。村人は護ってくれたことを感謝して、毎年大祭を行うという。
「きっと故郷でも木の精霊様に愛された子なんでしょうね。早くお返しできて良かったわ」
離れることは寂しいが、安堵もしている。そんな複雑そうな笑みでミリーは鞄を閉めた。
****
手伝えることもなくなったので、アルビレオ達は少しだけ森に入らせてもらい、薬草の採取に向かった。旅をする人数が増えたので、今持っている分では少々心許なかったのだ。
ついでに、村人には聞かれたくない確認事項もあるとエウロに誘われた。
「……ソラールとシンルーは、精霊だ」
薬草を摘みながら、ぽそりとエウロが呟く。周辺を警戒しながらアルビレオは聞いている証明にコツリと剣の柄を指先で叩いた。
内心では動揺をしているが、真剣な表情を取り繕って周りに視線を向け続ける。
「ユートさんの結界は、話を聞くに人間限定っぽい。精霊だったなら感知できなくて当然だよね。
あの二人に記憶改ざんの魔法をかけようとしたのに失敗したのも、同じ理由で納得できる。
話しぶりから価値観の違う人間だと思ってたけど、最後の最後。姿を消す時に実体を持つ精霊と同じ消え方をした。精霊が手を貸したにしては、精霊の姿が近くになかったから、確定していい」
「……そうか」
エウロは薬草を摘む手を止めず、淡々と説明を続けた。全てを聞いてアルビレオは息を吐く。
しかし、彼らの正体が分かったからと言って謎は深まるばかりだ。何故、彼らは人間のフリをしてまでもコルネを狙ってきたのか。精霊が厄災を解放したがるとは思えない。契約者によって強要されているのだろうか。
「はー。上手く演技したつもりだが、よく分かったな」
突然、感心したような声が聞こえてきて、エウロはアルビレオに背を向けて立ち上がる。アルビレオも彼に背を向け、互いの死角を消しながら周辺を警戒する。
声の主はアルビレオの右手側にある木の陰からゆるりと姿を現した。青みがかった白い髪の、右目に眼帯をした男――ソラールだ。
「凄いな、少年。正解だよ」
感心したように笑って拍手をする彼の後ろから、呆れたような表情のシンルーが出てくる。
突然現れた襲撃者に剣の柄を握る手に力がこもったが、彼は敵意がないことを示すように両手を掲げた。
「本当は姿を見せるつもりはなかったが、そこに気付かれたらネタばらししねえとな」
「ネタばらし?」
「私たちも、あの女の子を護るために派遣された精霊だってこと」
どういうことだと眉を顰めたアルビレオ達に、ソラールは腕を組み、事情を説明し始めた。
「大まかには守護者が説明したとおりの内容だ。森を除く精霊は強いし、水と雷に至っては継承者自身が強い。
まぁ、そもそも氷と雷と水は村が存在せず、普段は違う所に住んでいて、日蝕に合わせて封印しに戻ってくるんだ。
だからあの森周辺に残ってるのは、地・火・森の三つだけ。
そんで、残念ながら【原初の森】は戦う力を持たない。だから、国を守る神が俺たちにフォローを頼んできた」
「で、会いに行ってみれば、何か知らない人間が彼女を護ろうとしてたから、私たちは組織のほうに入って、内部で情報を集めたり攪乱したりする方向で護ろうとしてるってわけ」
まさか精霊だとは思わなかったけど。とどこか驚いたように呟くシンルーに、ソラールも苦笑しながら同意する。実体化しているとどうやら精霊同士でも精霊だと気付けないらしい。
彼らが変な理由を付けて退いたのも、本気を出していなかったのも、そもそも殺気すらなかったのもすべて納得がいった。
「てわけで、今後も不定期的に襲いに行くからよろしく。本気で命を取りに来て良いよ」
「……なるべく戦いたくはないんだけど」
物騒なことをさらっと言ってくるシンルーに顔をしかめて反論すれば、彼女は瞬きを二度ほどして、アルビレオの剣に目を向けた。そして少し考えるように目を閉じ、アルビレオへと視線を戻す。
「剣が壊れることを危惧してるなら、守護者に頼めば良いよ。無限に剣を出せる能力って言ってたし。どんな剣かは要確認だけど」
簡単に言ってくれる。ユートは確かにそう言っていたが新しく造ってもらうのは気が引けた。そもそも無限にとは言うが、彼自身の能力だとすると何かしら対価は支払われるだろう。休憩すれば回復する魔力のようなものならいいが、寿命や記憶といった取り返しの付かない物だったら非常に困る。
「いいのか、それで……」
「遠慮してる場合じゃないでしょ。守護者のくせにあんな弱さなのはあんた達と合流するのが前提っぽいし、使える物は全部使いな。遠慮するとすぐ死ぬよ」
遠回しに嫌だと伝えてみたが、シンルーはスパッと一蹴した。正論を畳みかけられて口を閉ざす。
まだ言葉を重ねようとしたか口を開いた彼女の後ろから、苦笑したソラールが手を回して口を塞いだ。そこまで。と物理的に止める。
「対価のことを気にしてるなら、守護者と話して確認すりゃいいだろ。基本的に精霊が無限にって言ったら、ホントに無限だ。そういう風に造られている。
だから、お前は気にせずに剣を貰って良いと思うぜ」
「……わかった。とりあえず話をしてみる」
「おう、そーしろ」
話が一段落したところで、ユートの声が聞こえてきて村のほうへと揃って顔を向ける。彼は結界内の人間の様子が分かると言っていたので、棒立ちしているアルビレオ達に気付いて様子を見に来たのだろう。
「おっと。あいつには見つかりたくないんだ。演技とか下手そうだから」
「ああ……わかるかも」
ユートは隠し事が下手そうな印象だ。下手に彼らのことを知ってしまうと、組織の他の人間がいる場面で上手く取り繕えないだろう。アルビレオも演技は上手くないが、ユートよりはマシだと思えてしまう。
じゃあな。とソラールたちが消えて行った数秒後、ユートがやってきた。
「大丈夫か!?」
「大丈夫だよ。どうしたの、ユートさん」
薬草を手にエウロが少し驚いた様子でユートに首を傾げてみせる。アルビレオは剣の柄に手を当てたまま表情を固める。ユートが慌てた様子でやってきたので、緊急事態かと思って緊張しているように見えるだろう。
二人の姿を見て、彼はホッとしたように胸をなで下ろした。
「すまない。森の中でじっとしているから何かあったのかと心配になったんだ」
「ああ、ごめん。アルと今後について相談してたんだ。宿とかどうしようかって。ほら、男三人に女の子一人だから、部屋割りとかさ」
さらっと笑顔で嘘を吐けるのはエウロの得意技だ。わざわざ森の中で話していても違和感のない議題なのも上手い。
精霊なので人間心理を理解できるか少々不安だったが、ユートは少し驚いたように瞬きをして、何度か頷いた。
「そうだな。幼子とは言ったが、もう成体……成人と認められる年の頃か。気になる問題だったな。すまない、私の配慮が足りていなかった。
安心して欲しい。私の体は女性型で性自認も女性だ。だからコルネと同室にしてもらって構わない」
まさかの女性だった。彼と表現してすいませんでした。
驚愕の事実を教えられて硬直したが、エウロのほうが復帰が早かった。
「男性扱いしてごめん、ユートさん」
「いいや、構わない。そのつもりでこの外見になっている」
女二人での旅は危険だという知識はあったらしく、男女どちらとも取れるような外見のほうが動きやすいと考え、この外見にしたらしい。目論見通り男性だと勘違いしていたので大正解である。
ユートは姿を自由に変えられる精霊で、本体は剣の形をしているらしい。
「あ、だから剣を無限に出せるの?」
「ああ。正確には様々な世界の“ユート”が見てきた剣を具現化できる能力だが」
例えばと言いながら彼女は右手を横に凪いだ。その軌道に沿ってトストスッと片刃だったり両刃だったりと、形の違う三本の剣が地面に突き刺さる。戻すように腕を振れば剣がスッと消え、地面に突き刺さっていた後だけが残る。
「こんな感じだな」
出し入れ自由、ということらしい。どこか誇らしげな彼女に感心していると、ユートは何かに気付いたように小さく声を上げた。
「そうだ。昼食を食べたら、遠慮無くその速さを発揮出来る頑丈な剣を探そう。いくつか候補はある」
「え……」
良い案を思いついたと満足そうに頷いているユートに、アルビレオは驚いた表情を向けるしか出来ない。彼女と手合わせしたわけでもないのに、何故アルビレオが動きを制限していることに気付いたのか。
彼女はきょとりと目を丸くし、ハッと気付いたように慌てて手を振った。
「すまん、また隠していることだったか?
私は魔剣の言葉が聞こえるんだが、お前の剣から自分では彼を生かしきれないから、新しい剣を。という訴えが聞こえてきたんだ」
いま腰に佩いている剣は、一年前にダンジョンで拾った剣だ。地の国にあったダンジョンの攻略中、最終フロアにいたボスとの戦闘中に使っていた剣が折れ、フロアに転がっていた剣を拾って何とか倒した。
鍛冶屋で見てもらうと魔剣の一種だと言われた。ただの剣よりも刃こぼれしにくく、頑丈なことが取り柄で、魔剣のランクとしては低い。よく出回っている種類だという。アルビレオが使うにはちょうどいい長さと重さで、この一年壊れずにたくさんのモンスターを狩ってきた。
だが、限界はある。大事に整備して、鍛冶屋に見てもらってきても、アルビレオの速さについてこれなくなってきた。いくつもの剣を折ってきた経験から、本気を出せば壊れると気付いてしまった。
形ある物はいずれ壊れる。頭では理解していても、一年も共に過ごせた剣はこれが初めてで、壊したくなくて力を加減してきた。加減しても倒せる程度には技量も上がっている。
これから先、コルネを護っていくためならば折れる前に新調すべきだ。剣もそのことが分かっているから、ユートに訴えたのだろう。
とはいえ、体の一部と言って良いほど馴染んだ剣を手放したくはない。
「あ、その剣を気に入っているなら、時間はかかるが鍛え直してやることもできるぞ」
「えっ!?」
アルビレオの迷いを汲み取ったか、ユートが人差し指を立てて思わぬ提案をしてきた。彼女の本体を整備する鍛冶師に頼めば、より強い魔剣へと成長させてくれるという。
「どこまで強い魔剣になれるかはかの鍛冶師の気分次第だが……少なくとも現状よりも強くなれるはずだ。
あの人は右に出るものがいないほどの凄腕だから、現状の形状のままで仕上げてくれる。
ただ気分屋なので、完成までとてつもなく時間がかかる。早くとも半年、遅くて……三年ほどだろうか。それぐらいは時間がかかる」
「三年……」
かなり長い。だが、長さも重さも形もそのままに、魔剣としての能力を上げて戻ってきてくれるというのなら、賭けてみる価値はあるか。
「対価は何を用意すれば良い?」
「必要ない」
「え? いや、流石に金とか、何か素材とか払ったほうがいいんじゃないか?」
依頼をする以上は、対価を払うべきだ。魔剣を成長させるなんて神業に等しいことをする相手に支払うなら生半可な対価ではないと思うが、絶対に支払う意思はあると示すも、ユートは苦笑しながら首を振った。
「善意で護衛依頼を引き受けてくれたお前達に、私からのせめてもの気持ちだ」
そう言われては断るのも悪い。少し考えて、アルビレオは自身の剣がどう言っているかとユートに聞いてみた。一応意思疎通が出来るようなので、本人の意向も確認すべきだ。
彼女は剣に目を落とし、一つ頷いた。
「お前の力になれるのなら、やってもいいと言っている」
決まりだ。
剣をベルトから外し、両方ともユートへと差し出す。両刃で分厚い剣が主流のこの世界において、少し反りのある片刃で細身、拳を護るナックルガード付きの片手剣――サーベルはとても珍しい。
もうこれで慣れてしまったので、代わりに頼む剣も同じようなものになりそうだ。
「じゃあ、頼んだ」
「ああ。任せて欲しい」
しっかりと受け取ったユートは、先に宿に戻るように言ってその場から消えた。きっと鍛冶師に頼みに行ったのだろう。
言葉に従って宿に戻る。昼食の用意をしてくれているのか、食欲をそそる匂いがしてきた。
ユートは昼食を食べ終えた頃に戻ってきて、アルビレオのサーベルと寸分変わらぬサーベルを用意してくれた。
「あの剣ほど頑丈ではないが、折ったところで何度でも創るから気にせずに使ってくれ」
「わかった」
受け取って腰に佩く。新しい剣は重さも長さも同じはずなのに、どこか冷たく感じた。
森の中。村へと戻っていく二人を見送る瞳があった。
彼らが完全に森から出ていったのを追い、宿を眺める。見えはしないが、彼らは宿の中の一人の少女を思い浮かべていた。
「……ねぇ。このままでいいの?」
「よかねーよ。だけど、手がないのも事実だ」
木々に隠れながらも姿を現し、疑問を口にした妹に、ソラールは苦い表情を浮かべながらも答える。
大樹で姿を見せたのは、一種の賭けだった。
“彼女”がこの姿を見て思い出してくれないかと期待した。
だが、残念ながら思い出すことはなく、ただただ怯えられた。
溜め息を一つ付いて気を取り直し、大きく伸びをする。
「とりあえず、村に戻ってエーギルに報告するかぁ」
「そうだね。リヒトも心配だし」
自分たちの代わりに村を守護している友人に、作戦が失敗したことを報告しなければならない。その後は組織に戻って情報攪乱だ。
姿を消す前にもう一度、宿を見る。
「――早く思い出してくれ、ヴィー」
どうか、取り返しが付かなくなる前に。




