襲撃
アルビレオ達は一番大変なルートでやってきたらしく、村長とその息子にはあの森を越えられたのかと逆に感心されてしまった。大樹のおかげか危険なモンスターは居ないが、よく霧も出て、同じ景色の中を進むので非常に迷うのだそうだ。
大樹の導きだろう。お礼をちゃんとしなさいと、許可はあっさりと下りた。
「私は村長と少し話がある。お前たちは荷物を置いてくるといい。大樹への道の前で合流しよう」
「はーい。じゃあ、行こっか!」
「ああ」「うん」
話が終わり、退席しようとしたら、ユートがひらりと三人に手を振り残る意思を見せた。アルビレオたちは村長に礼をしてから、家を出てコルネの案内で宿に戻る。
「あ、ミリーさん。トカットさん。ただいま戻りました!」
「おー、おかえり。どこに行ってたんだ?」
「おかえりなさい、コルネ。あら? 後ろの子は?」
「大樹様へ巡礼に来た冒険者さんです。村長に巡礼の許可を貰ってきてました」
宿には先ほどは見なかった男性と女性がおり、コルネがまた双方の紹介を担う。彼らはこの宿を経営している夫婦だという。
トカットは焦げ茶の髪に赤い瞳。ミリーは明るい茶髪に緑の瞳で、二人がコルネを引き取った理由を察した。顔立ちは違えど、色合いが似ていれば二人の娘のように見える。
「お客さんか。いらっしゃい、旅は大変だったろう」
「一泊? それとも連泊かしら?」
「あ、一泊で。明日には地の国へ向かいます」
確認を取られたのはユートが連泊だからだろう。アルビレオがエウロの分も宿泊帳に名前を書き込み、代金を払っている間、エウロはトカットとコルネと談笑していた。エウロがマジックポーチから昨日狩った小動物の肉の残りを出してトカットに渡していたので、今晩のご飯は肉料理になりそうな気配がする。
二階の部屋に荷物を置いてきて、コルネの案内で大樹への道に向かえば、それは宿のすぐ側。巡礼者がすぐに向かいやすいように宿の近くが大樹の入口だったようだ。整えられた道の入口で、ユートはもう既に待っていた。
「ユートさんのほうが早かったかー」
「ああ、元々短い話だったからな」
合流して、踏み固められた道を歩いて行く。道幅は人がすれ違えるほど広く、左右は柵まで作られていた。木々も手入れされていて、穏やかな木漏れ日が道を照らしている。
五分ほど歩いたところで視界が開け、アルビレオとエウロは思わず足を止めた。
大人が十人は必要そうな大きな幹を持つ大樹が、そこに鎮座していた。
青空に枝を広く伸ばし太陽光を燦々と浴びる姿は息を飲むほどに神々しい。
「――誰だ」
大樹に見蕩れていたら、ユートが前に出て厳しい声を出す。彼の声に我に返り、視線を下へと戻すと根元に誰かが祈りを捧げているのが見えた。
腰まで伸びた青みがかった白い髪を三つ編みにした男性と、同じ色の髪を肩で綺麗に切り揃えた女性だ。片膝を付いて祈りを捧げていた彼らは声に反応して立ち上がり、こちらを見た。男性は右目に黄色の眼帯を、女性は左目に黄色の眼帯をしており、顔立ちも似ている。出ている目は二人とも黒い線の入った黄色で、タイガーアイを思わせた。
「やぁ、こんにちは。とても良い天気だね」
人懐っこい笑顔を浮かべ、片手を上げてにこりと友好的に挨拶をしてくる男性にユートは警戒している。男女は旅慣れた格好をしていて冒険者に見えるが、武器を腰に佩いていないことに違和感を感じた。荷物の側かと思ったが、荷物も無い。
大樹への参拝は巡礼者であっても一度は村長へと許可を取る必要があると説明された。狭い村だ。自分達より先に許可を貰った人間がいたとして、大樹への道へ向かうまでにすれ違うぐらいはする。
彼らは、どこから来た?
――チリンッ
疑問が頭を掠めると同時に、アルビレオの耳が鈴の音を拾った。
エウロがコルネを引っ張って後ろに庇い、二人を庇う位置にアルビレオが剣を抜きながら立つ。
「――っ!!」
いつの間に移動していたのか、女性が眠たげにも見える無表情のまま、光を反射しない黒塗りの短剣で刺突してきた。首を狙っての一撃をなんとか逸らしたが頬を掠める。不意打ちを防いで見せたアルビレオに彼女は面白そうに目を細めるとすぐに後退した。
男性のほうはユートへ肉薄しており、男性がどこからか出した剣の攻撃をユートは防いでいた。三合ほど打ち合って、男性が嬉しそうに声を上げながら後ろへと大きく跳ぶ。その隣に女性が移動した。
「あんた、報告にあった守護者か。そっちの少年達はたまたま巻き込まれた一般人かな。
自己紹介が遅れたな。俺は流れの傭兵のソラール。こっちは双子の妹のシンルー。
お嬢さん自身の素性は全く知らんが、俺たちは【終焉を渡り歩く者】にお嬢さんを抹殺するよう頼まれた」
左手に持った、峰が赤く刃に向けて徐々にグラデーションがかっていく金の片刃の剣を肩に担ぎ、男性――ソラールがとても弾んだ楽しげな声で自己紹介する。
一方的に伝えられた内容に息を飲む。カルト集団は数多く存在しているが、その中でも【終焉を渡り歩く者】は《厄災の五種》の一種、《刻を渡り歩くモノ》を崇め、最近特に活発的に活動している終末思想の連中だ。右腕に特別なタトゥーを彫っているそうだが、それ以外に見分けられないほど普段は一般人に溶け込んでいるという。気を付けろとディーオルに警告を受けた。
そこから抹殺依頼を受けたことを、弾んだ声で話す彼に寒気がした。
妹のシンルーのほうは興が冷めたように息を吐き、短剣をしまって背を向けた。帰ろうする彼女に苦笑し、ソラールが剣から手を離すとどこかへ消える。高位の魔道士が付与できるという武器召喚魔法が付いた武器なのかもしれない。
「今のはただの挨拶。そんで、警告しとこう。
縁を切るなら今のうちだし、お嬢さんは今すぐこの村から出たほうが良い」
「ま、待て!」
警告だけを投げてそのまま去ろうとする彼を、ユートが引き留めた。シンルーは無視して進んでいったが、ソラールは律儀にも振り返って不思議そうに首を傾げた。
「狙うなら、何故見逃す!」
「え、だってこの村の大切な大樹を血で汚すわけにはいかないじゃん? 巡礼者来なくなったら商売あがったりだろうし。
標的以外にはなるべく迷惑をかけないってのが俺たちのポリシーなんだよね」
またも絶句する。つまり、彼らは全然本気では無かったと言うことだ。簡単に殺せるが、村に迷惑をかけないために見逃すと。確かにシンルーの服に付いた鈴の音が聞こえなければ、コルネを狙った攻撃を防ぐことは出来なかった。だが、去って行く彼女の服から鈴の音はしていない。
「そもそも、今回俺たちが来たのは確認だ。同業者が殺したって言ってたけど、本当に死んだのか見に来ただけ。死体が放置されてたら埋葬してやろうと思ってね。
でも、お嬢さんは生きてた。てことは、殺したってのは嘘になる。虚偽報告して報酬を持っていったやつに制裁加えるほうが優先度が高いから、今回は見逃す。
ただそれだけだよ」
とてもわかりやすいだろう? と両手を広げて微笑む彼に背筋に悪寒が走った。ソラールはアルビレオとは違う価値観で生きている人間だ。話が通じているようで通じていない。
しかし、彼なりのルールで見逃してもらえるというのなら、今は逃げる時間が出来たと考えてこのまま逃げるべきだ。実力が違いすぎる。
「……わかった。この幸運に感謝して、今は逃げるとしよう」
「うん、そうするといい。俺たちがもう一度動くのは一ヶ月はかかると思うから、それまで他の刺客に倒されないでね。次に会った時には名前を教えてくれると嬉しいな」
じゃあね。とまるで友人に挨拶するような気安い笑顔で手を振り、ソラールはシンルーを追って走り出す。そして森に入った途端、彼の姿が見えなくなった。転移魔法の際に放たれる光はなかったので、高度な姿隠しの魔法だろう。つまり、いつでも狙えるということが裏付けられた。
風が吹き、枝葉を揺らす。さわさわと鳴る音は心地良いはずなのに、ソラールは足音すらさせなかったことに今さら気付いてさらに戦慄した。
とてもじゃないが大樹に挨拶をしている場合では無い。一刻も早く遠くへ行こうと焦ったアルビレオを止めたのは、エウロだ。
彼はまず治療。とマジックポーチから布と自作した軟膏を取り出し、アルビレオの頬の血を拭ってから軟膏を塗った。表面を切った程度なので血の量も少なく、軟膏を塗ってもあまり沁みなかった。
「アル。一応確認するけど、僕らはたまたま巻き込まれただけで、コルネさんを守る義務は無いよ。いつまで続くか分からない逃避行に付き合う必要はない」
エウロの言うことはもっともだ。ソラールからも縁を切るなら今のうちと警告された。
しかし、二年ほど共に行動してきたので互いの性格は把握済み。これはエウロ本人も言っているように、一応の確認だ。
「それで俺が納得するとは思ってないよな」
「まぁね。本音を言えば、僕も見捨てたくないし」
命が狙われていることが分かっていて、ハイさよならは夢見が悪い。せめて他の町に向かうまで護衛しても罰は当たらないだろう。その結果、暗殺者達に仲間だと思われて一緒に攻撃されるかもしれないが、こんなか弱い少女を見捨てることはできない。
ニッと笑い合い、コルネへと顔を向ける。彼女は信じられないと言わんばかりに目を開いて固まっていた。
「――次の日蝕までだ」
そこにユートが入ってくる。
三人で同時に彼へと顔を向ければ、彼は諦めたように息を吐き、アルビレオとエウロに頭を下げた。
「すまない。どうかお前たちの力を貸してくれ」
真摯な願いに、アルビレオとエウロは同時に頷いてみせた。
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村に戻って話せる内容でも無いからと、大樹に全員で挨拶をした後、根元で車座に座って話を始める。
「――私は、コルネの素性を全て知っている」
「えっ!?」
ユートの告白に驚いた声を上げたのはコルネ本人だけ。アルビレオも驚きはしたが声は上げずに彼を見つめる。エウロは目を細めて口の端を上げた。そんな彼の様子にユートは苦笑する。
「エウロは気付いていたか」
「まぁね。さっきアルに説明していた内容を聞いてたけど、数日前に来たにしては妙に詳しかったし、事務的だった。まるでその場で見ていたけれど、誰かからの伝聞のようにぼかそうとしてるみたいで、違和感があったから」
「そうか」
エウロはとても耳が良い。他の人と談笑しながらも周りの情報を聞ける能力は天性のもので、それを生かした情報収集に長けている。さらに喋っている人間の小さな違和感を感じ取り、嘘を見破ったりもする。この能力のおかげで色々と助かってきた。
今回については、アルビレオも少し違和感は感じていたが言葉にするまでには至っていなかった。ただ、ユートは何かを隠そうとしているとは察していたので、やはりかと密かに納得する。
ユートは気を取り直すように小さく息を吐くと、説明を始めた。
「コルネはここから北、地の国にある村『フォーリガ』の巫女だ。二ヶ月前、村が【終焉を渡り歩く者】に襲撃された。
私はコルネを守るようにと、この世界の神に命じられ派遣された眷属の一種……この世界の定義なら精霊だ」
今度はエウロも驚いて息を飲んだ。
人間ではない種族だと自己紹介されたが、まさか精霊だとは想像もしていなかった。基本的に精霊は実体を持たないが、力のある精霊は実体を持って歩き回ることが出来ると言う。食べ歩きが好きな精霊が居るとエウロから聞いたことがある。
「私は彼女を守って村から脱出して、ひとまず火の国に逃げようとしたんだが、山道で襲われてコルネが滑落してしまったんだ。
その後にすぐに助けられたら良かったんだが、コルネが落ちたことで隙が生まれて大怪我を負ってしまって。襲撃者にコルネは死んだと暗示をかけて、撤退させるのが精一杯だった。
傷が治るまで姿を消してコルネの側に居続けたら、どうやら記憶を失っているからこの村で受け入れようという話になってて。数日前に私の怪我が治ったから、もしこの姿を見てコルネが記憶を取り戻したら一緒に逃げるし、そうでないならこのままここで平穏に暮らすのもありか。と思っていたところだったんだ」
しかし、襲撃者に見つかってしまった。
これから先のことを考えると逃げるのは確定なのだが、ユート自身はそんなに強くないらしい。ソラールの攻撃を防げたのも、ソラールが防がせてくれたからだと言う。
「私に出来ることは記憶の改ざんと、無限に剣を出せることぐらいだ。あの二人の記憶も改ざんできたら良かったんだが、術式が弾かれたので上手く行かなかった。
だから、どうか次の日蝕まででいい。力を貸してくれ」
頼む。と再び頭を下げられ、頷きかけたがふと思い至って留まり、確認のためにエウロを見る。彼も同じところで引っかかったか、アルビレオの視線を受けて頷き、ユートへと視線を戻した。
「ユートさん。肝心な『コルネさんが狙われる理由』を話していないよ。
それが分からない以上、僕らは手を貸せない」
そう。村の巫女だとは聞いたが、それだけで何故、命を狙われなければならないのか。何を祀る巫女なのかを聞いていない。
指摘に言葉を詰まらせ、ユートはゆっくりと顔を上げる。その顔は悪いことがバレた子供のような表情をしていて、彼が意図的に情報を隠していたことが分かった。
「協力して欲しいなら情報は正確に。幼子だからって、騙されはしないよ」
エウロの棘のある言葉に、彼は観念したように頭を下げ、何度目かの謝罪をした。




