森の中の村
エウロと旅をするようになって、二年が過ぎていた。一度火の国から地の国に出て、また火の国に戻ってきたところだ。
常人には見えないが、確かに存在している不可思議な存在――精霊。
地・水・火・雷・木・氷・風の七属性の精霊がこの世界によくいる種類で、特定の場所にのみ光と闇が存在しているという。エウロの話では伝承の中には時と無の精霊もいるらしい。
旅の途中、木の精霊が宿る大樹を祀る村が火の国にあると聞き、二人は森に囲まれた辺境の村へと向かっていた。
火の国は中央に火山があるせいで森が少なめだが、地の国と風の国と火の国、三国の狭間に森があるという。そしてその森の中に村があるそうだが、自給自足で暮らしているためか交流はほとんどなく、向かったという冒険者も「何も無い場所だった」と言うほどの、のどかで特徴の無い村らしい。
世界を見ることが目的の二人にしてみれば、精霊が宿った大樹があるという点だけで見に行く価値はある。
小鳥の声はするが、大型の動物もモンスターも存在していない、よく言えば静謐な、悪く言えば不気味な雰囲気を持つ森を二人は進んでいた。
「本当に交流はしてなかったみたいだね」
「そうだな」
アルビレオは右手だけ剣を持ち、通り抜けにくい木の枝だけを切り落として進んでいく。
最初はなるべく森を傷つけないように進むつもりだったが、森には人の手どころか獣道すらなく、あまりにも鬱蒼としていて道に迷いそうだったので、切り落とすことで目印にして周囲を確認しながら進むことにした。
常に北を指し示す方位石で方角を確認しながら進み、森の中で野営もしつつ二日ほど歩き回っている。今のところ切り落とした木に遭遇していないので、元の場所をグルグルと回っては居ないはずだ。
今日、辿り着けなければ帰ろうと決めて、歩き始めた。
「……?」
ある一点を超えた時、空気が変わったのを感じ取ってアルビレオは足を止めて周囲を見回した。
後ろのエウロを振り返れば、彼も同じように違和感を感じたか周囲を見回し、無言のままアルビレオに小さく頷く。警戒して進もうと視線で受け取り、こちらも頷き返して前を向いた。
森である以上音を立てずに進むのは不可能だが、なるべく大きな音を立てないように慎重に進んでいく。
木々の間隔が広くなってきて、葉の隙間から光が漏れてくる。
先の方には拓けた場所があるようで、より一層警戒をしながら進む。休憩できる場所があると思ってそこに足を踏み入れたら、野盗のアジトだったことが一度あった。全員しっかりと叩きのめして捕らえて、近くの村の自警団に引き渡したが、随分と骨が折れた。
二度目があったとしたら、不意打ちでさっさと片付けようと決めている。慎重に進んで、木々の合間から見えた様子に二人は肩の力を抜いた。どうやら探していた場所に辿り着いたようだ。
剣を収めて藪をかき分けて森から出る。
ちょうど民家の前で、洗濯物を干していた同い年ぐらいの少女が二人に気付いて小さな声を上げた。エウロと同じような緑の瞳で、長めの焦げ茶の髪を左右に分けてお下げにしている。
「こんにちは! 聞きたいんだけど、ここはミゲール村であっているかな?」
大きな悲鳴を上げられる前にエウロが人懐っこい笑顔を浮かべながら声を掛け、怪しい者ではないと示した。少女は何度か瞬きをした後、戸惑いながらも頷いてみせた。
「あ、あなた達は?」
「僕は吟遊詩人のエウロ。こっちは剣士のアルビレオ。
僕達、この村に精霊樹があるって話を聞いて、見に来たんだ」
エウロは本来、魔曲使いだが、吟遊詩人のほうが話は通りやすい。それに実際、アルビレオが剣を壊して依頼に出れない間、吟遊詩人として英雄譚を語り聞かせて路銀を稼いでいることもある。
朗らかな笑みを浮かべたエウロがギターを取り出してかき鳴らしてみせれば、彼女は少し驚いた顔をして、納得したように頷いた。
「ええ、ここはミゲール村よ。あなた達、随分と迷ってきたのね。そっちは獣道すらなかったでしょう」
「ってことは、他に道があったんだ?」
「山沿いにあるの。森は大樹様の領域だから、荒らさないためにね」
「ああ~、なるほど」
あっちとあっち。と指差されたほうを見ると、確かに山に向かって村の出入り口が二カ所あるように見える。彼女は左側が地の国へ、右側が火の国へと続く道だと教えてくれた。
森に入る前、山に向かっている道があったなと思い出し、ここに繋がっていたのかと納得した。てっきりそのまま地の国へと向かう道だと思ってしまった。
「てことは、僕達荒らしちゃったかな……」
「大樹様に謝罪したほうが良いだろうか……」
進むためとはいえ少し木の枝を斬ってしまった。仕方がなかったとはいえ傷つけてしまったのは事実なので、反省を示さねばならないだろうかと顔を見合わせると、彼女が朗らかに微笑んで手を振った。
「大丈夫。私たちがやりたくないから森を切り開いてないだけで、外の人にそのルールを押し付けるつもりはないよ。あ、でも出来れば帰る時はあっちの道を通って欲しいかな」
「それはもちろん。『旅立てば自身は海に続く川だと思え』って言うしね」
新たな土地に入ったら、その土地のルールに従え。お前の行動が水の都の印象を決める。という水の都でのことわざだ。
彼女は当然知らないので首を傾げ、エウロが笑顔で説明して、しれっと水の都出身だとまで明かす。随分と遠いところから来たと驚かれた。
「そんな遠いところから来てくれて、きっと大樹様もとても喜ばれると思うわ。
私はコルネ。ちょっと待ってね。これ干し終わったら村長のところまで案内するから」
洗濯物を干すくらいなら手伝いを申し出ようとして、アルビレオは挙げた自分の右手を見て大人しく下げる。この三日、川も水辺も見つからなかったため、汚れを落とすことも出来なかった。今、彼女を手伝えば余計に汚すだろう。
しかし手持ち無沙汰なので困っていたら、彼女の後ろにある家から誰かが出てきた。
「コルネ。中の掃除は終わったぞ。……誰だ?」
夜の闇をそのまま髪と瞳に落とし込んだように、真っ黒な髪と目の、男性か女性か迷う美人だ。体に沿う黒いハイネックノースリーブのシャツを着ているのにその胸元は膨らみが少なく、それでいて全体的な線は細いので判断に迷う。髪は長く後ろで一つに括って纏めているが、男性でも長い人間はいるので髪の長さで性別は判断できない。
性別不明の人物は箒を片手に不審そうにアルビレオ達を睨み付けてきたので、コルネが慌てて説明をした。
「この人はうちに数日前から滞在してる、冒険者のユートさん。
ユートさん、彼らも冒険者で、ええと、赤茶色の髪の彼がエウロさん、金髪の彼がアルビレオさん、だったよね?」
「うん、そうだよ」
「ああ、合ってる」
確認を取ってくるコルネに頷いて肯定すれば、彼女はホッとしたように微笑んだ。
紹介を受けたユートはきょとりと目を丸くし、箒を持ったままアルビレオの前までやってきて、少し屈んで――悔しいことに彼(仮)のほうが身長が高い――顔を覗き込んできた。一体何だと思わず身を引く。
「……お前、魔力を一切持っていないんだな」
「――――ッ」
彼は見て思ったことを言っただけで、他意はないのだろう。だが、その言葉はアルビレオ達を動揺させるのには充分だった。
この魔法と魔力の溢れる夢幻世界において、完全に魔力を持たない人間はそう多くはない。魔石を使用しない魔導具が使えないのと、魔法が効きにくいのが特徴で、それ以外は魔力がある人間と変わりは無い。だが、一部の心無い人間達には“呪われた子”だの“欠陥品”だのと言われてしまうような特徴だ。
アルビレオの場合は、言われる度に家族が相手の性根を叩きのめし、「呪いや魅了などの状態異常の魔法にも全く掛からない貴重な才能だ」と褒めてくれたので気にしていないが、態度があからさまに変わる人間は大勢居る。
パーティーを組む際に重要なことだからとエウロに伝えたら、態度が変わらず、むしろ自分の薬草の知識が役立つと朗らかに笑った。国や場所毎に異なる傷に効く薬草をアルビレオに教え込むのはそのためだ。なにせ、魔法が効きにくいせいで神殿での回復魔法も効きが弱く、治療を受けるのに通常の何倍も金が掛かる。
魔力はあっても魔力を外に出せない人間はいるので、魔導具が使えなくともその体質だとして誤魔化して生きてきた。
それを、たった一目見ただけで見抜かれて、動揺するなというのは難しい話だ。
彼は不思議そうに首を傾げたが、やがて何かに気付いたか慌てて首を振った。
「すまない。この世界では魔力無しは迫害されるんだったか。
言いふらさないと火神に誓おう。幼子が酷い目に遭うのは見たくないからな」
謝罪し、胸に手を当てて誓いを立てるユートに、今度は眉根が寄る。この世界、幼子と表現したことに違和感を感じた。見た目通りの種族でも年齢でもなさそうな気配に、どう切り出すか迷う。
「私は冒険者のユート。種族は明かせないが、人族ではないし、こう見えて二百年以上は生きている。長命な種族だと思っていてくれ」
迷っていたのを察したか、苦笑しながらユートが自己紹介をした。人族ではないと証明するために、箒を一度家に片付け、ナイフを持ってきてアルビレオ達の前で左手の人差し指の腹を傷つけた。
本来なら赤い血が出てくるはずだが。
「ッ!?」
「……銀……!?」
銀色の液体がにじみ出てきた。
液体は空気に触れると固まり、銀色の皮膜が指先に生まれる。ナイフを逆手に持ち直した右手でかさぶたのようになった銀の皮膜を剥がすと指先は綺麗になっていた。銀の皮膜は右手の親指と人差し指で丸めている内に粉になって空気へと消えていく。
「まぁ、こういう特殊な種族なんだ。内緒にしてくれると助かる」
困ったように眉を下げるユートに、アルビレオ達は呆気に取られて頷くしか出来なかった。
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「お待たせ! じゃあ、村長のとこに行こっか!」
「あ、ああ」
コルネは洗濯物を干すのに必死になっていたので、こちらの会話は聞いていなかった。一度ユートが家に戻ってナイフを持ってきた事にも気付いていなかった。あまりにも不自然なので、ユートが何か魔法をかけていたのかもしれない。
少しぎこちない返事をしたアルビレオに彼女は首を傾げたが、すぐに気を取り直してこちらだと先導を始めた。
大樹に会いに行くには村長の許可が必要とのことで、コルネの案内で村長に会いに行く。
ミゲール村は交流の極端に少ない閉ざされた村だと思っていたが、山を越えてすぐの地の国側の村と盛んに交流しているらしい。また、秋頃に行う大霊祭という祭が近くなると、地と風の国の精霊信仰者が巡礼に訪れるという。
コルネの家はそういった巡礼者のための宿らしく、村長から大樹参拝の許可が下りれば、一度部屋に荷物を置くと良いと薦められた。
「本当はお代貰うとこだけど、水の都の話してくれるなら一泊はサービスしちゃう!」
「お。それなら水神様と船乗りの話でもしようかな」
「水神か。私も興味があるな」
「あは。ユートさんも食いついた。これは気合い入れないとな~」
村長の家までの道のりを和気藹々と進んでいく。村人達は道のない方向から来たアルビレオ達を興味深そうに見ているが、話しかけてくることはなかった。
そのことに若干違和感を感じる。普通、村の娘が知らない人間を連れていたら、穏やかだったり警戒していたりと雰囲気はそれぞれだが、まず大人が声を掛けてくる。アルビレオの故郷でも、村の少女が知らない人間の案内を一人でやろうとしたら誰かが声を掛けていたし、アルビレオも声を掛けて一緒に回った。少女を守るためだ。
今回はコルネが自主的に案内を買って出てくれたので共に進んでいるが、本来なら家だけ聞いて自分達だけで向かうところだ。
訝しんでいたのに気付いたか、三人と二歩ほど離れて歩いていたアルビレオの隣に、ユートが歩調を緩めて並んできた。
「……コルネはこの村の娘ではないんだ」
ぽそりと、ユートがアルビレオにだけ聞こえるように小声で教えてきた。
驚いて見上げるアルビレオに、あとでエウロにも説明するが。と前置いて、ユートはコルネを見つめたまま続ける。
「一ヶ月ほど前、地の国からこちらに向かう山道の途中、頭から血を流して倒れているところを、隣村に行商に向かっていた青年が見つけ、保護した。
倒れていた場所の近くの斜面に転がり落ちたような跡があり、おそらくは上の山道から落ちてきたのだろうと推測された。
転がり方が上手かったか骨折はしておらず、全身打撲と手や顔などに擦傷痕が付いた程度だったそうだ。血が流れたのも額を切ったために派手に出血しただけで、傷自体は深くもなく、今や痕も残っていない。
翌日、村の若い者が倒れていた場所と上の山道を調べてみたところ、上の街道に荒らされていた荷物があったことから、野盗にあって逃げていたのだろうとの見立てだ。
もっとも、本人にその記憶が無いために憶測でしか無いが」
小さく息を飲み、思わずコルネを見た。彼女はこちらの様子に気付かず、エウロと楽しげに笑っている。
そんなコルネの様子を、ユートはどこか寂しげだが微笑ましく見つめていた。
「かろうじてコルネという名前は覚えていたが、それが彼女の名前なのかどうかもわからない。とりあえず仮で呼んでいる状態だ。
仕方がないので宿屋の夫婦が引き取り、半年ほど様子を見て、記憶が戻れば良し。戻らなかったら彼らの養子としてこの村で生きることを決めたらしい。
だから、村の者達は彼女の扱いについてまだ少し迷っているんだ」
事情を聞けば村人の視線の意味も分かる。コルネとして村に馴染みすぎた後に記憶が戻ったら、別れが辛くなるだろう。アルビレオ達との交流で何かを思い出すきっかけになればとも思っているのかもしれない。
話している内に村長の家に辿り着き、四人で中に入った。




