いざ、契約!!
あとついでに、自称弟が旅に出ました。
コトハが【銀翼の歌姫】として有名になり、ティカと改名してから二年の歳月が過ぎた。
「姉さん。必ず強くなって帰ってくるから、待っててね!!」
「はいはい。気を付けてな」
ヒイラギは誕生日を迎え成人すると、ティカとルナの周りが落ち着いたのもあり、武者修行の旅に出ていった。ヒイラギ一人だと色んな意味で不安なので、セサルも付いていった。
すっかり静かになった朝の日課が少しだけ寂しいなと思ったのは、一生ヒイラギには言ってやらない。
この二年の間にルナが魔導銃の改良に成功し、武器業界に革命を起こした。
魔石と銃身を一体化させ量産を可能にした魔導銃は様々なところで使用されることになった。特に、水の都からは是非とも設計図を売ってほしいと熱望されるほどの武器となった。
彼の国は魔力を持つ動物――魔物、魔物がさらに凶暴化したモンスターは少なく、動物が多い。魔導銃は相手の魔力が高ければ高いほど威力を発揮しないが、動物相手には充分な威力を持つ。また、一般人相手には充分すぎるほどの威力だ。要人の護衛、新人騎士の装備としてちょうどいい。
この設計図を、ルナはあっさりと安価で水の都の王室と冒険者ギルド連盟本部に売りつけた。
大人達は目を剥いたが、彼女は利権の大きさを理解しながらも笑って言った。
「ボクはね、ボクの心が納得できるかどうかを優先してるんだ。損得は二の次さ。
水の都はコトハの初恋の人がいる国だからね。詩人の運命の相棒って感覚は分からないけれど、相手も絶対にコトハに惚れてる。
で。コトハみたいな超絶強い女の子に惚れたなら、自分も強くなろうとする。ボクが男だったら絶対にそうするもん。
それで軽く調べたけど、あの国ってどうやら冒険者より騎士団のほうが強いみたいなんだよね。なら、彼は必然的に騎士になってる。
集団の中で一人だけ強くなろうとすると足を引っ張られるのは世の常だから、いっそあの国全体強くなってもらえば、相対的に彼も強くなれるでしょ。
だから王立騎士団と、王都のギルド連盟本部にだけ製造許可を出して売った。まだまだ改良の余地はあるから、改良する分にはお好きに。でも改良した銃の責任は改良した人が負ってね。ボクは自分が造った分しか負わない。って念書まで付けてね。
ここまでして会えるかわかんないし、本当に騎士になってるかもわかんないけどねー」
全ては、ティカへの愛情。この話を聞いたティカは恥ずかしげもなく愛だと説明された羞恥が六割、勝手に決めた怒りが三割、愛されてる喜びが一割の割合で顔どころか耳や首、下手したら全身を真っ赤に染め上げて、ルナの頬を抓り上げた。
なお、売りつける時に開発者の名前を“ティカ・エボルタ”にしようとしたのでティカ含め大人達は全力で止めた。せっかく偽名を名乗っているのに、ティカまで有名になっては意味が無い。
表舞台に出たくないルナは散々をこねにこねて、ティカに“クオーレ・エボルタ”と偽名を付けて貰い、それを魔導銃の開発者として広めた。
ちなみにエボルタ姓は風の国では『本名を明かせない貴人が名乗る名字』として知れ渡っており、追及をしないことが暗黙の了解となっている。
「風の国の魔導銃というか銃の第一人者になっちゃったんだから、ティカでも良くない?」
「使い手と開発者は別! 使い方ならともかく、開発のあれこれ聞かれても俺は応えられんから無理!!」
「ちえ~~」
ティカは一体化した魔導銃ではなく、様々な弾を使いこなすリボルバー式を好んだ。全ての転機となったあの試合で使用してからすっかりと気に入ったのだ。実弾も含めた弾を発射できる銃を特別に開発し、状況に応じて弾を使いこなしている。
銃に魔導弾を込めたまま充填する機構も開発されたため、弾の交換が必要なくなった。魔力操作を得意とするティカは、充填する際の魔力を調整することで弾の威力さえも自在に操った。
冒険者の間でも、このリボルバー式や単発のライフル銃が好まれるようになった。量産式とは違い決して安価ではないが、きちんと手入れをしていれば、剣などに比べて刃こぼれや折れると言った心配はないし、弓矢のように矢がなくなると言うこともない。また、矢のように風の影響を受けないことが好まれた。
さらに弓が熟練度を上げるのに時間が掛かるのに対して、銃は弓に比べれば短時間で使い物になる。そもそも乱戦となれば弓も銃も使えないのは一緒だ。飛距離も威力も上がったとなれば、魔導銃は最初の一撃にちょうどいいと選ばれるようになった。
それに伴い、各国の冒険者ギルド連盟は共有で新規ジョブ【ガンナー】を制定。最低限の知識と扱い方を学んでから扱うよう、急いで体制を整えた。造れる工房は限られていたため、特定の工房以外での購入はしないようにと注意喚起も回した。
元々銃を使っていた水の都以外では、風の国がいち早く法令や注意喚起、工房の制定などを行っていたために、前々から開発して法整備を進めていたのかと、地と火の国から表向きは褒め言葉だが、裏はとてもチクチクとしたお言葉を貰ったりしたらしい。
それらのお言葉には『【銀翼の歌姫】が愛用している武器なのだから、こうなることは彼女が現れた二年前から予想していた。各国にも【銀翼の歌姫】の情報とともに、ちゃんと準備しておけと流した。怠ったそちらの落ち度だ』と、国王は堂々と言い返したそうだ。
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この二年で、ティカもルナも背が伸び、体つきも女性のそれへと変化していった。
ただ、ティカは幼い頃から身体強化魔法を使い過ぎた影響で、身長があまり伸びず、十二歳の男児の平均身長程度で止まった。脂肪も付きにくい体質なのに運動量は多いせいで、どれだけ食べても彼女は少年のような体型となっていた。胸当てを付ければささやかな胸すら潰れて、声の低さも相まって完全に少年である。
まだ大人とは言えない体だが、十二歳よりも頑丈になったと言うことで、ついにロータスとの契約をすることになった。
朝日が昇り始める前に防壁の外で契約を交わす。立会人はオッドベルとバージェス、ユパとサツキ、ルナとシルバだ。
薄明るくなってきた空の下、大きな姿に戻ったロータスがティカの頬を両手で包む。ふわりと知らない花の香りが鼻腔をくすぐり、すぐに彼女の魔力だと気付いた。花の香りのする魔力がゆるりとティカを包み込む。
「《ブラックロータスがここに誓う。渇望する歌声に必ず応え、コトハの意思のままに力を振るう。
たとえ世界の果て、次元の彼方であろうと、ワタシはアナタの側に行くわ》」
揺蕩っていた魔力が服を突き抜け、ティカの体へと入って来ようとする。異質な魔力に反射的に体を強張らせたが、深呼吸をしてなるべく受け入れようと力を抜いた。
純粋な魔力ではなく、魔法を受け入れるのは痛みを伴う。侵蝕していく痛みは、酷い頭痛と高所からの落下による全身骨折にも似ていた。時々痺れるように痛むのもいただけない。だけれど、ティカはすぐに痛みに慣れて、真っ直ぐにロータスの黒い瞳を見上げた。
するとロータスが泣きそうな顔をしていて驚いて腕を伸ばした。ティカの短い腕では届かないが、ロータスのほうから身を寄せて頬を触らせてくれた。
「お前も痛いの?」
「ううん。嬉しい。嬉しいのよ。どれだけワタシが好きでも、人の子は弱いから。受け入れられる子なんていなかったの」
「一人も?」
「一人も」
「そっか。なら、厳しい修行を耐えた甲斐があるよ」
ぼたぼたと。ティカの拳よりも大きな瞳から、熱い涙が落ちてくる。両手を伝って服まで濡れていくが、ティカは手を離さずに笑顔で受け止めた。
「いつでも。どこでも。アナタが呼ぶなら駆けつけるわ。日蝕の日だって皆で助けに行くのだわ!」
「ありがとな。でも日蝕の日は領域で自分の一族とシルバを……あと、余裕があればで良いから、ルナを守ってくれ」
日蝕の日は、ピクシー族は領域から出てこない。彼らは日蝕によるプラーナという力の変動にとても敏感で、そのまま消滅したり、別の生き物に変異してしまうほど、存在が不安定なのだ。そんな彼らをロータスが守っているのだと、オッドベルから教えられた。
だから多くは望まない。
銀翼のグリフォンを従えようとも、ティカ自身は世界に対して何一つ貢献できない。こんな役立たずで価値のない小娘を守らせるより、ルナのように世界に貢献できる人間を守ってもらったほうが良い。
「俺の大切なものを守ってくれるなら、俺は大丈夫だ」
笑顔で本心を告げれば、ロータスは苦しそうに眉を寄せて目を伏せ、やがて目を開いて涙を零したまま微笑んだ。
「わかったわ。それがアナタの望みなら」
納得はしていなくとも、諦めたように彼女は応え、ティカの頬を親指の腹で撫でて手を離した。気付けば花の香りは消えており、痛みもなくなっていた。終わったようだ。
太陽が顔を出し始めて、ロータスの目尻に残った涙が光を反射する。精一杯手を伸ばして拭いてやった。ロータスはくすぐったそうに微笑み、ティカの服を乾かしてから離れた。
何か変化でも起きているかと軽く自分の体を動かしてみるが何も無い。
「胸にお花が咲いているはずなの。見えるかしら?」
「胸?」
指摘され首元を広げて見てみると、左胸に確かに黒い何か痣のようなものが見える。花びらに見えなくもない。
「……たぶん、咲いてる」
一度脱いで鏡で見てみないとはっきりとはわからないと追加して説明したが、ロータスは嬉しそうに微笑んでティカを抱き上げて抱きしめた。頬ずりされて、くすぐったさと恥ずかしさに「あ゛~~」と小さな呻き声を上げる。
終わったと見てルナが駆け寄ってきたので、ロータスはティカを降ろして小さな姿になった。
「お疲れ様~! 契約の印ってどんなの~?」
「花らしい。あとで見せてやるよ」
ここにある。と左胸のところを差すと、首元を引っ張ろうとしたので手を叩いて辞めさせる。後で見せると言っておろうに。
「二人の周りを金と黒の魔力がキラキラと輝いていて、神秘的だけど恐ろしくもあったよ。痛みはない?」
「始めた時は酷い頭痛と高所からの全身骨折に似た痛み、あとじんわりと痺れるような痛みがあったけど、慣れてるから痛くなくなった」
「そのどれも慣れるほど味わっちゃダメな痛みだからね?」
「わかってる。もうそんな怪我をするほど未熟じゃない」
「そういう話じゃないんだけど……」
ルナが溜め息をつき、ロータスは苦笑している。ティカとて自分が異常な修行を課せられていたことにはいい加減気付いている。弟達は一度も全身骨折はしたことないらしいと知り、やっぱり両親は自分の事が嫌いなんだなと実感したばかりだ。
心配してくれているルナの頭を撫でたら、お返しとばかりに抱きしめて頬ずりしてきた。苦笑しながら受け入れる。
そして今日はもう一つ、契約を結ぶ相手がいる。
別日にしたいと言ったのだが、今日、一緒にやってしまえとユパに言われたので一緒にやることになった。
「クゥ」
「おう。次はお前の番だな」
二年ですっかりと羽根が生え替わり、銀色の翼になったシルバが近寄ってくる。代わりにルナは離れていった。
従えてしばらくしてから、シルバは従魔契約を結びたがった。契約者に隷属し、契約者と命を共有する強力な魔法だ。完全に繋がるので、契約者が喚ぶか、契約者の危機を察知すると時空を越えて駆けつけることが出来るという。二代目の銀翼の主【銀翼の聖女】が銀翼のグリフォンと交わしていたと文献には残っている。
ティカは冒険者だ。いつか旅に出た時に、目立つ自分は一緒について行くことは出来ないと彼も理解している。それでも、何かあった時に駆けつけられるように。そして、ティカが自分の命を簡単に投げ出さないように、自分に縛り付けると言って聞かなかった。
「諦めないか?」
「クゥーウ」
「『コトハはオレの主だから。オレが護る』ですって」
「気持ちは嬉しいが、一人のほうが気が楽なんだがなぁ……」
ロータスが通訳したシルバの言葉に苦笑してしまう。
ふと視界の端でオレンジ色に染まった空が見えて、そちらに顔を向けて目を細めた。
『彼』もティカを弱いながらも守ろうとした。肉体的には守れなくても、精神的に守ろうとしてくれた。十日の旅の間に一曲創り上げて捧げてくれた彼は、きっともうティカの事は忘れてるだろうけれど。
(……『再会したら、独りには戻さない』だったかな)
再会したら、きっと彼は相棒として隣にいてくれるつもりだったのだろう。もう、叶わないけれど。
いい加減しつこいなと自分に苦笑し、四年も抱えた感情を振り払うように、顔をシルバへと戻した。
「わかったよ。結ぼう」
手を伸ばし、シルバの頬を撫でる。気持ちよさそうに手に顔を擦り付け、シルバは魔法を発動した。
銀の輪がコトハを包む。体に入ってこようとする魔法を、抵抗せずに受け入れた。ロータスとの契約ほどではないが、僅かに息苦しくなるような圧迫感があった。深呼吸をすることで息を止めないように気を付ける。
時間はほとんどかからず、圧迫感は消えて呼吸が楽になった。シルバが満足したように顔を離し、翼を広げる。
『できたよ、コトハ』
いつも通りの鳴き声だが、脳内に言葉が響く。ティカよりも少し年上の少年の声だった。
「こんな感じで聞こえるのか。不思議な感じだな」
『これで、いつでも駆けつけるからね。ピンチにならないように気を付けてね』
「ははっ。わかった。気を付ける」
『本当に気を付けてよ!?』
「わかってる」
ちゃんと会話が成立することに笑いつつ、待機しているルナへと終わった合図をした。ルナだけでなく大人組もやってきて、ティカを囲って従魔契約の証を探す。
文献に寄れば聖女は右肩に爪で引っかかれた傷痕のような黒い痕があり、魔法を使うとそこが銀に光ったそうだ。
だが。ティカは。
「どこ?」
見える範囲にはない。あとは服の中なのでもうギルドに戻って服を脱いだほうが良いかと顔を上げたところでルナが声を上げた。
「魔法! コトハ、魔力を練って!」
「あ、そうか」
魔法を使って銀に光った場所が刻印の場所だ。ルナに指摘されてティカは魔力を練る。
だがどこも光りはしなかった。魔力を練るだけでなく魔法を使わなければならないかと歌魔法を歌ってみたが、変化は無い。
「……目だ!」
「!?」
バージェスの指摘に驚いてティカが歌を止めれば、見守っていた全員がティカの目に注目した。
「あ、そうか! 契約の証は黒いから、変身魔法とほとんど同じ色になるんだ! そしてコトハは元々銀の目だから、魔法を使って銀色になっても違和感がない!!」
「そういうこと!?」
ティカは驚いて目元を触り、次にカフスを外すと、髪の色は鮮やかな青紫になった。そして皆が納得したような声を上げるので、ルナの推測は正しかったようだ。サツキが手鏡を取り出したので自分でも見てみれば、銀の混じった黒に近い紺になっていた。
「……これ、ロータスの変身魔法を貫通して銀に光るって事だよねぇ……」
「そ、うねぇ……あらぁ……」
ルナが思わず呟いた言葉に、ロータスも珍しく驚いたようで、どこか放心した様子で返す。
従魔契約の証は《ピクシー族の長》の魔法を籠めた魔導具すら貫通する。ロータスが常時発動させていないといけないためにやっていなかったが、実験のために直接、変身魔法をかけてもらった。貫通した。
「従魔契約のほうが強い、ということか」
「というよりも、隠すべきものが違うからかも。これは強いて言うなら魔力痕でしょ。なら、変身魔法ではなくて隠蔽魔法じゃない?」
「隠蔽は空間にかける魔法ですから、隠せないですね……」
「魔法を使う時だけなら問題ないだろう。魔法を使う時だけ目の色が変わる体質の者は、少ないが存在している。“ティカ”はそういう体質だったことにすればいい」
「そうしますか」
大人たちの話し合いを受けて、ルナとロータスは魔導具の魔法を調整した。目を隠しても無駄で、色合いもあまり変わりがないようなら、その分の魔力を髪色の変化にだけ注げば魔導具も長く持つ。
その間に大人達はいろいろと話し合っていたが、ティカはルナとロータスの作業を見ていた。




