問題を一つ一つ片付けて
そして、ティカ・エボルタが生まれた年。
ルナの両親がピクシー族の禁忌を犯し、ロータスによって制裁を加えられていた。
その知らせを受けたルナは、悲しむこともなくあっさりと受け入れ、自分の処遇はどうなるのかとオッドベルに確認を取った。オッドベルの養女にならないかと提案され、コトハと離れないならとこれまたあっさりと受け入れた。
「やけにあっさりと受け入れるな。一応、親だろう?」
「ボクの中身はコトハが埋めてくれたからね。あとはちょっとだけロッドベルド先生……オッドベル先生? まぁ、あの人と、寮長が詰まってる。
両親なんていう人たちは欠片も入ってないから、ロータスに面倒をかけて申し訳ないなって程度かな」
「……そーか」
説明の場に同席していたバージェスの問いに対し、ルナは事も無げに答えた。
ユパに似た銀の混じる紺の瞳には悲しみも偽りもなく、本心からそう思っているのが分かる。元々交流もなく、顔すら覚えていないというのだから悲しみようが無いのだろう。
望んで産んだ子にすら一欠片も感情を向けられないエルフィンストーン夫妻にほんの少しだけ哀れみを抱くも、自業自得かとバージェスはすぐに思考を切り替えた。
面倒臭い手続きは全て終えた。ルナはオッドベルの養女となり、学校は卒業したものの養父に会いに行くという名目で学校に通い、魔導銃の研究に手を貸している。
コトハは新しい魔法を探すという目的はまだ果たしていないが、ルナが魔導銃を作り終えるまでは保留として、あれだけ執着した学校をあっさりと辞めた。学費は三年分返金され、ユパがせっかく払ったのにとぶつくさ文句を言っていた。辞めた後はルナについて行って魔導銃の試し打ちを手伝ったり、冒険者として依頼をこなしている。
ヒイラギも学ぶべきものは学んだと卒業してきた。元々彼は魔石で作るゴーレムの勉強だけをしに入ったが、ベスティート家の愛娘が入学すると聞いて卒業を延期していたのだ。コトハと出会い、彼女が学校を辞めてしまえば未練など無くあっさりと卒業した。彼もコトハと一緒に魔導銃の試し打ちを手伝い、依頼をこなしている。
様々なしがらみのことを考え、コトハとルナ、ヒイラギは冒険者ギルドの宿で暮らすことになった。少なくともバージェスとユパが健在な内は護ってやれる。
意外だったのは、ヒイラギの親友のセサルもやってきたことだ。
「グリフォンの世話を学ぶまたとない機会です。オレも冒険者にしてください!」
そう。グリフォンのシルバはコトハに付いてきたので、冒険者ギルドで育てることになっていた。オッドベルに押し付けたかったが、シルバが抜け出してコトハの近く、訓練場の片隅に居座るようになってしまったので、仕方なく専用の厩舎を建てる羽目になった。完成までは魔法学校にいろとコトハが根気よく説得していたおかげで、ギルドの厩舎が完成するまでは魔法学校に留まっていた。それでも、コトハが一度でも顔を出さないと抜け出してくるが。
冒険者ギルドに勤めている人間は、馬の飼育や調教は出来ても、グリフォンなど初めてである。そもそも経験者なんているわけなく、長生きしている分経験のあるオッドベルから知恵を借り、コトハをサポートする形で育てることになった。
それとは別に発生した大きな問題に、バージェスは大きな溜め息をついた。
オッドベルは全く思い至っていなかったようだが、本来ならコトハは、聖女として王都に呼ばれ、教会か王宮で保護されるところだった。
なにせ約五十年ぶりの銀翼のグリフォンだ。銀翼のグリフォンは風神の使いとされ、保護対象とされている。それを従えた主となれば、歴史上二人しか居ない。
一人目はこの国を興した初代国王。銀翼の背に乗り風の国を駆け、いくつもの集落に分かれていた部族を纏め上げて国にした。
二人目は強大な癒やしの力を有した少女。グリフォンの谷で見つかった彼女は聖女として神殿に保護され、保護者とでも言うのか付いてきた銀翼と共に長く崇められた。約五十年前の日蝕で《厄災の五種》の一種、《刻を渡り歩くモノ》が現れ、崩壊しかけた王都を銀翼と共に食い止め、その命をかけて人々を救った。
史上三人目の主に、国はそれはもう招集したがったが、定期的に起きる日蝕の影響から重要な交易拠点であるソーディスを護り続ける英雄――ユパが全力で拒否をした。
ただ口頭で拒否しただけでなく、行動で以ての全力拒否だ。
妻のサツキとたった二人で厳重に警戒されている王宮に乗り込み、向かってきた騎士達を残らず全てなぎ倒して最奥まで辿り着いた。そして国最強と言われている騎士団長と一騎打ちで二日に及ぶ激闘を繰り広げて打ち負かし、満身創痍だがしっかりとした足取りで王の下まで辿り着くと「娘は聖女程度に収まる器ではない。いずれ自分すら超える英雄となる者を、小さな枠組みに押し込めるな。もし聖女や王子の婚約者にしようとするなら、銀翼共々別の国に行く」と言い放った。
不敬罪どころかここまでくると反逆罪だが、娘を想う父の姿に王は胸を打たれ、コトハを自由にし続けることを約束した。
この全力拒否は瞬く間に国を駆け抜け、ソーディスはもちろん、西の交易都市カルッテンまで届いたという噂だ。
サツキが言うには、一騎打ちまでは本当だが、その裏でサツキが王と王妃、神官長の下に向かい、コトハの予言名が“ルグナ”であることを明かし、さらにコトハの側には“カタフトロス”の予言名を持つ少女と《ピクシー族の長》がいるとも伝え、聖女などにしてしまうと国を傾けかねないと真摯に訴えたそうだ。
“ルグナ”は非常に不味い。人を惹きつけ、言葉一つで人を操る。そこに本人の意思は関係ない。本人が言ったただの呟きや疑問を深読みし、ありもしない裏を見つけ出させ、行動に移させる。大半の言葉の裏には何も無く、嘘つきと誹られる程度で終わるが、何かあった場合、本人の意図しない出来事が引き起こされる。
口が回り、頭も切れるような人間だと上手く立ち回って、聖女を勤め上げることも可能だろうが、コトハには無理だ。
戦闘となると非常によく回り、諦めることを知らない強靱な精神力を発揮するが、平時のコトハは常に自分に自信が無く、素直で純粋で、非常に押しに弱い。迂闊なこともよく口にするし、突発事態に弱いために、悪いことに利用しやすい。
国側はコトハが優秀な詩人である事を掴んでいたため、歌を好む《ピクシー族の長》に目を付けられていることは織り込み済みだったが、“ルグナ”と“カタフトロス”は想定していなかった。想定できるはずもないが。
そんな厄ネタの塊のような少女を聖女にするわけにいかず、かといって放置も出来ないため、ユパの奮闘で心を打たれ、コトハの自由を約束したと広めることにした。
こうして、コトハは史上三人目の銀翼のグリフォンを従えた主にして、自由に世界を回る冒険者として風の国に名を馳せた。付いた二つ名は【銀翼の歌姫】だ。たった一人で歌魔法を駆使して戦う彼女の戦闘スタイルから付けられた。
これに伴い、一時詩人になりたがる者が増えたが、歌魔法自体が目覚めるかどうかは体質による。さらに、人前で恥じらいなく歌うことが出来るかどうかが重要だ。下手だと笑われても、堂々と歌える精神力がなければ歌魔法は発動しない。
効率化を極めていった現代魔法とは違い、感情で発動させる原初の魔法は、コトハのように簡単に使いこなせる魔法ではないのだ。
なお、当のコトハは両親の行動を「ただでさえ英雄と呼ばれてることを嫌がってるのに、そこに聖女の両親なんて肩書きまで追加されるのを嫌がったんだろうね。迷惑しかかけられない娘でホント、ごめん」と愛情に全く気付いておらず、本気で申し訳なそうに肩を落としていた。流石に両親の愛情からの行動だとバージェス含む古参の冒険者達が伝えたのだが、全然響かず、むしろ大人達に気を使わせてしまったとますます萎縮してしまった。
弟達は偉業を果たした姉のことを、もはや他人として扱うことにしたようだ。コトハ自身も彼らとはどこか他人行儀なところがあったので、ちょうどいい距離感になった。ベスティート家の正式な子供たちなのだからと過大評価している部分は消えていないが、自分と同じ事が出来るとは思わなくなったらしい。
問題は、当然たくさん起きた。
まずは【銀翼の歌姫:コトハ・ベスティート】が有名になりすぎた。名前だけならば良いのだが、なまじコトハの髪と目が特徴的すぎて、吟遊詩人どもが語りに加えてしまった。薄暮のように青紫から赤にグラデーションがかっていく特徴的な髪の色に、夜に掛かる月のような銀の瞳は歌にしやすかろう。
ベスティート家の色ではないが、そこは初代国王が美しい青紫の髪だったので生まれ変わりだと謳われたり、サツキの曾祖母が降嫁した王女で王家の血が現れたのだと謳われた。実際は全く関係ないのだが、面倒臭いのでそういうことにしておいた。赤混じりなので、隣の水の都の表に出せない姫をベスティート家は守り育てているのだと謳う吟遊詩人もいる。
そんな噂の歌姫を一目見ようと、冒険者ギルドや魔法学校に人が集まるようになってしまった。
まともな生活を送ることすら難しくなったため、ルナとロータスが協力して、コトハのための変身魔法を内包した魔導具を作った。髪の色を黒に近い緑の髪、目の色を銀の混じった紺色――ベスティート家の色に変える。髪を短く保ち、体の小ささも合わせて、弟の一人と誤認させるのが狙いだ。
そのうえでコトハの冒険者証を偽名で作り直した。“ティカ・エボルタ”と改名し、ギルド内での呼び名もティカで統一させた。ついでにBランクにしておく。コトハは受け取った冒険者証を見て目を丸くしていた。
「姉さん、ついでだからキャラも変えようよ!」
「例えば?」
「んー、猫かぶりモードを常時オンにしとくとか」
「却下」
新しい冒険者証を片付けて、昼食を取るのか食堂へと移動していく彼らの後ろを歩いて行く。バージェスも昼食を取りに行くため、行き先が一緒だった。
ヒイラギはコトハ――ティカにべったりだった。自分の取り巻きを排除する目的もあっただろうが、純粋に心配だったのだろう。バージェスに取り巻きについての相談ついでに、ティカに対して自分が出来ることはないかと何度か聞いてきた。その度に、今ではない。Aランク試験辺りで手合わせさせて、ティカの実力を知らしめる場を作るからと説得していた。
シルバの登場からの二人の手合わせは、様々な事の転換期となった。
「あ、ルナ! 姉さんのキャラを変えたらもっといいと思うんだけど、案はないかな?」
食堂に行くとルナが既に席についており、食事を待っているところだったようだ。二人はそのテーブルに着き、バージェスは近くに座る。注文を取りに来た給仕にはいつものを頼んだ。
「キャラ変? それなら、猫かぶりモード常時オンじゃダメなのかい?」
「お前もか……あれ、疲れるんだぞ」
「そうなの? でも、その髪と目の色でコトハの口調は少し違和感があるから、ボクは猫かぶりモードがいいなぁ」
「……ルナがそこまで言うなら、ちょっと頑張ってみるか」
そんなに強く勧めていない気がするが、ティカはあっさりと猫をかぶった。普段の無表情が嘘のように明るい笑顔を浮かべた。纏う空気もいつもは消しているのに、どことなく明るいものへと変える。猫かぶりモードだ。ユパにそっくりだと言うときっとティカは嫌そうに顔を歪めるので言いはしない。
「うーん。ちょっと言葉が堅い。もっとこう……胡散臭く!」
「無茶振りを……」
ルナがさらに注文を付け、ティカは参考になる人間を探すようにキョロキョロと周りを見て、ヒイラギに固定した。じっと見つめられて自称弟はややたじろぐ。ティカからこんなにも視線を貰うことはあまりないために、慣れていないのだ。
しばらく見ていたティカは目を伏せ、顔も少し伏せてから、パッと上げる。
「初めまして。オレはティカ・エボルタ。風の国の冒険者だよ。よろしくね~。
……こんな感じで、どうかな? 良い感じ?」
声のトーンを一つ上げ、目を開ききらずにややにやけた感じの笑みを浮かべて、胡散臭い感じが見事に再現された。なるほど、ヒイラギを胡散臭いと感じ取っていたか。
「最高!! 良い感じに胡散臭いよ、姉さん!!」
「そこ、喜ぶんだ……ごめん、胡散臭いより気持ち悪い感じになりそうだから、これ以上は参考にしないね」
「そんなっ!!!」
参考にされたヒイラギは気分を害するどころか嬉しそうに賞賛するので、ティカは笑顔を困ったものにして椅子ごとヒイラギから距離を取った。ヒイラギは怒るべきところなのにショックを受けているあたりが気持ち悪さを際立たせる。
「しっかし、このキャラで固定、かぁ……むずむずするぅ~」
「頑張れ! やるしかないよ!!」
「……表情筋が疲れた」
「せめてご飯が来るまでは持たせようよ、姉さん!!」
ストン。と擬音が付くほど面白いくらい瞬時に顔から表情を落とし、顔を揉むティカにバージェスは苦笑する。新しいキャラ付けは賛成だが、元から乖離しすぎると難しいだろう。食事を終えたら、もう少し素に近いキャラ付けを勧めてやるとしよう。




