因果応報/イベント周期が早すぎる
「見つけたわ」
その日、エルフィンストーン夫妻は帰宅のために森の道を進んでいて、たくさんのピクシー族に囲まれていた。
金髪で紺の瞳の女と黒髪で焦げ茶の瞳の男は、これでもソーディスの冒険者だ。ピクシー族の領域のことはしっかりと理解して、避けていた。
それでも、囲まれている。
正面にいるのは、漆黒のドレスを着た黒い瞳の、成人男性よりも大きなピクシー族。
「なん、なんで、《ピクシー族の長》が……!?」
「ワタシは、この子たちの悪戯を見逃すけれど、一つだけは絶対にやってはいけないと言って聞かせていることがあるの」
柔らかく、優しく。微笑みすら浮かべているのに、《ピクシー族の長》が纏う空気は冷たい。
「胎児を入れ替えることだけは、してはいけないって。
だって、自分の子供ではない赤子を、動物は育てないわ。そうして食われていく赤子はいっぱいいる。
たまに育てる優しい子もいるけれど、そう多くはない」
夫妻は震え上がり、尻餅をついた。それでも距離を取ろうとした彼らにブラックロータスは、その細い指を振る。途端、彼らの手足は樹木となった。
上がる悲鳴を鬱陶しそうに眉を寄せながらも、言葉は止めない。
「オマエたちは、禁忌を破らせた。この子たちに頼んだ」
「ち、ちがう!! 頼んでいない!! ただ、オレたちの子が最強のベスティート家と変わったら、強い子になるんだろうかと呟いただけだ!!」
言い訳をする男に、ブラックロータスは首を振る。何も知らないと思っているならば愚かだ。
「ふふふ。いいえ。オマエたちは、頼んだ。そして頼み事を叶えた子を殺した」
男は息を飲み、女は泣き出した。謝罪を口にする女は、罪を認めたようだ。
「ずっとずっと探していたのよ。おかげで銀翼を護り損ねてしまったけれど、結果として見つけられた。
でもね。入れ替えても愛するのなら、殺した落とし前として右腕を貰うだけで終わらせるつもりだったのよ。本当よ?」
これでもブラックロータスは慈悲があるつもりだ。殺した罪は償ってもらうが、子を愛しているならば許そうと思っていた。何せ命を危険に晒してでも強い子が欲しいと願うのだから、よほど愛せる自信があるのだろうと。
だが、実際に会ってみれば、ルナは愛されていなかった。コトハのほうがよほど愛されていた。
「オマエたちが望んだ強い子。“カタフトロス”の名に怯えたのね、愚かなニンゲン。
でもね。入れ替えても入れ替えなくても、オマエたちの子は“厄災”になったのよ」
どういうことだと叫ぶ男に、ブラックロータスは笑う。
人の胎に命が宿った瞬間から、子の運命は決まる。それがこの世界の理だ。
ピクシー族は超常を可能とするが、それにも最低限の法則は存在する。無から有は創り出せないのと同じ法則。
「ワタシたちが入れ替えられるのは、同じ運命を背負う子供だけ。
“花人”なら“花人”。“音楽家”なら“音楽家”。
どう足掻いても、生まれる子供の運命は変わらない」
すなわち、等価交換。
絶句し、血の気が引いてもはや土気色になった男と、より泣き叫ぶ女にブラックロータスは例外について教えない。
そもそもこの世界の人間は必ず予言名が付けられる。他の国の神は『人に運命を変える力は無い』として教えないだけだ。
ただ一柱、この国にいる変わり者の神は『自由になるためには知識が必要だ』という考えから、自身の生き方を考えさせるために、予言名の中でも変えられる可能性を持つ子供たちに予言名を教える。大半は予言名を教えられた時点で自分の運命を変えることを諦めるが、稀に、変えようと足掻く子供が生まれる。その可能性を掴もうとする姿を、神は好んだ。
コトハの育ての親のユパはその一人。“クラウン”の予言名を貰った彼は、努力を重ねて“クラウン”へと予言の意味を変えた。
もちろん変えられない運命もある。“カタフトロス”などがそうだ。神は変えようと足掻く姿を好むのであって、最終的な運命が変わらずともその過程が好ましければ良しとしていた。
ただし、“ルグナ”だけは人との巡り合わせによって運命が変わる。たくさんの人々を動かす立場になる予言名なのだ。
世界を救う英雄となるのか。
世界を壊す厄災となるのか。
それはこれから関わる人間によって変わる。故に、誰とでも入れ替えられるのだ。
この二人から生まれた“ルグナ”の子は、間違いなく世界を壊す厄災となっただろう。だから、ブラックロータスはどのみち“カタフトロス”になったと教えてやる。
ベスティート家で育ったコトハは、少なくとも現段階では、善良な子供として育っている。それはベスティート夫妻の教育の賜物……ではなく、冒険者ギルドの大人たちが善良だからだ。
その後も人運には恵まれた。魔法学校でルナに出会えたことは最高と言って良い。厄災を冠する、自分と入れ替えられた子供を救うための手段を探すなど、神が最も好む英雄譚の序章だ。
英雄には先達か、共に戦う仲間も必要となる。
ヒイラギは仲間として申し分ない実力を持っていた。“アロガンツ”の名に負けぬよう堅実に努力する姿はとても素晴らしい。
これから先、コトハはたくさんの人間と出会うだろう。その道行きに、この人間は必要ない。
「あの子のためにも、オマエたちはここで朽ちなさい」
ぱちりとブラックロータスが指を鳴らす。断末魔の叫びすら上げさせず、男たちは草人となり、そのまま枯れ果てた。生まれたのは枯れた樹木。
草人の葉には摂取したものを草人にする作用があるため、虫ですら食べないが、枯れ果てれば良い養分を持った樹となる。すぐさま森が動き、虫がたかり、森の一部へと溶け込んでいく。
「あの子の最愛には、ピクシー族の掟を破ったからと伝えれば大丈夫よね」
一番良い枝を手に入れ、早速何か加工して遊んでいる子供たちを微笑ましく眺めながら、ブラックロータスは小さく呟く。
ルナは元より両親に興味が無いようで、伝えたところで怒ることはないだろう。ただ、両親がいなくなった子供の境遇は動物も人も変わりが無い。悲惨な未来にならないよう、オッドベルにはきちんと話をしておこうと、ブラックロータスは良い作品を見せてきた子の頭を撫でながら考えた。
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「というわけで、あの子の最愛の両親は、制裁したわ」
ロータスの報告を受けたオッドベルは、眼鏡を外して眉間を揉んだ。この一週間、怒濤の勢いで話が展開している。正直、一週間に起きて良いイベント数ではない。
ヒイラギとの試合から、コトハとルナを取り巻く環境が一転した。
試合によって、魔導銃が発展しそうな新しい分野だと気付いた嗅覚の良い人間が、ここぞとばかりにルナとコトハに声を掛けてくるようになっていた。
大体は一緒にいるヒイラギが追い払ってくれるが、コトハ一人の時が非常に困った。ヒイラギの弟子になるという申し入れを断り切れなかったのを見て疑ってはいたが、彼女はどうやらとても押しに弱いようだ。押し負けそうになったところをセサルに助けられたとヒイラギから聞かされ、天を仰いだ。
本当に熱意のある人間なら、最初からフォルか他の魔導銃の研究をしている教師の元へ来る。あるいは魔導銃の研究をしているのは誰かと聞いてくる。そうじゃない人間は、コトハを介して利益だけを享受したいか、ベスティート家かヒイラギへの繋ぎを期待しているのだと説明し、フォルかオッドベルの名前を出せと忠告をしておいた。
それでも押し負けそうなので、ルナとヒイラギ、そしてセサルにも出来るだけ彼女と一緒に行動するようにと頼んでおいた。三人とも快諾して、基本的にはルナとヒイラギの二人体制で、たまにヒイラギがセサルと交代する形で護ることにしたようだ。
当然、寮でも遠慮無く部屋に押しかけてくるような者が現れた。寮長や隣室の人間が助けているようだが、ずっとと言うわけにはいかない。
コトハは実家が近くにあるが、両親、特に父親との折り合いが悪いからか、どこか部屋を借りることを希望した。
ヒイラギも「いい加減、寮で取り巻きに囲まれるのが鬱陶しくなっていたから、良い機会だ」とコトハの部屋の近くを希望した。
残るルナは、コトハと一緒が良いが、両親が部屋代を出してくれるか不明だと言っていたところだった。
「……まぁ、いいです。わかりました。こちらで話しておきましょう」
ロータスが珍しくコトハの側から離れ、外に出たのは知っていた。あまりにも珍しいが、おそらくは以前から言っていた、ピクシー族を殺した冒険者を見つけたのだろうと思い、帰還を待った。彼女の動向だけに気を配っていられなかったのもある。
帰ってきたらこれである。
一番の問題だったルナの両親がいなくなったのは、ある意味幸運だ。元々ルナを魔法学校に放り込んで、何か金になるような研究をしろというようなクズだ。学費と寮費は払っていたようだが、それ以外にルナに対して金を使っていない。下着だけは疑われるからか適当なサイズを渡していたようだが、服のサイズは合っておらず、制服も当然。流石に見かねた上級生が古着の制服を渡して、制服のサイズは合わせていたようだ。
偶然、魅了魔法を覚え、あれこれと世話をする人間を作っていたおかげで、なんとか生き延びていたようなものだ。そして世話をしていた人間達のおかげで、あの外見でも性的被害に遭わずに済んだ。
十二歳ながら、十六歳と見まがうばかりの高身長で、女性的な体のラインではないものの、細い首筋とすらりと伸びた手足は魅力的に映る者もいる。実際、コトハに出会ってやっと常識を学び、急速に成長して人間らしくなったルナを、性的な目で見るヤツはいるとヒイラギから報告は受けている。だから男二人が交代でコトハとルナの護衛に付いているのだ。
「バージェスと話し合って……そうですね。私の養女兼弟子にしてしまいますか」
ルナがこれからするであろう偉業を考えると、下手な家では護りきれない。ならば、魔法学校の校長を務める自分が、弟子も兼ねて彼女を養女としてしまうほうが手っ取り早い。
これが普通の人間ならば、独身男の養女など逆に婚約者ではなどと言われてしまうところだろうが、オッドベルは何度かそうやって問題を抱えた子供を養子に迎えている。バージェスもその一人だ。
金は元より余っているのだが、大人になった子供たちが今後も引き取られるだろう義弟・義妹に向けて『オッドベル養子基金』などというものを作っており、そちらから使えと言われているので、養育費にも困らない。
当然、ルナが嫌だと言えば他に相応しい人間を探すつもりだが、おそらく彼女はコトハと引き離されなければ誰が養親となろうが気にしないだろう。コトハと一緒に住める家を提供すると言えばあっさりと頷きそうだ。
しかし、もう既にしっかりと自立しているとはいえ、まだ未成年。コトハとルナはまだ親の庇護下にあるべき年齢だ。借りられる家など限られる。かといってオッドベルの家は魔法学校内にあり、突撃される危険はなくとも出待ちされては面倒臭い。コトハもヒイラギも日課が出来ないだろう。
となれば、安全な大人のいる場所で過ごすべきだ。
「……あ。ちょうどいい大人がいるな」
その大人が長となっている場所には宿と食堂も併設されている。ガラの悪い者もいるが、コトハの周りに集まるのは善良な大人ばかりだ。生活費を稼ぐために、コトハもヒイラギも仕事をするだろうから、その場所はちょうどいい。
義理の息子を呼ぶよりも、たまにはこちらから出向くとしよう。
「あらあら。何か悪いことを思いついた顔をしているわ」
「悪いこととは失礼な。真っ当に、正しいことですよ」
まだ見ていたロータスが楽しげにクスクスと笑って指摘してくるので、頬に手を当てながらオッドベルも笑う。
思いついたことを正しいことにするために、オッドベルはまず、冒険者ギルドへと伝書鳩を飛ばして連絡を取る。
そして、一時間後に乗り込んだ。
「こんにちは」
「早ぇよ!!!!! まぁいい、二階の防音室へどーぞ」
「はい、よろしくお願いします」
オッドベルがこうして、抜き打ちで子供たちがちゃんと仕事をしているのか確認に来るのは初めてではない。今回も唐突さに苦笑したり、ギルドマスターのバージェスを笑ったりと三者三様の様子で受け入れられた。
案内されるまま二階の防音室に、小鳥となったロータスと共に上がり、ソファに座った。長く待つことなく、バージェスがいくつかの紙を持って入って来る。
「ったく。……コトハに何かあったか」
バージェスは鋭い。肩にロータスを乗せている事から、何かコトハの周りに起きたのかと注意深く聞いてくる彼に、天井と隣の部屋を無言で指さし、完全な人払いを頼んだ。そこに誰かを潜ませているのを知っている。
彼は不審に思っているだろうが、肩に乗るロータスを見て指を鳴らした。分かりやすい音を立てて人の気配が消える。
「……本当にいないわ。じゃあ、喋るわね」
「アンタ絡みなのか」
「ええ」
キョロキョロと見回していたロータスは、確かにいないと見るや口を開く。喋り出したピクシー族の長に、バージェスは緊張した面持ちで身構えた。
「十二年前。ピクシー族を殺した冒険者がいるの。ワタシはずっとそいつらを探していた。
つい先日、あの子とあの子の最愛のおかげでやっと見つけられたから、制裁を加えてきたところなの」
きっと表情が造れる動物ならば笑顔だろう、明るい調子でロータスは報告をしてくる。
バージェスは目元を覆って天井を仰いだ。十二年前にピクシー族を殺した冒険者。コトハとルナのおかげ。これだけで彼は理解しただろう。
エルフィンストーン夫妻は、ピクシー族の禁忌に触れた上に、ピクシー族を殺した。そして報いを受けた。
「……そうか。やはりそうだったか……」
チェンジリングが起きたことを知っていても、もう片方が誰か分からなかったために、バージェス達は動けなかった。下手に動いてコトハがチェンジリングと分かると、髪の色や目の色が似ているだけの人間が「本当の親です!!」と言いながらコトハを攫う危険性があったからだ。
コトハがルナを実家に連れてきたおかげで入れ替え先が確定し、エルフィンストーン夫妻が長期の依頼から帰ってきたら話を聞こうとしていた矢先の出来事だった。
「……また、妹が増える訳か」
そしてバージェスは、人知れず孤児となったルナの待遇について相談に来たことまで理解したようだ。
疲れたような溜め息をついた後、彼は体を戻して仕方ないなと言わんばかりの眉を下げた笑顔でオッドベルを見てくる。理解力の高い義理の息子に微笑みつつ「彼女次第ですが」と答えた。
「嫌がったら俺が立候補しよう。
そんで? 次は部屋問題か?」
「ええ。頼めますか?」
「わかった。二人部屋と一人部屋を用意してやる。三人ともうちに連れてこい」
本当に理解力と判断力が高い。元よりコトハとヒイラギの引っ越し先も相談しており、実家に帰れとコトハを説得していたのは彼だ。コトハはルナの家の問題が解決したら考えると言って保留し続けていたが、これで決定した。冒険者ギルドならユパやサツキも顔を合わせられる。実家に帰ってこいと言うかもしれないが、そこはルナが言い訳となるだろう。
オッドベルとロータスが繋がっているのは誰も知らないことだが、今回の銀翼を保護した際に知り合ったことにすればいい。
ロータスはコトハとルナを見てチェンジリング先を知り、ついに見つけ出して制裁したとオッドベルに報告してきて、オッドベルは冒険者のことだからとバージェスのところまで相談に来た。
そういう流れで話が纏まり、オッドベルは戻ってルナへと話しに行き、バージェスは真相を確認するために数人の冒険者と共に現場に向かっていった。




