厩舎襲撃の真相/保護のための『弟』
肩に乗る桃色の小鳥を指差し、コトハは説明を始める。
「彼女は、俺と契約している精霊。俺が学校にいない間、ルナとシルバの守護を任せてる」
ロータス、というと勘付かれる可能性があるため、名前は伏せて彼女と呼ぶことにする。設定は今適当に決めた。
「そんでさっき、シルバを攻撃してきたのはお前ではなく、髪の長い細いヤツだったと彼女を経由してシルバから聞いた。お前は扉を壊して逃げろって言ったって。ちょうど同じタイミングでルナと彼女が来て同じ事を言ったから、俺のところまで逃げてきたと」
ロータスは昨日のうちに説明したかったようだが、夜間にシルバを襲撃する馬鹿が出ないとも限らないので、シルバに付いててもらった。そのために事件の真実を知ったのはついさっきだ。
部屋の扉をルナが壊すとしたら、蝶番と鍵だけを壊し扉の形はそのまま残しているはずなのに、木っ端微塵になっていた事に違和感があった。それに内側から外側へと破片が散っているので、てっきり厩舎の様子見用の廊下から壊したのかと思っていた。それなのに破片が当たったというのは、近くにいた人間に攻撃されたのを誤魔化しているのだとも。
だが、ここに向かう前にロータスから話を聞いて、ルナは確かに外におり、扉の破壊はヒイラギもやっていたのだと判明した。だから破片が当たったのだろう。本人は自分の火力のミスで破片が散ったと思ったようだが、実際は違った。
「俺の想像だけど、お前の友人というか、えーと、取り巻きって言うのか? 周りにいる人間が、お前の方が強いとか相応しいとか騒いだんだろ。
ギルドでも何度か、俺の事を気に食わないって奴らに殴られたことがある。ギルマスのお気に入りだからってデカい顔するな、とか。英雄とは似ても似つかない偽物の子供のくせに、とか。誰それのほうが強いのだから図に乗るな、とかもあったな」
本人が複数人連れてくることもあれば、その人物自体はコトハの事を嫌ってはいないのに、周りが嫌って攻撃してくることがある。面倒臭いことこの上ない。
シルバの話を聞いて、ヒイラギもギルドで見た時は必ず若い冒険者が数人、側に居たのを思い出した。魔法学校でもきっと彼の周りには誰かがいただろう。
コトハはヒイラギの後ろの木へと目を向ける。誰も居ないように見えるが、人間の影が見えていた。誰かがつけている。それも複数人。ヒイラギもそれには気付いていたか、肩越しに見て、息を吐いた。
「……ああ、そうだ。僕は君が本当に強いってことを知っているのに、周りは君を侮り、僕の言葉を聞きやしなかった。
ギルドでも、魔法学校でも、僕の名前を使って好き勝手にしてるヤツばっかでね。どれだけ注意したって聞いてくれないし、ギルドマスターに助けを求めたほどだ」
図に乗っているから灸を据えるとバージェスが言っていたが、どうやらヒイラギ自身ではなく、ヒイラギの周りに対してだったようだ。
先ほどまでの変に明るい様子は消え、ヒイラギは疲れたように微笑む。人気者は人気者なりの苦労があるらしい。
「シルバ君の姿は見に行きたかったけれど、従える気なんて全くなかった。僕は罠や毒を多用しての裏工作の方が得意だから、気高いグリフォンに気に入られるはずがないって分かってた。
でも、まぁ、姉さんの言う通り、周りが納得しなかった。落ちこぼれで出来損ないのあの子が出来て、貴方に出来ないわけがない! って興奮しちゃって。
元々魔力制御の苦手な子だったから、狭い厩舎で魔力が爆発して、シルバ君の部屋の飼い葉に火を付けた。慌てて僕が氷魔法で凍らせて消火したけれど、火にシルバ君が驚いて放った風魔法を防いだら、その子がさらに興奮しちゃって、ボンボンってすっごい爆発が連続してね」
「あー……」
厩舎の部屋の惨状はそうやって生まれたのかと納得した。ヒイラギは魔力制御が得意そうなのにあの酷い有様は何故かと少し疑問だったのだ。そして音に驚いた馬たちが恐慌を起こし、スレイがブチ切れた。
「もう収拾が付かないから、シルバ君には一旦外に出て貰おうと扉を爆破した。そうしたら、外にエルフィンストーンさんがいて、僕らは全員拘束魔法をかけられて動けなくなり、先生に連行されて反省室行きさ」
その後、それぞれ個別に事情聴取され、今後もこんな事態が続くだろうことを予期してどうしたものかと対策に悩むオッドベルに、ヒイラギはコトハとの試合を提案した。なるべく前口上でヒイラギを凄い実力者であると持ち上げて、コトハを下げてもらう。そうしたほうが、コトハは実は強かったのだと印象づけられるだろうと。
「そして正々堂々、真っ正面からの派手な試合をさせてもらったんだ。
いやぁ、エルフィンストーンさんとの試合前のやりとりは格好良かったね! 「最愛にして最高の相棒コトハ・ベスティートは、決して『出来損ない』ではないことをこの大観衆に証明しろ」ってさ!! 姉さんの「任せろ」も端的でとても自信に満ちてて良かった!! 背を向けて、左手を振りながら、顔は不敵に笑って僕を見ながら舞台に上がってくる姿も堂々としてて格好良くって!! 十二歳の少女に見えなかったね!!
おかげで僕の周りの人たちが何だあいつはって感じで目を剥いてて笑いそうになっちゃったよ。良い発破だった!!」
「お、おおう」
疲れた様子から一転。またも目を輝かせて力説する姿に、あの試合前のヒイラギの言葉は、皮肉ではなく心からの賞賛だったのかと勘違いを正した。
オッドベル――ロッドベルドがわざわざコトハに激励しにきたのは、どうにかコトハに全力を出させてヒイラギを完膚なきまでにボコボコにするためだったようだ。そんなことしなくてもあの時点ではヒイラギがシルバを害したと思っていたので、全力でボコしたが。
そして思惑通り、呪いを浄化する歌魔法、魔法を消す魔法、|誰も知らない未知の武器《魔導銃》、高い身体能力を全生徒に遺憾なく見せつけた。ヒイラギも最年少Bランクに相応しい実力があるが、コトハはそれ以上であると、ベスティートの名は伊達ではないと示した。
ヒイラギが歩き出したのでコトハとシルバも歩き出す。並んで歩きながらヒイラギは指をくるりと回した。
「試合はもちろん勝つつもりで挑んだけど、僕の本質はやはり罠と毒を使った裏工作だから、真っ正面から来られると負けちゃうんだよね。
雷球も避けると予想して動く物を追尾する術式だったのに、動かなくて不発したし。
ゴーレムも冷静だったよね。巨大ロックゴーレムは素手で壊してたらしいから、魔石に触ったら捕縛する術式を混ぜてたのに、魔導銃なんて情報にない武器で触れずに壊すし。鉛の弾程度なら弾き返せる硬さだったのに、流石に魔力の弾は無理だよ」
もしかして、情報漏れてた? と訊かれたので首を振る。今、あの魔石全部が罠だったことを知って目を丸くしているくらいだ。偶然とは言え、魔導銃を選んでいて良かったし、ルナに改良してもらって良かった。
ヒイラギは「魔石、高かったのになぁ……」と溜め息交じりに呟いて空を仰ぎ、すぐに気を取り直して右手をひらひらと振る。
「それでいて僕には鉛の弾。魔法は使えないって言っても、隠してて何かしらの魔法は使えるかもしれないって試合前に魔法防御を強めにしてたのに、物理はないよ、物理は。ていうか、確か使ってたのはリボルバーってタイプだよね? 撃てる弾の数は六つだったと記憶してるけど、一つだけ鉛の弾を混ぜてたの? その予想も凄いよね」
あれも偶然だったのだが、後ろを確認する振りで視線を逸らして誤魔化した。
どこかで使えたら面白いなと一発だけ入れておいた実弾だったが、あの瞬間は邪魔になってしまったので、ヒイラギに向けて牽制のつもりで撃っただけだ。本当は少し掠らせるだけのつもりだったが、見事に右手の甲から貫通してしまったので『太陽の福音』で癒やした。指を吹き飛ばしていたらもっと時間が掛かっていたので、貫通していて良かったと今さら思う。
「手を癒やした魔法は肩の精霊さんの力? 精霊の力は禁止してなかったからなぁ。そもそも姉さんの情報があんまりにもなさ過ぎて、手札が全く分からなかったのが怖かったよ」
賞賛の嵐にどう勘違いを正すか悩んだ。しかしロータスが耳たぶをつつくので致し方なく訂正をすることを決める。
「あー……癒やしたのは彼女の魔法じゃなくて、俺の歌魔法だよ」
「ん? ……ああ、そういうことにしたいのか。わかったよ、姉さん」
「じゃなくてな。本当に、俺の魔法。歌魔法でも魔力の範囲と効果を凝縮させたら、白魔法並に効果が出るんだよ」
正直に話したのだが、この歳で精霊を連れているのがバレたくないとでも思ったのだろう。訳知り顔になる彼に首を振った。
ヒイラギが、驚愕でコトハを見ているのがそちらに顔を向けなくても分かる。それほどまでに強い視線を向けられてコトハは逃げるように顔をシルバへと向けた。
また手を握られたり何か行動を移そうとしたら即座に逃げよう。そう考えつつ恐る恐るヒイラギを確認すれば、彼は左手の服の袖を捲って布を握り、右手でナイフを取り出して自分の左腕を切った。結構深かったか血がだぱぱっと大量に落ちていく。
「おい!?」
「実証実験! さあ、やってくれ、姉さん!!」
「おま、お前なっ!! 《――――♪!》」
ずいっと笑顔で腕を差し出され、大慌てで『太陽の福音』を歌う。すぅっと傷は癒えていき、血も止まった。胸をなで下ろすコトハの前で、ヒイラギは興味深そうに自分の腕を眺めている。
しばらく様々な角度から眺めて、満足したか何度も頷いた。布でナイフを拭いて片付け、腕に残った血も拭って袖を戻す。地面に落ちた血は土魔法で埋めて処理した。
「焦ったわ!!」
「ごめんごめん。咄嗟のほうが誤魔化しが利かないでしょ?」
「そうだけど! やるならもっと軽い怪我にしろ!!」
「それもごめん」
突然の暴挙に怒鳴るコトハにヒイラギは反省していない笑顔で謝ってくる。悪びれない彼に、コトハは止めてしまった足を先ほどよりも早く動かして怒りを表現した。謝りながらヒイラギも付いてくる。
「しかし、本当に出来るんだね。歌魔法使い……詩人だっけ。みんなそんなこと出来るんだ?」
「これくらいの魔力操作は出来て当たり前って父上が言ってたから、たぶん出来るんだろうな。
あと、そう。ついでに伝えとくけど、魔法を消した歌は、開発中の新しい魔法じゃない。俺の技術。歌魔法が届いている状態なら、魔力を動かして魔力核を壊せるんだよ、俺」
一度は嘘をついたが、どうやらこれからしばらくは行動を共にするつもりのようだし、どんな魔法かと解説を求められても困るので、先に明かしておく。
ヒイラギはまた信じられないような顔で見下ろしてきたので、これは受け止める。
何かを言いたそうに口を開くと同時に魔力が動いたが、すぐに彼は首を振って魔力を霧散させた。流石にこんなところで攻撃魔法はダメだと気付いたようだ。
「……姉さん。それってめちゃくちゃ凄い技術だって自覚してね」
「そうなのか? でも、歌魔法が発動していないと魔力が届くまでに時間が掛かるから、風と雷の魔法には相手が油断してない限りは間に合わないんだよな」
「つまり、歌魔法中は魔法攻撃を無効化しちゃうってことでしょ。怖い怖い」
「声が届かなきゃ、結局弱いよ。怖くない怖くない。真空刃で掻き消せる父上のほうが凄い」
「あれは規格外!! あんな方法で魔法を掻き消すの、ユパ様だけだからね!? 普通は障壁で護るとか、相対属性で相殺させるとか、サツキ様みたいに相対属性を纏わせた矢で撃ち落とすとかだから!! 六発同時消ししたサツキ様もおかしいけどね!!」
「ほら、そんな派手な両親に比べて、俺のは怖くないでしょ」
「いや、あのね、姉さん。ただの歌を歌ってると思ったら、それが魔法無効化の魔法って怖くない?」
諭すように言われて想像してみる。昨日やったように『太陽の福音』を歌いながらも魔法を掻き消したら、どうだろうか。端から聞いてると回復の歌魔法なのに、魔法が次々と消えていく。聞こえている歌と効果が合わない。それは、とても怖くないだろうか。
「……怖いかもしれない」
「でしょ~~~~」
確かにこの技術は派手さこそないものの、とても恐ろしいものだ。秘匿しておこうと決めた。
そうして話している内に、厩舎へと辿り着いたので会話を一旦終える。
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コトハは飼育担当の教師と話しながらシルバと共に厩舎に入って行く。途中、顔を覗かせたスレイプニルのスレイが出入り口から様子を窺うヒイラギに気付き、怒りを露わにしたが、コトハが首を撫でると渋々と言った様子で部屋に引っ込む。他の皆もコトハが声を掛けると不服そうにヒイラギを睨んで部屋に戻っていった。
「凄いな……スレイが敬意を払ってる……」
昨日の朝方、何やら騒がしかったのは覚えている。青紫の髪の女子生徒が、気性が荒いと有名なスレイの攻撃を避けながら歌を歌い続け、彼を従わせたと聞いて、いろんな話が合体しすぎて元ネタがわからなくなったのだろうと思った。歌で従わせるとは一体どういうことだ。
正確な情報を掴もうと考えていたところに、取り巻きの一人が興奮気味に厩舎に行こうと誘ってきて、彼女を落ち着かせるために向かったら、今回の事態に繋がった。
今思えば、野生動物を従わせる魔法はあるのだから、歌魔法版があったとしてもおかしくない。そしてそれをコトハが歌えば、きっと強力な歌になったことだろう。その現場を見られなかったことが非常に悔しい。
「驚くよね。彼女は、歌魔法だけで従わせたんだから」
「……セサル」
後ろから声を掛けられて振り返れば、緑の髪の同級生が片手を上げて挨拶をしてくる。ヒイラギも軽く手を上げて返した。
隣に並んだセサルは数少ないヒイラギの友人だ。取り巻きは多いが、ヒイラギのことを肩書き無しにそのまま見てくれる人間は少ない。
「お前のあのパフォーマンス、彼女を守るためだね?」
「……流石に君には分かるか」
「何人かは分かってると思うよ。ああして宣言しておけば、お前は堂々と彼女を守れる。オレたちも、お前の名前で彼女を守れる。
呼び名は師匠なのか?」
「いいや、姉さんになった」
「ああ、弟がいっぱいいるんだっけ。そこが彼女の妥協点ってわけか」
「そうみたいだ。本当に嫌だったら名前呼びとかあっただろうに、あまりにも押しに弱くて、滅茶苦茶心配になる。男に対する警戒心も薄すぎる。今までよく無事だったなって感心してるぐらいだよ」
「ああ~……そこはまだ十二歳だから……」
「……そうだね。そうだと思いたい」
まだ、性的な目で見られることに慣れていない子供だから。これから少しずつ警戒を持って、人との距離を分かってくれればいい。
そう願っているが、ヒイラギにはなんとなく、彼女自身これから先もずっと自分の価値を理解せずに、狂ったまま成長しそうな気がしてならなかった。




