『出来損ない』ではないことの証明
「お待たせしてすいません」
「いいや。良いお友達、いや、相棒さんを持ったね」
「ありがとうございます」
笑顔でブライトンへ謝罪をすれば、笑顔で皮肉を言われる。皮肉を笑顔のまま受け流して、審判を担当する教師へを顔を向けて軽く頷いた。
準備が整ったとみた教師が、貴賓席に移動している偽オッドベルを見上げる。彼が頷いたことで咳払いを一つして右手を挙げ、
「ではこれより、ヒイラギ・ブライトンとコトハ・ベスティートの試合を行います。
両者、武器から手を離して。
――始め!!」
降ろすと同時にブライトンが小さなナイフを投げてきた。黒い刀身で短いそれは『影縫い』の呪いを掛けてある特殊な呪具だが、コトハは避けることもせずにその場に留まって歌を歌う。ナイフは影に刺さった。
「ハッ。歌魔法でのバフなら舞台に上がる前にかけておくべきだったね!」
これで終わりだと言わんばかりにボディを狙ったブライトンの右拳を、コトハは余裕で半身をずらして腕の外側へ避けた。驚きで目を見開く彼にくすりと笑い声を漏らしつつ伸ばされた拳の手首を右手で掴んで、逆にボディを狙って左手を振るった。が、寸前で左手で受け止められて、二人は腕を払いながら同時に後ろに大きく下がった。
体術は充分強い。というよりもそもそもコトハは体重が軽すぎて体術があまり上手くない。
所詮、挨拶代わりの衝突だ。構えながらも彼はナイフへと一瞬視線を向ける。
「影縫いのナイフは刺さっていたと思ったが、効果が出ていない?」
「歌魔法で浄化させてもらいました。ただの黒いナイフですよ、それ」
歌魔法の中にはあまり知られていないが呪いを解くものもある。神聖魔法や白魔法のほうが強力なので使われないのだが、覚えておいて損はないとコトハは使われていないものでも覚えていた。彼女が使えばどんな歌魔法だって神聖魔法や白魔法に見劣りしない効果を発揮する。
ブライトンは目をぱちくりと瞬きさせると、楽しそうに笑った。思いも寄らない反応に違和感を覚える。図に乗っている人間がする表情じゃない。
「では、これはどうかな!」
右手を真っ直ぐに上に上げる。彼の頭上、いくつもの火球・氷球・雷球と三種類の魔法が生み出されようとしている。
コトハは素直に驚いた。三種類の魔法を無詠唱で紡げるのはAクラスに匹敵する。だから、これは本気で行くべきだとして歌った。特に歌魔法用の歌ではない、普通の歌。これを魔法を壊すために使う。
「ふ。歌魔法でどうにか――」
面白そうに口の端を上げていたブライトンは、魔法が消えていくのを見て驚愕で言葉を止めた。
「――なんだその魔法は!?」
「今、ルナと開発中の魔法ですよ。上手くいって良かった」
にこりと微笑んで嘘を吐く。元々コトハが持っている技能だなんて言う必要はない。
「ならば!!
《言の葉は紡がれず、音は虚空へ消える!
――沈黙!!》」
光の輪がコトハの首回りに現れ、絞めてくる。きっと首には鎖の紋様が張り付いていることだろう。ルナに実験でかけてもらい、鏡で確認したことがある。彼女の場合黒々としていて、三回呼吸しなければ取れなかった。
さて、これはどうか。
「これなら魔法は紡げまい!! さぁ、どう出る!?」
ブライトンがまたも魔法を紡いだ。今度は雷だけで次々と放ってくる。
コトハは軌道だけを見ると避けずにブライトンを見据え、肺の中の空気をすべて吐き出して、細く吸った。たったそれだけでキィンと魔法が解呪された微かな音がする。呼吸一回で解呪されるとは、まだまだ甘すぎる。永遠に声を奪うつもりでかけるべきだ。
雷球はすべてコトハを避けて後ろで破裂していった。
「な、なんで避けない!?」
攻撃の手を止めて慌てるブライトンに、コトハはかなり呆れた目を向けた。分かりやすいほどにコトハを狙っていない軌道だった。あれは動いた方が逆に危ない。むしろ動けなくして、本命が正面から来ると構えていたのに、何も無くて拍子抜けした。
「最初から当てるつもりのない軌道をしておいて、それはないでしょう」
「んな!? もう喋れるの!? 魔法は確かに掛かっていたのに!?」
問いかけられたから答えたのに、今度は喋れることを驚かれる。段々と面倒臭くなってきた。
両手を軽く掲げて肩をすくめ、大袈裟なほどに溜め息をついて首を振る。
「それがどうした。いちいち驚くな。沈黙なんて一番に対策してるに決まってんだろ」
もう猫かぶりもやめてしまい、年上だが素のままで答えた。驚愕でコトハの体をキョロキョロと見ていたブライトンの目が、腰にぶら下がるアミュレットに向いて目を見張る。そもそもアミュレットで防御していたら掛かることもないのだが、彼は気付かなかったようだ。知識が不足しているなと冷めた目で見る。
ブライトンが嬉しそうに笑い右手を振れば、浮いていた二つの雷球がコトハに向かってくる――前に。コトハは銃を抜いて正確に魔力核を撃ち抜いた。改良前は飛距離が短くとも、この距離ならば当てられる。
「魔導銃か! 珍しい武器を使うね! ならば、これでどうだ!!」
腰にじゃらじゃらと付けていた魔石を一つ握ると、彼は地面に叩きつけてその場を離れる。するとその核を中心に石畳が割れて人型を作っていく。どうやらゴーレム生成も出来るらしい。四種類の属性魔法を使いこなせるのはかなり優秀だ。図に乗るのも分かる気がする。
白、赤、白、白。魔石の色の違いに眉を寄せた。相手は罠と毒を多用する冒険者だと思い出し、完成する前に動き出す。確か何か魔法を込めているとき、色を隠すためにわざわざ白く塗ると聞いたことがある。赤を混ぜているのは目くらましだろう。印象に残りづらい色の中に目立つ色を混ぜるとそちらに意識が向く。
「君は巨大ゴーレムを倒したそうだが、所詮一体! 四体相手にして、さらに僕も混じっては――」
言葉の途中だがお構い無しに先に白の魔石のゴーレムの魔石を撃ち抜く。改良前の魔導弾では表面を削るぐらいしか出来ないだろうが、ルナの改良済みの弾は綺麗に撃ち抜いた。大穴とは言わないが、コトハの拳ほどの大きさで貫通し、ガラガラと音を立てて崩れていく。
撃つと同時にコトハは駆けており、自慢げなブライトンの表情がまたも驚愕に変わっていくのを見つつ、彼の右手を最後の実弾で撃った。掠めるつもりだったが手を貫通させてしまったのを視界の端に捉えつつ、赤のゴーレムに向き直って左拳を握った。
弾倉が回って、最初の弾が戻ってくる。銃に装填したままの魔力の補充は難しいが、コトハは魔力を操作して弾に直接魔力を這わせ、一発目を撃った時点で充填を開始してある。充分に溜まったとは言えないが、岩を砕けずとも、魔石を壊す程度なら充分だ。
「《――――♪》」
『太陽の福音』を歌ってブライトンを癒やしつつ、地面を蹴って跳び上がり、ゴーレムの胸に向かって身体強化をかけた左拳を打ち込み、コアを露出させる。それが塞がれる前に右手の銃を突きつけて撃った。
自由落下し、地面に着地と同時に後ろに下がって、さらにもう一歩下がれば、最初の位置だ。銃の弾倉を引き出し、新しい銃弾を装填してホルスターにしまったところで歌も止める。
観客席は静まり返っているし、ブライトンは自分の右手を見たまま硬直している。確かに穴が開いていた証明として、彼の足下には血痕が散っていた。
彼がゆるりと視線を上げ、コトハを見つめると。
「――凄い!!!!!」
腹の底からの大声でコトハを賞賛してきた。声には純粋な尊敬が乗っており、彼が心から賞賛しているのが分かる。
目をキラキラとさせながら駆け寄り、コトハの両手を掴もうとするので思わず身を引いて逃げた。流石に触るのはダメだと気付いたか、跪いて片手を胸に当てて見上げてくる。正直怖い。
「ベスティートの娘なのに出来損ないを自称するくらいだから、よっぽど魔法が下手なのだろうと思っていたし、正直に話してしまえば、君が冒険者をやっているのも、周りに担がれてのことだと思っていた!!
だけど、全然そんなことなかった!! 僕よりもよっぽど強い!! 身体強化魔法の精度、歌魔法の練度、身のこなし、見たことのない武器を使いこなす姿に感服したよ!!!!」
「あ、ありがとう……?」
想定していないどころか、今までに遭遇もしたこともない賞賛の嵐に、コトハは非常に困って助けを探した。生徒の中に味方はいない。ルナとロッドベルドは後ろ。そうして視線を彷徨わせていると右手を取られた。振り払おうとしたが両手で掴まれていて振り払えない。
「僕を君の、いや、貴女の弟子にしてください!!」
「で、弟子ぃ!? む、無理だ!! 俺自身まだまだ未熟だから、弟子なんて無理だ!!」
「なら、舎弟に!!」
「しゃ、しゃていってなに?」
「子分ってことです!!」
「はぁ!? やだ!! 年上の子分とか要らない!!」
「じゃあ勝手に子分になります!!」
「ふええええ!?」
狼狽えていると不意に影が差し、ブライトンの頭に拳骨が落ちて手が外れた。いつの間にかユパが降りてきていた。かなり痛そうな音がしておろおろとユパを見上げると、隣にルナが来てコトハの右手を優しく握り、引っ張っていく。
引っ張られるまま下がったらシルバが庇うように前に出てきた。下がったルナはコトハの手に水をかけて、持っていたタオルで丁寧に拭ってくる。綺麗になったところで抱きしめられた。
「俺の娘に触れるな!!」
「ボクのコトハに触らないでくれる!? 気持ち悪い!!」
ユパとルナがほぼ同時に怒鳴り声を上げる。ルナはともかく、ユパが怒ってかなりびっくりした。一応娘なので最低限は護ってると主張しておこうということだろうか。
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ブライトンの奇行に場が混乱してしまったが、ロッドベルドと偽オッドベルが何とか場を収め、コトハの勝利で終わりとなった。
ざわざわと生徒達が解散していく中、ユパとバージェスが魔導銃について説明を求めたので、ロッドベルドの勧めで控え室に移動する。途中で開発者のフォルを呼んできた。
コトハに説明できることはないし、ユパと同じ部屋に居るだけで息が詰まって苦しいので、ルナに解説を任せ、シルバと一緒に厩舎へと向かう。そして付いてくるなと言ったのにブライトン――ヒイラギはコトハに付いてきた。
「安心してください、師匠! これ以上は近付きません!!」
と、力強く宣言した通り、一定の距離を保つのでまぁいいかと許した。ロータスは「コトハは優しすぎるわ!」と憤っているが、正直、ルナやシルバに危害を加えられないなら自分の事はどうでも良かった。
ひとまず敬語と師匠呼びは辞めさせ、タメ口にさせられたが、呼び方が決まらない。
「あのさ。慕うのは勝手にすればいいけど、師匠とか親分とか、大仰な呼び方はやめてよ」
「ふむ……なら、姉さんはどうだろう?」
「……どうしても自分を下にしたいのか?」
「うん。同時期に入っている以上、先輩と呼ぶのも許してくれないだろう?」
「まぁ、うん。ヤダ」
「だろう。だったら、互いの妥協点は姉さん呼びだと思うんだ。ダメかな?」
「……わかった。他の呼び方よりマシだから、それでいいよ」
「ありがとう、姉さん」
上手く丸め込まれたような気がするが、元々コトハは口が上手くない。溜め息をついて許した。
彼が取った距離も、手が届かない離れたところなのでとても話しかけづらい。せめて一歩後ろにしろと要望を出したら、全力で拒否された。
「いくらなんでも近すぎない!? 信頼しすぎでしょ!!」
「? この距離でも対処できるよ」
「じゃなくて! 姉さんはもっと警戒心を!!」
「?? なんで? お前は弟子にしてくれと頭を下げて、油断させてから首を狩るタイプ?」
「違うけどね!!」
「?????」
分からなくて首を傾げる。ヒイラギは言葉を探しているようだが見つからなかったらしく、苛立ったように息を吐いて首を振った。そして、じとっとした目でコトハを見下ろしてくる。
「あのね、姉さん。男って怖いんだよ」
「分かってるよ。でも、お前はそんなことしないだろ」
「さっきまで僕ら戦ってたよね!? わりと本気でバチバチしてたよね!?」
「本気で手合わせしたからこそ、お前は俺から学ぼうと宣言したんだろ? 俺は手合わせの感覚から、お前は卑怯なことをしないと思った。
シルバを従えようとしたのも、お前じゃなくてお前の友人だろ?」
後ろに続いていた足音が止まる。数歩前に進んで、コトハは後ろを振り返った。ヒイラギが黄緑の瞳を丸くして、信じられない様子でコトハを見ている。何故? と言いたそうな顔にふっと笑った。
『年上の弟』がいたために、『同い年(数日だけ年下)の兄』の存在も受け入れてしまうことになる。




