胸を張って舞台へ
試合時間の十分前になったので、魔力を籠め直して銃弾を返してもらう。改良前の銃弾二発、ルナが改良した銃弾三発、実弾一発を弾倉に装填した。
生徒達は集まっており、ざわざわと少し騒がしい。
「皆さん、おはようございます」
舞台の上に立ったオッドベルの堂々とした声は競技場全体へ響き渡った。風の魔法で拡声しているようだ。それを合図に、生徒達のざわめきが風が通り過ぎた草原のように消えて静かになる。
「本日は緊急の招集になり、勉学に励みたい皆さんの妨げとなったことをまずは謝罪します。
忙しい中、集まってくれてありがとうございます。
さて、本日は何故集まったかすら知らずにいる方もいらっしゃるでしょう。手短に説明しますと、昨日の朝、魔法学校では銀翼のグリフォンを保護しました。
保護したのは私ではなく、今年入学したばかりの生徒です」
知らなかったり、知っていても信じていなかった者が大半だったのだろう。コトハが想像したよりも大勢のざわめきが広がる。
昨日から今朝まで、食堂や寮で大して注目を集めなかったのを思い出した。小さなコミュニティだから噂話など一気に広がると考えていたが、グリフォンの話は流石に嘘だとでも思われたのだろうか。
と思ったが、そもそも銀翼だと公表していなかったと気付く。驚愕のざわめきはそこに関してだろう。
騒がしさが少し収まるまでオッドベルは待ち、あらかた落ち着いたところでまた話し始める。
「そして昨日の昼頃、新入生が従わせたと聞いて、保護したグリフォンを従えようとした生徒がいました。
十二歳で冒険者として認められ、いくつもの討伐を果たし、魔法学校でも非常に優秀な成績を残している。ソーディスの冒険者ギルドにおいて、去年、最年少でBランクに認められた実力者。
皆さんご存じ、ヒイラギ・ブライトン君です。
ですが、彼は失敗しました」
今度のざわめきは非常に大きかった。悲鳴に近いような声も聞こえる。よほどの実力者で有名人だったらしい。
「……ああ、あの人か」
最年少Bランクと聞いてコトハもやっと誰なのかわかった。直接対面したことはないが、遠くから姿を見たことはあった。明るい黄緑の髪を持つ、コトハの二つ上の少年だ。爽やかな笑顔で容赦無く罠や毒、不意打ちや闇討ちも多用し、きっちりと無傷で依頼をこなしてくる少年なのだと古参の冒険者に教えてもらった。ただ、最年少Bランクに認定されてから、かーーなり図に乗っているようで、バージェスがそろそろ灸を据えるかと呟いていたのを聞いている。
シルバを従えようとしたのも、図に乗っていることとコトハの事を侮っているからだろう。一部の年若い冒険者からは、コトハは親の七光りで冒険者をさせてもらっていて、依頼は古参が手伝っていると思われてるらしい。何故か両親はコトハに甘いと言う評価なのが解せない。
(Bランク……しかも最年少、か)
何故かユパはバージェスや古参以外との手合わせを許さなかった。古参との手合わせは訓練場ではなく防壁外の目立たない場所に行かなければならず、面倒臭くて仕方がなかった。
年の近い者との手合わせは初めて。しかも相手はあの基準の厳しいソーディスの冒険者ギルドにて、最年少でBランクに認められるほどの超実力者。魔法学校での成績も良いとなると、かなりいい刺激になるはずだ。
「これはおかしいでしょう」
思考に没頭していたが、オッドベルが言葉を続けたので現実に戻す。彼は生徒達の心の声を代弁するように声を上げた。
「銀翼のグリフォンを従えたのは、あの英雄のベスティート家の娘。とはいえ、出来損ないだと自称している少女です。
使えるのは身体強化魔法と歌魔法のみ。属性魔法が一切使えない、授業の成績も良いとは言えない。何よりまだ十二歳の少女が、どうして従えられたのか。彼らの違いは何だったのか。
それを見るために、二人には試合をしてもらうことにしました。
ルールは簡単。持っている全ての技術を使っての総力戦。どちらかが参ったと宣言するか、審判に止められるまでは戦ってもらいます。
客席を含めた競技場全体がバトルフィールドです。客席前は強力なバリアを張りますので観客の皆さんは安心してください。
使用武器は申請したもののみ許可。その他道具の使用は認めません」
先に通達があった内容が改めてオッドベルの口から説明される。
場外がないのは助かった。なんせコトハは体重が軽いので、広範囲の暴風魔法や投げ技で簡単に飛ばされてしまう。
コトハが申請した武器は短剣二本とこの魔導銃。雷の弾は流石に申請後だったので使用は却下された。改良したほうの弾は無属性のままなのでそのまま通された。実弾も申請は通っている。
対戦相手がどんな手を使ってくるか分からないので、耐毒、耐麻痺のアミュレットを起動しておく。魔法で生成された毒を防ぎ、麻痺の魔法から身を守るためだ。毒類が武器として申請されて受理されている可能性を考え、風向きも確認する。アミュレットはあくまで魔法に対抗できるだけで、毒の粉などの実物からは護ってくれない。
沈黙魔法に対する対策は必要ない。コトハは呼吸法一つで呪いの類を振り払うことが出来る。そういう体質なのだと昔、バージェスに言われた。
「緊張しているのかい?」
出入り口で呼ばれるのを待っているコトハに、後ろから声を掛けてきた人がいた。その声に驚いて弾かれたように振り返る。
片手を上げて挨拶をしてくるのは、黒縁の伊達眼鏡を掛けたオレンジの瞳の男性、ロッドベルドだ。思わず舞台上の人物と交互に見比べてしまい、彼に苦笑された。
「やはり君にはバレていましたね。あちらは私の代わりに変身魔法を使ってくれている教頭先生です。
エルフィンストーンさんを学校の派閥争いに巻き込まないために、新人として潜り込んだんです。結果として君も一緒に保護できて良かった」
ロッドベルドの告白に目を丸くし、何度も瞬きをした後に感謝を伝える。冴えないおっさんだと思っていたが、裏で色々と護ってくれていたと気付けないほど愚かではない。
「ええ、と。なんでここに?」
「一つは君に激励を送ろうと思って。もう一つは、君が勝った時に担当教師が駆けつけないわけにはいかないだろう?」
「あー。なるほど」
校長は挨拶をした後、来賓席で来賓として招かれた冒険者ギルドのギルドマスターのバージェスと、ソーディスの英雄のユパと共に試合を観戦する。入れ替わるタイミングはもうない。
それにしても、必ず勝つと思っている様子にコトハは何とも言えない顔でロッドベルドを見上げた。
「必ず勝ちますけど、万が一負けたらどうするんですか」
「それはないと確信してるよ。……よし、君に一つ面白いことを教えよう。君の冒険者証見せてくれるかい?」
呆れるコトハに、ロッドベルドが片手を差し出してきた。何がしたいのか分からないが、言われるままポーチから冒険者証を取り出して彼に見せる。ロッドベルドは裏面のジョブのランク欄を指差した。
「このCの文字、いつから青で記されているんだい?」
「え、最初から青ですけど……」
いつからも何も、貰った時から青だ。だが両親の冒険者証は白なので不思議になって問えば「お前は特例だからな」と言われて、十歳で冒険者になったために特例を示すための色かと納得した。
これがおかしいのかと見上げるコトハに、ロッドベルドは腰を折って視線を合わせてくる。
「文字が青で記されている場合、昇級試験の筆記試験に合格していない証明なんだ」
言い聞かせるような口調での説明に、瞬きを何度も繰り返す。
両親に騙されたのだと気付いて怒りが瞬時に湧いてくるも、すぐに嘘は言っていないと落ち着く。筆記試験は免除されたので特例なのは間違っていない。ただ、本当のことも教えてくれていない。
コトハのカードを見た冒険者たちやオッドベルが天を仰いだ理由も分かった。
「…………つまり俺は、戦闘技能だけなら最初からBランクだったってことですね……?」
「そうなるね」
これ以上ない激励だ。つまり相手は同ランクで、コトハが緊張することは何一つない相手だと理解できた。
同ランクなら決して負けない。
「……クソジジイ……ッ!!」
それはそれとして父に怒りが湧く。
子供だから。未熟だから。いろんな理由を付けて、父は昇級を許さなかった。
どれだけ課題をこなしても褒められなかった。まだまだ改善の余地はあると小言ばかりだ。
やはり、両親は大人として最低限の義務を果たしているだけで、コトハの事など愛するどころか憎んでいるのだ。だからどこかで潰れて、こんな家を出て行ってやると自分から言わせたいのだろう。
「よし! その怒りをブライトン君にぶつけておいで!」
「いや。それはそれ、これはこれです。父への怒りはきっかり父に向けます」
「あ、そう」
ちょうど舞台上の偽オッドベルに呼ばれたので、コトハは気合い充分で舞台へを歩いて行く。
囁き声だけが静かに広まっていく競技場は不気味で、コトハの存在はまるで歓迎されていないかのようだ。
「コトハー!」
そんな中、空気を読まずに叫ぶ声がした。ついでに観客席に動揺が走ったので、悪友殿は予想通りの動きをしたようだ。
舞台への階段を登る前に振り返れば、出入り口上の屋根へと降り立つ二つの影。ルナとシルバだ。
ルナは風に煽られる長い髪を片手で押さえながらにぱりと笑って、反対の手を高く突き上げる。
「ボク早く魔導銃の改造したいからさー! さっさと終わらせてー!!」
一体どんな激励をくれるのかと少しだけ期待した自分を恥じた。こいつはこういうやつだった。
帽子のつばを少し摘まんで位置を直し、溜め息をついて、ルナとシルバを改めて見上げる。
「リョーカイ。他には?」
どうせくだらないことを言い出すんだろうなと思いながら、一応他に要望がないか聞いてみる。するとルナは気軽な調子で「あるよー」なんて答えて、息を吸った。
何をする気だとやや身構えるコトハに向かって自信と信頼に満ちた不敵な笑みを浮かべ、左手を腰に当て、右手を胸に当てて、口を開く。
「銀翼のグリフォン・シルバの主にして、このボク、天才魔法発明家ルナ・エルフィンストーンの、最愛にして最高の相棒コトハ・ベスティートは、決して『出来損ない』ではないことをこの大観衆に証明しろ」
風の魔法を使って拡声してまで、要望が伝えられた。
天才魔法発明家とは大きく出たものだ。天才なのは間違いがないが、まだ新しい魔法など生み出してはいなかろうに。だが、これからだと考えればそれぐらい大きく出ていいかもしれない。
それにしても最愛にして最高の相棒とは何だ。相棒なんて認めちゃいないぞと反発する気持ちとは裏腹に、口角が上がる。
父への怒りだとかで何だか変に昂ぶっていた感情が落ち着いてきたのを感じて、ゆっくりと息を吐いた。
「任せろ」
ルナに答えて、背を向けながら左手を振って了承を示す。
最高の激励を受けて、舞台へと立った。




