自称『出来損ない』の弊害
案外、防壁の外を歩くと魔法学校と冒険者ギルドは近い。二十分も歩けば、今朝も訪れた騎乗用生物訓練場に辿り着く。
閉まっているが鍵は開けてある門を押し開けて中に入れば、ルナと小鳥の姿のロータスが防壁を背に座って待っていた。コトハに気付くと手に持っていた本に栞を挟んで、立ち上がって服に付いた砂を払ってこちらに歩み寄ってくる。今朝の衝撃はもう抜けたようだ。
「おかえり。シルバも、怪我はしなかったかい?」
「キュゥウ! キュウ!」
「あら。ニンゲンの縄張りに入ったの? それは攻撃されるわ」
「ウゥゥ……」
シルバはロータスがルナの肩にいるからか素直にルナの問いに答えていた。どうやら攻撃をされたことを訴えたようだが、ロータスが呆れた様子で返したので項垂れてしまった。
事情が分からないルナはコトハを見て説明を求める視線を向けてくる。苦笑しながら口を開いた。
「俺がいる冒険者ギルドまで飛んできたんだ。訓練場にいた冒険者に撃ち落とされて、討伐されるところだった」
「あー。しまったな。訓練してる人もいたか」
「こっちでは何があった?」
シルバが突然厩舎を飛び出すなんてよっぽどなことだ。コトハは出ていく前にシルバの所に寄って、ご飯を食べたら体を洗う約束をした。それまでどうか大人しくしていてくれと頼んだし、スレイにも様子を見守ってくれと頼んだ。
まさかの事態を想像して見上げれば、ルナは目を細め、困ったように口の端を下げながら頷いた。
「『出来損ない』って言い続けた弊害が早速出たよ」
思わず片手を額に当てて天を仰いだ。
ひとまず帰ってきたことをロッドベルドに報告すれば、安堵したようにおかえりと言われた。すぐに彼から色々と連絡をしていくとのことで、コトハはシルバを厩舎へと連れて行く。ロータスはルナの肩からコトハの肩に乗った。
厩舎は大騒ぎになっていた。スレイの他に乗用馬がいるが、全員怒り狂っている。体だけが出れないようになっている扉にガンガンと体当たりを繰り返し、外に出ようとしていた。スレイなんて一番力もあるので扉の形が変わりつつある。ぶつかっている箇所から血が出ていて痛そうだ。
あまりの荒れ狂いっぷりに飼育担当の教員ですら手を付けられず、出入り口から見ていることしか出来ないでいた。
「《――――♪ ――――♪》」
とりあえず落ち着かせねばならない。こういう時こそ『羊の呼び声』だ。お前たちどうした。俺が来たぞ。落ち着いて話を聞かせてくれ。そんな気持ちを込めて歌う。
コトハの歌魔法に、馬たちは徐々に落ち着きを取り戻していく。スレイはどうにも怒りが収まらなかったようだが、コトハが歌いながらシルバと共に歩み寄れば、不機嫌そうに鼻を鳴らしたが落ち着きはした。
続いていつもの『太陽の福音』で傷を癒やしてやり、首をそっと撫でる。大人しく撫でられてくれた。
「シルバに何かあって、心配してくれたんだな。ありがとう、スレイ。みんなも、シルバのことを心配してくれたのか? ありがとう。ちゃんと連れて帰ったよ」
スレイを撫でながら礼を言い、他の馬たちにも礼を言う。スレイから離れ、一頭一頭怪我が無いか確認をして、また礼を言いながら首を撫でる。シルバも一頭一頭に挨拶だか礼だかをしていった。
「すまない、ベスティートさん。助かったよ」
「いえ。……何があったのかは、校長先生に聞いたほうが良いですか?」
「ああ、そうしてくれるかい。私は急いでシルバの部屋を整えるよ」
飼育担当の教員が心底ホッとした様子で厩舎に入ってくる。礼に返事をしながら、コトハは一番奥の部屋に目を向けた。そこがシルバの部屋だったが、こちら側の扉だけでなく、部屋から外に直接出るための扉も無くなっており、部屋の中はかなり荒れている。シルバの風魔法だけではない魔法の跡があった。焦げた飼い葉が水に濡れている。
「シルバはしばらく俺と一緒にいたほうが良いよな。ルナ、悪いけどサンドイッチボックスとお茶を買ってきてくれ。昼飯食い損ねた」
「いいよ。ボクもまだ食べてないから」
金を渡して頼み、待ってる間にシルバを洗ってやる。ロータスが魔法を使えば一瞬だが不審に思われるので、水場と体を洗う道具を借りて綺麗にした。
洗い終わりにシルバが大きく身を震わせて水気を飛ばそうとしたので、大慌てで避けて事なきを得た。濡れてもルナに乾かしてもらえるが、あまり濡れたくはない。
一人で魔法を操りながら厩舎を片付けている教師に終わったと声を掛け、道具を片付けた後、厩舎近くに設置されているベンチでのんびりとルナを待つことにした。
「お待たせ」
「今朝ぶりですね、ベスティート君」
「よぉ、コトハ」
ほどなくしてルナが二つのサンドイッチボックスを持って戻ってきた。
後ろにオッドベルとバージェスを連れて。
すぐさまシルバがオッドベルを威嚇したがコトハが諫めた。
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バージェスは後でそっちに向かうと言っていた通り、シルバを従わせた状況の確認に来たという。人数が増えたので少し移動しようとしたら、オッドベルが魔法で椅子を創り上げて二人は正面に座った。逃げ場無し。
とりあえずご飯は食べさせろとサンドイッチボックスを開けて急いで食べる。シルバのご飯はオッドベルが亜空間から取り出した。生肉の山に食費が大変そうだなと少し思ったがきっとオッドベルが何とかするだろう。
サンドイッチを食べ終えたら当時の様子を発見時から語らされた。
「俺、ここでも日課として夜明け前に走ってるんだけど、ちょうどこの道に来たところで影に気付いて。俺とルナの担当教員に連絡して、指示を貰って、現場に向かったんだ。
そんでこの外にある騎乗用生物訓練場に落ちてきたからグリフォンかヒッポグリフか確認して、素材にすると思ったからとりあえず眠らせた」
「……とりあえずで眠るほど弱ってたか」
「たぶん? わかんないけどわりとあっさり寝たよ」
「…………よし、続けろ」
何故かバージェスだけでなくオッドベルも眉間を押さえたが、続けろと言われたのでコトハは説明を続ける。
「校長が来るって言われて待機して、飛んできた校長に銀翼だと教えてもらった。
でー、全力で治療してみてって言われたから、『太陽の福音』を全力で歌って。
治ってく途中で起きたこいつの攻撃を避けながら癒やして、最終的に落ち着かせようと『羊の呼び声』を歌ったらこいつがブチ切れて。お前のどこが弱い! って感じで。
だから『夜狼の遠吠え』をアレンジしながら叩きつけて、従わせた……んだけど、何か問題あった?」
説明を締めくくろうとバージェスを見て、彼が天を仰いでいる様子に不安になって問いかける。国で何か規定などがあったりしたのだろうか。
バージェスは手を離して顔を戻し、大きく息を吐いてコトハに安心させるように優しい声音で大丈夫だと告げた。
「従わせたことに何も問題は無い。あとのことは俺たち大人に任せろ。
そんでコトハ。今後《ピクシー族の長》に声を掛けられると思うが、契約はどうにか待ってもらえ。今のお前じゃ危険だ」
そういえば父も目を付けられたらどうするとか言っていた。あれはもしや心配してくれたのだろうかとバージェスの言葉で気付く。
思わずオッドベルに顔を向けると、眉を下げ仕方がないと言うような諦めた顔で頷いたので、コトハは肩の小鳥を示した。
「えーと。じゃあ。こちら、《ピクシー族の長》のブラックロータスです」
「こんにちは。この子の保護者」
自己紹介をしていないのでバージェスの立場は分からなかったのだろう。言動から保護者と感じたのかロータスはそう呼称した。
喋る薄桃色の羽根に黒い瞳を持つ小鳥にバージェスは驚愕の表情を浮かべ、ぎこちない動きで隣の男へと顔を向ける。オッドベルは眼鏡のずれを直す動きで顔を背けた。
「…………オッドベル校長?」
「はははは。あとで説明するつもりはあったんですよ。ただ、こちらも色々とありましたので。ははははは」
乾いた笑いを上げるオッドベルに、バージェスは掴みかかろうというのか両腕を上げて、諦めたように肩ごと落とした。まさかもう既に目を付けられた上に、べったりと側にいるとは思わなかったのだろう。
今朝のロータスとオッドベルのやりとりから、魔法学校にはピクシー族が入れないように結界を張ってあるのだと理解した。だから魔法学校にいる間は大丈夫だとでも考えていたに違いない。朝の段階でもうアウトでした。
「安心なさいな。この子が十四になるまでは待ってあげるって約束なの。二年なんて一瞬だから待ってあげるわ。
ただ、この子とシルバに何かあったら耐えられないだろうから、一緒にいることをモーゼが提案してきたの」
この姿は一緒にいるための姿。と羽を広げ、ロータスは微笑んだようだ。コトハの位置からは見えない。
バージェスは深く深く溜め息をつき、こめかみを押さえた。彼はこの後ユパに説明に行くはずだ。怒濤の勢いで怒られるんだろうなと少しだけ同情した。
「ひとまず、わかった。次は、何故こいつが冒険者ギルド……いや、コトハの下に飛んできたのかを説明してもらおうか」
こいつと親指で差したのは肉を食べ終え、ベタベタになった口の周りをルナに拭いてもらっているシルバだ。肩にロータスがいないのにもうすっかりとルナに慣れているのは何故だろう。
コトハも気になっていたのでバージェスと同じくオッドベルに顔を向ける。耳の長い校長は眼鏡を触り頭が痛そうな顔で口を開いた。
「ベスティートさんがグリフォンを従えたことが、スレイとの対戦で観客となっていた生徒達から広がったのは想像が付きますね?
元々、彼女が『出来損ない』を自称し、授業でも魔法を使えないことから、生徒達の間では『ベスティート家の落ちこぼれで、親に魔法学校に放り込まれ、放置されている』という噂が広まっていました。
そこに巨大ロックゴーレムを一撃で沈めたという噂が流れたことで評価は一転して、ついでにベスティートさんとエルフィンストーンさんの見た目から勘違いが発生していました。
その結果『親に放置された出来損ないのエルフィンストーンが、グリフォンを従えた』という噂が流れたんです」
コトハは頭を抱えて俯き、バージェスは再び片手で額を押さえて天を仰いだ。いろんな噂が錯綜しすぎて色々と合体し、おかしな具合に捻れたらしい。この髪のせいか。いっそ黒に染めてやろうか。
大変だったと笑うのはシルバの頭を撫でているルナだ。
「様子を見にロータスと厩舎に行ったら、シルバが暴れてるんだもん。スレイや他の子たちも暴れてて、こりゃだめだって思って僕が外側のドアを吹っ飛ばして、シルバにコトハのとこに行けって言って逃がしたのさ。
シルバに攻撃を仕掛けた犯人はロータスが痺れさせて逃げないようにしたよ。それでロッドベルド先生を呼んだらオッドベル校長と何人かの先生が来て、犯人を連れて行った」
「……ごめん。苦労を掛けた」
「いいよ。どうせこうなると思ってた。思ったより早かったけどね」
コトハよりもルナのほうが頭が回る。コトハが一時的に離れたことで問題が起きると思って構えていてくれたのだろう。
謝罪に対して気にするなと手を振りながら笑う彼女の手を握り、真剣に見上げた。
「お前自身に怪我は?」
コトハと違ってルナは荒事に慣れていない。外に繋がる扉はかなり分厚い木製だがかなりの衝撃で壊したようで、木っ端微塵になっていた。ルナが壊したとすると怪我をしていてもおかしくはない。
心配して見上げるコトハに、ルナは目を丸くし、くすぐったそうに微笑みを浮かべた。
「爆破したときに破片に当たった程度。でもロータスが癒やしてくれたからもう残ってないよ。あ、ごめんだけど後でロータスに歌ってあげてね。キミに請求するって言われちゃった」
「そんぐらいいくらでも歌う。ロータスもありがとう」
「このくらい当然だわ。アナタが誓いを立てた以上、この子もワタシの守護対象よ」
この辺り。と腕と頬を示された。確かに傷痕一つないし、服もロータスが直したようで怪我をした跡は残ってない。
安堵の息を吐いて手を離し、肩のロータスにも礼を言う。頼もしいピクシー族の長は誇らしげに胸を張った。そのまま小鳥は顔を動かして、正面の男性へを視線を向ける。
「それで、モーゼ。あの愚かな人の子たちは反省していて?」
冷ややかな声は、反省していないのなら制裁を加えに行っても良いかと言外に告げている。冷たい怒りをすぐ側で当てられ、コトハは恐怖で少し口を引き結んだ。自分に向かってはいないが、怒りの感情は怖い。
オッドベルは困ったように笑い「制裁は待ってください」と止めた。
「反省をさせるためにも、ベスティートさんの足下にも及ばないのだと思い知らせなければなりません。
ですから彼と手合わせをして、これ以上なく叩きのめしてしまってください」
何を言ってるんだこいつは。




