自己評価の低さは父親のせい
「ひとまずお前らも帰ってこい。ベスティート家に睨まれたくなきゃ、コトハのことは黙ってろ」
バージェスは唖然としたままコトハを見送る冒険者たちを声を掛け、建物の中に戻れと促す。実際、そろそろ昼食の時間だ。
ギルドマスターの号令に、次々と我に返って動き出した彼らは、全員がコトハに対して畏怖の表情を浮かべていた。一応箝口令を敷くが、効果はあまりないだろうなと内心で顔をしかめた。
グリフォンの谷でピクシー族と共にグリフォンの守り人をやっている者から、密猟者が侵入して銀翼候補のアルビノのグリフォンの幼体が親不在の隙に捕まりかけたと今朝方、報告があった。
すぐさま他のグリフォンとピクシー族によって密猟者は全員無残な姿になったが、アルビノは混乱して逃げてしまい、行方を捜していた所だ。まさか魔法学校の方向に飛んでいったとは思わなかった。
冒険者達が突如現れたグリフォンに攻撃を仕掛けるのは当然だろう。グリフォンは《ピクシー族の長》のお気に入りとはいえ、人の縄張りにやってきた以上、攻撃されるのは自然の摂理だ。そこは《ピクシー族の長》も理解しているので、グリフォンには近付かないようにと言い含めているはず。だから今回、幼体のグリフォンを攻撃したことに関して《ピクシー族の長》からの報復はないと見ていい。
ここにいる者たちは、まだあれが銀翼のグリフォンだとは知らないので、国からのお咎めもないし、させない。
冒険者たちはグリフォンの突然の出現に驚きながらも良く対処できた。
訓練場に集まっていた冒険者は十人ほど。幼体とはいえグリフォンが放つ威圧は強力で、戦えるのは六人ほどに減ったが、幼体程度なら余裕で討伐できただろう。
正面に立った冒険者が気を引いている間に後ろから弓術士が射かけ、その間に魔道士が翼を焼くのがセオリーだ。グリフォンは翼を使った機動力が厄介だ。だから焼いて落とす。
即席だがその場にいた冒険者たちは連携を取り、セオリー通りに動こうとした。
そこに躊躇いもなく飛び込んでいったコトハの判断力には驚嘆しかない。グリフォンが来たと報告が来た瞬間、彼女は小さな体を活かして人の間を抜けて、風のように外に出ていった。
バージェスが辿り着いたとき、ちょうどユパも上から飛んできた所だった。
コトハはグリフォンを制止しつつも、まずは弓術士の前まで駆け抜け、波状で放たれる矢を双剣で全て防ぎきった。
続いて、魔法攻撃を仕掛けようとしていた魔道士へと歌魔法を放った。歌自体は『太陽の福音』なのに、放たれた効果は魔力分散。核になろうとした魔力をどういう原理か分散させたように見えた。あとで魔法学校に行ったときに原理を確認しなければならない。
バージェスの号令に驚いたグリフォンが風の刃を生んだが、コトハがやはり歌魔法で消して歩み寄り、首を撫でて落ち着かせた。名付けまで終えていて、完全に従えている様子にもはや言葉が無かった。
その後のユパの一方的な叱責は、半分は彼女への心配、半分は周りへの牽制だった。実力があろうとも、まだ子供なのだから変に持ち上げたりするなと牽制をかけた。最後の捨て台詞なんて、誰かがコトハはもうAランクだと言い出しかねないのを見越して先回りした。あの宣言のおかげで、親であり英雄が認めていない以上、彼女は上位ランクになれないとギルド側にも言い訳が出来た。
そして、ユパは去り際に「おそらくもう《ピクシー族の長》には目を付けられている。あの厄災がコトハの歌を気に入らないわけがない。今後はあの子をギルドに呼び出すな」と苦々しく伝えてきた。バージェスも同じ考えだ。
「ほんっとに……不器用な男だよ」
父に叱られてしょんぼりと肩を落としながら帰って行ったコトハの後ろ姿を思い出し、バージェスは息を吐いた。娘を護るためとはいえ、その娘に愛情が伝わっていない。
髪の色も目の色もあまりにも違いすぎるコトハは、顔立ちだってユパとサツキどちらにも似ていなかった。
サツキが妊娠していたのは誰もが知っているし、不貞を働く女性でもないのも知っていたので、腹の子は流産し、コトハは拾ってきた子供だと言う噂や、チェンジリングで入れ替えられた子供だという噂が流れていた。バージェスはコトハはチェンジリングで入れ替えられた、本来の娘ではないと聞いている。
それでも二人はコトハを自分たちの子供として愛していた。将来どんな職に就くにしても、ソーディスにいる限りは英雄の娘としてか、逆に英雄の血を一切引かない子供としてしか見られないであろう彼女を、どう育てたらいいかと悩んでいたのを知っている。
コトハの未来がどうなるにせよ、強く生きていけるようにとユパたちは自分たちのすべての知識と技術をつぎ込もうとした。
だが、ユパとサツキは、壊滅的に教えるのが下手だった。自分たちの技術が叩き上げで鍛えられたものだったために、コトハにも同じように叩き込んだ。バージェスとユパの弟子で何度やり過ぎだと止めたことか。
“ルグナ”と予言されたのも不運だ。幼いコトハの言葉を信じられず、疑い、叩き潰してきた。全ては心配と愛情から出てきた言葉でも、子供にかける言葉としては厳しすぎる。そのせいで彼女は自分の言葉は基本的に疑われるからと、自分を偽るようになってしまった。
さらにコトハは、外部に魔力を流せない。否。初心者練習用の杖や、魔本のインクに魔力は流せるが、そこから魔法を使うことが出来ない。詠唱も完璧なのに、魔法が発動しない。外に魔力を出せる人間なら一つは持っている属性が、無い。
いっそ魔力を外に出せない体質ならば諦めも付いたし、説明も簡単だっただろう。だが、コトハは魔力を出せた。歌魔法が使えた。
チェンジリングされた子供は一つ欠陥を持つ。コトハの場合は、外部魔力を持ちながら属性を一切持たないことだったと判明した。
それでも何か一つでも魔法が使えるようにならなければならないと強迫観念にも似た執念を見かねて、コトハに冒険者になるよう勧めたのはバージェスだ。
コトハは賢い。冒険者に揉まれていれば、歌魔法以外の魔法が使えなくとも良いのだと気付いてくれると思ったのだが、ユパに似て頑固者でもあった。なんとしても自分が使える魔法を探すと言って、魔法学校に行くことを諦めなかった。
ユパは何度も妨害をした。
まずは冒険者資格試験の筆記試験を免除する代わりに実技試験の難易度を跳ね上げた。Bランク昇級試験でもやらない、斬撃耐性と俊敏性を大幅に上げさせたロックゴーレムを三体、十分以内の討伐。Cランクには不可能。そもそも挑戦を許可出来ない。Bランクの中でも、Aランクになれるほどの実力者でなければ命を落としかねない。もうこの時点で合格させる気がないのがよく分かる。
ところが、コトハは九分五十秒で討伐しきった。八分かけて三体のコアの位置と攻撃パターンを見切り、最難関として設定した胴体にコアを埋め込んだゴーレムに他のゴーレムの攻撃を当てることで破壊。そして残り二体を即座に破壊した。
ゴーレムには他のゴーレムが壊されたら即座にその破片を自身の強化に使うよう設定してあった。それを知っていたわけでは無いだろうが、わざと目に付きやすい所にある二体を先に壊すことは無く、全部の位置を確認してからほぼ同時撃破を狙っての行動に、バージェスは鳥肌を立てた。
見守っていたユパとサツキですら、娘の行動に驚愕していたくらいだ。終わった娘にかなり厳しい評価を下していたが、いつもより内容は薄く、褒めないために言ったとしか思えないものだった。
事実、終わった後にユパは酒を飲みながら「うちの娘は凄いだろう!! 教えたら教えた分、きっちり吸収して活かすんだ! 馬鹿で頑固者なのが玉に瑕だがな!」と嬉しそうに言っていた。それを娘に伝えろと言っても聞きやしない。
続いてユパは、ワイルドボアの縄張りに生える、特殊な薬草の採取を命じた。
時期的に繁殖期で、気の立った雌のワイルドボアが多い。しかも事前に確認に行かせた冒険者から、子供が生まれていたことが報告された。生まれたばかりの子供がいると雌は非常に攻撃的になり、僅かな音や臭いでも敏感に反応して突進してくる。
一度でも見つかり、ワイルドボアに怪我をさせれば試験は不合格としたが、生温かった。コトハは地図で薬草の場所を確認すると、歌いながら森に入っていったのだ。眠りの歌が広がっていったが、鳥には効果は無く、眠るのは地上の動物だけ。
あまりにも不可思議な現象に、バージェスはギルドに戻ってから古参の詩人に確認を取ってみたところ、眠りの歌は魔力を抑えて効果範囲を選ばなければならない。でなければ味方も眠るだろうと答えられた。確かにそうだ。
コトハは動物たちが眠った森の中を悠々と移動し、余裕で薬草を採ってきた。取り方も丁寧で、必要な分だけを持って帰った。流石に厳しい評価は下せず、コトハが見落としていただろう事だけ指摘して、ユパとサツキは珍しく褒めた。途端、浮かべた嬉しそうな笑顔はまだまだ幼く年相応だ。
仕方がないのでユパはコトハを冒険者として認めたが、初仕事に水の都の王都にあるギルド連盟本部への手紙の配達をさせた。
子供なら途中で手紙を開封したり、仕事内容を他者に言ったりするだろう。冒険者は守秘義務があること、手紙の配達は危険を伴うことを教えさせ、コトハに冒険者はまだ早いと諦めさせる目的だった。
だが、彼女はやりきった。共に旅をする事になった少年の存在も大きかったのだろう。彼の助言でコトハは冒険者を名乗らず『今は水の都の王都にいる、冒険者をしている兄のところまで遊びに行く、好奇心旺盛な“少年”』という設定で周りの大人を騙し通した。見守るためにずっと一緒について行ったサブマスターにも気付いており、帰りに「一緒に帰ろう、エンドさん」と笑顔で話しかけてきたというのだから驚いた。ギルド内でも隠密と変装に長けた者だからだ。
手紙も綺麗な状態で届けられ、水の都の連盟長からは『将来有望で是非うちに欲しい』という旨の手紙が帰ってきた。やらん。と返しておいた。
行きに十日、帰りはサブマスターと一緒のため一部短縮して六日の日程を、怪我なく問題も起こさずに帰ってきた彼女に、もはや誰も文句など付けられなかった。
コトハのランクは文句なしのB。ただ筆記試験を受けていないためにまだBランクに出来ない。その証明として、Cの文字を青にしておいた。見る者が見れば、彼女は本来Bランクなのだと分かる。実技試験を受けていない場合は赤だ。
十何人もの冒険者がコトハのカードを見て、天を仰いだ光景をバージェスはこの二年間で何度も見た。
そしてよりにもよって昇級試験の今日。
コトハは、齢十二にして既にAランクに匹敵する判断力と行動力、技術を習得していることを、たった数分で証明してしまった。
Aランクへの昇級条件は、どんな方法でも良いので攻撃魔法を無傷で防ぐこと。障壁でも良いし、遠距離攻撃で魔力核を壊すのでもいい。ユパのように剣を振って真空刃を生み出し魔力核を斬る方法や、サツキのように矢に相対属性を宿して相殺する方法もある。
歌魔法でやったのは、コトハが初めてだ。しかも彼女は、魔法核になる前の魔力を分散させているように見えた。詩人の技術として隠されている可能性も考えて古参の者に確認を取るが、おそらくコトハにしか出来ないだろう。『太陽の福音』であそこまで瞬時に癒やす技術も彼女だけのものだと思われる。
「あんにゃろ……とんでもねえバケモン育てたな……」
もはや虐待に等しい厳しすぎる両親の教育に、娘は付いてきた。付いてきた上で、両親の予想を上回った。
ここまで来ると血が繋がっていると言われた方が納得が出来る。ユパの話からエルフィンストーン家の娘だと分かっているが、両親は共に平凡なBランク。Aランクになる実力はないので、コトハは完全に突然変異だ。ユパはともかく、サツキが血筋からすれば突然変異なので、存在自体はおかしくない。
息を吐いて頭を切り替え、建物の中に入る。先ほど戻ってきた冒険者たちで食堂は賑やかになっていた。話題になるのはグリフォンとコトハの事だが、さすがはベスティート家の娘だと上手いこと誘導しているのが聞こえた。
あの馬鹿の厳しすぎる教育を見てきた分、古参でコトハを甘やかして護ってきた。今やこのギルド全員の娘だ。バージェスが言う前に、古参の連中がコトハを護るために動いている。
「ギルマス。ちょっと」
「おう」
安心していたら試験の採点をさせていたギルド員に呼ばれて事務室へと向かう。緊張した表情に、コトハの解答についてかと察した。他の者の採点をしている中、予想通り、ギルド員はコトハの解答を出してきた。
コトハだけまず資格試験とBランク試験を混ぜた試験を受けさせ、次の一時間でBランク試験とAランク試験を混ぜた問題を受けさせた。最初の試験はほぼ満点。間違っている箇所は単純な計算ミスだ。
問題なのは、次の試験。六割合っていた。間違えた箇所を問題文と照らし合わせると、去年までなら正解にしていいAランクの問題だった。今年から頒布が少し変わったモンスターの居場所と、素材になることが判明した新部位についてだ。回答欄の下に「以前と頒布が変わってるかも?」「今年から新素材として登録されているかも」と追記してあるので、耳には挟んでいるが自信が無い答えだったのだろう。
合格ラインは七割なので、本来なら合格ではない。だが、魔法学校の学費を稼ぎながら入学試験の勉強をしている子供に、さらに冒険者としての知識を仕入れる時間を作れというのは酷だ。正直、耳に挟んでいるだけこの子は冒険者として努力している。そして、この自信の無さそうな追記を加味すれば正答率は七割。
「ははっ。本当に十二歳かコレ」
恐れと共に笑えてくる。ユパとサツキは、本当に恐ろしい子供を育て上げたものだ。このまま育てば、自分に自信が全くない最強の冒険者が出来上がってしまう。
なんとしてもコトハへの教育方針を変えさせ、自己肯定感を上げさせなければ、彼女の存在は他の冒険者を潰してしまうだろう。もうすでに、彼女の弟であるケンタは自信を失いかけている。
「この結果は俺がユパに持っていく。コトハの昇級については少し待て。
今から魔法学校に行ってグリフォンを捕獲し、従属させた経緯と、学校での教育方針を確認してくる」
「了解しました」
とにかく情報が足りない。急いで確認し、ユパへと話さなければならない。
バージェスは解答用紙を折りたたんで胸ポケットに入れると、すぐさま魔法学校へと伝令用の魔法の鷹を飛ばした。内容は『グリフォンとコトハについて』。これでオッドベルには通じるだろう。




