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遊撃隊『牙』の回想録外伝~銀翼の歌姫と夜を裂く鳥~  作者: 姫崎ととら
厄災の少女と嘘つきな少女

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どうしていつも怒られるんだろう

(……結局、何の試験だったんだろ)


 十分の休憩を挟んで、計二時間の試験を終えた。合否は一週間後に聴きに来いと言われている中、コトハだけは家に送ると言われて、釈然としないながらも頷いて、帰路に着く。

 周りの冒険者の年齢と様子、解いた問題から、これはBランク昇級試験かと考えながら開いた次のページに知らない問題があって非常に困惑した。父と母から教えられていたことを必死に思い出して回答欄は埋めたつもりだが、合っている気がしない。

 とにかく頭が糖分を欲しがっている。やたらとルナに押し付けられている甘い飴を口に入れた。

 しかし、この分なら予定より早くシルバを洗ってやれそうだ。昼はどうするか考えながらコトハは魔法学校に向かって歩いていたが、後ろから迫り来る足音に諦めた。


「コトハ!」


 出来れば勘違いであって欲しいなと思ったが、呼び止められてコトハは内心で舌打ちする。口の中に飴が無かったら確実に舌打ちしていた。代わりに飴をかみ砕きながら、さも今気付きましたという様子を装って足を止め、きょとりとした顔で呼び止めた人物を振り返った。

 最近冒険者になった後輩で、この前の更新で知り合って以来、よくコトハの世話を焼こうとしてくれる人の良い少年。いや、一応今年で十六歳の成人なので青年と呼んだ方が良いのだろうか。あどけなさがまだ残る幼い顔なので少年で良いかもしれない。どっちみちコトハからすればだいぶ年上だし、先輩と呼んでくれて良いぞと言ったので望み通り先輩と呼んでいる。


「先輩。どうしたの?」

「ギルマスが呼んでる。戻って来いってさ」

「え。なんだろ」


 また何かやらかしただろうか。魔法学校に入ってからは大人しくしていたので特に何かやらかした覚えはない。もしやコトハに出した問題だけ不備があり、試験のやり直しとか言われたらどうしよう。

 ひとまず呼ばれているのなら行かなければならない。急ぎではあるが走るほどではないと言うので彼と共にギルドに戻った。


「コトハ、ご飯食べたか?」

「まだ。学校に帰ったら食べようと思ってた」

「あ、そっか。魔法学校通ってるんだっけ。学校楽しい?」

「うん、楽しいよ。今、同室のヤツと新しい魔法作ろうとしてるんだ」

「はは、そりゃすごい」


 他愛もない話をしながらギルドに戻ると、中にいた古参全員から注目を受けた。感覚的に理解する。あ、グリフォンの件が周知された。


「コトハー。お前、やらかしたなー」

「うっわ、イイ笑顔……」


 父の同僚でありギルドマスターでもある男性――バージェスがカラカラと面白そうに笑って手招きするので、呼びに来た青年に礼を言って離れ、そちらに向かう。すぐに注文を取りに来た給仕係に昼食を頼み、父の教え子が引いてくれた椅子に礼を言って座って、両手を合わせてバージェスを拝む。


「なにとぞ、父上には内緒に……!!」

「無理だな。伝令を走らせた」

「あ゛~……」


 怒られる。それも超弩級に。

 これから起きるであろう説教にコトハはテーブルに突っ伏して頭を抱えた。


「もうやだ……魔法学校に帰って良い?」

「ダメだ。どうやって銀翼を従えたのかをきちんと聞き取りさせてもらうぞ」

「父上にはギルマスから説明すればいいじゃん」

「逃げるな。娘の口から直接説明されたほうがあいつも安心するだろう」

「娘だけどさぁ……」


 彼らの娘として登録されているし、ルナを連れて行ってもコトハのことを娘として認めていたようなので娘と名乗って良いのだろう。だが、コトハ自身は彼らの娘だとは思えなかった。弟達とは対応が違いすぎる。

 頬を叩かれるだけならいいが、事が事だけに拳骨のあとに大量の課題を課せられるか。いい加減、家を追い出されるか。ただでさえ痛い頭がさらに痛くなる。

 減刑する手段はないかと無い頭を必死に回していたら、裏口がにわかに騒がしくなった。そちらは防壁の外に繋がっており、ギルドの実技試験や冒険者たちの鍛錬に使われている訓練場がある。


「ギルマス! ぐ、グリフォンが来た!!」

「ああ゛?」


 借りていたのだろう冒険者が大声で叫んだ内容に、コトハは考えるより先に顔を上げて椅子から降り、人の間を抜けて外に出た。


「あ、おい、コトハ!」


 小さな体はこういう時、便利だ。後ろからバージェスの制止の声が聞こえたが無視をして、訓練場へとひた走る。

 開かれた門の向こう。魔力の乗った雄叫びが聞こえ、何人かが崩れ落ちた。持ち堪えた冒険者たちが武器を構える間を抜けて、コトハは真っ直ぐに真っ白な翼へと向かった。


「シルバ! やめろ!!」


 風の刃を生み出そうとしていたシルバを止め、シルバの後ろから矢を射かけようと弓を構えている冒険者へと走る。コトハの声でシルバが動きを止めたのを好機と見て矢が放たれた。愛用の短剣を抜き放ちながら駆けて、届く寸前で剣の側面を盾に鏃を防ぐ。ギリギリ間に合った。急制動を駆けつつ他にも飛んでくる矢を斬って落とす。二の矢は飛んでこなかった。

 続いて左側にいる冒険者のほうから魔力が収束しているのを感じ取り、そちらに顔を向けて歌を放つ。


「《Lu――lu――!》」


 咄嗟に出たのが『太陽の福音(アリア・ゴスペル)』のサビだったが、治癒効果は発揮されず、コトハの望んだ通りに生まれかけた火球の魔法核を破壊した。魔法は紡がれず、熱すら生まずに魔力へと還元していく。唱えていた魔道士に動揺が走った。波状攻撃を仕掛けようとしていたのだろう、隣の魔道士が続けて火球を作ったが、コトハの声が届く以上、掻き消す。


「全員、構えを解け!!」


 そこで遅れてやってきたバージェスの号令が響き、驚いたシルバが風の刃を生み出すもコトハが掻き消し、短剣を収めてシルバの隣へと歩み寄る。冒険者たちは戸惑いながらも武器を下げたり、収めていった。


「大丈夫。大丈夫だ、シルバ」


 落ち着かない様子のシルバの首を撫でる。翼に矢が刺さっていたので、コトハは声を掛けて矢を抜き、『太陽の福音(アリア・ゴスペル)』を歌って治療してやった。シルバは傷が癒えていくにつれて徐々に落ち着き、腰を下ろして座って翼を畳む。周りから感嘆の声が上がったので翼をまた広げたが、コトハが撫で続けると畳んだ。


「お前、どうしてここが分かったんだ?」

「そりゃ、お前の魔力を追ってきたんだろう」


 コトハの問いに答えたのはバージェスではなかった。嫌と言うほど聞いてきた男性の声に肩を震わせる。

 彼女が怯えたことでシルバが臨戦態勢を取ろうとしたが、押さえつけるように威圧が放たれてシルバも動きを止め、膝を折り伏せて服従のポーズを取った。たった一人で無傷のまま成体のグリフォンを倒せるような相手に、幼体が勝てるはずもない。

 コトハもシルバと一緒に威圧をかけられ心臓が竦み上がったものの、以前のように膝を付くことはなかった。心臓を抑えながら深く呼吸をすることで体の震えを取り、歩み寄ってくる男性――父のユパを見上げる。


「父、上」

「コトハ。野生動物を捕まえたら、最低でも三日は一緒に過ごせと教えただろう。なぜここにいる」

「し……試験を受けろって、言われてたから……」

「試験なんぞ半年に一度はあるし、捕まえたというなら後日受けられるように融通は利かせてやれる。

 そもそも、どうしてグリフォンを従えたことを真っ先に親である俺に報告しない?」

「ご、めんなさい……」


 顔は上げているが視線を合わせられずに彷徨わせながら、父からの叱責になんとか答える。

 確かに真っ先に親であり、Sランク冒険者である彼に報告すべき事柄ではあるが、どうせ報告した所で信じてはくれない。学校に来て事実を確認しても、絶対に褒められることはなく、むしろ何故大人に任せなかったと怒られるのは目に見えていた。そんなことより試験を受けに行けと言われると思っていたので、試験なんぞと言ったのは少々驚いた。

 謝るコトハをユパは苛立った表情で見下ろし、怒りを隠さずに短く息を吐く。拳骨が落ちてくる前の合図でもあるので、服をぎゅっと握りしめて俯き目をきつく閉じて身を強張らせた。

 だが、予想に反して頭に降りてきたのは大きな手のひらだった。そのまま不器用に撫でられる。


「……護ったのは、偉かった」


 褒められたのだと、大きな手が頭から退いてから気付いた。

 驚いて見上げれば父はとても珍しいことに微笑んでいたが、すぐに厳しい表情に切り替わる。


「だが、突然『太陽の福音(アリア・ゴスペル)』を歌ったのは何故だ?」

「ぅえ……と……、魔道士が火の魔法を使おうとしてたから、消すために歌わなきゃいけなくて、咄嗟に出たのが『太陽の福音(アリア・ゴスペル)』だっただけ」


 ユパは一体いつから見ていたのだろうか。いや、見ていなくても歌は聞こえるか。

 厳しい口調での質問に、また視線を彷徨わせしどろもどろになりつつもなんとか答える。途端、怪訝そうに眉を寄せて見下ろされた。


「魔法を消せるようになったのか?」

「なった、というか、なってた、というか……歌魔法を凝縮できるようになった時から、声が届く範囲なら出来るけど……歌う必要があるし、歌ってる間なら風だろうと雷だろうと消せるけど、本来の歌魔法の効力が出ないし、歌ってないときは火の魔法みたいに詠唱から発動まで時間かかる魔法じゃなきゃ間に合わないから、実用性があんまなくて。だから別の方法探してるとこ」


 説明を終え、もう少し猶予をくださいと懇願する目を父に向け、コトハは肩を跳ねさせた。ユパは無表情で目を見開き、コトハを睨み付けていた。


「……つまりお前は、歌ってさえいればどんな魔法も消せるように()()()()()と?」


 静かに感情を抑えた声はまるで嵐が訪れる前の静けさのようだ。これはどう答えたところで拳骨は免れないと覚悟を固め、神妙に目を閉じて項垂れた。


「………………ハイ」


 小さくもはっきりと、父に届くように肯定をする。

 拳骨が落ちてきた。


「お前は親を何だと思っているんだ!! 出来る事は出来るとその場で報告しろ!! そんな危険な技術を隠すな!! この大馬鹿者が!!

 だいたいお前は、一人で全部を背負ったつもりか!? グリフォンを従えて、その後はどうするつもりだった!? 寝床は、餌は!? 子供に養える訳がないだろう!! 考え無しに野生動物を従えるな!! 特にグリフォンは《ピクシー族の長(ティターニャ)》のお気に入りだぞ!! 目を付けられたらどうするつもりだ!! 子供は大人に任せて引っ込んでいろ!!」


 まさに嵐。怒濤の叱責を頭頂部の激痛に耐えながら受け止める。

 ここにロータスがいなくて良かった。もう既に気に入られて、契約を申し込まれているなど知ったら父の怒りはもっと大きくなっていたし、ロータスも黙っていなかっただろう。ソーディスの英雄と《厄災の五種ディザスター・ファイブ》との戦闘など、地図が書き換わるほどの大規模な戦闘になりかねない。

 シルバを従えたのは、成り行きとしか言いようがなかった。オッドベルも最初から保護するつもりだったようなので、コトハだけの責任ではないと反論をしたいが、反論をすると数倍になって返ってくるので黙る。嵐が来たら家に閉じこもるように、今は父の気が済むまで何も言わずに身を小さくして黙っているしかない。


「お前はまだまだCランクだ! 昇級なんぞ俺が認めん!! 弓か、魔法か。とにかく何かしらの遠距離攻撃手段を手に入れん限り、お前は一生Cランクだからな!!」

「はい……」


 新しい課題を言い渡して、ユパは気分が悪いと鼻息荒く踵を返し、バージェスに何かを伝えて去って行った。

 やっぱり怒られた。珍しく褒めてもらったと思ったらこれだ。魔法を消せると言っても、父や母のように即座に消せるような技術では無い。前準備がどうしても必要で、一テンポ遅れるために今回のように発動の遅い魔法でなければ消せないというのに。

 コトハは膝を付き、ユパが去っても伏せているシルバの首を撫でた。コトハが立ち上がるとシルバも立ち上がる。


「あー、コトハ」


 しょぼりと肩を落としたコトハの元に、声を掛けながらバージェスが歩み寄ってくる。シルバは威嚇しないものの警戒した顔で睨んでいた。威嚇しないのはコトハが怯えていないからだろうか。


「お前、今日はそいつ連れて魔法学校に帰れ。後で俺からそっちに行く」

「え、あ、はい。シルバ、行こう」


 この後の処理やらなんやらが面倒臭いからか。追い払うように手を振られたので困惑しつつも、まだ周りにいる冒険者の輪を抜けて訓練場の柵を飛び越えて、一応バージェスにお辞儀してから魔法学校へと歩いて行く。シルバは飛んでいった方が楽だろうが、コトハが高い所が苦手な上に、魔法学校に行けと言っても分からないだろう。

 ロータスと契約したら、ロータスに運んで貰えるのかなと少し考えた。


親心、子知らず。

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