6.黒い猫
──彩華町 表通り Cafe&Bar『Crow』店内・夜
薄暗い店内に、琥珀色の光が揺れる。
烏丸の店は、彩華町の誰もが知る“聖域”であり、同時に“裏の中枢”でもあった。
奥の特等席――松田一家の当代総長関係者のみが許される席に、松田一家当代総長の悠吏悠吏、松田一家若頭補佐の中井裕也、彩華の闇医者の司銀次の三人が向かい合う。
銀次は静かに指先で袋を押し、微細な粉が光を反射した。
「ひとつ言えることは、こんな最悪な代物は黒い猫さん達は扱わないだろう」
その声は穏やかだが、瞳は鋭い。
「麻薬自体、人を壊すものじゃが……すぐに壊れてしまっては金が取れん。それでは猫さん達にとって意味が無いじゃろうしな」
悠吏と中井は小さく息を飲む。
黒い猫――彩華では誰もが正式名称を口にしない。
言葉に出せば彩華の影に引きずり込まれ、朝には跡形もなく消えてしまうからだ。
この町の影を守る、狂気の調停役。
彼らが扱わないと銀次が言うなら、それは確かだった。
「では誰がこんなものを……」
中井は拳を握りしめる。声には怒りが滲んだ。
その緊張を切るように、柔らかな足音が近づく。
「おかわり、持ってきたよ」
烏丸が酒瓶を抱えて現れ、三人のグラスに静かに注ぐ。
その仕草は穏やかだが、瞳の奥は油断なく光っている。
「そういえば最近、外の連中がここを狙ってる…そういう話が入ってきてる」
烏丸の言葉に空気が変わる。
裏を読む男の、確信じみた口調だった。
「それに黒い猫さん達は多分、灰のことを知らないと思うよ。知ってたら影が騒がしくなるからね」
灰――その名を口にする烏丸の声に、怒りよりも呆れが混じっていた。
粗悪で、悪意だけが濃い毒。
この町でそんな物が流れてるなど、想像もしたくない。
悠吏は銀次と烏丸を見据え、質問をする。
「今の段階でいいんですが…おふたりは誰が、もしくはどこが怪しいと思いますか」
銀次は短く息を吐く。
「分からん、だが黒い猫でないのは確かじゃと思とる」
その静かな断言が、逆に重かった。
中井が唇を噛む。
烏丸は煙草を指先で転がしながら答える。
「名前を出すとしたら……ひとりいる」
悠吏の目が細まる。
「…誰ですか?」
「明日、悠吏ちゃんのところに来る予定の――立石って政治家だ」
空気が凍った。
外の権力。彩華の秩序を揺らす芽。
そして、子どもを巻き込む可能性。
悠吏は静かにうなずく。
「話は分かりました。明日、私が確かめます」
銀次はグラスを軽く持ち上げ、冷たく笑う。
「良い目をしておる。彩華を守るのは、わしらの義務じゃ」
琥珀の酒が、静かに揺れた。
それは嵐の前の、わずかな安息だった。




