第四章 記憶の迷宮
虚構の檻を抜けた神原カナメと姫小路朱音は、闘技場の奥深くへと進んだ。
足元の石畳は光を帯び、前方には大きな扉が立ちはだかる。
その扉の先から、かすかに懐かしい香りが漂った。
「……この匂いは――」
カナメの胸に、過去の記憶が突然蘇る。
事故で失った友人、守れなかった人々、あのとき届かなかった想い。
すべてが痛みとなり、胸を締めつけた。
扉がゆっくりと開き、薄暗い空間に二人は踏み込む。
そこは広大な迷宮。壁や天井にはカナメの記憶の断片が映し出されている。
笑顔や後悔、失敗や恐怖が、生きているかのように動き回る。
「ようこそ、神原カナメ」
柔らかく、しかし深い威圧感のある声。
その声の主、白いローブに身を包んだ男――ミハイルが現れた。
彼の瞳は淡い金色に輝き、見つめるだけで心の奥底が揺さぶられる。
「ここは、君の記憶の迷宮。君自身の弱さが、最大の敵だ」
ミハイルの言葉と共に、カナメの過去が次々と具現化する。
幼い日の失敗、家族や友人を守れなかった罪悪感、愛する人への想いの届かなさ。
それらは巨大な影となって迫り、壁に映る映像の中から声を発する。
「神原カナメ……お前は、誰も救えなかった」
壁の映像の中、過去の友人たちが冷たい目で訴えかける。
その声が重なり、カナメの心を揺さぶる。
(……くそっ……! これは心理戦だ! 物理的な攻撃ではない……)
カナメは大鎌を握りしめる。
月の目が光を帯び、迷宮の中で揺れる心の軸を見つめる。
「君の心の弱さを具現化して、僕は君を打ち砕く」
ミハイルは指を動かすだけで、迷宮の構造を変化させる。
床が崩れ、壁が迫り、過去の悲劇が現実のように襲いかかる。
「朱音……信じろ。これは敵の策略だ」
カナメは朱音の手を握り、共に前に進む。
しかし、幻影の中には朱音さえも敵に回される瞬間がある。
迷宮の中、カナメは何度も自分自身の心と対話した。
事故で助けられなかった友人たちへの後悔。
自分が守れなかった笑顔。
その痛みを否定すれば迷宮に飲み込まれる。
しかし、受け入れれば力に変えられる。
「……俺は、俺の心で進む」
カナメの決意と共に、月の目が光り、迷宮の壁に亀裂が入る。
ミハイルは表情を変えず、冷静に言葉を続ける。
「なるほど……君は自分の弱さを力に変えるのか。だが、これはまだ序章だ」
迷宮はさらに複雑になり、過去の失敗や罪悪感が巨大な影となって襲いかかる。
カナメは大鎌を振り、影を斬るたびに心の奥底を確認する。
恐怖や罪悪感を避けずに受け入れ、それを力に変える――それが心理戦の勝利の鍵だ。
迷宮の中心で、ミハイルとカナメが対峙する。
「君の心は確かに強い……だが、次は、仲間との絆を試させてもらう」
指を鳴らすと、朱音の幻影が現実のように変化する。
「カナメ……あたしは、あなたを止める」
仲間さえも敵に回される。心理戦の最高潮だ。
カナメは迷いながらも月の目を輝かせ、幻影と現実を見分ける。
そして心の中心に軸を置き、揺らがぬ心で前に踏み出す。
「朱音、本物はここにいる! 俺たちは一緒だ!」
叫び、大鎌を振るう。
幻影は砕け、現実の朱音が浮かび上がる。
ミハイルは微笑み、軽く手を振った。
「なるほど……君の心は揺らがぬか。よし、次は更に深い迷宮で試そう」
迷宮の壁が崩れ、出口が見える。
カナメと朱音は共に前進する。
心理戦は続く――記憶の迷宮の奥深くで、次の創造主との戦いが待ち受けている。