第二章 幻影の舞踏
城戸シオンとの初戦を制した神原カナメは、闘技場の奥へと進んでいた。
足元の石畳は光を帯び、柔らかく揺れる。それはまるで、歩くたびに心の中を映す鏡のようだった。
しかし、次の敵の気配はすぐに感じ取れた。空気が異常に冷たく、わずかに甘い香りが混じっている。
「……来てるな」
闘技場の中心に立つと、二人の人物がふわりと現れた。
双子の道化師――異様に笑みを浮かべた男女が、軽やかに舞い踊るように距離を詰めてくる。
彼らの足音は無く、動きはまるで音楽に合わせているかのように滑らかだった。
「ふふふ……新入りね。お相手、させてもらおうか」
女が先に口を開く。長い銀髪が揺れ、赤い瞳がカナメを鋭く射抜いた。
「……俺は神原カナメ。よろしくな」
軽く答えるカナメの左目が、微かに輝いた。月の目――ルナリス。
心の奥まで覗ける力が、ここで役に立つ。
双子は同時に舞いながら攻撃を仕掛ける。
それぞれが生成する影が、刃や鞭、無数の幻覚を形に変え、カナメを取り囲む。
(相手は二人……だが心理戦なら数は関係ない)
カナメは大鎌を握り直す。心を落ち着け、相手の動きの先にある意図を読む。
――女の心には、“遊戯心”と“相手を欺きたい欲望”が混ざっている。
男は、“攻撃に迷いがない”ように見えるが、その奥に潜むのは“兄妹依存の恐怖”。
もし妹が倒されれば自分も崩れる。だから攻撃のパターンには微妙な偏りがある。
「なるほど……心を読めば、攻撃パターンも透けて見える」
カナメは左目を細め、踏み込みながら幻影を斬り払った。
しかし、すぐに別の幻影が出現し、空間が歪む。
双子は心理を操作して攻撃の形を変えているのだ。
「面白い……だが、俺も負けん」
カナメの心は冷静だった。攻撃を外すたび、月の目で心の揺らぎを探る。
相手が笑うのは、恐怖を隠すための仮面だ。
その微かな表情の変化を捉え、次の一手を決める。
「俺の心を……見切れるか?」
女の幻影が再び迫る。
しかし、カナメは彼女の胸の奥にある“孤独と寂しさ”を見抜く。
そこを突くと、幻影は一瞬動きを止め、彼女の笑みが歪んだ。
「――見えたな」
カナメは大鎌を振り、幻影を切り裂いた。
男の方も心理的に揺らぐ。
妹を守る恐怖、そして姉の裏切りに怯える心。
カナメはそれを一つひとつ突き、戦局を少しずつ自分のペースに変えていく。
――心理戦の本質は、物理的な攻撃ではなく“揺さぶり”だ。
相手の心の弱点を突き、迷わせ、動きを制御する。
双子は攻撃の速度を上げ、複雑な幻影でカナメを追い詰めようとする。
だがカナメはさらに月の目を研ぎ澄ませる。
彼らの心に潜む微細な“迷い”を捉え、反撃に転じた。
「俺は、負けない」
胸の奥の決意が、月の目を通じて刃となる。
大鎌が光を帯び、幻影を一掃。双子は同時に倒れ込み、再び立ち上がる。
「……やるじゃない」
女が笑いながら立ち上がる。男も重苦しい笑みを浮かべた。
しかし、カナメの心は揺らがない。
戦いの中で、心の軸を確立したことを自覚する。
“心理戦は、相手の弱さを突くだけでは不十分。自分の心を揺らがせない強さが必要だ”
双子は攻撃を続けるが、次第に焦りが表に出始めた。
カナメはそれを見逃さず、大鎌で決定打を繰り出す。
――これが、夢界での戦い方だ。
双子の影が砕け、闘技場は静けさを取り戻す。
観客席からはざわめきが聞こえたが、まるで遠くの夢のように淡い音だった。
「勝った……のか?」
カナメは息を整えながら立ち尽くす。
だが直感が告げる。これは、さらに大きな戦いの序章に過ぎない、と。
背後から、柔らかい声が響いた。
「……よくやったわね」
振り返ると、そこには一人の少女――姫小路朱音が立っていた。
冷静で美しい顔立ち、透き通るような瞳がカナメを見つめる。
「あなた……神原カナメ? 初めまして、私は姫小路朱音。あなたに協力したい」
カナメの心は、戦いの緊張から少し解放された。
しかし彼女の瞳には、何か秘密が隠されている気配があった。
(……ただの協力者ではないな)
心理戦の勘が、カナメに警告する。
「分かった。協力してくれるなら、よろしく頼む」
答えるカナメの左目がわずかに光る。
月の目は、まだ見ぬ敵たちの心理すら映し出そうとしていた。