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盟主の遺産

粉暦22年の晩秋、港湾都市エルモラの空は灰色に沈んでいた。

盟主セリオ・アル=エルモラの死は、大陸全土に衝撃を走らせた。

葬儀には全150組織の代表が参列したが、その喪服の下には、哀悼よりもこれからの権力地図を計算する視線が隠れていた。


葬儀の翌日、議会は早くも荒れた。

セリオが指名した後継者アーシェに対し、軍閥派は真っ向から拒否を表明した。

「女に大陸を治められるはずがない」

「剣を握ったこともない若造に兵が従うか」

商人派は沈黙を保ちつつも、内心ではアーシェを支持していた。

彼女が交易政策を重視するであろうことを見抜いていたからだ。


議場の天井に反響する怒号の中、アーシェは壇上で静かに口を開いた。

「父は、統一とは旗の下に人を並べることではないと言いました。互いの違いを知り、利用し合うことだと」

短い演説だったが、その声は凛としていた。

議会の半分はまだ納得していなかったが、彼女は初代盟主の遺志を盾に即位を果たした。


即位からわずか半年後、北方で再び反乱が起きた。

セリオが制圧したはずの遊牧同盟の一部が、今度は南下して補給拠点を襲撃してきたのだ。

アーシェは父の時代のように大遠征を行うのではなく、各部族長と直接交渉し、彼らに交易特権を与える代わりに和平を結んだ。

この柔軟策は商人派から絶賛されたが、軍閥派は「威信を失った」と激しく批判した。


リュシアンは密かにアーシェに忠告した。

「軍を動かさねば、兵の士気が下がります」

「軍を動かせば、財政が沈みます」

その返答に、リュシアンは父譲りの頑固さを感じた。


粉暦25年、西方山岳の影狼団が再び台頭した。

しかしアーシェは討伐軍を送らず、彼らに密かに接触し、鉱山の採掘権を条件に通商路の安全を確保した。

この裏取引は表沙汰になれば大陸を揺るがす醜聞になっただろう。

だが結果として、西方交易路は安定し、鉄と銀の供給は途絶えなかった。


リュシアンは報告書を机に置きながら言った。

「父上なら剣を選んだでしょう」

アーシェは微笑し、返した。

「父の剣は立派だった。でも、剣で切れるのは敵と布だけ。私は布を織る」


粉暦26年、アーシェは父が築いた「大粉学院」を拡張し、地方ごとに分校を設立した。

この制度により、北方の遊牧民の子も、南方密林の若者も、同じ教科書で読み書きを学び、同じ歴史を習うようになった。

やがて卒業生たちは役人や交易商、軍の士官となって各地に散り、統一理念を静かに広めていった。


また、アーシェは文化交流を推進した。

南方の太鼓劇が北方の雪国で演じられ、東方の絹舞踊が西方鉱山の祭で披露される。

それは父の時代に比べ、軍旗よりも舞台幕が多く掲げられる時代だった。


しかし、文化の繁栄の裏で政治の均衡は常に不安定だった。

軍閥派は「統一の威信は武力で保つもの」と主張し、商人派は「剣より契約を」と譲らなかった。

アーシェは両派の要求を巧みに捌き、時に譲歩し、時に強権を使った。

それは父セリオが綱渡りのように行っていた政治を、さらに細い糸の上でやり続けるような日々だった。


粉暦50年、プタンロード全土の代表がエルモラに集まった。

港には各地の旗が並び、街路には香辛料や布、宝飾品が溢れていた。

式典の壇上で、アーシェは父がかつて掲げた粉暦の旗を手に取った。

その布は色あせていたが、縫い直された痕が幾筋も走っていた。

彼女はそれを高く掲げ、言った。

「この旗は、嵐にも裂かれ、火にも焦がされた。それでも、誰かが繕い、また掲げた。

 統一とは、この旗を守り続ける意思だと私は信じます」


群衆の中には、父の時代を知る老兵たちが涙を流していた。

港の風が旗を膨らませ、波が岸を叩く音が響く。

その瞬間、セリオの遺産は、確かに次の時代へと渡されたのだった。

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