文化祭からの誘拐
文化祭は、予想以上の賑わいだった。
石畳の校庭には色とりどりの飾りが揺れ、人の波が流れるように動いている。
入学前も何度か文化祭に来たことはあったけれど、こんな華やかなのは初めてだった。
軽やかな音楽、甘い香り、そして煌びやかな貴族たちの笑い声。
午前中はクラスメイトの友人といくつかの店や展示をまわっていた。
午後からのセリナとカイルとの待ち合わせまでまだ時間があるので、私はメイン会場から少し離れた中庭で、ぼんやりと風に揺れる花を見ていた。
賑わうホールから少し離れただけで、ここはぐっと静かになる。
ハーブの香りと日差しが気持ちよくて、つい立ち止まってしまう。
そのときだった。
「失礼、お嬢様」
声をかけられて振り返ると、見覚えのない男が立っていた。
学園の使用人か、外部スタッフか。
「会長より急ぎお伝えしたいことがあるとのことで」
「会長が私に?」
思わず訊き返すと、男は丁寧に頷いた。
「はい。急ぎご確認いただきたい件があるそうです。控室へご案内いたします。こちらです」
(セリナに何かあったかな)
セリナは完璧なようで、たまにぽろっと抜けることがある。
そんなふうに思って、私は何の疑いもなく頷いた。
男のあとをついて、人の少ない通路を抜ける。
そこは裏方の搬入口、簡素な扉が並ぶ無人の通路だった。
少し冷たい空気に、足を止めようとした、そのとき。
「……!?」
後ろから何かを押し当てられた感覚。
強くはないけれど、意識がふっと遠のくのを感じる。
光が傾く学園の一角で、誰にも気づかれないまま、私はその場から姿を消した。
そして次に目を覚ましたとき、そこは見知らぬ馬車の中だった。