貴族の集まる応接間
我が家の応接間に、温かな陽の光が射し込んでいた。
姉のセリナが準備したハーブティーと、手作りの小さなケーキ。
その優しい香りが、部屋いっぱいに満ちている。
本来なら、こんなふうに賑やかな来客があるのは珍しい。
けれど今日は特別。
「文化祭の打ち合わせ」という名目で、生徒会のメンバーが姉の家――つまり、私の家にやってきた。
その裏には、父と商人としての交渉をしたいという大人の事情もあるらしい。
テーブルを囲んだのは、生徒会の中心人物たちだった。
姉のセリナは、白いブラウスにネイビーのスカートという控えめな装い。
けれどその穏やかな笑顔や所作には、やっぱり目を引くものがある。
彼女の作るものは、味も香りも、全部が的確で洗練されていた。
「これ、本当に美味しいよね」
紅茶のカップを持った幼馴染のカイルが、にこにこと笑う。
15歳、セリナより一つ下、私と同学年の幼馴染だ。
淡い茶髪に少しクセのある髪、背は高いがどこか少年らしい素直さが残る目元。
明るく気さくで、騎士になりたいという強い意志を秘めている。
「セリナさんの新作ケーキ、店で売ったらすぐ完売ですね」
そう言ったのは書記のフィオナ。
長い銀髪に淡いピンクのリボンをつけた、優雅な少女だ。柔らかな声で、どんな場面でも品がある。
「まだ試作なんだけど……」
セリナは照れくさそうに笑う。
「とても美味しいよ」
静かに紅茶を飲んでいた王子、レオニス様が眩しいほどの笑顔を姉のセリナ向ける。
生徒会長であり、王族の血を引く人物。
さらさらな金髪に、冷静な青灰色の瞳。
この世界では珍しい、精霊と契約している王子様だ。
副会長のユリス様は、今日も黙ったままだ。
切れ長の目に整った銀髪、端正な顔立ち。
寡黙な彼はいつも鋭い視線で状況を見極めている。
そして今、私とセリナを交互に見ていた。
私はその視線を、にっこりと受け流す。
「ただの可愛い妹」を演じるのは、もう慣れている。
ミルクティー色の髪をゆるく編み込んで肩にかけ、落ち着いた色のワンピースを着た私は、“優秀な姉を持つ、愛想のいい普通の妹”。
実際はちょっと普通の妹ではなく、私には前世の記憶がある。
私がその記憶を持っていると気づいたのは、まだ幼い頃だった。
きっかけは、セリナが作った朝の味噌汁。
なぜか懐かしくて涙が出そうになり、そこから少しずつ、断片的に思い出した。
見たことのない街並み、誰かと笑い合っていた日々、
そして、別れ。
はじめは夢かと思った。
けれど、何度も思い出すうちに確信した。
あれは私の、前の人生。
前世の記憶があるからといって特別な力があるわけじゃない。
魔法が使えるでもなければ、予知ができるでもない。
あるのは、ただの知識だけ。
それでもこの世界では「妙に冴えた頭のいい子」に見えるようで。
気づかれないように振る舞うのも、結構骨が折れる。
姉のセリナも、どうやら前世の記憶を持っているらしい。
少なくとも、彼女がつくるものの数々は偶然にしては完成されすぎている。
けれど彼女は、気づいていない。
私がそれを知っていることも、同じように記憶を持っていることも。
私は今日も、ただの可愛い妹のままだ。
この中で唯一生徒会メンバーではない私は、しばらくの間部屋から離れていた。
「そういえばセリナ、文化祭の目玉展示って進んでるの?」
話し合いが終わったと呼ばれ応接間に戻ると、カイルが姉さんにそう尋ねていた。
「あっ…うん。えっと…進んでる、よ?」
セリナの言葉が、少しだけ不自然に上擦った。
(あ、それはきっと進んでない)
私はそっとセリナの背後にまわり、耳打ちする。
「資料、まだ作ってなかったよね」
「しーっ……! 声がでかいわ、リーネ……」
姉さんは涙目で振り向いた。
「でも、すっごく素敵なアイデアはあるの! あとはまとめるだけ!」
(そのまとめるだけがいつも遅れるんだよね)
とはいえ、セリナの作るものは本当にすごい。
今回の文化祭には隣国からも貴族や使節団も来るらしいので、きっと話題になるはずだ。
話し合いがひと段落したので、私は立ち上がって紅茶を入れ直すために立ち上がった。
「手伝うよ」
隣からふわりと声がした。
見ると、カイルがカップを二つ持ってこちらに歩いてくる。
陽に透けた茶色の髪が、わずかに乱れている。
「いいのに。お客様でしょ」
「打ち合わせって名目で来てるから、客じゃないよ」
そう言って、にかっと笑う。
目の前でそう笑われると、少しだけ調子が狂う。
「ありがとう」
私は自然に笑顔を作って、彼の持っていたカップを受け取る。
その手がほんの少しだけ、私の指に触れたけれど、気づかなかったふりをした。