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織るように蹴る  作者: やしゅまる
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第6話「風よ、学校を抜けて」

「やけに派手やね」「サッカー部ってか、アイドルかよ」


夏祭りでのパフォーマンスから数日。

校内で交わされる噂話が、高良しずくの耳にも届いていた。


彼女は無表情のまま、昇降口で靴を履き替える。周囲の視線が、じわじわと刺すようだった。


「しずく、今日の昼、話し合いあるけん来れる?」


みのりが声をかけてくる。しずくは一瞬迷って、小さく首を振った。


「……用事あるけん」


それだけ言って、立ち去る。その背中は少しだけ、沈んでいた。



しずくの家は、田主丸町の少し高台にある古い旅館だった。

豪雨災害のとき、その旅館は避難所に指定され、多くの家族が身を寄せた。


「うちが避難所になったから、余計に忙しくなって…」

「しずくも手伝いばっかりやったねぇ…」


母の言葉が耳に残る。


あの頃、小さな子どもをあやしながら、炊き出しの湯気の中で眠れぬ夜を過ごした。

そして、誰かが泣けば、誰よりも早く駆けつけたのは、無表情な自分だった。


「笑わんでもいいけん、しずくちゃんはそこにいて」


それが、自分の役目だった。



「またフリースタイル、見せてね!」


小さな声が、背後から聞こえた。


振り返ると、あの時避難していた小さな女の子が、母親に手を引かれて歩いていた。

目が合うと、その子は嬉しそうに手を振った。


「しずくちゃん、かっこよかったよ!」


その一言が、胸の奥にぽっと火を灯した。


「……うち、見とったと?」


「うん!だって、空に向かってボール蹴ってたもん!風みたいやった!」


少女の言葉が、涙腺を刺激する。

こみ上げてきた何かが、喉の奥でつかえていた。


「……風、か」



放課後の教室。パフォーマンスの反省会が開かれていた。


「学内でも披露したいって言ったら、職員会議で“品位”とか言われてさ」

「なんそれ!絣の衣装が悪いってこと?」


ざわつく空気の中、教室のドアがゆっくりと開く。


「遅れて、ごめん」


しずくが静かに入ってきた。


「うち、出るよ。学内でも、町でも」


全員が目を見開く。


「うちは……誰かの“笑顔”ば守っとるけん。サッカー部でも、避難所でも、変わらん」


みのりの目に、涙がにじむ。


「ありがとう、しずく……!」


「風になろう。うちらで、また笑顔ば吹かせようや」


その言葉に、仲間たちは一つ頷いた。


小さな風は、確かに学校にも届き始めていた。

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