第6話「風よ、学校を抜けて」
「やけに派手やね」「サッカー部ってか、アイドルかよ」
夏祭りでのパフォーマンスから数日。
校内で交わされる噂話が、高良しずくの耳にも届いていた。
彼女は無表情のまま、昇降口で靴を履き替える。周囲の視線が、じわじわと刺すようだった。
「しずく、今日の昼、話し合いあるけん来れる?」
みのりが声をかけてくる。しずくは一瞬迷って、小さく首を振った。
「……用事あるけん」
それだけ言って、立ち去る。その背中は少しだけ、沈んでいた。
*
しずくの家は、田主丸町の少し高台にある古い旅館だった。
豪雨災害のとき、その旅館は避難所に指定され、多くの家族が身を寄せた。
「うちが避難所になったから、余計に忙しくなって…」
「しずくも手伝いばっかりやったねぇ…」
母の言葉が耳に残る。
あの頃、小さな子どもをあやしながら、炊き出しの湯気の中で眠れぬ夜を過ごした。
そして、誰かが泣けば、誰よりも早く駆けつけたのは、無表情な自分だった。
「笑わんでもいいけん、しずくちゃんはそこにいて」
それが、自分の役目だった。
*
「またフリースタイル、見せてね!」
小さな声が、背後から聞こえた。
振り返ると、あの時避難していた小さな女の子が、母親に手を引かれて歩いていた。
目が合うと、その子は嬉しそうに手を振った。
「しずくちゃん、かっこよかったよ!」
その一言が、胸の奥にぽっと火を灯した。
「……うち、見とったと?」
「うん!だって、空に向かってボール蹴ってたもん!風みたいやった!」
少女の言葉が、涙腺を刺激する。
こみ上げてきた何かが、喉の奥でつかえていた。
「……風、か」
*
放課後の教室。パフォーマンスの反省会が開かれていた。
「学内でも披露したいって言ったら、職員会議で“品位”とか言われてさ」
「なんそれ!絣の衣装が悪いってこと?」
ざわつく空気の中、教室のドアがゆっくりと開く。
「遅れて、ごめん」
しずくが静かに入ってきた。
「うち、出るよ。学内でも、町でも」
全員が目を見開く。
「うちは……誰かの“笑顔”ば守っとるけん。サッカー部でも、避難所でも、変わらん」
みのりの目に、涙がにじむ。
「ありがとう、しずく……!」
「風になろう。うちらで、また笑顔ば吹かせようや」
その言葉に、仲間たちは一つ頷いた。
小さな風は、確かに学校にも届き始めていた。