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織るように蹴る  作者: やしゅまる
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第5話「まちに響け、絣のリズム」

「緊張する……!」


みのりの声が、ステージ裏の控え場所に小さく響いた。

夏祭りの商店街、オープニング直前。浴衣姿の人々が続々と集まり、屋台の香ばしいにおいが漂ってくる。


4人は久留米絣の特製ユニフォームに身を包み、ボールを手にしていた。

みのりの布は、祖母・ツヤがかつて作ったものを再仕立てしたもの。

さやは「アイラインは強めに、笑顔で勝負」とメイクを仕上げ、しずくは舞台の立ち位置を確認し、ななみは深く呼吸をしていた。


「やれるやろか……失敗せんやろか……」


「やれるよ」

しずくがぽつりと答える。「失敗しても、うちらが本気なのは変わらんけん」


「そうたい。今なら楽しめるって、言えるけん」

ななみの瞳が、少しだけ潤んでいる。


みのりがボールを地面に落とした。

トン。跳ねる音。全員がその音に心を合わせる。


「うちらの“サッカー”、見せてやろう」



司会の呼び込みとともに、ステージに立った4人。

一瞬、ざわつく観客。

「え、サッカー部?」「なんか布着とるよ」「フリースタイルって何?」

戸惑いが空気を包む。


だが、音楽が流れ、1人がリフティングを始めると、雰囲気が変わった。

軽やかに布をはためかせながらのトリック。

次々とボールがつながり、4人の動きが舞うようにシンクロしていく。


布と布、心と心が織り合わさる瞬間。

演出に組み込まれた「絣の布を使ったパス回し」が決まると、最前列の子どもたちが思わず拍手した。


「わぁ……すごい」「布が、風みたいや!」


まばらだった拍手が、次第に波のように広がる。

かつて職人だった年配客が、目を細める。

「……こんな形で、生き返るとはなぁ」


そして、フィニッシュ。

みのりがボールを空に蹴り上げ、全員で深く一礼。


空中で回るボール、揺れる絣。

やがて大きな拍手が町を包んだ。


最前列の老婦人が、ハンカチでそっと目元をぬぐっていた。

「ほんとに……よかもん、見せてもろうた」


その後ろで、誰にも気づかれぬよう、ツヤが帽子を深くかぶっていた。

目には静かに涙。

かつて「見世物じゃなか」と言ったあの布が、こんなにも町を動かすとは。


「みのり……立派に織りあげたね」



控えスペースに戻った4人は、言葉も出ずに抱き合った。

泣き笑いしながら、ただ、感じていた。


「届いたね」みのりが言った。


「うん。町が、笑っとった」ななみも、頷いた。


「けど、まだ風は小さい」

しずくの言葉に、さやが笑った。


「じゃあ吹かせようや。絣の嵐くらいにさ」


ボールは、まだ旅の途中。

彼女たちの挑戦も、今まさに始まったばかりだった。

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