第5話「まちに響け、絣のリズム」
「緊張する……!」
みのりの声が、ステージ裏の控え場所に小さく響いた。
夏祭りの商店街、オープニング直前。浴衣姿の人々が続々と集まり、屋台の香ばしいにおいが漂ってくる。
4人は久留米絣の特製ユニフォームに身を包み、ボールを手にしていた。
みのりの布は、祖母・ツヤがかつて作ったものを再仕立てしたもの。
さやは「アイラインは強めに、笑顔で勝負」とメイクを仕上げ、しずくは舞台の立ち位置を確認し、ななみは深く呼吸をしていた。
「やれるやろか……失敗せんやろか……」
「やれるよ」
しずくがぽつりと答える。「失敗しても、うちらが本気なのは変わらんけん」
「そうたい。今なら楽しめるって、言えるけん」
ななみの瞳が、少しだけ潤んでいる。
みのりがボールを地面に落とした。
トン。跳ねる音。全員がその音に心を合わせる。
「うちらの“サッカー”、見せてやろう」
*
司会の呼び込みとともに、ステージに立った4人。
一瞬、ざわつく観客。
「え、サッカー部?」「なんか布着とるよ」「フリースタイルって何?」
戸惑いが空気を包む。
だが、音楽が流れ、1人がリフティングを始めると、雰囲気が変わった。
軽やかに布をはためかせながらのトリック。
次々とボールがつながり、4人の動きが舞うようにシンクロしていく。
布と布、心と心が織り合わさる瞬間。
演出に組み込まれた「絣の布を使ったパス回し」が決まると、最前列の子どもたちが思わず拍手した。
「わぁ……すごい」「布が、風みたいや!」
まばらだった拍手が、次第に波のように広がる。
かつて職人だった年配客が、目を細める。
「……こんな形で、生き返るとはなぁ」
そして、フィニッシュ。
みのりがボールを空に蹴り上げ、全員で深く一礼。
空中で回るボール、揺れる絣。
やがて大きな拍手が町を包んだ。
最前列の老婦人が、ハンカチでそっと目元をぬぐっていた。
「ほんとに……よかもん、見せてもろうた」
その後ろで、誰にも気づかれぬよう、ツヤが帽子を深くかぶっていた。
目には静かに涙。
かつて「見世物じゃなか」と言ったあの布が、こんなにも町を動かすとは。
「みのり……立派に織りあげたね」
*
控えスペースに戻った4人は、言葉も出ずに抱き合った。
泣き笑いしながら、ただ、感じていた。
「届いたね」みのりが言った。
「うん。町が、笑っとった」ななみも、頷いた。
「けど、まだ風は小さい」
しずくの言葉に、さやが笑った。
「じゃあ吹かせようや。絣の嵐くらいにさ」
ボールは、まだ旅の途中。
彼女たちの挑戦も、今まさに始まったばかりだった。