第4話「決意とはじまり」
「出てほしかとよ。うちの店が入っとる商店街の夏まつり。あんたたちのフリースタイルで、オープニングを盛り上げてくれんね?」
その言葉に、みのりは一瞬耳を疑った。
電話の主は、動画を見たという地元商店の店主。
あの映像が町の人たちに届いている――それを初めて実感した瞬間だった。
「わ、わたしたちでよかとですか?」
「よかよ。あんたたちみたいにまっすぐな子らがおるって、うれしか」
みのりは電話を切ったあと、思わず空を見上げた。
汗ばむ夕暮れのグラウンドには、まだ3人がボールを蹴り合っている。
「……うちらが、“町の顔”になるんやね」
*
次の日、放課後の部室。
みのりが報告を終えると、岡部さやが勢いよく立ち上がる。
「じゃあ衣装はうちがまとめるけん。古布も再利用して、ちゃんとステージ映えするようにせなね!」
「演出は……うちが考える。照明とか、動きとか……できるだけ工夫したい」
珍しくしずくが前のめりに発言し、ななみがぽかんと口を開ける。
「……しずく、こんなに喋ると初めて見たかも」
「ん、別に。責任、あるから」
その小さな決意に、4人の間に笑いが生まれた。
ボールが転がる。絣が揺れる。
グラウンドには少しずつ、笑顔が戻り始めていた。
*
だが、風は必ずしも優しくはない。
「目立ちたかだけちゃうと?」
「なんであれが“サッカー”なん?」
校内では、冷ややかな視線も飛び交った。
特に、サッカー部を辞めた元エースが放った言葉は、みのりの胸に刺さった。
「勝てんけん逃げたっちゃろ? 公式戦で結果出してこそサッカー部やろうもん」
その夜、みのりは自室でひとり、ツヤからもらった布の端切れを指で撫でていた。
あの試合。最後の大会で負けた日。
「もう一度、ボールで何かを伝えたい」そう思った気持ちは、偽りじゃない。
祖母の言葉が脳裏によみがえる。
——布は風と同じ。誰かが吹かせな止まらんとよ。
みのりは立ち上がった。
「うちは、蹴る。絣と一緒に、風を起こすっちゃけん」
*
次の日の放課後。部室に集まった3人に、みのりはまっすぐ目を向けて言った。
「うちらのやっとることは、サッカーやと思う。想いば、ボールに乗せて伝えようとしてるけん」
「うち、あの動画見て、初めて泣いたんよ」
ななみがポツリと漏らす。
「妹に、見せたかって思った。きっと笑ったと思うけん」
「……本気でやるなら、うちも本気出すよ」
しずくが言い、さやもにっこりと笑った。
「美容師目指す前に、うちらの作品、世界に見せつけたるけん!」
4人の心が、同じ風を感じていた。
*
夏祭り当日。
絣の衣装に身を包んだ4人が、商店街の路地裏で息を整えている。
ステージでは司会者がオープニングを告げ、観客のざわめきが高まる。
「いくよ」
みのりがボールを持ち上げ、空を見上げる。
陽射しの中、久留米絣が風に揺れた。
「始めようか、“うちらのサッカー”を」
——蹴ることは、伝えること。
小さな布とボールで、町に希望の風を吹かせるために。