第3話「少しの風と、心の変化」
「ねえ、見た? あのフリースタイルの動画」
学校の昼休み、廊下のあちこちでざわめきが広がっていた。
グループLINEでも話題になり、教師までもが「君たち、面白いことやってるね」と声をかけてくる。
「#織るように蹴る」。みのりの夜のチャレンジは、確かに小さな風を起こしていた。
校庭のベンチに腰かけたみのりは、スマホの通知をぼんやりと眺めながら、
「……見られるの、ちょっと恥ずかしかね」
と苦笑した。
隣で座っていた高良しずくが、小さく呟く。
「けど……あんた、楽しそうだった。ボールも、絣も」
みのりは驚いてしずくを見た。いつも無表情な彼女の、わずかにほころんだ横顔。
「……守るだけが、うちらの仕事じゃないのかもね」
それは、鉄壁のゴールキーパーが見せた、初めての“感情”だった。
*
その夜。
スマホを握りしめてベッドに横たわる山浦ななみは、もう何度目か分からないくらい、動画を再生していた。
音楽に合わせてボールが舞い、みのりが笑い、絣の布が風に揺れる。
妹と一緒に見ていたYouTubeのフリースタイル動画を思い出した。
あの子は笑ってた。いつだって、元気で。
「……うち、ずるいな」
涙が一粒、枕に落ちた。
*
次の日、放課後のグラウンド。
一人でボールを蹴っていたみのりに、誰かの影が近づいた。
振り返ると、ななみがいた。無言で、ボールを蹴り返してくる。
「ななみ……?」
「次の動画、うちも入れてよ」
その一言に、みのりの顔がふっとほころぶ。
「うん、やろう!」
風が吹いた。やさしく、けれど確かな風だった。
*
その夜、家に帰ると、祖母・ツヤが動画を再生していた。
みのりは息をのむ。怒られるかもしれない。だけど——
「下手くそやけど……」
ツヤがぽつりと言う。
「あんた、ええ顔しとった」
「え……?」
ツヤは糸を指に巻きながら続けた。
「布は風に似とる。勝手にどこかへ吹いていく。止めようとしても無駄や。けど……あんたが“絣の風”になるなら、それも悪くなか」
みのりの目に、涙がにじむ。
ツヤは、押し入れから古い反物の束を取り出してみせた。
「昔の残りもんやけど、好きに使うとよか」
その手のひらに宿る皺は、幾千の糸を織ってきた証だった。
*
翌日。
みのりのスマホに一本の電話が入る。
「動画、見たばい。うちの工房には、もう誰も来んごとなったけど……あんたたちが使うてくれるなら、布が喜ぶばい」
声の主は、久留米市内の古い絣工房の元職人・老夫婦だった。
「孫みたいなあんたたちが、絣ば動かしとる。うちは嬉しか」
「ありがとうございます!うちら、もっと風を起こします!」
*
放課後、グラウンドに集まった3人。
みのり、ななみ、しずく。
動画の2本目を撮る準備をしていると、ふいにもうひとりの影が現れる。
「……まだダサいって思っとるけど、なんか悔しいっちゃんね」
岡部さやだった。
「卒業する前にさ、見せてやりたかとよ。“うちらの絣”ば」
制服の裾を風が揺らす。
カメラが回る。ボールが蹴られる。
「#織るように蹴る」第2弾、撮影開始。
——少しずつ、絣の風は町に広がっていく。