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織るように蹴る  作者: やしゅまる
3/10

第3話「少しの風と、心の変化」

「ねえ、見た? あのフリースタイルの動画」


学校の昼休み、廊下のあちこちでざわめきが広がっていた。

グループLINEでも話題になり、教師までもが「君たち、面白いことやってるね」と声をかけてくる。

「#織るように蹴る」。みのりの夜のチャレンジは、確かに小さな風を起こしていた。


校庭のベンチに腰かけたみのりは、スマホの通知をぼんやりと眺めながら、

「……見られるの、ちょっと恥ずかしかね」

と苦笑した。


隣で座っていた高良しずくが、小さく呟く。


「けど……あんた、楽しそうだった。ボールも、絣も」


みのりは驚いてしずくを見た。いつも無表情な彼女の、わずかにほころんだ横顔。

「……守るだけが、うちらの仕事じゃないのかもね」


それは、鉄壁のゴールキーパーが見せた、初めての“感情”だった。



その夜。

スマホを握りしめてベッドに横たわる山浦ななみは、もう何度目か分からないくらい、動画を再生していた。


音楽に合わせてボールが舞い、みのりが笑い、絣の布が風に揺れる。

妹と一緒に見ていたYouTubeのフリースタイル動画を思い出した。

あの子は笑ってた。いつだって、元気で。


「……うち、ずるいな」


涙が一粒、枕に落ちた。



次の日、放課後のグラウンド。

一人でボールを蹴っていたみのりに、誰かの影が近づいた。

振り返ると、ななみがいた。無言で、ボールを蹴り返してくる。


「ななみ……?」


「次の動画、うちも入れてよ」


その一言に、みのりの顔がふっとほころぶ。

「うん、やろう!」


風が吹いた。やさしく、けれど確かな風だった。



その夜、家に帰ると、祖母・ツヤが動画を再生していた。


みのりは息をのむ。怒られるかもしれない。だけど——


「下手くそやけど……」

ツヤがぽつりと言う。

「あんた、ええ顔しとった」


「え……?」


ツヤは糸を指に巻きながら続けた。


「布は風に似とる。勝手にどこかへ吹いていく。止めようとしても無駄や。けど……あんたが“絣の風”になるなら、それも悪くなか」


みのりの目に、涙がにじむ。


ツヤは、押し入れから古い反物の束を取り出してみせた。

「昔の残りもんやけど、好きに使うとよか」


その手のひらに宿る皺は、幾千の糸を織ってきた証だった。



翌日。

みのりのスマホに一本の電話が入る。


「動画、見たばい。うちの工房には、もう誰も来んごとなったけど……あんたたちが使うてくれるなら、布が喜ぶばい」


声の主は、久留米市内の古い絣工房の元職人・老夫婦だった。


「孫みたいなあんたたちが、絣ば動かしとる。うちは嬉しか」


「ありがとうございます!うちら、もっと風を起こします!」



放課後、グラウンドに集まった3人。

みのり、ななみ、しずく。

動画の2本目を撮る準備をしていると、ふいにもうひとりの影が現れる。


「……まだダサいって思っとるけど、なんか悔しいっちゃんね」


岡部さやだった。

「卒業する前にさ、見せてやりたかとよ。“うちらの絣”ば」


制服の裾を風が揺らす。

カメラが回る。ボールが蹴られる。


「#織るように蹴る」第2弾、撮影開始。


——少しずつ、絣の風は町に広がっていく。


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