第2話「反発と葛藤」
「ふざけとるとね、あんたは」
祖母・ツヤの手が止まった。
久留米絣の糸を通す指が、怒りでわずかに震えている。
「サッカーの衣装に絣? 見世物に使うくらいなら、織らんほうがマシや」
夕暮れの作業場。静かな空気に、みのりの声だけが浮く。
「見世物じゃなかよ。伝えたいっちゃん、絣のこと。うちが着て、動いて、魅せて……それで町の人が元気になるなら、意味あるやろ?」
ツヤはふん、と鼻を鳴らした。
「伝統はな、軽々しく扱うもんじゃなか。あんたの“元気”とやらで守れるもんやなかと」
その背中を見つめながら、みのりは小さくつぶやいた。
「……伝統って、そんなに重いと?」
返事はなかった。
* * *
翌日。サッカー部の部室。
「は? 夏祭りでフリースタイル?」
岡部さやが顔をしかめた。
「なにそれ、部活と関係なかろ。しかも絣って……ダサくない?」
「けど、動画のフリースタイル、見てみて! すごいんよ。これで町の人を元気に——」
「なあ、みのり」
山浦ななみが声を重ねた。
「うち、あんたが何考えとるか分からん。笑わせたいとか言うけど、災害で家族亡くした人もおるんよ? うちも……」
言葉の先は続かなかった。
沈黙が流れ、高良しずくがそっと視線を落とす。
みのりは、一人ぽつりと答えた。
「……楽しむことが罪なら、うちらは一生笑えんままやん」
誰も返せなかった。
* * *
その夜。
みのりは古い絣の切れ端を縫い合わせ、小さなトップスを作った。
白のジャージに合わせて、簡単な“久留米絣のユニフォーム”。
「よし。いっちょやったるか」
校庭のすみ。誰もいない夜の練習場。
スマホを三脚に立て、自撮りを開始する。
最初のタッチでボールが顔面に当たり、ぶざまに倒れた。
「いったー……」
でも笑った。
何度も転び、汗だくになりながらも、少しずつ技が決まりはじめる。
ボールを足で跳ね上げ、背中で受け、くるっと回る。
動画の撮影は1時間。
「#織るように蹴る」というタグをつけて、SNSに投稿した。
「見た人が、ちょっとでも元気になれたらいいな」
その夜は泥のように眠った。
* * *
翌朝、スマホが小刻みに震えていた。
通知欄には「いいね」「リポスト」「コメント」がずらり。
「笑顔になった!」「地元愛が伝わった」「泣きそうになった」「もっと見たい!」
さらには、こんなDMまで——
「昨日、娘が久しぶりに笑いました。ありがとう」
みのりは画面を見つめたまま、声もなく息をのんだ。
その昼休み。グラウンドの隅で、山浦ななみが声をかけてきた。
「動画、見た。……なんか、ちょっと、ずるい」
「ずるいって?」
「……本気に見えて。うちも、ちょっと揺さぶられた」
みのりは照れたように笑って、返す。
「笑われるんなら、笑わせた方がよくない?」
風が吹いた。
袖の絣がふわりと揺れ、土手の上の草がざわめいた。
まだ誰も信じていない。でも、何かが少しずつ動き出していた。




