第10話「笑顔が、風になる」
春を待つ風が、田主丸の町を駆け抜けていた。
「復興祈願フェスタ」当日。
広場には久留米絣ののぼり旗が並び、子どもたちの描いた応援幕が風にはためいている。
あの日の豪雨で静まり返ったこの場所に、久しぶりの賑わいが戻っていた。
「風、強かね……ステージの布、飛ばされんごとせんと」
「さや、ヘアピンいる?」
「いる!今崩れたら、美容師としての未来に関わるけんね!」
楽屋の控えスペースでは、みのりたちサッカー部の4人が、冗談を交わしながら衣装の最終チェックをしていた。
全員、久留米絣のオリジナル衣装。
みのりの祖母・ツヤが“最後の仕上げ”として織り上げた、特別な一着だった。
「よか?うちらが蹴ると、あの布も一緒に舞うっちゃけん。町ん空気ごと、笑顔に変えてみせる」
みのりの言葉に、全員が頷いた。
——強い風も、雨の名残も、もう怖くない。
*
パフォーマンスが始まると、町の空気が一変した。
みのりが蹴り上げたボールが宙を舞い、絣の袖が風と踊る。
ななみが軽やかにリフトし、スカートの裾がひらりと空をなぞる。
しずくがタイミングを見計らい、正確な足技で演技を繋ぐ。
さやが華麗なスピンを決め、ステージの中央で鮮やかに決めポーズ——。
観客から拍手が巻き起こる。
避難していた高齢者、子どもたち、離れていた元住民も、誰もがその瞬間に目を奪われていた。
「……絣が、こんな風に生きるなんて」
客席のツヤがぽつりと呟いた。
その横で、かつてツヤに学んでいた若い職人が、涙をこらえきれずに言う。
「戻りたくなりました。機ん前に——もう一回」
*
演技の最後、みのりがボールを高く蹴り上げ、空を指差す。
「うちらの蹴りは、布と町ば繋ぐけん!」
ボールがステージに戻ると同時に、風が大きく吹いた。
絣の旗が一斉になびき、青空が広がる。
そこにいた誰もが、心の中で拍手していた。
「また、明日が楽しみって思えた——初めてかもしれん」
誰かの小さなつぶやきが、周囲に広がっていく。
そして、最前列の少年が叫ぶ。
「お姉ちゃんたち、またやってよー!」
*
その夜。ツヤの工房には、新しい糸が準備されていた。
「これからも……うちの布は、あの子たちが運んでくれる」
ツヤが微笑み、機に糸を通すと、その隣にみのりが座った。
「今度は、うちが織ってみたか」
「よかよ。織るっちゃ、心ば通すことやけん」
夜風がふたりの頬をなでる。
その手の中には、未来へ続く一本の絣があった。
*
——町を蹴る。
——笑顔を織る。
——風になる。
うちらは、織るように蹴る。




